「それにしてもヤヨイってつくづく凄いわね」

「何がだよ」

「私の二つ名知ってた事もそうだけど、あんた達の信頼得られる様にあんな機会用意してくれたし。普通考えつかないわよ?」

「俺はあんたなんぞ信用してねぇからな」

「貴方に信用して貰ってあるメリットは無いわ。それに比べて、他の連中は残り物だけど際立った実力揃いですもの」

「そこまで言うか?」

 丁度良い小間使いとしてしか見ていない事を、まぁ、気に入る男は居ないだろうが。シグマも一般男性と同じ意見の様で先ほどから眉間に皺を寄せたまま不機嫌な様子だった。

 最も、自分の言った通り、彼が役立つときと言えば戦闘時以外、今回の仕事では無いのだ。

 交渉相手に脅して穏便に済ませる方法もあるにはあるが、あまり刺激しない方が今回の場合は吉。

 下手に誤解されて戦争を起こされたらそこで自分の仕事の失敗は愚か、一体どれだけの被害が出るのか分かったモノではないのだ。

「で、俺ら何処に向かってるんだよ」

「決まってるじゃない。私の家」

「・・・あ?」

「この格好で旅なんか出来る訳ないでしょ?」

「・・・・・そ、そうか」

「その変に安心した表情はあんまり女受けしないわよ」

「う、五月蠅いっ!!」

 どちらにしろ、現段階で懸念すべき事は幾つかあり、まず解決すべきは入輸出するべき街道の確保と、商人達を襲ったとされる盗賊団の事だ。

 この賊の名乗った名前が分からなければ、多分、今回の事はヤヨイの耳には飛び込んでこなかっただろう。西側の人間に取って最も極悪非道の名で有名な盗賊団なれど、南方地方で、特に街道を襲う動機が全くない賊だったのだ。

 しかしもしそれが本物だったら。

 もしも、その盗賊団とダルト連合国が手を組むような事態であれば事は間違いなく最悪な方向へと加速する。

「ほら、さっさと走る。三十路過ぎた女に負けてどうするの」

「あんたの家を俺が知ってる訳ないだろうがっ!!」

「それにしちゃ、息が上がってるのはどうしてかな?」

「アンタが変な事ばっかり言うからだよ!!」

 どちらにしろ、この状況を楽しめるのは今くらいであろう。ストレスで胃に穴が開きそうになる位、大変な事は目に見えている。

 異種族混合盗賊団「竜の爪」。北西を拠点に悪事、と言うか、規模で言えば一国の軍隊にも匹敵する程の名の通り、種族がバラバラの盗賊団。

 しかし盗賊団と言うよりは、もはや単にテロリストで締めくくった方が良い程の犯罪者の団体で、西に居た頃は防衛戦と幾度か交えたモノのギリギリの所で勝てたと言う戦果。それも中身を見て見れば、被害は此方ばかりに広がり、相手方は人員を兵士と言う使い方ではなく、一個として統率が取れすぎた傭兵と言うやり口なので防衛した街は殆ど壊滅状態だったのだ。

