「・・・・最悪」

 そう漏らして、ため息を吐く。

 連れてきた二人はいまいち状況がどうなっているか分かっていないらしく、眉を顰めるモノが一名、いつもと変わらず空腹を感じている者一名。情報提供者はこの場を去って間もなく、ここは南方のそこそこ大きい街の一つ。その一角にある廃屋の中で、敵ながら天晴というしかないのが現状だった。

「ね、分かり易い様に説明してよ。もしくは朝食も昼食も食べてないんだから豪華な夕食をヨウキューするっ」

「サリアちゃんの言う通りだぜ? 最悪なのは・・・・よく分かってないけどもよ。腹減ってちゃ纏まる考えも纏まらないだろ?」

 話を聞く前までは、どうにか出来る。つまり情報を集め、何らかの手を打って戦争を回避出来る物だとばかり思っていた。要するに、自分の理解出来る範疇を擬えているだけの状況だと思っていたのだ。だが、提供された情報の中にはハッキリ、出遅れたと分かるものが幾つかある。

 その中の一つに、西側の偽装工作は既に完了しているも同然だと言う事。南方が生きる為に必要な輸入と言うモノを逆手に取り、そこをつきながら自国に加担させると言う方法は見抜いていた筈なのだ。その輸入経路を絶つ為に使った偽装が盗賊団、と言うありふれた物であれ、何の生涯もなく事が運んでしまうとは思いもしなかった。

 悪く言えば頭の悪い連中の筈だ。西側の、自分たちの様な間者を仕留める為に動いているギア・ワイズマンの部隊は暗殺や殺しの技術は一流でも、その他の政治や微妙な外交の事などてんで無知だった。だから何とか出来る、と踏んでいたのだが、相手の馬鹿さがここまでこちら側に不利な動きを取らせる羽目になるとは思わなかった。

 竜の爪、と呼ばれる盗賊団。彼らが流通経路を絶つ為に使った偽物だと思っていたそれが、じつはホンモノだった、と言うだけの話だ。

 異種族混合盗賊団、と、一風変わった、まるでサーカスの様な印象すら名前を知った時は受けた事を憶えている。所詮、盗賊なのだからと舐めてかかった事もあった。だが、彼らは下手な軍隊よりもよほどタチが悪い。

 第一に、彼らは軍や国の制約に縛られていないと言う事。簡単に言えば悪人は所詮悪人と言った所か。歯止めの利かなくなった略奪が何処まで続くか分からないと言う事だ。軍部が偽装に盗賊をやっているのなら、その上層部を抑えれば機能しなくなるが、ホンモノとなれば別な話。本格的に討伐対でも出さなければ壊滅などほぼ不可能。

 それが第二の問題点である規模。必ず纏まって行動している訳ではない、と言う特殊な盗賊団である彼らは、その全体数を見せた事は殆ど無い。何年に数回だけ、大規模な略奪。それはもはや盗賊と言うよりも犯罪組織と言って良いのかも知れない様な大仕事があるのだが、街一つを完璧に周囲から隔離し、一夜にして全てを奪い去ってしまう様な特徴から考えてその総数は一万を超えるだろう。過去襲われた街の中で最も人口が多かった街が十万人単位で住んでいる国その物だったのだ。

 そして最後の問題は、彼らの頭領が誰であるか分からない、と言う事。ハンターギルドの情報網ですら、竜の爪の頭領が誰であるかは一度として分かっていないのだ。ただ自分の予想で人物像を挙げるのなら、北方の傭兵王国の王と似たような人物なのかもしれない、と言う事しか検討はつかない。人格云々と言うのはこの場合あまり関係なく、何で彼らを支配しているか、が重要なのだから。

 そう言った連中が、輸出入を頻っているキャラバンを襲っている。そして自分が最悪だと述べた理由は、総合した竜の爪の問題点を悩んでいるだけではなく、本当に偽装され動いている連中も居ると言う事だ。

 単なる盗賊団の切れっ端如きになら、自分とサリアとシグマが居れば、楽々ではなく、辛くであるが勝利は出来るだろう。捕まえるのではなく、この場合全員殺害でもしない限り生き残る道はなさそうだが。だが偽装して紛れている偽物達は、簡単に殺せる代わり、その情報伝達が恐ろしく疾い。

 現に、ギア・ワイズマンの名を聞き出した男は半ば自殺とも他殺とも取れない死に方をしたが、術の組み方によってはそれを遠方で知る事はそう難しくないのだ。

 そして最後。此方の存在を気付かれ、警戒されたまま情報を集める、と言うのならまだ出来る事だったろう。だが知られた限り、相手は意地でも自分たちを殺しに来る筈。同時に、時間をかけゆっくり進行させるべき事を早める可能性は大いにあり得る。もしくは既に段階を早め実行しているかもしれないのだ。

 そこから導き出される答え。つまり自分たちのやるべき事。

 無謀だ、間違いなく。それ以外に手は無いとも言える。これ以上状況を悪化させたら、それこそ手の打ちようが無くなる。故に出来る事ではなくやらなければならない事は、偽装されて居ようが居まいが、盗賊団その物を壊滅、もしくは応援が来る迄の間、足止めする事。

 ただし、前者をやらずに、後者を実行すれば、戦争の引き金は簡単に落とす事も出来る。輸入に頼る国を一気に締め上げないのは、自分たちの国に加担させる為。だが、それが出来ないのであれば、滅ぼしてしまえば良い、と言うのが西側の考えなのだ。ここまでそれを出来る状況が揃って居れば、どんな馬鹿な参謀であれ理由をつけてそれをやらせるだろう。味方に出来ぬ中立は、敵になるやもしれないのだから。

 故、必然的に自分たちのやるべき事は一つしかない。

「三人で・・・・何しろって言うのさ」

 後方を見て、二人の様子を伺うが、とてもじゃないが頼りになる、と言う言葉は言えない。無論、二人からしてみれば自分もちっぽけな存在に過ぎないのだが。

「ねー、いつまでそんな暗い顔してんの? ご飯行こうよごはんー」

 問題は山積みではなく、ハッキリと何をすれば良いか分かっている。

 分かっているだけに、腰が引けているだけなのだ。情けないと思う反面、いっそ神頼みでもしたい気分にすらなる。そして何より、状況を理解していない二人にどう説明すれば良いのか。それが一番分からないのだ。

