領内に入ってからも、自分のやるべき事は変わっていないと。
まさか自分の領地内まで作戦の中の重要な拠点。結果的に失くなってしまうやもしれない場所になるとは、この国の誰も知らぬ事だったろう。
一方、遺恨を残したまま、彼と別れる事になったのは自分の精神だけにしか影響を及ぼしていない。その事実が自分に取って、今更だと思えるが他の三人との種族との違いと言うヤツを思い知らされたのかもしれない。
今自分たちがひた走っているのは、ダルトの地下に張り巡らされた地下水路。
こんな大業な物は、皇都では絶対にあり得ないと言える規模の物で、ダルト国が誇る命の水を運ぶ絶対的に不可欠な場所だ。故に、どの入り口にも警備所が設置され、誰にも発見されずに侵入する事は困難だったのだが、一番手薄だと言えた場所の警備兵は、全員眠らされていた後だった。
誰がやったのか。初めは思い出せなかった物の、その手口と手際の良さから見て、素人では無い事。同時に、殺す事ではなく、眠らせる事によって被害を最小限に抑えている事から、自分たちの敵でない事が窺い知れる。薬を盛ったにしろ、大気に振りまいた時点で、それに免疫がある連中は人間以外しか知らない。だから、自分がこの西の全ての国を更地同然に戻して欲しいと頼んだ、氷魔剣と言う二つ名の女。
たどり着く先が同じであれば、戦うべき相手も同じだろうと。
三者三様。
そんな言葉すら霞んでしまう程、三人の考えは一致している。
彼の、シグマのあの時の表情はまるで迷いが無かった。
吹っ切れて、そう言ったのだろうと。時間を置いて考えれば考える程、自分には分からない存在になって行く。
まるで、この進んでいる道の様だと。
視界はただ、自分たちの持っているたいまつでしか見通せない。一切の光を人工物で多い隠し、流れている筈の命の水は、何故か欲望のみを吸い取って黒く揺らめくだけ。そこにあるのは希望も、絶望も、区別などありはしない。
ただ、そこにあるだけ。
不意に、不安に襲われる事が無いのだろうか。
何時襲ってくるかも分からない、外敵。
人間とは姿が似ているだけで、全く違う存在である彼ら。
彼らの生活と、かつて自分が居た、この国の生活を比べた事は無論ある。
家があるだけ、マシだと言うのは十二分に分かっているつもりだった。だからこそ、周りの全てに目を背けず、まっすぐ見てきたつもりだ。
ただ自分の為だけに動く、国を国とも思わない貴族階級が存在し、その裏側では家すらなく、その日食べるものすらありつけず死んで行く人々。それが混在しているのが、自分のかつて捨てた国。
彼らとの違いは多分、家すらない人々よりももっと。それこそ、何も無い、と言う事だ。
住まう家など存在せず、気を抜けば同族と、偏見に満ちた人間に狩られるだけの毎日。強くなるにしろ、食べなければ生きては行けない。
炎斬りも、ファーラも、何処かの魔族の集落で生れたのではなく、名のある盗賊団や、人間の街の中でひっそりと生れ、子供の頃から追われる毎日だったに違いない。
事実、彼と彼女は双方とも、ブラックリストに名を連ねる人殺し。殺した数など、万を越えているだろう。生きる為に殺すだけでは飽きたらず、力を維持する為に、殺す。
人間にも無論、そう言う輩が居ない訳ではない。種族の違いから来る、強さと言うのも原因なのかもしれない。
だがそれなら、心の中まで違って来るのだろうか。
シグマの行為は言ってしまえば裏切り。人間ならば、彼の居なくなった今でも愚痴の一つも溢すと言う物。
彼らには、それが一切無い。初めから信用していなかったのならまだしも、一度認めたからこそ、行動を共にしていたのではなかったのか。
あまりにも、割り切りすぎている。
その上で、彼らの心は決して、曲がっては居ない。
道具としてしか見ていないのであれば、笑った顔など見せなかった筈だ。
それですらないのなら、初めから行動を共にしている筈もない。
認め、裏切られ、それでも、まっすぐに前を見て走っている。
そんな状況ではないからと。
一人でずっと生きていた彼らが、団体行動だからと言って自らを曲げる訳がない。
もし曲げているのであれば、不満が出てくる。
「待った」
「なんだ・・・・。いや、誰か居るな。何人だ?」
「さぁねぇ。四人、いや、五人か。私らの相手だとすれば、待ち伏せだろうね」
「大丈夫」
「サリア?」
「こんな水っぽい気配、グレースしか私は知らない」
その声が聞こえたのだろうか。
自分にも分かる、ハッキリとした存在感を表しながら、闇の中から彼女は姿を現した。
砂漠の街で出会った、氷魔剣と言う女が。

アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:VIOLET CARD