領内に入ってからも、自分のやるべき事は変わっていないと。

 まさか自分の領地内まで作戦の中の重要な拠点。結果的に失くなってしまうやもしれない場所になるとは、この国の誰も知らぬ事だったろう。

 一方、遺恨を残したまま、彼と別れる事になったのは自分の精神だけにしか影響を及ぼしていない。その事実が自分に取って、今更だと思えるが他の三人との種族との違いと言うヤツを思い知らされたのかもしれない。

 今自分たちがひた走っているのは、ダルトの地下に張り巡らされた地下水路。

 こんな大業な物は、皇都では絶対にあり得ないと言える規模の物で、ダルト国が誇る命の水を運ぶ絶対的に不可欠な場所だ。故に、どの入り口にも警備所が設置され、誰にも発見されずに侵入する事は困難だったのだが、一番手薄だと言えた場所の警備兵は、全員眠らされていた後だった。

 誰がやったのか。初めは思い出せなかった物の、その手口と手際の良さから見て、素人では無い事。同時に、殺す事ではなく、眠らせる事によって被害を最小限に抑えている事から、自分たちの敵でない事が窺い知れる。薬を盛ったにしろ、大気に振りまいた時点で、それに免疫がある連中は人間以外しか知らない。だから、自分がこの西の全ての国を更地同然に戻して欲しいと頼んだ、氷魔剣と言う二つ名の女。

 たどり着く先が同じであれば、戦うべき相手も同じだろうと。

 三者三様。

 そんな言葉すら霞んでしまう程、三人の考えは一致している。

 彼の、シグマのあの時の表情はまるで迷いが無かった。

 吹っ切れて、そう言ったのだろうと。時間を置いて考えれば考える程、自分には分からない存在になって行く。

 まるで、この進んでいる道の様だと。

 視界はただ、自分たちの持っているたいまつでしか見通せない。一切の光を人工物で多い隠し、流れている筈の命の水は、何故か欲望のみを吸い取って黒く揺らめくだけ。そこにあるのは希望も、絶望も、区別などありはしない。

 ただ、そこにあるだけ。

 不意に、不安に襲われる事が無いのだろうか。

 何時襲ってくるかも分からない、外敵。

 人間とは姿が似ているだけで、全く違う存在である彼ら。

 彼らの生活と、かつて自分が居た、この国の生活を比べた事は無論ある。

 家があるだけ、マシだと言うのは十二分に分かっているつもりだった。だからこそ、周りの全てに目を背けず、まっすぐ見てきたつもりだ。

 ただ自分の為だけに動く、国を国とも思わない貴族階級が存在し、その裏側では家すらなく、その日食べるものすらありつけず死んで行く人々。それが混在しているのが、自分のかつて捨てた国。

 彼らとの違いは多分、家すらない人々よりももっと。それこそ、何も無い、と言う事だ。

 住まう家など存在せず、気を抜けば同族と、偏見に満ちた人間に狩られるだけの毎日。強くなるにしろ、食べなければ生きては行けない。

 炎斬りも、ファーラも、何処かの魔族の集落で生れたのではなく、名のある盗賊団や、人間の街の中でひっそりと生れ、子供の頃から追われる毎日だったに違いない。

 事実、彼と彼女は双方とも、ブラックリストに名を連ねる人殺し。殺した数など、万を越えているだろう。生きる為に殺すだけでは飽きたらず、力を維持する為に、殺す。

 人間にも無論、そう言う輩が居ない訳ではない。種族の違いから来る、強さと言うのも原因なのかもしれない。

 だがそれなら、心の中まで違って来るのだろうか。

 シグマの行為は言ってしまえば裏切り。人間ならば、彼の居なくなった今でも愚痴の一つも溢すと言う物。

 彼らには、それが一切無い。初めから信用していなかったのならまだしも、一度認めたからこそ、行動を共にしていたのではなかったのか。

 あまりにも、割り切りすぎている。

 その上で、彼らの心は決して、曲がっては居ない。

 道具としてしか見ていないのであれば、笑った顔など見せなかった筈だ。

 それですらないのなら、初めから行動を共にしている筈もない。

 認め、裏切られ、それでも、まっすぐに前を見て走っている。

 そんな状況ではないからと。

 一人でずっと生きていた彼らが、団体行動だからと言って自らを曲げる訳がない。

 もし曲げているのであれば、不満が出てくる。

「待った」

「なんだ・・・・。いや、誰か居るな。何人だ?」

「さぁねぇ。四人、いや、五人か。私らの相手だとすれば、待ち伏せだろうね」

「大丈夫」

「サリア?」

「こんな水っぽい気配、グレースしか私は知らない」

 その声が聞こえたのだろうか。

 自分にも分かる、ハッキリとした存在感を表しながら、闇の中から彼女は姿を現した。

 砂漠の街で出会った、氷魔剣と言う女が。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:VIOLET CARD





