「サリアさん・・・・その、あましご飯ご飯と言わないでくださいよ。何か俺まで我慢出来なくなっちゃいましたよ・・・」

「私はずっと我慢でーきーなーいー!」

 財布の中を見て、ふと妙案を思いつくが、それも直に却下する。手としてはありふれているが、傭兵を雇う、と言うのもありなのだろう。

 ただ、確実に殺されると分かっている依頼に答えてくれる都合の良い傭兵が居るのなら、の話だったが。

「・・・・分かったわよ。どっか食堂無いか探しに行きましょうか」

「それは大丈夫! もうちゃんと目星はつけてるから。もう、さっきからいい匂いしてタマンナイヨ・・・」

「はいはい、分かりました。じゃ、そこでちゃちゃっと自体を説明してあげる」

「あまり聞かない方が良さそうに思えるのは俺だけか?」

「あはは・・・」

 渇いた笑いを浮かべるので精一杯。分かった事は、自分たち三人でどうにか出来る状況じゃなくなった、と言う事だけだった。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:VIOLET CARD





































 大体の食堂は酒場も同じくしてある物なのだが、それ故に他人に話を聞かれやすい場所でもあり、逆もまた然りだ。だがこれ以上の情報を得た所で、自分たちが不利な事を再確認するだけなのは分かり切っている。それとやはり、狙われていると分かって群衆の中で食事する気にはなれず、料金割り増しで個室を用意して貰い、今は漸くその食事が終えた所。

 話はもちろんした。かみ砕き、要点だけを言って分かり易い様にした。だからシグマにもサリアにも理解は出来たろう。故に、美味かった料理の味の事も忘れてシグマは難しい顔をしているが、サリアは食事を始めた時より満足した顔になっただけ。

「あんた、自体ちゃんと飲み込めてるの?」

「んー? 絶対絶命って事は分かるよ。でもそんだけでしょ?」

 意見を聞いても、大旨この様な答えが返ってくるだけだ。元来、彼女の仕事の仕方を聞いていれば納得出来る筈だったこの答えも、今は少々鬱陶しいを通り越し、羨ましいとさえ思えてしまう。

「なぁ、傭兵を雇う、とかは出来るんじゃないのか? こっちのハンターギルドに掛け合えば討伐対くらい・・・」

「編成出来たとしても、肝心の腕が揃った奴がそうそう上手く集まると思う? 100人単位じゃ心許無い所かその百倍は欲しい状況なのよ?」

「なら、こっちの国の軍部に掛け合うとか」

「国として機能していても、軍部はそれに比例している訳じゃないの。南方国の特徴でもあるんだけど、こっちの軍部は殆ど頼りにならないと思っていいわ。頭数を揃えるだけなら問題ないでしょうけどね」

 自分の弾避けとしてしか使えない、と口から漏れだしてしまいそうになるのを押しとどめ、自分の頭の中がまるで昔の、遊び半分に人殺しを命令していた時と同じになって行く感覚が気にくわない。あの日だ、と言う事もあるのだが、冷静になるのに数日を要するだろう。同時にこの数日で終わらせなければならないと言う現実が忌ま忌ましくて堪らなくもある。

「やるのなら早い内、それこそ、今日明日にでもやらなきゃ無理ね。無い知恵絞り出してくれてありがとう」

「・・・・・」

 呑気なサリアと違って、現実と言うモノを知っているからこそ、シグマは何も言えないのだろう。それこそ、だ。

 彼は自分とは違い、戦場の最前線で、自分の言葉通り幾百幾千もの命を奪ってきた日々を知っている。もしかしたら、自分の国を優勢に立たせる為だけに街を滅ぼす作戦。アイス・フェイスだった頃の自分の作戦に加担していたのかもしれないそのシグマは、圧倒的な蹂躪戦の逆もしっかりと知っているのだ。

 絶対に死ぬと分かっている戦いと言うのは、誰しもやりたくは無いだろう。ただし、軍と言うのはそれを覆い隠しながら、如何に効率的に兵士を殺すか、と言う事さえ平気で行える場所なのだ。一介の兵士であった頃の自分でも思いだしているのか。それとも、頭の悪い彼でも今回ばかりは死ぬと思い知ったのか。徐々に受け入れた現実は彼の青くなった表情を見ていれば嫌でも分かる。

 無論、自分の顔もそんな色をしていたに違いない。

 だから、サリアの言葉を真に受ける事など絶対出来なかった。

「ねぇ、バイア。要するに絶体絶命ってのは聞き飽きたんだけど、その偽装盗賊か盗賊団。どっちを殲滅するのが理想的なの?」

「・・・・・現実見て物を言って頂戴」

「じゃさ、世迷い言でも良いよ。どっちか潰して、自体は好転出来る?」

「・・・・・・」

 死に行く前の遊び気分で、そんな事を言いだしたのか。お世辞にも良いとは言えない頭の彼女には不釣り合いな言葉。

「好転できると言ったら?」

「何とか出来るかもしんない。まー、それこそ運次第って奴?」

 直に崩された真剣な表情は、にへらと笑った顔に直に変わる。ただ言える事は、自分はそう言う空想の中で物事を語るのが好きだった、と言う事だ。

 まるで学生時代の、氷顔の知将に戻った気分。故に言葉を並べ立てる自分の顔は恐ろしい内容とは逆に、無邪気だったろう。

「殲滅させるのは盗賊団に身をやつしてる方よ。ただし、情報を一切漏らさない様に、一気に上層部も潰さなきゃならないでしょうね。でもそれが出来るのなら、竜の爪に偽情報なり流して南方のライフラインを一時的に回復する事は出来るわ。その一時的に、と言う時間の間に討伐対を編成する事が出来れば万々歳。使用できる時間は・・・そうね。半日以内って所かしら。世の中の状況次第では、ギア・ワイズマンを仕留めなくて済むかもしれないけど」