 名ばかりの勝利であり、その街の総人口の四分の三を失って勝利も何も無いだろう。

 何もかもは、知らされない事実ばかりで、凍顔の知将の名も噂ばかりが一人歩きした、空論の英雄と言っても過言では無いのかも知れない。

 何せあの時バイアは、自分がそう呼ばれている事すら知らなかったのだ。

 自分が人殺しを命令し、兵士に死んで行けと言っている事を認識していなかったのだ。

 それを知る者は、これからどの位居るのだろうか。

 ヤヨイが、自分の二つ名の事を知っていると言った時の表情。

 もしかしたら、西側でも知っている人間が一桁の極秘事項を知っていたのかもしれない。

 そう思った時、古傷にナイフを突き立てられた様な感覚を感じたモノの、笑っている自分が、そこに居るのだろう。

 それだけ、西側の情報を管理する能力が下がっていると言う事なのだ。

 味方であったならば懸念すべき事である一方、敵になった時は見抜きやすい弱点だから。

「にしてもよ、あんた本当にあの凍顔の知将なのか?」

「どうして?」

「いや俺が昔、聞いたイメージと大分違ったからな」

「じゃ、私以外にもう二人くらい居るんじゃない?」

「じょ、冗談よしてくれ。二人も三人も居てたまるか・・・」

 しかし、この男も案外鋭いのかもしれない。

 認識している実力を使い、眠っている実力は気付かぬ内に外に出ようとしているのだ。

 これも昔は、分からなかった事だろう。

 たった一人の人物の可能性を、間近で見る事が嬉しい等と。

 そして家に着いたバイアは、早々に旅支度を済ませようと頭を切り換えた。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:VIOLET CARD





































 旅支度も終わった。

 その旅に必要な資金は、ギルドから出ていたので問題は無い。

 通常は出ない必要経費も出してくれたのだから、今回の仕事の重要度がかなり高い事も理解している。

 それこそ、こんな特殊な状況でしかギルドは必要経費を落とす事を許してはくれないのだ。

 あくまで仲介人としての立場を崩さず、バランスを取って接する場所。

 こんな商人じみた発想を、剣闘師の一人が考えたと言うのだから驚きである。強いと言う事に関して言えば、彼ら、彼女らと言うべきかもしれないが。三人の剣闘師はかなり頭も切れるらしい。羨ましい限りである。

 話が脱線したので元に戻そう。

 全ては、順調だった筈だ。

 東に行くのならば魔導列車を使い、距離に掛かる時間も短縮出来るのだが、南方にはまだ整備出来ない場所も多く、線路は開通していない。

 だから早馬を使い、自分とシグマの役目である、盗賊団の有無と、もし居るのならば「竜の爪」であるか否かの調査をしようと急いだのだが、見事にその出鼻をくじいてくれた張本人はシグマと自分の間に居て、呑気に笑っているのだ。

「なんで、あんたはココに居るのかな?」

「やっぱ居候としてお手伝いが必要かな〜と思って」

「ありがた迷惑って知ってる〜?」

「モチロン」

 無論、その張本人とはサリアなのだが。シグマは着いてくるなと説得させるのにまるで役に立たない。にやにやと、多分本人は気付いていないのだろうがかなり間抜け面になっているその顔をサリアに向けるだけで説得しようとも思わないらしいく、反応する条件に当てはまっているのは一つ。

「美味しいんだよね〜それって」

「は?」

「君もそう思うよね。え〜っと」

「シグマ・レノンですっ。モチロン、僕も美味しいと思いますよ」

「・・・そ、そうだね」

「バイアさん、良いじゃないですか。どうせたいした用でもないんですし」

「あ、んたねぇ・・・」

 ここまで壊れてくれるとイジメ甲斐が、もとい、かなり迷惑なお荷物が二つ増えた様な気もするのだが、サリアまで「なんだこいつは」と言う顔をさせる様な人間には初めてであったと言うカルチャーショックが少々。

 後は事情を知らない、同時に知らせる事が出来ないサリアにどうやって引き下がって貰おうかと言う問題が一つ。

 何せ、今回の仕事は民間人からの依頼ではなく、ギルドの、それも極秘裏に行わなければ失敗する、いわば任務なのだ。

 無論、他者に話して良いモノではなし、かと言って彼女を事情も知らせずに納得する様な性格でもない事も分かり切っている。

 だからたった一つの問題とは言え、超難関でもあった。

「たいした用事じゃないんだったらい〜じゃん。ね〜」

「はい、そうですよ」

「シグマクン、そう言う時は「はい」じゃなくて「ね〜」だよ」

「あ、そうなんですか?」

「そうそう」

「じゃあ・・・・ね〜」

「ね〜」

 その上、条件は味方だと思っていた男は色ボケで敵に寝返る悪条件。

 話の分かる様な相手であれば何とかする自信はあるが、簡潔に言える馬鹿相手に話が通じる筈もなく、幾つかの選択肢を必死になって考えてみる。

 その間も刻々と時間は過ぎ去り、例え今居る、この場所。皇都の自宅近くなのだが、平穏極まりない時が流れていたとしても、下手をすればここが戦場になる事態を招きかねないのだ。焦るなと言う方が無理だろう。

