所詮、相容れぬ存在だからと言うのは、間違いなく逃げただけの道だ。

 理解し合えなくとも。いや、理解し合う事は出来る筈なのだ。

 同意するか、否定するかだけで、受け入れるも受け入れないもそれからで良い筈。

 出来なかった理由など、ただの気の迷いと言うヤツなのだろうが、そのときはよほど自分に余裕がなかったのだと。冷静になってみれば、当たり前に分かる事も、渦中に居ると全く分からない事も数多くある。

 若かった。

 年甲斐もなく、取り乱していた。

 それが見えないように取り繕い、ただ、自分に言いたい事だけを正当化しようと躍起になっていただけだ。

 それが大人になったと言う事なのかと今、問われたのなら、間違いなく否と断言出来る。

 そのときは、それが分からなかった。

 環境が、そうさせたのだと簡単に言い訳は出来ただろうが、それも言わなかったあの時の自分は、それこそ。

 子供だった。

 その、一端の答えにたどり着く代償は大きかったのだと今は悔いている。

 自分は万能でもなんでもないと分かっていた筈なのに。

 刻まれた二つの出来事はどうしても、思い出す度に胸を締め付ける。

 所詮、過去になった出来事など変えられる筈もないのに。

 希に見る夢で、自分はただ、泣き崩れているだけ。現実はまるで正反対な顔をしていたのにだ。

 互いの道を歩み始めただけの、あの瞬間。

 あの時だけは、言いたい事も言わず、聞くべき事も聞かずで、悪かったと思っている。

 だからどんな事よりもだ。

 彼女のあの時の顔だけは、ハッキリと思い出す事が出来る。

 どんな笑顔で居た時の顔よりも、それが自分が見た、最後の彼女の表情になってしまったから。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:VIOLET CARD





































 まるで何も感じていない様に見えた。

 痛みも、苦しみも、哀しみもだ。明らかに笑って、嘘の表情を作ってまで、自らではなく、自分に見て欲しいと望んでいるのが分かるのに。

 世界が終わりを告げる時。そんなものはありはしないが、死と言う物と直面した時に、彼女はそんな顔をするのだろうと、漠然と分かった。

 安っぽい現実だと、自分が次の言葉を。彼女が次の言葉を言おうとしたとき。

 どうしてこうも、周りは予定通り進まないのだろうと。

 悲鳴。丁度14、5歳ぐらいの女の子の声だ。ついでざわめく村人の声と、それだけなら放って置いたのかもしれないが、膨れあがった人間ではない気配に焦りを覚え部屋を飛び出す。

 予想通りと言うか、今にも暴れ出しそうだったのはファーラだったが、彼女と、そして彼女が首を掴み高く掲げられている少女。悲鳴の主であろうが、その少女の姿がまるでバケツ一杯の血を被った様だった事と、苛ついていたからだろうか。頭が冷めていたのかもしれない。

 人混みになっていたその場所の中心に、もう一人誰か倒れていると分かったから、人の背をかき分けるようにしてただ中に急ぐ。

 そして外から人の壁によって見えなかった出来事が何か分かった時、その場に崩れ落ちそうになってしまった。

「このクソガキ!!」

 抵抗する素振りもなく、人形の様な作り物の表情を浮かべた少女は、間違いなく自分たちが解放してきた、操られた者と同じ気配がする。ファーラが腹を立てている理由はどうせ、隙をつかれただの、そう言う話なのだろうが、遠くから分からなかった、少女の片目が既に無くなっている事に気付いたからこそ、自分は冷たい声で言い放ったのだろう。

「ファーラ、もうその娘は何も憶えてない。離しなさい」

「・・・・・・ちっ」

 下らないにらみ合いを続けていたい訳でもない。それは相手も同じ事で、ファーラも冷静になったらしい。ただ、倒れているユーリの意識は、消えかかっているのだと。

 誰が見てもそう見えたろう。彼の腹から流れ出た血。真っ青な顔と、ただ生きる事を渇望し、呼吸と共に動き続ける胸。

 ただふと疑問に囚れたのは、彼の手は一切血に汚れていなかったと言う事。

 近づき抱き起こし、傷具合を見る為に服を脱がせるが、見た瞬間、ただそこを血がこれ以上でない様に抑える事しかできない事など、明白だった。

「大体の、事情は・・・」

「予測してくれだ? 全く、自分勝手なんだから・・・・」

「悪い、な・・・・。はは」

 満足げに笑う理由など分からない。ただ、視線の先。ファーラに殺され掛かっていた、今は数人の村人に支えられている少女。

 自分を殺したのであろう少女を見ながらだ。彼は笑っていた。

 喋れる時間も限られているのだと、彼自身が一番良く分かっている。だから自分もただ、言われた事情とやらを理解する為に頭を回転させるが、彼の言った言葉だけで、十分な気がした。

