それから後に待ち受けていた出来事も、今となっては良い思い出。

 になるには、少々時間を要するだろうと。

 こうして思い返し結果を見てみれば、結局あの事件は負けたと言っても間違いではない。

 皇都に帰って知った事は、行方知れずになったシグマと、ハンターギルドの裏切りと言う事。

 その始末をつけるのに、たまたまそこに居合わせた女盗賊を殺し屋のギルドの頭領に押し上げて、そこで再会した対魔と言う男。

 彼と共にハンターギルドに居た全員。操られ傀儡になったとしても、見知っていた人が死んで行くのは耐えきれない出来事で。

 ディオ・ブラス老と言う最後に残った人物も裏切って居れば、彼に操つられた、既に死んでいるシグマ達との再会。あの時最初の引き金となり、生き残った面子を見た時は死にたくなったが、その時は既に皇都は炎上し、危機を察知した自分はそのまま、竜紋章の符を使って非難させていた住民をレクトへと転移させた訳で。

 それだけで戦いが終わった訳ではないと言うのは分かる。

 近隣諸国の情報は流れてくる難民や、生きて行く為に交流しなくてはならない東西南北全ての国々の状況。

 そこで知った事は、西側の諸国ではなくほぼ全ての領地が未曾有の大洪水に襲われ、殆どの国が滅んだ事と、新たに村ができつつある現状。北方では傭兵王国と詩われたアルフェイザが落ちていたと言う話も聞いたが、あそこは国であって国でないのだからと。事実、最近聞いた話では新しい王。この国だけの場合で言えば、まるで魔剣を継ぐが如く、先代の王を越えて行く事らしいが、歴代で初めての女王が即位したらしい。

 そんな事で、周りの時と同じくして、皇都の領地内では僅かに変化を。

 いや、僅か所ではない。何と言っても、皇都があった場所はまるで何も無かった場所の様に剥き出しの大地が広がっているだけなのだ。

 生き残っていた王族は皇女一人で、彼女が言い出した事と言えばまた、無茶な事だと。笑ってしまう一方で、自分もそれに一枚嚼んでいるのも現実だったが。

 そして今日はたまたま時間が空いたからこうして、レクトと言う街の近くにある墓地に足を運んだのだ。

 遺体は疎か遺骨すらない、ただ墓標だけの墓だったが、あの時皇都で死んでいった者達の墓もここにある。

 自分が非難させられたのは所詮住民の半分で、大多数の人々は皇都炎上と共に死に絶え、逃げ遅れた者達は痛みすら無いままに消されただろう。

 立て続けの不幸の中で一番こたえたのは、旧友のリーゼが夫と娘を目の前で失い、今もずっと部屋に閉じこもったままだと言う事か。

 そのかわりに不幸中の幸いだった事と言えば、シグマが皇都へと連れ帰った、ユーリの妹が生きていると言う事。

 それと、あのバートンを救おうとして出来なかったセルゲイと言う老医師。それと戦いと言う場所よりも、自分と同じで帰ってきた古代種のリグとだ。

 怪我人や、こんな時でも、人は生れるのだなと。

 人を救い、生れるその場所に立ち会う様になってからは、ユーリの妹である今は同居人メリルは明るくなったと思う。

『貴方も少し休んだらどう? ここの所、ずっと走りっぱなしでしょうに』

『そうじゃ。これでお前さんまで倒れてしまったら誰があのお姫様に小言を言われると思っておる』

 ふと、元歓楽街の中心地に構えた以前は野戦病院の様に慌ただしかったそこで、セルゲイとリグは良いコンビだと。同時に有無を言わさず休ませようとする姿勢はどうにかならないのかとも思って笑みがこぼれてしまう。

 休みなど本来ある筈もなく、今だって、あの元皇女さまはここを国ではなく、風変わりな街にしようと躍起なのだ。

 自分のやるべき事は、策士としての腕と紋章士としての、建造物の設計。

 外敵から街を守れる構造にし、同時に住みやすく、それで居て紋章術的な媒体として建物を守護の象徴にする、等と言う無茶な注文をつけてくるのだから厄介だ。

 最も、あんなにまっすぐな瞳で。自分の様な近しい場所に居る者だけに教えられた事実。

 後何年持つか分からないと言う寿命の話など聞かされたら、やらない訳にも行くまい。

 命を、それも頼み込む本人のそれを人質に取るようなやり方は卑怯だと思うが、何のことはない。それは手段の一つであって、彼女の言っている事は大いに賛同したから手伝っているのだ。よく知らなかった皇都ガ・ルーンの皇女は、実はおてんばだが、自分と同じくらいの切れ者だったと言う事。