 こんな切羽詰まった状態と自覚しにくい場所での考え事など上手く行った試しは無い。

 そして

「あ、バイア? 逃げるなんて、ダメだかんね」

「・・・・・・・・・・・・」

 こういう時の、自分の表情から漏れる、と言うか、考えを見抜かれる雰囲気を隠す術はとことん下手な事も自覚しているのだ。

 だから、一生のお願いとか切り抜ける台詞を考え口に出そうとしたのだが、唇に指を添えられその言葉を遮られ、それが男で、自分好みの相手ならいざ知らず、ヨリにもよってサリアだった事が自分に取って腹立たしい事だった。

「一応、私もお仕事でバイアのお手伝いする事になったんだよ。ちょっとおちょくりすぎたかな?」

「誰に頼まれたの」

 だから彼女の顔も見ずに、どうせ口から出任せだろうと、手の込んだ遊び理由を思いついたモノだと半ば感心していたのだが、いつもならすかさず帰ってくる筈の答えがワンクッション置いてからしか帰ってこなかったのだ。

「剣闘師の、三つ色の剣舞だよ。まー、私もお家柄と言うかー、事情が色々あってね」

 それにその時の彼女の顔は、お世辞にも日頃笑って冗談言って馬鹿にして馬鹿にされている様な日常しか送っていない様な人物のする様な顔ではないのだ。それこそ、彼女の容姿通りの年頃の娘がしているような、身勝手な落ち込む時の様な表情なのだが、そんな表情を見せたことがない彼女だからこそ、真剣だと言う事も分かり信じてみる気にもなる。

 の、だが、流石に「剣闘師から頼まれた」と、一介のハンター。例えそれが魔族であっても素直に信じられないのも道理。自分の顔は余程分かり易いらしく、信用しないと言う眼差しをしていたのだろう。彼女は懐から取りだした一枚の用紙を渡し、読んでよと目が訴えかけてくる。

 そして多分、大学で使っているノートであろう破いた一頁の紙なのだが、中に書いてある達筆な文章と内容はとてもではないがこんな安物の紙に書くような事柄ではない。

「第一皇女のサインまであるなんて聞いてないわよ」

「そりゃ、私も居るとは思ってなかったし」

「ガ・ルドって言うのが三つ色の剣舞の名前なの?」

「そーだよ。私みたいな若い魔族は統一郎(とういちろう)って呼んでるんだけどね」

「東方の名前なのね」

「こっちに来る前はどっかの街の近くの森に居たからだって。昔聞いた事があるっす」

 だから、自分自身、驚いている事が分かる故に、落ち着こうとくだらない質問ばかりを繰り返し、馬鹿馬鹿しいと思考を無理矢理中断させてもう一度サインに目を通す。

 それは見間違う事も無い、本物のサインだ。本来王族のサインなど、軍関係者か、王族位でなければ見たこともないのが常なのだが、この国には様々な王族のサインがあり、この皇都を造った初代ガ・ルーン公皇の墓などは良い例だろう。

 見たモノならば真似出来る、と言う人物も居るかもしれないが、特殊な魔導文字を使い、紋章や記号を織り交ぜたそのサインは、王直系の血筋でなければ使えない様に細工されている。バイア自身、紋章士と言う血筋で扱う紋章府(クレストカード)を何枚か有している為、その術の地味だが強大な影響力は嫌と言う程実感がある。燃やせば灰になる様な紙に書いてある事がまず一番の驚きだ。

 それに普通、こういった重要な任務の際に使われる紙は、何らかの一定条件が無ければ消せない、燃やせない、と言った特殊なモノが使用され、敵国の間者に悟られぬ様、暗号文等を使うのが常識。なのに、誰でも読める様な紙に、見たところ達筆ではあるが走り書きの様に書かれた文章は真剣に書いたと言うより、子供が落書き感覚で書いた様な字に見えるのだ。