「牙をもいでやれば良い、ってとこ?」

「牙だけじゃないわ。彼を組織から個人にしてしまえば良いのよ。結局、あの国のあんな部隊を引き連れられる人物なんて彼以外そうそう居ないでしょうから」

「バイアが居た頃と時代は違うんだよ? そんな都合の良い話ある?」

「もし誰か居たとすれば、それこそ都合の良い話よ。彼は暗殺者の家系の中で最も優れた人物とされているわ。その育った環境故にね。けど、逆にそれがアダになっているとも言える。彼は全てを踏み躙ってはい上がった場所に居るの。それ以外、生き残っている者が居ないからこそ、あんな仕事についていられるんだよ」

「じゃあ、世の中の状況次第、ってのはどんな事?」

「ギア・ワイズマンの所属している国はダルト連合国。あそこはあまりお金持ちな国じゃあないのよ。今回みたいな大規模な作戦でも、お金は最小限しか出していない筈だわ。戦争をするのなら、蓄えは幾等あっても足りないくらい。台所事情の良い戦争なんて世の中で一度として起こった試しはないのよ。戦争をしたい国、って言うのは裏を返せば切羽詰まっているから。被害人員が少なくても、お金や国の特産品なんかが不作になるだけで、ダルト連合国、と言う世界は簡単に破綻するわ」

「ふぅ・・・。それを聞いて安心したよ」

 そして、サリアは笑った。

 納得のいく条件が揃った、と言う所だろうか。正直、調子に乗って喋りすぎたかもしれないのと同じで、サリアが考えている事を確認して置かなければならない。

「一応聞いて置くけども、今のはあくまで理想論。実際に出来る訳のない事だから、安心するのは早いわよ」

 くぎを差してから、自分は更に落ち込むのだと苦笑してしまう。何だかんだ言った所で、所詮机上の空論ばかりなのだ。昔はよかった、と言うつもりはないが、自分が与えられたのは自らも含めた三人の手駒。出来る事など、もう無い。

 だがあっけらかんとしたままのサリアを見て、自分とシグマは不思議な顔をするしかなかったろう。

「じゃ、私これからちょーっと出かけてくる。宿はこっちで探すから、先に取っといて」

「何処行く気・・・?」

「小腹も空いた事だし、ちょっと街を見物がてらにぶらり食事旅デス」

「・・・・・夜には合流したいから、時間はそれまでよ」

「あいさー♪」

 そして出てゆく彼女を引き留める訳でもなく、自分とシグマはただひたすら無い知恵を絞って考えるしかない。

 サリア自身、自分が居ても役に立たない事など分かっているのだ。彼女なりに、美味しい物でも見付けて差し入れてくれるつもりなのだろう。ふと、笑って見送って居た自分に気付いたが、やれるだけの事はやろうと、決心出来たのは少しは気が楽になったからかもしれない。

「で、宿って何処にします。と言っても・・・」

「潰れてなさそうなトコは一件しかなかった、でしょ。分かってるわよ」

 残された時間は限られている。軍師の様な真似事、なのだろうが。腕の見せ所なのがせめてもの救いか。

 精々夜まで、出ない解決策を思いっきり練る事に決めた夕刻だった。





 そして夜。皇都とは違い、国柄もあるのだろうが、日没を過ぎた辺りから街の喧噪はまるで嘘のように静まりかえった。住んでいる住人が皆、自分たちがじわじわと苦しめられている事を分かっている様な、そんな印象すら受けてしまうのは自分の先入観の為だ。こう云う文化の、静かな街だと分かり切っていても、自分の立てた策が失敗すれば、この街でさえ無くなってしまうのかと思えば空恐ろしくなってしまう。

「少し熱いな」

 終始無言だった訳ではないが、シグマ自身、自分の出来る事など無いと分かってここに居る。あのままサリアに着いて行けば自分の手伝いなどせずに済んだと、今更ながらに後悔しているのは見え見えだ。部屋の中に散乱したのは大小様々な地図と三色ほどの色のついた洋筆。後は自分の立てた作戦を図案化したまるで落書きの後のような画用紙。

 久しぶりに、煙が出るまで頭を回転させた様な気がする。シグマが熱いと言ったのも見ていて休めと言いたくなる程の様子だったのだろう。現に、何度も苛つきに掻きむしった頭はぼさぼさで、手は洋筆のインクでかなり汚れている。表情は、あまり考えたくないが血走った目や不機嫌な表情をしているに違いない。

「にしても、この国は夜でも蒸すのか。やになるぜ」

「もう少し涼しくなるわよ。街が静かだから、宵の口だって分からないだけ」

「やけに詳しいな。旅行でもしたことあるのか?」

「文献でしか読んだ事ないわよ。後は経験談を聞いただけ」

 洋筆を机の上に置き、こった身体をほぐす。それだけで一仕事終えた様な気分になるのだが、今夜は眠る事すら出来そうにない。

 探し出している内に分かった事だが、サリアに自分で言った案は、自分が摸索した中では良案だった。それ以外幾つか考えてみたが、竜の爪を上手く使えば、三人で出来ない事も無い仕事にぎりぎり収まりそうなのだ。ただ、それにはやったこともない暗殺者と言う生業の技術を、素人から一流にまで磨き上げなければならないと言う条件付きではあったが。

『こう、竜の爪の団員に裏切って貰うのが丁度良いんだろうけど・・・報酬なんて持ち合わせちゃいないしなー』

 物騒な事を考えている自分の頭の中は、疲れているからか。まるでダルト国に居た時の様に金銭の事で頭を抱える事になるとは思わなかった、と別の方向で考えるようになってしまっていた。

 考えて見れば、自分の人生に置いて裕福に暮らしている事など一度もなかったろう。安定した生活とはほど遠い、それこそ、その日その日を生きるので精一杯だった。

 それが楽になったのは、大学に入ってからで、一切時間を無駄にしないよう得られる知識は全て吸収し、大陸一と言われる皇都の大学の中でも傍から見ればそれなりの地位に居るのかもしれない。