 屈託無く笑っているが、たまにこの街を襲いにくる強盗や盗賊団に対しては街の自警団の様な者が対処しているが、その中で率先して先陣を切る皇女など何処に居るだろうか。

 その上、生半可は腕ではないのだから、これまた驚きだった。二ヶ月前などは西側の生き残った軍勢と小規模な戦争すらあった物だが、そこですら、彼女は一番前に立って敵将の首を討ち取っている。

 その時の敵将が、自分の元恋人だったとか。そう言う話もあって、自分が仕事をする事で辛いと言う感情から逃げていると。

「別に心配しなくて良いのにねぇ。イイ男はんな簡単に居ないだけで。そういや、アンタの事もなかなか気に入ってたわよ」

 そう言い、シグマの名が刻まれた墓標に、持って来た酒をかけてやる。

 街に居ようと、やっている仕事が仕事だからだろうか。誰しもが、自分の事を気遣ってくれている様で、少々息苦しかったのだ。

 だからこうして、人気のない墓地に足を運び、物言わぬシグマを相手に酒盛りをしているだけ。

 多分シグマが生きていたのなら、何で俺がつき合わなくちゃならないんだと文句の一つも出てくるのだろうが、それはそれだ。

 静かな夜に一人。

 そんなのは、寂しすぎるからここに来た。

 ただ、それだけの事だ。

「ふぅ・・・。結構飲んだわね」

 瓶三本が既に空になっているが、この位はどうという事もない。度が少し高い物ばかり選んだ気もするが、今日くらいは泥酔しても良いだろう。

 風は暖かく、場所は少々不気味だが、ここで寝てしまっても風邪を引くことはない。元々、今日明日とは完全に休みを貰ったのだからこれくらいの羽目を外して良いと思う。

 そして、何となくだろう。

 皇都にあった共同墓地までなくなってしまったが、思い出の場所とやらに似ているこの場所なら、会える気がしたから。

 何をしているんだと言う声がかけられても、別に驚きもしなかった。

 まぁ、その声の主は少々、会いたくなかった相手だと意表をつかれはしたが。

「一人で酒盛りとは寂しいのう。その年にもなってもらい手もおらんのかお主は」

「そーゆーアンタは何で一人なの?」

「心配せずともあれは生きておるよ。今日は、そうじゃな。あの場に居た代表としてきた、と言う事かもしれんな」

 何処か、偶然に来たとでも言いたげなルーフィスと言う、少年の顔をした老人はただ、苦笑いしているだけだった。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:VIOLET CARD





