「せめて湿っぽいって言わないかねぇ普通」

「それは賞め言葉じゃあねぇ」

「どっちにしろ、普通でもないな」

「ファーラと、そっちはフレイか。大きくなったもんだ」

「けっ、未だにガキ扱いかよ」

「ほー、そんな口が利ける様になったのか。あの時ズタボロにやられたフレイがなぁ」

「んな事より、あんたこんな所で何やってんだよ。どっかのでかい盗賊団に居たんじゃなかったのか?」

「ん? ああ、仕事だ仕事。そこに居る紋章士さんからの依頼でな」

 彼女も、間違いなく魔族。かすかに漂ってきた血の匂いは、多分、やり合った為についた物だろう。この先にその死体があるのかもしれないし、水門管理の詰め所以外の所で、殺した時の残り香かもしれない。

「依頼した件は・・・」

「順調よ。別にあんたが心配する事ないよ。それともなにかい、今更取り下げて欲しいとかじゃあないだろうね」

 どちらにしろ、今の自分には関係の無い話だった。

「そんなのじゃないわよ。こっちはこっちで別件で来てるだけ」

「そう。にしても・・・・?」

 この中で最も見知った中だからだろう。サリアの様子に疑問を浮かべるのも頷ける。

 が、それを口に出さず、ただ、顎に手を当て何かを考える様にし、結論が頭の中で出たらしい。

「バイアさぁ、紋章士だったよね。手伝ってくれない?」

「・・・・は?」

「ちょっとさぁ、厄介な封印術だっけか。それが邪魔しててどーも上手くいかないのよ」

「ちょ、っと待っ・・・」

「まぁ、水脈自体に封印なんて仕掛けてるから大がかりな物になるのは当たり前なんだけどさ。良いでしょ、どうせ暇なんだし」

「・・・・・」

 何が彼女にそう言わせたのか。今一真意が掴めそうにない。当たり前の話だ、自分の引き受けた仕事を、よりによって依頼人にその手伝いをしろと宣っているのだ。普通、考えられない事だと。

 そこまで考えて、相手が人間じゃなかったのだと。

 プライドがどうとか言う問題ではないのだろう。出来ない事を意固地になっても仕方無いと言った所か。

「はぁ・・・。私が来なかったらどうするつもりだったの」

「そりゃー、手間掛ける方ならその辺の紋章士ヒッ捕まえて対処させただろうね」

「手間掛けない方・・・・・いいわ。聞きたくない」

 想像の域を出ない意見だったが、紋章術と言う、本来魔族に操れないと言われるそれの封印術。魔族に取って、一番効果的である筈のそれを、力で無理矢理こじ開けると言うのだろう。その結果、水脈をも封じていると言う紋章術の要は暴走を始め、依頼は完遂する。ただし、自分もその水脈に飲み込まれて、と言うおまけつきであっただろうが。