 贅沢と言えば食費や生活費を切りつめて僅かに溜る蓄えを、たまの楽しみであるお酒に変えてしまう事くらい。別段、うらやむ様な裕福な生活など望んでも居ないのかもしれない、と思い始めた所で考えを中断する。

「疲れてるわね・・・私」

「今更気付くか? 疲労で倒れられても困る。どうせなら寝ちまえ」

「・・・そうしたいのは山々だけどね。あんたとサリアで良案でも出してくれる?」

「・・・・・」

「倒れるにしても、仕事が終わってからにするわよ。無駄な心配してるくらいなら、夜食、頼んできてくれない」

「・・・あいよ。それ以外今の所できそうにないわな」

 腹が空いてどうにも考えが纏まらない、と、責任転嫁した所で仕方無いのだが。酒を飲んで酔う訳にもいかず、かといって自分に煙草を吸う等と言う趣味は持ち合わせていない。自室でも無いから片手間に読める本も無く、シグマは大学に居る話し相手とは少々話題が食い違うだろうから会話もダメ。となれば後は食べるか寝るしかないのだ。

「はー・・・・手詰まりか。マイッタな」

 頭の後方で手を組み、夜食は何だろうかと現実逃避してみる。

 正直、良案として浮かんだ案も、サリアやシグマは一つか二つしか問題はないのだ。それこそ、あの二人なら超一流、といかなくとも上の中くらいの暗殺者にもなれる実力は持っている。

 問題は、自分なのだ。

 確かに戦う術はあり、紋章士と言う特殊な職種も暗殺業には向いているだろう。だが、ただの紋章士として自分はあまりにも未熟。

 そう言えば、家を出るまでは裕福だったのだなと、今さらながらに気付く。どんな家だったか、記憶の片隅にしか残っていなかったが、たぐり寄せたそれはいい気分にはしてくれそうもなかった。

 ガーランド家。ダルト連合国の貴族連盟に所属して居たのだろうが、先々代が何かしでかしたらしく、貴族とは名ばかりの家柄だった。唯一父親が誇って居たのは、紋章士の最上位である次文士(ディメンジョラー)を「唯一」排出できたと言う家柄だけ。紋章士、と言うのは例外なく紋章を媒体とし、詠唱も必要とせずに魔法や魔導を扱える血でなる職業。だが、次文士とはその紋章すら使わずに魔導体系を操る事の出来る、いわば奇才。

 幾つだったろうか。家を出るまでひたすら血の泌む様な紋章士としての修行から得た物はたった数枚の紋章のみ。その中で上位紋章はたった一つ。竜紋章の符(ドラグーンクレスト)だけと言うのだから、馬鹿げた話だろう。使い方次第では、空間を渉る、等と言う魔導から少々かけ離れた絵空事の様な事も出来るが、本来の使い方は結界として、その中核媒体として須いるだけ。修行を最後までしていれば遠方から人を自殺に追い込む事すら出来る技術すら、紋章士の中にはあった。

「そっか・・・。それで家出したんだっけ」

 どんな親であれ、父親は父親だ。母親は自分が幼い頃に死んだと聞いている。再婚でもして長男でもさっさと作ってしまえば自分があの時、あんなに悩む必要などなかったのだろうが。死んだ母親を愛していた事だけは確かだ。例えそれが歪みきった愛だとしても。

 正直、父親の凶行ぶりにはほとほと愛想が尽きていた。自分が女でも男でもない、人形か道具の様に扱われるのは不快以外の何者でもなく、二桁と少ししか生きていない自分ですらその理不尽さを説明出来る程。

 今となっては顔も思い出せない父親。母親の顔など、思い出す以前に憶える前に他界されたのだからどうしようもない。

 結局、自分の家を思い出せるのは、紋章士としての自分を作り上げた、思い出と結果である「符」と言う媒体だけと言う事だ。

「少しは学んでおくべきだった、かな」

 自分が知っている紋章士としての技術は、上級紋章の符を使い結界を張ると言う事と、後は下級紋章の五行と治癒、探索や魔導でも十分肩代わり出来る、初歩中の初歩だけ。とてもではないが、人殺しに向いているとは言えない稚拙な物ばかりだ。

 人を守る分には、今迄これで十分だったから。

 ハンターギルドで依頼を受けたとしても、例えそれが皇都の外での仕事だったとしても。所詮、皇都領土内で起きる仕事だけに限定された物だけを選んでいた。血を好む性格でもなし、話し合いで解決出来る相手でなければ、退く事も出来る状況でしか、自分は荒事と向き合った事はないのだ。

 実際に戦い、人を傷つけた事は数える程しかない。ギア・ワイズマンの追っ手。待ち伏せしていたのなら監視役、か。連中を相手にしていた時も、内心では恐怖の方が勝っていたのだ。

「ま、つまんない事考えてても仕方無い、か」

 頭を空っぽにして、もう一度最初から策をくみ上げる為に机に向かう。

 気分は多分、晴れた筈だ。

 だから気付きもしなかった。部屋の中に自分以外の誰かが居た事を。

「何か、色々忙しいみたいねぇ。お邪魔だったかしら?」

「!!」

 気配は感じなかったと言うよりも、自分を叱咤したくなるほど、間抜けであったと言うだけ。

 別に気配を隠していた訳でもなく、そこに立っているだけの女。驚きで立ち上がって見据えたその女は、髪と、それに合わせた様な青さは彼女が魔族だと言う事。頭の中の知識がいらぬお世話でも氷魔の民だと詳細を付け加えた所で、何故焼けた赤銅色の肌をしているのだと疑問に思う反面、知識ではなく勘の部分がこの相手は危険だと告げていた。