 余程、この文章を書いた人物は自体が分かっていない馬鹿か、動く世界と人物を見据え、結果が見えている切れすぎる人物かのどちらか。

 そう言った意味で、遠巻きにしか見たことは無いが、第一皇女のフェルト・ガ・ルーン、今年で確か14か13にしか満たない少女より、剣闘師が書いた物だと言う事は予測も出来、同時に空恐ろしいモノを直感が見つけたと言う事で、二つ目の驚き。

 そして三つ目は、彼女が、ドジでおっちょこちょいで短気で粗野で、いつも自分の足を引っ張ってくれるサリアが持ってきたと言う事が、驚きなのだ。

「な、なんか私の顔についてるの?」

「いえ、何にも着いてませんよ」

「いや、シグマ君に聞いた訳じゃないんだけどね〜」

「そうですか。あっはっはっは」

 冗談で、魔族の良い家柄だのと言う上等文句は聞き飽きる程聞いてきたが、単なる一介の魔族が直接、剣闘師から依頼を受けた等と聞いた事はない。

 それこそ昨日、彼女が言った「13魔剣」とやら、魔族に取って魔王たる存在「見たいなモノ」ではあるが、そう言った立場に近い者と考えてもおかしくはないのだろう。

 彼女自身が、魔族としても、立場的にも異例だと言う事が、驚きなのだ。

 言ってしまえば単に認めたくないと言うだけかもしれないが。

「で、連れてってくれる?」

「コレ見て、断れると思って言ってるの? なら凄いわね貴方は。サリア」

「まぁ、卑怯な事くらい分かってるけどさ。バイア絶対連れてかないとか言いそうだったし〜、もうちょっとで多分、言う事耳に入らない時間が来るんだろうし」

「?」

 最後の言葉の意味は分からなかったが、絶対に連れて行かない気で居たのは分かった様子。

 なら何故、ヨリにもよってコイツを寄越すんだと、この書面を書いた剣闘師に文句でも言いたい気分だったが、実力も地位も、知識もあるガ・ルドと呼ばれる剣闘師が認めた使者が彼女だと言うならば、信じない訳にも行かぬのだろう。

 まこと、ありがた迷惑な話しである。

 そして、彼女の最後に付け加え言った言葉の意味が、漸く分かった。

「・・・・成る程ねぇ・・・。言う事が耳に入らない「時間」、ね」

「大丈夫?」

「???」

 男のシグマに分かる訳がないのも理解しているつもりだが、ヨリにもよって女の「つきもの」が今、始まらなくても良いだろうと思うのは我が侭なのだろうか。

 腹部に差し込むような痛みと、それによって頭痛さえする上に、気分はどんどん最悪になるのが分かる。

 女である限り、それは仕方のない事だと割り切れる歳になったとしても、ここまで重くなくても良いダロと何度と無く呟いた事か。

「ちょっと、待ってて・・・。用意してくるから」

 何より、興味津々に聞いてくるサリアが隣りに居た頃は、贅沢な悩みだと言った事もある。

 魔族には人間で言う女のそれが無く、子孫を残すと言う行為自体は人間と同じに出来るのだ。

 本来人間のそれは、古くなった部分を棄てると言う事に近く、だからこそ痛みを伴うのだろう。

 誰かが言った。

 不必要な部分など、ありはしないと。

 だがそれが男の言った言葉だからこそ、信じる気もなく、特に今はそうだと言える。

 そんな神経を逆なでしたい訳ではないのだろうが、毎度の事ながら察してくれと言いたくなる彼女の言葉。

「手伝おうか?」

 あまり考えたくはないが、彼女ならやってくれそうな気がする行為が頭を過ぎるのが嫌で堪らないのだ。

 血を啜る姿が安易に想像出来てしまうのも長い付き合いだからだろう。

「何をだコラ・・・・」

 だからそう言って、重い身体を動かしながら家へともう一度戻っていった。





 そして早馬を借り、南へと急ぐ、だけなのだが。

 イイカゲン、痛すぎだと言う自分の意見は真っ当だろう。

 男尊女卑と言う言葉があるが、自分はそれを否定する気にならないのは今の様な状態も考慮に入れるからこそ。

 第一、そう言っている輩は女だとしても男だとしても出来損ないが多いのである。

 少なくとも西側は違ったが、皇都の街で見かけたほぼ全ての女性は男性よりも優位であり、働けないのではなく、賃金を稼ぐために働かないと言う結果を手に入れているだけなのだ。北側ではあまり好まれた話しではないが、女であれ王族や歴戦の勇者にでも祭り立てられるのは魔導を使えぬ北方出身者故に身体が異常な迄に強靱である証だろう。