 単純な話だ。被害を出さぬ為であろう。一人で行動していなかった証は、封印の施された場所に着けば分かる。四人ほどの、どう、言えば良いのか。

 雰囲気で言えば、ファーラが四人居る様な錯覚に陥る程、彼ら彼女らは似たような。何処か面倒ごとに飽きた顔をしていた。

「いつまでぼさっとしてるつもりだい。ほら、退いた退いた」

「えー、姐さん、結局これぶっ壊すんすかぁ?」

 座り込んでいた一人の尻を蹴り上げ、無理矢理その場所を退かせる。他の四人もそんな風に退かされたのだが、少々、視線が気になった。

「ほれ、お前らの仕事はこっちにゃもう無いんだよ。あっちいって逃げる準備でもしときな」

「??? 何言ってるんすか。転送符ならみんな持って来たじゃないすか」

「姐さん・・・もしかしてボケが始ったんじゃないのぉ?」

「・・・・・バイア。ちょっとごめんね」

 そう、グレースが言った途端。

 まるで地震が起きた様な錯覚に陥った。

 ついで、耳鳴りがしていると気付き。

「分かったらさっさと行く。文句言うやつぁ分け前無しだかんね」

「わ、わかりやしたよもう・・・」

 原因は、グレースなのだと分かったが何をしたのかまでは分からない。

 大方、どでかい声で威嚇と言うか、不満をぶちまけたのだろうがやるならやるで前もって言って欲しい気もする。

「耳が痛いんだけどさ。それに下手すればその声でここ崩れるよ」

「鼓膜破れない様にしたつもりだったけどね。すまんかった」

 悪びれた様子など全く無かった。

 揺らめく灯りに照らされたそこにあったのは、一枚の古びれた符のみ。壁に貼られている事から、ここが水脈をコントロールするのに重要な場所だとは分かったものの、少し、不安になるのは当たり前だったろう。

「これさぁ、罠とか無いわよね」

「さぁ。私らじゃ紋章術なんてさっぱりだから」

「まさか・・・・変に書き換えたりはしてないでしょうね」

「そこまで素人って訳でもないさ。下手に触ってドカン、なんてまっぴらごめんだ」

 こう云う場所にあるのだから、いざと言う時に入れる緊急用の出入り口だと考えるのが妥当。勝手に侵入されない為にも、一つ二つは必ず罠がある。

 そう踏んで、慎重に、指でなぞりながら書かれている術の内容を頭の中の辞書と照らし合わせる。基礎を思いっきり無視した造りといい、間違いなくこれはオリジナルの物だと言う事が分かるが、案外、解読は簡単だった。だからだ。

「妙ね」

「なにが」

「これ、出入り口用じゃなくて、ただの入り口。つまり、一方通行って事。それに・・・」

 自分には、あまりに理解出来てしまう構造。

 かつて自分が作ったのではないかと言うほど、癖があるのに理解し易すぎる。

「紋章士なら普通、この下に自分の作ったものだって分かるサインなり残すんでしょうけど、風化したんでしょうね。失くなってる」

 所詮、書かれたのは上質の物とは言え紙切れだ。サリアがグレースの事を表現したその言葉を借りれば、ここはあまりにも水っぽい。紋章が書かれた、まるで影絵の元の様になった状態の紋章符も見たことがあるが、そこまで酷い状態でないにしろ、湿気を吸った紙の一番下が破れ落ちたのだろうと。

「にしても、やっぱり妙ね。これだけの紋章が作れるんなら、紙だって紋章と一体化する筈なのに・・・」

「あー、それなんだが」

「?」

 気が付かぬ内に、考えている事がそのまま口から出ていたらしい。自覚がない程、熱中していたと言う事だろう。

 そして、何となく嫌な予感がした。

「まさか・・・破ったとか言わないよね?」

「ごめん・・・しっかりきっかり破っちゃった」

 えへへと。

 まるでサリアの様に笑う彼女は、同時に何処か怯えた表情で紙切れを差し出す。確かに水分を含んで簡単に破れる状態ではあったが、壁に貼り付けられているままなら、後十年は持ったと思われる代物。

「まぁ、どうせそんな事だろうと思ったけどね。お宝目の前にして我慢しろって、賊に言うだけ無理な話よね」

「悪かったって言ってるじゃない。それに、別に何ともなかったわよ」

「あったら、罠が発動して、例えアンタでもズタズタに引き裂かれてるわよ」

「げー」

 罠の種類は、この先に許可無く進もうとする物を空間ごと断ち切ってしまう様な危険な物。それこそ、遺跡やらに居る魔導的な生命体である守護者やガーゴイルと言ったそれに匹敵、いや、それ以上の役割をこの符は荷っている。

「これ作った奴は絶対頭のネジ、全部吹っ飛んでるよ。運が悪い奴が居なくてよかったわね」

「仕事の日は、げんかつぎしてっからねー。いや、何でもやっとくもんだ」

 軽快な笑い声が辺りに響く。反応しているのが馬鹿らしくなったから、作業を。紋章を作り上げた物の名が描かれた部分を火に照らし見入る。

 インクが泌んだ様にならないのが紋章術のサインだった故に、解読は簡単に済んだ。多分、こんな所に来る連中は、自分の名前など知らないとでも思っていたのだろう。だから少々、目眩いがした。