「別に邪魔したつもりはないから、続けていいわよ?」

「誰・・・・ワイズマンの追っ手にしては、えらく躾がなっているようだけど」

「んー。アンタに取っちゃ、似た様なもんかもね、アイス・フェイス」

 自分の事を知っているだけで、敵と見なすには十分な材料かもしれない。クレストはポケットの中に入っているが、それを使わせてくれる、隙などなかったらしい。

「あー、と。その両手、外に出しといてよ。私としても、紋章術とやり合いたくはないのさ」

 笑顔を浮かべているが、魔族特有の黒い笑み。見慣れているサリアのそれとは違う、女の笑顔はエモノを値踏みする時の瞳だ。

「信じるかどうかはそっち次第だけど、やり合う気は今の所ないさね。まぁ、反抗しても無駄だって事ぐらいは理解出来るな?」

 だが、その言葉で自分の中の恐怖心が淡らいだのも事実。確かに反抗した所で、自分に隙さえ見付けられない相手をどうにかしようと言う方が間違っているのだ。

 緊張するだけ無駄。だからぺたんと、放心した様に椅子に座り直し、ため息を吐いてから相手に向き直った。

「で、私に何の用? やり合う気がないんなら、用件だけ先に言って貰えないかしら」

「ふぅん・・・・。度胸だけは一人前って事かい」

「実力行使でどうにかならないなら、私には口と頭しかないんで」

「その皮肉った言葉も顔も、好きになれそうだよ」

「それはどうも」

 相手がどう思っているのか、それがまるで分からない。同時に、自分の本心も悟られては居ないだろう。

 恐怖を感じていない訳はないのだ。自分の武器は手持ちの紋章のみ。だが相手は腰に下げた曲刀(カタール)と、多分、魔導も使える筈。

 この地域にしては厚着な格好の中にも幾つか武器が仕込んであるのか知れないが、残念ながらそこまで見抜ける技術は自分には無い。ただ分かる事は、圧倒的に不利な状況で、自分には反論する事でしか対抗出来ないと言う事だ。だが頭の中の危険信号が、一体何を指しているのか理解するのに少々時間を要してしまう。その間だの相手と自分の会話の無さに、少々泣きたくなる気持ちも本音だった。

「・・・何処かで見かけた顔だと思ったけど、手配書の人物だとは思わなかったわ」

「へぇ、私を知っているの?」

「グレース・タングラム、異種族混合盗賊団「竜の爪」の副頭領・・・」

「あたり〜」

 冗談じゃない。早くここから逃げ出さなければ。

 顔は冷静を装っても、心の中はその二つの言葉だけがひたすら駆けめぐっている。

 実力勝負などやり合わなくとも明白な上に、相手の強さは折り紙付き。逃げる事すら無駄だと分かっていても、後は足掻く事しか残されていない。だがその心境を読みとられたのか。

 否、自分の様な小物の心境も読みとれてこそ、の立場なのだろう。

「ああ、紹介した奴に免じて穏便に済ますつもりだったけど、ケツまくって逃げるんなら脚くらいは斬り落とすよ」

「・・・・」

「策士としては一流なんだろうけど、安全と分かった場所でしか策士になれないのならそれは二流とおんなじ。ちょっとだけ期待外れだったね」

 ため息を吐きたいのはこちらの気分だと言わぬばかりの大きな吐息を漏らし、彼女は部屋にあったベッドの上に座る。その全てを見ていて動けなかった自分の身体は正直だったろう。蛇に睨まれたカエル、と言う言葉通り。自分はもう、逃げられないのだと分かり切ってしまったのだ。

 だが、だからこそ、か。彼女の言った言葉に疑問を抱き、それを素直に漏らしてしまう。

「・・・・・紹介した奴?」

 言ってから女、グレースの顔は此方を見て何かを言いたそうにしていたが、そんな物は自分の目には入っていない。ただただ、嫌な予感、苛つきと憤りを感じ、震えるだけだ。それがこんな状況で出来る自分を賞めてやりたいくらいだとも思う。

「そうよ。まぁ、紹介されたからには話くらいは聞かなきゃ」

「サリアね・・・・」

「へぇ。よく分かったわね。まぁ、答え導き出すくらいこんなのは簡単・・・・」

 同意を聞いたからこそ、安心したのではない。本音の部分はそれを半分含めていたが、表に出るのは苛つきばかり。

「よくもぬけぬけと・・・・・・・・・・・・・・・」

「ちょ、ちょっと?」

 怒鳴り散らし、叫き散らした所で何もならないと分かっているが、暴れ、そこいらの調度品に八つ当たりを噛ました所で収まりそうもない気分だ。

 分かっては居る。薄々、妙な連中と関っているのだから、いつかは驚かされる日が来るのだろうと分かっていた筈だ。

 剣闘士と会いたい。皇都第一皇女のサイン入りの命令書を見た時は、彼女の過去を小一時間問いただしたい気分にもなった物だが、どうやら彼女の全てを知らないどころか、氷山の一角だけを垣間見ていたらしい。ヨリによってハンターが賞金首と知り合いだった、等とギルドに知れ渡れば彼女も賞金首に成りかねないのだ。あまつさえ自分にも疑いがかかるかもしれない。

 だが、そこが問題なのではない。彼女のあの軽さが苛ついて堪らないのだ。

 何処の世界に笑って大陸一の男や国の皇女や盗賊団の連中と関っていられる少女が居ると言うのだろうか。

 自分の矛先を失いつつある怒りも、羨ましいと正直に言ってしまえば良いのだが、なまじ付き合いが長いだけにそれを言えない自分が居る。

「お、おおーい? 私の話、きいてるー?」

「聞こえては居ますよ、聞こえては。少しだけ黙っててくれませんか?」

「は、はい・・・」

 つくずく、自分の予想と真逆に進み、自体を好転もしてくれるが同時に自分の神経をすり減らしてくれる相手だと、今更ながらに気付いてしまう。

 昔から心配だけはかけて、後は笑っているだけの少女だったのだ。例え自分の命が晒されても、彼女は笑っているだろう。それこそ、自分がアイス・フェイスと呼ばれるよりも彼女がそう呼ばれた方がしっくり来るのかもしれない。その場合は凍顔の知将ではなく、笑顔の問題児とでも変えなければならないだろうが。