「心配ではないのか?」

「ん? 何が」

 苦笑したままで、投げかけてくる疑問。

 それが誰の事を刺しているのか分かっているが、酔っているからか。逸らかして見せる。

「無論、サリアの事じゃよ。あやつは、なんだかんだ言ってもまだまだ子供じゃ」

「それはあんたらよりも分かってるつもりよ。少なくとも、受け入れられなかったあんたらよりは」

「・・・ふん、痛い所をつきおるわ」

「まぁ、分からないでもないかな。アンタ達が魔族で、私が人間だったから。じゃない?」

「そうかもしれぬ」

 心地よい風は、自分にしか訪れない様に、彼の顔は苦渋に満ちている。

 理由など分かり切っている。まだ、終わって居ないから。

 あくまで自分の見える範囲で、あの現実味のない戦いや、出来事が終わった様に見えるだけだ。

「にしても、墓前に来るんだったら手土産くらい持って来たらどう? それが礼儀ってもんでしょ」

「・・・墓石を椅子がわりにしている罰当たりには、言われたくはないんじゃがな」

「あら、この位は良いんじゃない? シグマは結局、あの時の事を後悔してたんだから、これで借りはチャラよ」

 ルーフィスの知らない、シグマが死んだ理由。

 傷を負っていたとしても、足手まといが居たとしても、それでも本来の彼ならディオ・ブラスと言う人形師に負ける事など無かったろう。

 信じられなかったと言う、出来事だった。

 二度目のショックで。自分の目の前で彼はそうなったのだと、メリルは言った。

 ただ、あの時はすまなかったと言う遺言を伝えて。

「なら、お主も死ねば、そうされても文句はあるまい?」

「さすがに男の尻を乗せられるのは勘弁して欲しいね。私は女だから良いのよ」

「なんとも我が儘な言いぐさじゃな」

 漸く、気付いた様に笑ってしまったルーフィスは、自分が酔っぱらいなのだと分かったらしい。

 物言わぬ墓を相手にするよりも、生きている者と飲むさけの方が旨いに決まっているのだ。

「ほら、アンタも飲みなさいよ。少なくともアンタも、この子を認めた一人でしょうに」

 そう言って墓石を叩いてから、まだ封の切っていない酒瓶を投げて渡し、自分も新しいのに手を付ける。洋盃など無く、そのまま喇叭飲みにしているだけ。

「結構高いんだから、マズイなんて言ったら張ったおすからね」

「それは怖いな」

 笑いながら酒瓶の底をかんと鳴らし、互いに煽る。

 溜息と共に吐きだした息は熱く、それが心地よくて、目尻がゆるむ。

「む・・・銘が無いが、これは煌瞬じゃな。じゃが、結構な年代物と見たが」

「ちょっとツテがあってねー。分けて貰ったのよ」

「・・・・まさかとは思うが、ルド殿にくれと言ったのではあるまいな?」

「へー。なんでんな事知ってるのか知らないけどさ。ちょいとばかりシュリさんに頼んでくすねてきて貰ったのよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 真っ青になったと言う事は、何かしらの事情があったと言う事だ。無論、酔っぱらった自分にはどうでも良い事。旨い酒は何度飲んでも旨いとしか感じないと、何処か酩酊して纏まらなくなった思考で考えている。

「ま、ったく。お主ほど命知らずな娘もそうそうおらぬわ」

「・・・なんか気に障る言いようだけど、許したげる」

「もしやそこにある空けた酒瓶は全部、同じ物ではあるまいな?」

「同じだけどどうしたのさ」

 その瞬間の。真っ青な顔のまま地に膝をついて絶望したような顔のルーフィスにけたけたと笑い声をあげて。

 この酒がどういう由来でルドと言う、三闘士が持っているのかとか。この後の事を考えると少々頭が痛いとか、口止め料としてまたこの酒の代わりを持って来いと約束を取り付けたりと。

 たった二人の。それも不釣り合いなコンビも酒盛りだったが、間違いなく楽しめた。

 それもまぁ、何時かは終わってしまうと分かっていたのだけど。

「さて、そろそろ帰るかな。これ以上居たらホントにここで野宿になっちゃうしね」

 流石に飲んだ酒瓶をそのままにしておく等と言う事はせずに、一つずつ拾って抱える。

 後はこのまま帰って、ベッドに倒れ込むようにすれば直ぐ寝られる。

 何処に行っていたのだと、メリルに小言でも言われるのは間違いない時間ではあるが、それも日常の内だ。

 だからルーフィスは言ったのだろう。

「手伝っては、くれんのか」

「・・・・何を?」

「酔っている訳でもあるまい」

「そりゃ、この程度で酔ったりしないけどね」

 少年としての顔ではなく、多分それは、魔王剣としての顔だ。

 認めたからこそ、出た言葉で。

 ここに居るからこそ、言ったのだろう。

 あの時と違う場所で、誰一人、同じ者など立ち会わせていない。

 覚悟を見せた自分と、それを認めた彼と、最後までやり遂げる事が出来なかった男の墓標の前だから。

 だから自分が動くには、十分な理由もある。

 迷ったり、考えたりする必要など、無かったのだろう。

「・・・・昔なら。かな」

「何?」

 断わられるとも思っていたのかもしれないが、見当違いの言葉を聞いたから、眉間にしわを寄せる。

 それは自分が理解出来ないと言う現れなのだから、笑ってやる。

「私は行けない。やっぱり、私とあんたらは違うからね」

「・・・・よりによって、そんな下らない答えか」

 怒りを露にしたのは、彼が誤解しているから。

 いや、まだ届いていない、と言うべきか。

 彼らだからこそ知っている事があるのと同じく、自分たちだからこそ知っている事もある。

「下らない? そうかしら」

「種族の違いなど」

「違うわ」

「・・・・」

「それに囚れているのはあなた達でしょう? 対等に戦えなきゃならないってのは、私たちのルールじゃないわ」

「なら」

 聞くばっかりで。

 昔の自分も、あんな感じで聞いていたのだと思い出す。

 知らなくて、分からなくて、自分の中には決して無かった物で。

「正直、あんた達の考えは羨ましかったわよ。何処までも正直で、表裏なんて無くて。
 一度決めた事を揺るがさないとか、そんな事じゃなく、自分だけの中に正義が。
 ・・・ちょっと違うかな、強い意志だけがある。それに善悪なんて無いんでしょう。
 けど私たちはそれに縛られて、日々を生きて行くなんて難儀な道を選んだ。
 だから羨ましかった。そこまで、自分でいられるあんた達は」