 何にせよ、こんな状態で真っ当な仕事をしろと言う方が甚だ無理な事は、この痛みを知っている女にしか分からない事だ。

 だが、それに反論できる術を持った者達も居るのは当たり前だろう。

 バイアは同性にその同意を求めて得られた事は無いのだが、腕や脚を切り落とされても尚、動かなければならない状態の兵士や傭兵などは殆どが男性ばかり。

 戦場でそんな負傷者が戦わなければならない状況など、待っている未来は絶望と敗北の二つだけなのだが、それでも抗わなければ殺されると言うのだから、可哀相と言えば可哀相。彼らになら、そんな経験をしたモノになら、一ヶ月に一度のコレくらい、確かに何でもないと言われても反論する術は何処にも無い。

 つまり、何が言いたいかと言えば、頭の中でそんな事を考えて、自分よりツライ思いをしながら動かなければならない者の事を想像していなければ癇癪を起こしそうなのだ。早馬の上で、半立ち状態になりながらの疾走と言う奴は。

 上へ、下へと揺れるこの状態はハッキリ言って地獄であり、急いでいるから仕方ないと言うのは理性で押さえ込むにはあまりに酷。

 一応、補助系で簡易の魔導術位なら、痛み止め代わりに使えない事もなく、無論、今もそれを使って痛みを押さえている。それでも痛みを感じるのは、自分の身体の血筋故。

 家から逃げ出した時も、傍迷惑な家に生まれたモノだと罵ったのだが、こんな時まで家を思い出させる、まるで呪縛は何時までも自分を戒めてくれるらしい。

「バイア〜、顔、真っ青だけど大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。もう、これ以上ない位健康ねっ!!」

「ご、ごめんなさい〜」

 横で同じ早馬に乗っているサリアも、心配しているのだろうが、こんな時に言葉など掛けないで貰いたいのは当たり前だろう。

 シグマなどは多分、何でそんなに怒るのかと不思議がっているに違いないが、分かって貰えなくて当然と言う常識があるからこそ、そんなには当たり散らせない。

「そんなに辛く当たらなくても良いじゃないか」

「何か・・・言った?」

「・・・・いえなんでもないですっ」

 そんな状況が二時間ほど続き、次いで馬も疲れが見え始めた頃だろう。

 街も幾つか通り過ぎ、なるべく迂回しようと当初は思っていたのだが、痛みの為に判断を見失い、かなり住人に罵声を浴びせられていた事もあったからかもしれない。

 流石に、騒ぎになったのだろう通り過ぎた街では。

 だから休もうと南方の大河の一つである、西から東へと流れる大河越えの関所手前まで来た時、馬が早々に危険を察知して止まり、投げ出されそうな体制を何とか保ち見たのは、十人ほどの近隣に住む民。

 ただし手に持っているのはクワ等の畑仕事に使う道具ではなく、明らかに西側のある部隊が使っていたと分かる武器ばかりで、顔つきは泥を塗りたくって変装しているつもりなのだろうが、本でしか知らない事ばかりを実戦して失敗している馬鹿にしか見えない。

 正直、ここまで分かり易い証拠を持って現れてくれるのなら、今、事を急いで目的の街まで行くよりも、騒ぎを大きくしながら蹴散らして行く方が得策なのではないかと思いもするが、取り立てて今の問題を解決してから、船の上でゆっくり考えても遅くは無いだろう。

「街の騒ぎを聞いて駆けつけたって所かしら?」

「ほう、なかなか考える輩も居る様だな」

 少しだけ挑発「される」様に誘ってから、相手の口がもう一言付け加える様に開いた瞬間を狙い、

「サリア、シグマ」

「あいあいさー!」

「おうさっ!」

「!?」

 一気に嗾けるだけだ。

 結果なぞ、相手の実力を見抜いていたので簡単に予測も出来たろう。

 鑑みた所、この十人ほどの追っ手と言うか、差し向けられた間者まがいの連中と言うか。要するに時間稼ぎの為に寄越されたらしいが、イイカゲン、舐められたモノだとしか言いようがないだろう。