「お、落ち着いてる? 呼吸、荒いよ?」

「ご心配なく。落ち着きましたから。ええ、慣れてますよこんな些細な事は。ええ」

 自分でも、立場が逆転して、本来こんな会話が出来る相手じゃないと分かっていても、抑えられない。命を奪われるかもしれないと思った相手が、見た目だけかもしれないが怯えている様には少々面喰らったが、それで落ち着く事は出来た。同時に、何となく自体も把握した。

「あの娘に頼まれて、ここにいらっしゃったんですよね?」

「ま、まぁ、そう言う事になるのかしら。一応、知り合いでもあるし」

「本当にそれだけですか? 儲け話に簡単に乗るような風にも見えませんが」

「あー・・・多分貴方と理由は同じだと思うよ。昔っからあの子だけは変わらないから」

「心中お察しします」

「ありがとう・・・」

 苦笑しあった後、がっくりとうなだれる姿すら同じ。それ以外はもう、言葉では語る必要はなかったのだろう。

 不思議な事だが、互いに他人ではない様な気分にもなるが、所詮、受けた印象だけの判断。自分はハンターで、相手は賞金首。ハッキリと敵と見なすに十分な条件は互いに揃えている。

「で、一戦交えに来た訳でないのなら、私の仕事を手伝ってくれると考えて宜しいのですか?」

「・・・・丁寧語やめてくんない。正直、それだけが気にくわないんだけど」

「・・・・・ふう。手伝ってくれるの? それともご飯でもたかりに来た訳?」

「そそ、それで良いのよ」

 だが、やり合えないと、自分も、彼女も思ったのだろう。立場的には見逃して貰った、と言う風になるのだろうが。相手が一国をも脅かす盗賊団の副頭領だと忘れてしまえる程の印象がそこにはあった。そしてシグマが帰ってくるまで雑談していた内容だったが、もっぱらサリアの事だけ。

「それでさ、あの娘たら何て言ったと思う? そんなのどうでもいいじゃん、よ? 全然どうでもよくないってのさ」

「そうそう。後事欠いてお腹空いただのって話の途中で腰折るし。どんな胃袋してるのよって感じね」

 無論、そんな状況。知らぬ客が居た事に驚いたシグマだったが、沈黙させる為にはなった拳の息がぴったり合っているのまで、面白くてしかたなかった。

 そして料理を摘まみながら聞いた話によれば、サリアは少しの間、帰って来ないとの事。変わりにグレースが自分の仕事を手伝って欲しいと言われ来た事が分かった。

 無論、条件付きではあったが。







「でさ、こっからは本題なんだけど」

 料理を平らげたグレースは心底満足と言う顔をしている。伸びたシグマを叩き起こし、皿まで下げさせたのは彼女だったが、訳も分からず命令を聞いている自分を酷く疑問に思っているシグマの顔は確かに面白かった。その顔を二人して思い出して居たのだが、彼女の目がすっと鋭くなって、仕事の話へと切り替わる。

「真面目な話、あのギア・ワイズマンとか言うのは元から信用しちゃいない訳さ。手を貸してやるっても流通経路をぎりぎり保たせる一歩手前くらいで、キャラバンを襲うのは止めてる訳だし。報酬に食い物や、まぁ、ウチの男共が満足しそうな女も見繕って来たみたいだけど、元々私らを生かして置くつもりはないでしょうね」

「そう言う男だって分かって、やっている理由は何?」

「簡単に言えば、私らも軍とそう遠くない事をやっているから、だわね。一応、私が預かってる部隊は大所帯な方なのさ。5人くらいまでなら旅行客にでも身を窶してどうにかなるかもしんないけど、50人以上の部隊となるとどうにもね」

「その連中、この近くで野営でもさせてるの?」

「ま、そんなとこかしらね。それで単刀直入に聞くけども、あんたは私に何をくれるんだい?」

 椅子の上で胡坐をかきながら、食前酒を飲む。否、煽っている彼女は、元々隠し事が嫌いなのか。ハッキリとそう言い放つ。同時に、返答によっては断わるつもりなのだろう。酔っている訳ではない瞳は、別の色を宿しつつある。

 腕の見せ所、と言う奴だった。

 わざわざ自分の手の内を見せてみろ、と言われて、はいそうですかと全て明かす訳には行かないが、それを分かっている上で好条件を出して見せろと迫っているのである。如何に此方が不利にならぬ様に、相手にも得をさせると言うのは案外簡単な様で難しい。こと彼女のような部隊長クラスを説得する時は、昔も色々と苦労したものだと感慨にふけってしまいそうでもあった。例えそれすらも机上の空論であっても、自分の中の自信が揺らいだ事はない。

「簡単に言えば宝石、かしらね。この南方の流通を襲うよりは、よほど懐が潤うと思うわよ」

「へぇ。私にゃ、あんたがそんな持ち合わせ持ってる様には思えないんだけど」

「勿論、持ってないわよ」

「・・・・・真面目に話する気あるのかい?」

 怒るのも当たり前。腰の曲刀に手を当てるのは正直止めて欲しかったが、交渉するその場で報酬全てを持っていると言うのも馬鹿のする事だ。

「話は最後まで聞くものよ。少なくともただの宝石をあげるって言ってる訳じゃあないんだから」

「ならなにさ。皇都のオーブでもくれるって言うの?」

 一応、巷で知られている程度の知識ではなく、盗賊と言うだけあって高値な宝石が何であるかも知っているらしい。皇都のオーブと言えば、ディレイ・オーブ、ワール・オーブと言う国の守護その物に関ってくる様な、裏の情報屋でもそうそう手に入れられない情報すら持っている。さすがにそんな物を用意出来ないとは言え、それに匹敵するだけの物でなければ、納得出来ないと言う本心の裏側な言葉でもある。だから言ってやった。