「なぁ。伝えとい・・て・・・欲しいんだが。良い、か・・?」

「ええ」

「何を知っても、よ・・・。精一杯、生きてくれってよ・・・・。もう少し、マシな・・・・」

 擦れて聞こえなくなった声は、一番近くに居る自分でさえ聞き取れない。

 何より、それが自分と、誰かを見間違えて言っているのだと。

 霞む視線の先にあったのはやはり、あの少女だ。

 途端、自分の身体がユーリの身体から引きはがされたと思った時と、それが最後の言葉になってしまった、ユーリの口から漏れたのは疑問だった。

「なぁ、お前・・さ。何でこんな・・・に、居るん、、、だ?」

「い・・・いや・・・・・いや・・・・・いやぁ!!」

 親類縁者だと言うことは分かるが、直に関係を聞いてみない事にはハッキリとした事は分からない。ただ、自分は伝えて欲しいと言われた事を彼女に言うだけだ。

 周りの嫌な空気。敵意を剥き出しにした物と、嫌悪感を感じていると言う視線。自分に注がれているのではなく、それがファーラに集中していると事前に分かっていたのなら、予め止められたのだろうが。

「後悔するぐらいなら殺さなきゃ良かったじゃねぇかよ」

「・・・・・・?」

「何とぼけた顔してやがる。お前がそいつを殺したんだろうが」

 ハッキリと彼女がそう言い、少女の表情が、血を身体中に浴びているにも関らず、青くなったのが分かった。

 自我が戻っている、と言うのが最悪な結果を招いたのだろう。彼女は結果的に見れば何もされずに「助かった」側だが、操られる側として失敗作だったのだ。自我を消し去る為にある記憶操作すら、満足に施されてはいない。

 故に、少女は全てを憶えていた。

「ファーラ」

「分かってるよ。それ以上言うな、だろ? はいはい」

 まるで気にするほどの事ではないと言う態度は、反感以外買う筈はない。自分より、周りに居る村人の方が事情を知っている風にすら見え、その上ただでさえ彼女は人間ではなく魔族。理由など初めからそれだけで十分だった気がしたが。

 自分に取って大切な何かを奪われたのなら、恨みや憎悪でまだ生きては行ける。

 悲しい現実だが、生きる為に必要なのは強い意思であって、善悪などただのオマケにしかならない。

 だが、少女は自らの手で、大切な者の命を奪ったと言う結果。それに至るまでの全てを憶えている。

 責任感の強い子なのだろう。操られていたと言う現実すら忘れて、全て自分の所為だと思っているに違いない。どんな形であれ、絶望と言う奈落の底から生きる為に必要な意思をかき集めさせる為の言葉を自分の中でひたすら探してみるが、薄っぺらな言葉だけしか浮かばない。自分の人生がまるでそうであるが如くだ。