 特に、自分の素性を知らない者達が多いのかもしれないが、シグマの二つ名くらいは知っていて当然の連中。

 捨て駒としても機能しなかったのは彼の強さのおかげもあり、同時に、彼らにとって予想外の実力者であるサリアのおかげだった。

 何せ、問題事を抱えても殆どキズ一つ無く生還する彼女は、あまり知られていないがハンターギルドの生還率を上げている一人なのだ。

 間違いなく死ぬぞと言われるような仕事であれ、面白ければ何でも良い、と言う馬鹿としか言いようのない考えでもってやっている動機は確かに不純で、そこさえ無ければ優秀なハンターだろう。そこさえ無ければだが。

 それに人間相手だと、少々彼女らしさが出てしまうのだろう。いや、魔族らしさなのかもしれないが。

「その辺で良いわよ。一人残ってれば良いから」

「え〜」

「取りあえず聞くけど、貴方、どの部隊の所属なの?」

 不満を漏らすサリアをよそに、生き残った最後の男、最初に声を発していた男だったが。

 問いかけながらも、頭の中で順々に言葉を選ぶ事を忘れない。

 案の定、言い淀んでから口を開いたのは「何処の何者か」と聞かれたのではなく「どの部隊」と国の事を知っている様な素振りだったから。

「そ、んな事を言うと思うか?」

 それでも、スパイとしての誇りか。不適な笑みをしているのはバイアに対して笑っているのではなく、自分の弱い部分を隠そうとしての足掻く為。

「ま、一応聞いただけよ。ダルト連合国の黒部隊って事は分かってるし。相変わらず馬鹿ガラスって呼ばれてるのかしら?」

「・・・・・」

 次の沈黙は、男の必死の抵抗なのだろうが、顔が一気に真っ青になっては意味も無い。

 事情を、知っているからこそカマもかけられるのだが、この男の様子を見ていれば暗殺部隊だけは昔からの特色を色濃く受け継いでいるらしい。その辺が分かっただけでも収穫があったと言うべきか。

 しかし、外野が五月蠅くなるのは予め分かっていた事とは言え、鬱陶しいモノは鬱陶しい。

「ねーバイアー。これ食べちゃダメ〜」

「汚いの食べたらお腹壊すわよ」

「じゃ、そこのおじさん。生きてるし洗ってから躍り食いして良い?」

「まだ話の途中だから駄目」

 毎回の事なので慣れはしたが、その感覚をハッキリと理解出来ないのは当たり前だろう。

 彼女は自分と友人として付き合っている。それは事実であり、関係の無い人であるならば、今の様に喰らおうとはしない。

 最も、一度それが敵ともなると、彼女に取ってそれは話が分かる相手ではなく、餌になるのだ。

 だが、上手くこの事を利用出来るのではないかと思い立ったのは、男が西側出身者だと言う事に気付いたから。

 盲点と言うか、こうやって対等に話せる様な機会でもなければ使えぬ方法だ。

 そして思い立ったが吉日。サリアの方へと視線だけを向け、にやりと人の悪い笑みを浮かべながら言って見る。

「でも、何にも話さなかったら今すぐ食べて良いわよ。役立たずに用は無いから」

「うっしゃっ!!」

 その返事を聞いた途端、男の中で間違いなく古傷と言うか、西側の人間ならば誰もが思い浮かべる話がある。

 情緒教育される一環として、嘆かわしい事だが西の国のほぼ全てで、人間以外のバケモノは自分たちよりも下等な生き物だと言う事柄を教え込まれるのだ。それに対し、魔族の巣と言うか、寝床と言うか、集落と言うか。結構頻繁に無意味な討伐が行われているのだが、その度に人間側の被害者数だけが増加し、死体すら帰って来ぬ事が問題になりもしたのだ。