 だから悩み、戸惑い、躊躇って、絞り出す様にして答えを選んで。

 戦争と言う馬鹿げた事が、結局起こってしまったのだから、敗者と喧られるかもしれない。

 何の事はない。皇都は人間でも魔族でも無い誰かたった独りに、滅ぼされたのだ。自分の手が届かなかった人々に、人族も魔族もなかった。

 あまりに多くの命を、失ったのだ。

「そりゃ、泣きたくなる日もあったし。それでも涙なんて流れなかったけどね」

 笑っている自分。

 笑っていられる自分の心が、何処までも憎かった。

 結果だけ見れば自分は、逃げたのかもしれない。

 サリアと別れた場所で少し足を踏み出せば、ついて行けたのだ。

 見えてしまった、皇都の光景。

 それが、退かせる原因ではなかったと言うつもりはないが。

「けど、やっぱり違うよ。あんた達は戦う者だ。私は、守りたい。そこが違うから」

「・・・・・・・」

「だから一緒には、行けない」

 冷たい風が吹いて、夜は深まって行くのが分かる。

 決別の言葉、なのだろう。

 もし目の前に居るのがサリアだったら言えなかった。

 何を言っても自分は彼女が、唯一無二の親友だから。

「それが人間と、魔族の違い・・・やもしれぬな」

 何処か、泣き出しそうで。懐かしむ顔。

 老人のそれではなく、姿見通りの少年の顔は、自分の様に溜息を吐いて直に消える。

「昔も、そんな事を言われた事がある。懐かしい、シュレートの言葉だ」

 それが彼の見せた唯一の弱みであり、別れだったのだろうと。

「それを考えれば、お主は古くさい考え方をしておるのう。あまり苦労を背負うと早く老けるぞ?」

「なっ!?」

 瞬間的に頭が沸騰するのが分かり、手に持っていた酒瓶を投げつけかける。

 最もそれが本心で出た言葉だろうが、別れと言う感情を紛らわす為だと分かったから止めた。

 少々、一度止めてしまった手前、もう一度投げ返すのもどうかと訳の分からない事を考えてしまった為かもしれないが。

「これでおあいこよね。無駄な事言ったら今度は頭を奇麗に染めてあげるから」

「おーおー怖いのう。年寄りは優しく扱うもんじゃぞ?」

「花の乙女を捕まえてどんな童顔で言うか普通・・・」

「何処が乙女じゃ何処が」

「ふん」

 だから、唐突に、笑えてしまう。

 互いにそれは同じで。

 これが欲しかった日常なのだと、理解している。

 だからだろう。

 どちらともなくその笑い声は失くなり、彼は言った。

「酒の約束、遅くなるやもしれんが気にするな。わしは気にせん」

「気長に待っててあげるわよ。借しはちゃんと返しなさいよ」

「厄介な奴に借りなどつくるもんじゃないと今更思い知らされたわい」

「ご高名な魔王剣にそう言って頂けると光栄ね。じゃ、またね」

「二度と会う事など無かろうて」

 そして、互いはすれ違い、自分は街へ。彼はかつて皇都が会った場所をも越え、行くのだろう。

 帰ればなんの事はない。日常が待っているだけ。

 彼に待っているのもまた、非がつくが、日常には変わりないのだ。

 生きて行く時間と、道とが違うから、こうして出会い、また別れて行く。

 心配にならない。

 それは嘘だから、あの時言ったのだと届いたかも分からない言葉を再び口にする。

「ちゃんと待ってるからさ。さっさと帰って来な、サリア」

 何故かその時。

 文句を言う彼女の顔を見た気がして、一人忍び笑いをしながら帰路を行く。

 明日は一日寝て過ごし、明後日からはまた、仕事だ。

 忙しくなる、前とは違う日々は、辛い事も含めて、やりがいある、生き甲斐のある日々に違いない。

 凍顔の知将と呼ばれた女はもう居ない。

 今はただ、一人の親友の帰りを待つ、女が居るだけだ。

 自室のドアを開け、やはり起きて待っていた同居人の顔は怒っていたが、酔ってそのまま寝てしまうのが心地よい。

 喚く声と、仕方なさそうに笑う言葉と。

 いつかこうして、ここにやってくる彼女を待って、生きようと。

 そう呼ばれた自分の、バイア・ガーランドの顔はもう、笑っていた。







[ACT SELECTION]