「さすがにそれは用意出来ないけど、ダルト連合国の軍資金をそっくりそのまま、ってのはどうかしら」

「・・・・・・。眉唾、で交渉持ちかける訳もないよな」

「規模で言えば、あの国だけかもしれないけれど、国家予算その物と考えても良い金額になるんだし、そう思われても仕方無いかもね」

「・・・・・・・・」

 賭け以外の何者でも無いと分かっているが、彼女ほどの盗賊ならそれが何を意味しているかも分かっている筈。

 ダルト連合国の軍資金。何処から捻出されているのか、と言う事はあの国で働いていれば大体見えてくる物なのだ。

 まず一つは、鉱山から取れる宝石。装飾品としてはもちろん、魔導系の道具や、あの地方のみで取れる原石は武具の4割を占める程の質のいい物なのだ。正規の取引であればこんな情報は知識としてしか役立ちはしないが、相手はなんと言っても盗賊。あちら側の流通経路の一角を抑えさえすれば、莫大な利益を上げる事も可能。

 二つ目はダルト連合国特産の魔導具。生産過程に置いて鉱山から取れる様々な材質を須いているのは勿論だが、その技術は門外不出とされ、その技術が記された草書一枚ですら高値で取引されている現状がある。西側の技術は、良くも悪くも利用価値があるのだ。生活面に役立てる筈の知識が、戦争ばかりに役立てられているのは技術者連中としては気にくわないのだろうがそれが事実。その草書ではなく、源本ともなれば、かなりの高額でさばける筈。

 そしてもう一つ、ダルト連合国には金蔓があるのだが、これは流石に提供出来る情報ではない。不釣り合いな情報ではないが、こと、相手が犯罪者となればどうしても提供出来ない情報なのだ。

 もしそれが欲しいと言われれば、正直首でも括るしかないだろう。その最後の一つを隠しながら説明している時の心境と言えば、どんな危ない橋を渡るのよりも恐怖をかき立て、相手の悩む姿を見ている自分は、怪しく映ったに違いない。

「んー・・・確かに魅力的な話さね。けど、それだけ、ってのもねぇ」

「別にこっちは南方から出ていってくれるだけで良いんだから、対等だと思うけど?」

「ここいらで仕事するよか、やりがいはあるんだろーけど。もうちょっとこう、何て言うの? キてる仕事がしたいのさ」

「・・・・・」

 上手く言葉に出来ない彼女の代弁をするなら、自分は日々の安定を手に入れたくて盗賊をしている訳じゃない、と言った所か。もう一つ付け加えるならもっとスリルのある仕事内容にしたい、だろう。良くも悪くも生っ粋の彼女と言う盗賊には、あまり魅力的に見える話ではないらしい。

 少し方向性を変えた情報の方が良いのかもしれないと、出したくない最後の情報の事が頭を掠めるが、それ以外で自分が渡せる物。それを五分ほど考えて、ふと、浮かんだ事があった。内容としては、少し間を置く為の冗談としての糸口だったのだが、彼女の性格を自分はまだ把握していなかったと言う事だろう。

「後は、まぁ、黒い方の魔導の技術体系の源本、草書、原盤、くらいかな。まぁ、本業相手にそんなの必要無い話かもしれないけどさ」

「んー、そうでもないわよ。別に拷問が仕事じゃないし、人質取るようなヘマはしないさ」

「じゃ、いっそ戦争でも止めてみる? まだ起こっても居ない戦争だけどね」

「・・・・それイイね。火事場泥棒は趣味じゃないけど、そう言う場所だからこそあるお宝ってのもあるもんさ」

 一理ある、と納得出来るが、彼女の目はお宝と言う部分で輝いていた訳ではなかった。街をも壊滅させる様な盗賊が戦争を「止める」と言う部分に興味を示したのは正直驚きだったが、利用出来るのならしない方が損。頭をフル回転させて、情報をひねり出す。

「日常茶飯事だけど、西側諸国が争ってるのは知ってるわよね」

「モチロン。あっちは私らの庭みたいなもんよ?」

「その戦争の引き金になっているのは、まぁ、要するにいつ攻めて来られるかも分からない、他国って一言だけで締めくくれるんだけど。その原因の行き着く先に何があるか分かる?」

「さぁ?」

「案外簡単な事だけど、まだわからない?」

「・・・・勿体振るなんてずるいじゃないかい。早く教えとくれよ」

「あの地方を庭なんて呼ぶもんだから、分かってるとは思ってたけど。わかんない?」

「・・・・・」

 こう言われて、素直に聞き出せる性格ではない事は分かっていた。だが、案外、分からない事なのかもしれない、簡単な答えは彼女の口からは出てこない。だがそれを自分の口から言った所で、彼女は満足しない筈だ。自分が告げるのはまだ誰にも盗めた事のない「物」だけ。

「・・・・わからん。答えは何だ?」

「生活必需品って、何?」

「唐突に何さ。そんなの今は関係ないんじゃないのかい?」

「でもないよ。良いから口に出して言ってみて」

「・・・・。衣服に、寝る場所。後は私らで言えば武器ぐらいのもんかね。ああ、こんなのもあったな。勝ち抜ける腕だ」

「後一つあるじゃない」

「飯か?」

「そうよ」

「それがどうしたって言うんだい。別段、向こうは貧困と言っても作物が不作になる以外は別に戦争になる様な原因でもあるまいし」

「じゃあ、不作になる原因は?」

「疫病、害虫、後は天災くらいのもん? 別段珍しい訳じゃあ・・・・」

 そこで答えは見つかったのだろう。後は答えを筆頭にその理由を彼女が説明するのを待つだけ。

「そうか・・・。雨だ。砂漠に居るもんだから忘れてたさ。向こうは酷く水はけが悪い土地ばっかだったわね」

「そうよ。国の成り立ちとか、地図見れば直に分かるけど、西側で強国は必ず水源を持っている」

「畑耕しても、常に一定の水を供給できる運河なんて、砂漠の民しか考える必要ないのかもね。陸路が整えられてるし、曲がりくねった運河を使うより安上がりなんて妙な話だと思ってたよ」