 その結果生まれたのが、魔族に対しての劣等感と畏怖の念。要するに、兵士や、軍関係者であればそう言った事が良くも悪くもデマである事など知っているのだが、子供や、オトナになりきれない青年、そして夫や恋人を待つ女性は皆が皆、魔族は人間を襲っていると言う、謂われのない先入観が生まれたのである。

 そしてもう一つ、目の前の男の様な兵士や、暗殺、諜報、情報操作などを生業とする西側出身者だけに当てはまる事なのだが、皆が揃ってその子供の頃の畏怖を追い払う為に、魔族の子供を陵辱しているのだ。

 人間の女を襲えば罪だが、魔族や多種族の雌ならば問題ではないと言う事らしいが、初めて聞いた時は信じられずに居たモノ。何せ、この大陸全土で廃絶されようとしている奴隷制度ではあったが、魔族と言うモラル的に多種族ならば良いと言う免罪符を誰かは知らないが造り出してしまった結果、歪んだ欲望のはけ口として使われている現実があるのだ。

 それを知ったから、自分は故郷も捨てて皇都へ来る切っ掛けになった事はまだ覚えている、過去ではなく自分の中にある黒い部分。

 だから徐々に頭に過ぎる、これもある種の歪んだ欲望なのだろう。同じ西側の出身者だからこそ、こういう男を見ていていい気はしない、と言うか、この場で拷問フルコースを味合わせてやりたい気にもなる。

 と、そこまではバイアの思いであり、要は誰であれ、自分が生きたまま喰われる事への恐怖心は変わらないと言うモノを利用しただけの話しだ。

 真面目な事を考えた所で、サリアの顔は笑ったまま、と言うか、自分の血を飲む時と同じく真っ黒な微笑を浮かべながらもう酔っている様な状態なのだろう。

 お腹が減ったと、先ほど言っていた事を鑑みてもお預け状態に我慢の限界が来るのはもうすぐなのかもしれない。

「で、どうするの? 別に喋らなくても良いわよ。あんたを助ける義理ないし、私急ぐし」

「・・・・・」

 希望など、そこにはありはしない。

 自分の職種をさぞ恨んでいる事だろうその顔は、恨みではなく絶望しかなく、バイアと言う交渉人に対し許しと助けを求めるだけだ。

「ね〜、まだ駄目〜? おっちゃん、早く諦めて私のお腹の足しになっちゃいなよ」

 だが、物言わぬモノに助けは無い。

 と、言うか、やることもやらずに助けてくれとも言えない男なぞ、要らないと言うのがバイアの価値観だ。

 今までの罪の報いを受けるがいい、とまで言う気は無いが、抵抗もせずに大人しくそこに座っているだけなら、喰われて当然。

 踵を返し、サリアの嬉しそうな声が聞こえた瞬間、男の心は漸く動く。

「ま、待ってくれっ! 話すっ! 何でも話すからっ!!」

「え〜、もう駄目だよね。私のご飯だもんこれ」

 不満は最も、と理解したくはないが、ここは我慢して貰おうと睨んでサリアを引き離すが、男を含んで睨んでいたらしく、青い顔は既に土色になって余程自分の顔が怖いのかと、また顰めっ面になってしまう。それを堪え、わざと微笑んで見せたのはサリアの様に餌を目の前にちらつかせる為。

「じゃ、話して貰いましょうか。貴方の部隊の隊長は誰?」

 しかし、忘れていたと言うか、懸念は一応していたのだが、この男に色々と期待を一瞬でも抱いた自分が馬鹿だったらしい。

「ギア・ワイズマン殿だ・・・」

「あの外道、まだ生きてたの」

 今しがた聞いたばかりの名前の人物にそれこそ、恐怖を叩き込まれて教えられた一つの事の筈だった。

 最も、たった一度だけ出逢い、あそこまで恐怖を感じた個人など何処にも居ないと思っている。

 だから身体が反射的に仰け反った瞬間、くぐもった音と共に上半身に掛かる赤いモノと、後に残る首から上が無い死体になったそれを見た時、舌打ちしてしまうのは自分のミス。

「あ〜ぅ、死んじゃったよ」

 情けないサリアの声が聞こえる一方、頭の中では「しまった」と「ざまあみろ」の二つが混在し、それが罪悪感を呼び覚ます。

 ギア・ワイズマンと言う男が隊長を務める部隊で、どういう命令や教育が成されているかは嫌と言う程知っていた筈なのだ。敵前で捕まった時、奥歯に仕込んだ爆薬で自分の頭だけを吹っ飛ばすのもその教育の一つ。