 まさかこんな所で、ご先祖の名前を見るハメになるとは思わなかった故に。

「どしたのさ。何か可笑しかった?」

「ふふ、ふふふふふ・・・・」

「お、おおい?」

 ディザ・ガーランドとハッキリと書かれているサイン。それは今の自分に取って、呪いや、邪魔と言った感情よりもある言葉を先行させる。

「今まで・・・ここまで腹立たせた馬鹿見たことなかったさ。はは・・・あははははは!」

「だから・・・怖いってばよバイア」

 気を取り直す為に深呼吸するが、嫌な空気なのであまり気分転換にはならない。頭の中にはご先祖の、初代次文士がどうしてここに来たのかを散策するよう、ひたすら思考を巡らせていたが、案外、答えは簡単だったのかもしれない。

「親愛なる盟友リア・レザンとナル・サウザントの魂と、未来に賭けて、ね・・・」

「え? 何であんたが魔剣の一人の名前なんて知ってるのさ???」

「どっちが魔剣かは知らないけど」

「リア・レザン。初代翔魔剣よ。ちょっと前にくたばったって話だったけど」

「どうやら私の家ってのは大昔からあんたら魔剣のお世話になってたって事でしょうよ」

「ふぅん・・・」

 何か考える風でもなく、ただ、頷いただけだろう。後は扉を開く為に、紋章を描ききった時とは逆に指でそれをなぞるだけ。本来ならば、一切ずれの許されない行為なのだろうが、これを作った自分の先祖と言う奴は、よほど大雑把な性格だったらしい。もしくは、ここに来る者の性格を予め熟知していたか。

「ホントに、私としちゃ、初めからここに来なきゃいけない役目だったらしいわね。これ、私が解かなきゃ開門までの儀を進められない様になってる」

「・・・までの?」

 ここまでは、自分の仕事である事は全て済ませた。よほどの物がこの先にあるのだろう。自分一人であれば、ただ、封印を解けただけでこの先には進めなかっただろう。後二つの開封の儀を済ませれば良かった物だが、ここに来て、溜息を吐く。

「けど、ここまでだぁね」

「?」

「一人、開門の儀にやって貰わなきゃなんない人が足りない。この、ナル・サウザントだっけか。グレースも魔剣だからリア・レザンて人の代わりが出来て、この先は血でも付けるだけで魔剣の封印って所は解けるんだろうけど、最後の一人が誰か分からなきゃね。種族も素性も分からないしさ」

「・・・・・」

「どっちにしろ、ここ以外の入り口を探すしかないでしょ。無駄足ご苦労さん」

 結局、ここに何をしに来たのだろうかと。そう言えば、自分たちの仕事はこれではなかったのだと思い出した所で、グレースに腕を捕まれる。

「なに」

 鬱陶しげに声をかけたつもりだったが、その感情は届かなかったのだろう。今気付いたが、どうやら彼女は悩んでいたらしい。そして

「こっからの話さ。ヒミツにしといて貰えるかな」

「だから、なにさ」

 腰にあった剣で手の平を切り、そのまま紋章へと、そこに真っ赤な手形の後が出来たまでは理解出来る。でも、それでは意味が無い事は説明した筈だ。

「だからさ、んな事しても無意味なんだってば」

「分かってるよ。いや・・・分かってない、かな」

「痛いんだけどさっきから」

「ああ、すまんすまん」

 腕を放された場所は、くっきり跡になってしまう様な状態。顔を見て、力加減など忘れていたと言う事だろう。それについて文句を言いかけた口は、彼女の言葉で遮られた。

「いや、まいったまいった。私もホントにぼけちまったのかもしんない。リア・レザンと行動を共にしてたのなんて、私なら知ってて当たり前だったからねぇ」

「私の前の次文士の事? そりゃ、有名人らしいからねあんたらにゃ」

 自分の家系図でも見ない限り分からないような、人族に取っては、何の名声も地位も。ただ、家柄と言うのを手に入れただけの男だったらしい。皮肉を込めて言ったのだが、無論そんな事を気にする風じゃないから言ったまで。続けられた言葉も頭では話半分にしか聴けていない。