 唇を噛みしめ、一瞬頭をよぎった大事の前の小事じゃないか、と言う感想に嫌気がさしてくる。

 自分はいつの間に、こんな馬鹿げた事を考えられる様になったのかと。

 守る為に戦っている筈なのに、自分がやっているのはただいたずらに、その場所に居る人たちの生活を脅かしているだけじゃないのかと。

 何ら、変わらないのだ。今のままでは。

 殺しに来るか、殺しを見せに来るか。

 異端と言う点では、何も種族でなくとも、自分も同じ異能の持ち主。

 戦場がこうも。

 机上ではなく、実際にこの場に立って、その惨状を見なければ分からない現実がある。

 ただ、奪うのではなく、何処までも遺恨のみを残す為だけに存在している様な行為。

 過去、今それを振り返るのは馬鹿げた、判断を鈍らせる為の馬鹿げた行為に違いないのだが、それでも、考えなければならない気がする。

 漠然とし過ぎていて分からない。

 ただ彼女の様な犠牲者をどうすれば良いのか。

 助けたいと思うのは傲慢だろう。結局自分は一個人でしかない。これから先へ、彼女のこれからとは全く違う道へ一瞬でも、歩まなければならないのだ。

 だから自分が何を言おうと、無責任にしか聞こえない。自分には、そう聞こえ結局、自分だけではなく救おうとしている者まで不幸にしてしまう。

 静寂など無く、ざわめきは徐々に広がっている。この場に居る、この村の者ではない外部の者と言えば、魔族である3人と、その仲間の生き残った二人だけ。

 出ていけと、誰かが叫ぶのも時間の問題だろう。その後の少女の行動は幾つかに絞れる。

 そのどれもが、最悪の結果にしか予測出来なかったのは、少女があまりにも若すぎると言う事と、ここが豊かな場所ではないと言う事の二つ。

 皇都領内ならまだしも、西側にあるちっぽけな村に過ぎないのだ。戦争の一部を垣間見た村人達や子供達が、この先何年、その悪夢と恐怖に呵まれるのか等理解すら出来ない。

 結局、自分は何も知らないだけの、張りぼてだから。

 だからこそこの場で彼だけが、声をかけられた。

「嬢ちゃん。まさか死のうなんて考えてねぇだろうな」

「・・・・」

「あいつが死んだのは仕方無いこった。どうしようもない現実だ」

「・・・・だから、なんなのよ」

 ゆらりと立ち上がり、彼、シグマを幽鬼の様な目で見据える少女。

 自分で考えている分には何のこともない感情を、そのまま言葉にされたが故に、彼だけを見ている。

「私が・・・・私が殺したのよ? どうしようもなくなんて、無かった」

 後になって思ってしまう事。

 あの時、こうしていれば、そうならずに済んだんじゃないかと。

 何よりも。

 それこそ、自分の命すら投げ出してしまえる程、大切だったからこそ。

 諦める等、出来る筈もない。

 目の前の、例え起こった現実であったとしても、認めてしまえば、そこで終わりになってしまう。

 彼女が感じているのは、死よりも絶対嫌だと叫き散らしたくなる程の恐怖。

 客観視すれば、ただ、錯乱している様にしか見えないが、恐ろしく彼女の心の中は冷静な筈。

 だからこそ、感情が溢れだし葛藤する。

 現実と、これは夢だと思いこみたくなる僅かな希望の二つで。

 そう、未だに彼女はこれが現実だとは思って居ない。

 認めた瞬間全てが、まるで終わってしまった出来事だと、分かってしまうから。

「貴方達さえ来なければ・・・・彼は、死ぬことなんてなかった・・・。どんなに私が血まみれで居ようと、構わなかったのに」

 相手を、文字通り狂おしい程に愛していたが故の、感情。

 自分より、他者が大事だと言う気持ちと同時に、例えどんな事を、どんな犠牲を払おうとも構わないと。

 何故、その事に関して反応したのかは分からないが、ハッキリと、彼女は感じている筈だ。

 ファーラの気配は、もはや彼女の事を殺す事しか考えていない。機会を伺っているのは、彼女が言葉の全てを吐いた瞬間を殺す為だろう。

 経緯はどうあれ、止めるのが自分の役目だと。

「彼の居ない世界なんて」

 自分の身体を動かそうと意識して、そこで、思考は。

「いらない」

 止まった。







「一体どういうつもり・・・?」

 血の匂い。

 またかと、頭痛がするのは分かったが、彼の思考の全ては今の自分には分からない。

 そのときの自分に分からなかったからこそ、ずっと心の片隅で後悔の念を抱かなければならなくなるのだが。

「どうもこうもないね。こいつは俺が皇都へ連れて行く」

「逃げ出すって言う事?」

「そう思って貰って結構だ。こんな腕じゃ、俺はどうせ役立たずだろうからな」

 苦痛が無い訳はない。

 シグマは確かにファーラの凶行から少女を救ったが、犠牲にしたのは自分の腕。

 鋭い爪が臂の辺りを無理矢理引き裂いた様な。流れ出る血量と、傷の凄惨さでは彼の言った通り、いや、もしかしたら、二度とその右腕は使えないのかもしれない。

 そこまでして、その少女を守る意味も、彼のやろうとしている事も理解しようとしたが、どうしても出来ない。

「俺はここで降ろさせて貰う。バイアさん、悪いけどサリアちゃんにそう言っといてくれ」

「貴方は・・・」

「たった一人を助けたいから、俺は軍に入った。それが出来なくて故郷すら捨てて来たのに、また同じ事を繰り返すのは嫌なんです」

「それは・・・貴方の身勝手じゃない」

「せめて友人の恋人くらい、目の前の一人すら助けてやれなくて、それで勝ち取った平和なんて、俺には何の価値も見出せないんです」

「・・・・・」

 言っている事は正論だ。一番暴走していた彼の口から聞く事になるとは思わなかったが、正しい。

 その一方で、彼は全てを自分たちに押しつけている風にしか聞こえないのも、また事実。一番、戦争を良く知っている筈の彼が、何故、今更になってそんな事を言い出すのかが、分からなかった。

「好きにしろ。足手まといなんざ初めからいらねぇんだよ。私の目の前からさっさと消えろ」

「ああ、そうさせて貰う」

 何処で歯車が狂い出したのだろうかと。

 ただ縛るだけでろくな傷の手当てとも言えない様な、そんな腕のまま、シグマは周りの視線をもはね除けて少女を連れて去っていった。

 あっけない幕切れだと、思う。

 ただ、サリアにシグマの事を告げて、後は二人足りない事を除けば。

 目的を達する為だけなら、十分な人数だったから。

 戦争を終わらせたいと願う自分たちは、どうしてこうも、かみ合わないのかと。

 想いを噛み殺す事には慣れていたから。かつて自分はそうやって、生きてきたのだから。

 自分たちが最後に事の食い止めるべき場所。

 奇しくも、自分の生まれ故郷であるダルトの王城を目にしても、感情がまるで抜け落ちた様な感覚が拭えなかった。

[NEXT] [ACT SELECTION] [BACK]