 そうしないと言う保証が無かった訳ではなかったが、すると言う保証もなく、男ならば醜くとも生き延びると思ったからこそ、と、そこまで考えた所で思考を中断させて、感じている罪悪感を塗りつぶす。

 気にした所で、死んだ命は戻ってこないのだ。

 既にまともな考え方ではなく、死体を数えられるだけマシ等と言う感想は常人の抱くべきモノではないと言う事も十二分に承知している。

 それでも、納得しなければならないのが戦争なのだ。

 開戦の狼煙が空に一筋の線を造り、幾千、幾万の兵士達が死ぬと分かっていても行かなければならない、無意味な場所。

 殺す事を禁じていながら、それを唯一、破って良い場所だから。

 免罪符など何処にもありもしないのに、それに縋り付いて辿り着く結果。

 そして人は無意味と分かっていながら、どうしようもないときに過ちを犯す。

「罪、ね」

「どうしたの?」

「なんでもないわよ」

 残念がっては居るが、仕方ないとタカを括ったのだろう。サリアはもう死体を勿体ないと言う目で見る事も止め、それでも此方を見あげてくる。

 呟きの意味を理解しろとも言わないし、して欲しいとも思わない。

 これこそが本物の違いなのかもしれないが、彼女に意思があり、命があり、そこで生きていても、多種族なのだ。

 たまに、どうしようもない位の種族の違いと言う奴を見せつけられて、羨ましいと感じる事もある程。

「そう言えば、シグマはどうしたの」

「あ、シグマ君? あそこ」

「・・・・・なんか、倒れてる様に見えるけど」

「なんか拷問する様な雰囲気になりそうだったし、気絶させといたけどダメだった?」

「勘がいいと言うか・・・、お節介と言うか」

「えー、でもシグマ君、きっとこういうのキライだよ?」

「まぁ、そうだろうね。そうだろうとも」

 過去をどれほど知っているのだろうか、ではなく、彼女は間違いなく彼の過去も、そして自分の過去も知らないと言い切れるのに。

 どうしてこんなにも勘がいいのだろうかと、当たり前に考えていたのは日常と、そして非日常のどちらもだ。

 何にせよ、羨ましいと思う反面、

「じゃ、起こすかっ」

「サリア・・・」

「ん?」

「両腕わきわきさせるの止めなさい。圧死させる気?」

「えへへ。大丈夫だって。意外に頑丈だったから」

「せめて優しく起こしてあげなさいよ。まぁ、どっちにしろ喜ぶとは思うんだけどさ」

「?」

 まあいいやの一言で全てを済ませてしまう彼女の性格を真似て幸せになるには、余程の苦労が必要だと言う事も分かっているのだ。

 それこそ、天性と言う奴だろう。改めて羨ましいと再認識させられた瞬間だ。

 周りに転がる屍があろうと、その性格に揺らぎがないと言うのが彼女の強さ。

「・・・異常さ、とも言う、か」

「なんか言った〜?」

「なんでもないわよ〜! ゆっくり起こしてあげなさい!」

「ウィ〜ス!!」

 もう、見ないでも手遅れだと、彼女がやる気になったからにはあばらの一つや二つ、我慢して貰おうと自分が思ってしまっているのが順応性が高いと言う事の現れ。

 こんな場所も、現実味のない現実なのかと、ため息を吐く一方、どうしても拭いきれない過去よりかは数段マシなら、それでもいいと今なら言える。

「ほ〜ら、シ・グ・マ・く〜ん、朝ですよぉ〜」

 ただし、自分に被害が及ばない事が条件。

「ぎゃぁぁぁぁっ!!!!!」

 合掌しながらも、そう思うバイアであった。

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