「有名になった理由って何か分かる?」

「さぁ。どうせ厄介事でも背負込んであんたらと行動でもしてたんじゃないの」

「厄介事か。くくくっ・・・だなぁ。私も忘れてたんだ。歳喰ったってのはやなもんだね」

「年寄り話なんぞ聞きたくもないわよ。私はまだ若いんだから」

「あんたの家ってさ、ディザ・ガーランドが築き上げたんだよね。その前、何してたか知ってる?」

「知ってる訳ないじゃない。あの時代の文献とかなんて殆ど戦火で焼け落ちて、紙切れ一枚でかなり高額な値段がついてるわよ」

「だろうなぁ。じゃあ、その時代を生きてた私が教えてやるよ。それに、この仕事受けたのだって、何も報酬だけが魅力だった訳じゃないしね」

「勿体振られるのって嫌いなんだけど」

「浪漫の無い奴だなぁ」

 仕方なさそうに笑う彼女は、何処か。そう、何処か昔を懐かしんだ顔をしている。

 忘れかけていた記憶をたぐり寄せ、情景を思い出しているのだろう。炎の揺らめきに照らされていた、氷魔剣としての顔は無く、若かりし、かつて自分が恋していた時の様な顔だった。

「私がこの仕事を受けたのは、伴侶だった男が私を裏切ってまで何してたのか知りたかったからよ」







「はぁ?」

 唐突に何を言い出すんだと。自分にはそれしか考えられなかったが、彼女の目が、二つ名とは正反対に燃えたぎるのを見たからかもしれない。

「私にだって、若い頃はあったのさ。リア・レザンてのは、私の旦那。昔はこれ以上ないっって程愛し合ってたんだけどね」

 まるで熱病にかかったかのように、語り続ける彼女の話を真剣に聞いている自分がそこには居た。

「魔剣の二つ名同志が愛し合ってるなんて、別に変とも思わなかったし、不透明な未来だけで、希望なんてなかった時代だったけど、楽しかった。けど、いつか終わりが来るんじゃないかって。何時も不安に思ってた事が的中しちまってね。あんたのご先祖様は、そのときまだちっちゃなガキだったよ。だから私に取っちゃ、あんたの、ディザ・ガーランドって奴は愛する男を奪った憎い奴って事さね」

「恨みで・・・それで私の話を聞き入れたって事?」

「最初は少し、それもあった」

 憎しみを、言葉とは裏腹に宿した瞳は、今でも恨んでいるとハッキリ分かる強い目差その物。だが、閉じられた後の瞳にあったのは、間違いなく、哀しみを賛えていただろう。

「なんで、魔剣の名まで捨てて。私らだって、役目だけが全てじゃない。だから、理解してる。だけど、つもりだったんだろうね。最後に別れた晩に、私は立場に囚れすぎて、あの人と一緒に行けなかった。今なら迷わず、彼と一緒に行くんだろうけどさ。そのときの私にゃ、彼の言ってる言葉の意味なんて分からなかった。寿命の長い私らが、未来の、それこそ誰かも分かんない奴らに何かを托す為なんて、馬鹿げてるとしか思えなかったしね」

 だがその瞳とは裏腹に彼女の顔は、間違いなく男を愛したと言う、女の顔。

 だから思ったのだろう。

 この女の何処が、氷と言う名の魔剣なのだろうかと。

 あまりに、不似合い過ぎるその名は、場違いと思える程に、滑稽だ。何せ彼女はこんなにも、幸せな顔をしているのだから。

「だから、それを確かめたくて、この仕事を受けた。どっか乗り気じゃなかったけど、やっとやる気になったよ」

 そう言い、そのまま何をするのかと思えば、思い切り。ギリギリと音さえ聞こえる程の力で拳を握ったかと思えば、そのまま感情にまかせてそれを紋章へと叩き込む。

「ちょ!? 罠とか発動したらどうするつもりよ!!」

 そんなだから、こっちは気が気じゃないのだが、そんな物はお構いなしに彼女は続けた。

「ディザ・ガーランドって奴と、リアの話はここまでさ。まぁ、男の二人旅なんだったら、私ももう少し大人しくしてたんだろうけどね」

 ぐりぐりと、呪詛でも吐きそうな顔で。いや、何処か様子が違う。何かとその表情を照らし合わせ、漸く思いついたのは

「だけど、ヨリにもよって、女一人がそれに付き添ってたらしいのよ。もう、これ以上ないって程キレタね」

 のろけ話の最中で、途端切れだした、旧友リーゼの顔だ。

 何の話だったか。旦那と喧嘩したらしく、その愚痴を聞くために昼食に誘った時に、思い出したからだろう。こんな怖い笑みを浮かべていたのを憶えている。

「そんで、そいつヒッ捕まえて八つ裂きにしてやろうとも思ったけどさ。まぁ、事実出会ったし、どんな顔した奴かも分かって気にはしてないんだけどね」

 絶対嘘、と、少し引きながら彼女の表情を見る。そして辺りの大気すら、凍てつき寒くなってきた事に自体が動いたのだと踏んだのだろう。彼女の連れと、自分の連れと。どうしたのかと、こちらの様子を伺いに来る。

 そして思ったろう。

「んでもって、大げんかさ。これ以上ないっっっっって程、コテンパにされたけどね」

「あ、姐さん・・・? な、何怒ってんすか?」

「サリア!!」

「な、なによ」

 今はこの危ない女をこれ以上怒らせては行けないと。

 思うに、他者が踏む筈の地雷を自分で踏んでしまい、自爆した、と言った所か。はた迷惑極まりない性格の原点と言う奴を見た気がする。

「ちょっと手だしな」

「わ、分かった」

 いそいそと手を出す彼女のそれを、切っ先だけで薄く切る。その傷口を先ほど自分がやったのと同じように、紋章に当て、多分、それは偶然だ。

 手近にした部下であろう男の頭をヒッつかみ、壁へと向かって放り投げる。

 壁に当たった瞬間、炸けたザクロの様になるかと思い目を閉じたのだが、大声の不満は遠ざかってゆく様に消える。

「ほら、封印は解けたんだ。さっさと行け行け!」

 まるでそれが分かっていた様に。いや、実際分かっているのだろうが。

 無理矢理投げられる方としては堪った物ではない筈だ。何せ、通り抜けられると理解する前に、あれは壁だと困惑したまま、それにぶち当てられるのだから。

「憶えてろよ年増のくそばばぁあああ!!!!」

「ヒス女の手伝いなんぞ引き受けるんじゃなかったよおおおお!!」

 それぞれの叫び。それこそ、ファーラや炎斬りまで子供の様な叫び声を挙げて壁の向こうへと声を残して行く。

 そしてサリアの番だったのだろうが、問答無用で投げられた瞬間。彼女はそれを意識して言った訳じゃないのだろう。だから唖然と、

「母さんのバカヤローーーーー!!!!!」

 ただ唖然としてしまった。

「全く、出来の悪いガキ共だね」

 ふんぞり返ったグレースの顔は、一仕事終えた様な顔は何処かすっきりしている。

 困惑しているのは自分の方だけで、彼女が手をゆっくりと挙げた所で身構えてしまうのは条件反射と言う奴だ。もっとも、その手で彼女は自分を掴むのではなく、頭を掻くだけで、何処か赤らめた顔で言った。

「そん時だ。あのサリアと出会ったのはな。どっかで作られたとか何だとか言ってたけど、んなこた知ったこっちゃ無い。押しつけられるこっちにゃ良い迷惑だったよ」

 話の続きだと。

「負けた後はもう大変さ。サリア、最初はそれこそ人形でしかなかったからね。ナルが言うにゃ、真っ白なままの魂故に、自分と同じロストナンバーになったラグナロクなんだとさ」

 漸く気付いた時。照れ隠しの為に、彼女のはヒミツにしろと言った事を漸く理解した。

「五本目のラグナロクが連れてきた、私の大事な娘だよあいつはね。だから仲良くしてやっといてくれ」

 無論、とんでもない発言がその中に混ざっているのだろうが、彼女の言った通り。そんな事は些細な事なのだろう。

「あんたって・・・・馬鹿ね」

「分かってるわよこれ以上無くね! 知ってたらラグナロクになんぞ、真っ正面から斬りかかる訳ないでしょうが」

「そ、そう言う問題じゃなくてさ」

「ま、あれだ」

 人の話など聞いちゃ居ない。

 今の自分の頭の中には、サリアがラグナロクだったと言う現実が今一飲み込めないで居るのだ。その一方で、だからこそ理解出来る事もある。

「何時までも喧嘩してたって意味なんて無いさ。さっさと仲直りしちまいな」

 間違いなく、呼ばれただけの事はあって、彼女はサリアの母親だ。

 絶対自分のペースを崩さない所などそっくりで、都合の悪い事など気にもしない。

 ゆっくりの壁の中へと消えて行きながら、一差し指を立てて言った時の顔など、母親になった時のリーゼの顔とそっくりじゃないかと。

 そして、残された自分が彼女の後を追って壁に見える扉へと触れた時思った事は、この恥ずかしい記憶を誰かに話した時どうなるかと言う、酷く場違いで笑えてくる出来事だった。

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