「まぁ、運河も街道も危険は似たり寄ったりなんだけどね。向こうの川と言えば、大きい物でも小さな町の通りくらいの大きさしかないわ」

「川広げたって、高台に湖なんてある場所はない。船を出せる様な運河を造るにしろ、絶対的な水量が足りない」

「人工的な湖を作るなんて計画もあったらしいけど、利用できそうな広い山なんて、あっちには魔族が住んでいる領域しかないしね。第一、西側全部に行き渡らせるだけの水量を蓄積できる湖なんてあるはずもないわ」

「その上、大雨なんぞ降ろう物なら直ぐ洪水になる様な妙な地形ときたもんだ・・・・。そうか、それで「水」・・・・・???」

 しかし、自分の言っている事が徐々によく分からなくなってきたのか。グレースはもう一度頭の中で情報を整理して、間違いを正す様にうなだれる。

「でも結局、その原因が水だって分かっても、結局何も解決しないじゃないのさ。あっちで水を供給出来るだけの何があるってんだい?」

「それがあるのよ。古い文献でしか昔は分からなかったけど、貴方なら知ってるんじゃない?」

「何をさ」

「四魔境の一つ、灼熱の砂塵のあった場所。昔は何があったかなんて普通誰も考えない事でしょ? けど貴方達魔族は違う。特に、タングラム姓を持つ貴方だからこそ、知っている事もあるんじゃない?」

「・・・・・」

 勘に障るかもしれない事だったが、些細な事だと割り切ってくれるだろう、そんな言葉だ。多分、彼女自身が一番分かっている事だからこそ、元軍人とは言え一介のハンターが知り得る筈のない情報を握っている事は確かに不自然なのだ。だから自分の握っている情報の出所がなんなのか。話題を続ける前に彼女が聞きたかったのは当然と言えば当然だ。

「一介のハンターじゃないねあんた」

「そりゃ、学生でもありますから。星霜の君よ」

「・・・・・タングラム(星霜の君)だと言われたのは久しぶりだけど、人間相手は初めてだよ。何処でそれを調べたんだい?」

「教えても良いんだけど、なら貴方も何故盗賊なんてやってるのか教えてくれるわけ? それなら、私も手の内明かすくらいはしてあげるけど」

「その様子だと知っている事は、賞金首仲間にタングラムが居る、と言うだけじゃあなさそうだな」

「あんなの、カモフラージュでしょ? これでも魔族の知り合いは人以上に多いつもりよ。あなた達が気付いていない癖とかも分かるようになったものでね」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「それは」

「?」

「やっぱりサリアが原因なのか?」

「ご名答」

 そしてまた沈黙。だが、吹き出してしまうのも時間の問題。

 笑い出してしまえば、止める事など出来なかったろう。結局の所、最後まで彼女とは友人で居られそうだ。

「あの馬鹿・・・そんな癖まで晒してたのか」

「本人は隠してるんだろうし、他の皆もそうよ。隠してる。けど、似たりよったりのセンスを変えろって方が無理なんじゃない?」

「はぁ・・・」

「種族としてどうかと思うけどね。みんな揃って性格違うのに、考え方だけは同じなんだから」

「まぁ、彼女の育った集落ならそれも分かるがな。そうか、そんなに分かり易いか」

「でもないんじゃない? 私は仕事柄。ハンター以外にも皇都の大学で色々と調べ事してるのよ。魔族の性格の共通点なんて、学生でも考える奴は少ないから心配しなくて良いんじゃない」

「まぁ、私のこんな盗賊家業も潮時って事だと思っとくよ。いちおー・・・・時間ないみたいだしね」

 自分に取って、彼女は伝説の中から出てきたような存在だ。だから本来の負けん気の強い地が出てしまったが、彼女の苦笑。それは生きているからこそ出来る笑みだったろう。自分より遥かに生きているからこそ、その笑顔は――――――

「ま、私情持ち込んでも仕方無いさ。で、灼熱の砂塵をどうする気だい?」

「あ、うん」

 見え隠れするそれに触れるのは、野暮と言うモノだろう。

 仕事と言ったその言葉。それは自分にも言える話かもしれないが、本質的に趣味、と言い直しても良いのかもしれない。だから彼女の仕事に疑問を抱き、表情が曇っていたのかもしれない。

「簡単に言えば、あそこを筆頭に湖を作ってしまえば戦争はなくなるわけ」

「それが出来なくて、貧困なんじゃないのかい?」

「水源を握っているのが国同士なら、水脈の在り処も国自身が握っているのよ。ダルト連合国で言えば首都の城。それも城が建っている真下にそれはある。他のもまぁ、そう言う事でしょ」

「だから昔から城攻めを主体とした戦争しか西側ではない、と」

「戦争の中で攻勢に出る為の兵器や魔導術が発展してきたのは最近になってからよ? 昔は守護が主体だった術の事を考えれば、必然的に何かを守る為に長けていなければならなかった、と言うのに結びつくと思うけどね。皇都に出向いて色んな歴史を調べてみなきゃ、分からなかったわよ」

「でもよく灼熱の砂塵が元々湖だった、なんて結論にたどり着けたわね。南方の砂漠化ならまだしも、あそこは過去の大戦の傷跡でもあったのよ?」

「その辺の事情なんてのは知らない。人間が未だに魔族全体を恐れる理由。身体的な違いと、圧倒的な寿命の違い。その差だけでこれだけ嫌われ者の種族なんてのは他に居ないんじゃない? その上で魔族の戦争がそこであったのなら、人間が歴史を越えて魔族に畏怖の念を抱き続けるだけの「何か」があったって不思議じゃないわよ。むしろその方が、西方全体が魔族を忌嫌う理由も説明が付く」

「そんな私ら怖い風に映るのかねぇ」

「個人の問題じゃなく、種族全体の問題。人族と魔族が純粋に争ったら、やっぱり勝つのは魔族でしょうに。ちっぽけな存在だと思うよ人間なんて。世代を越えなきゃ知識も力も、人々の意思も。決して纏まる事なんてないもの」

「ははっ、その逆もまた然り、なんだけどね。まぁ、そんな事話すのは今止めにしとこうか」

 本当に、こんな場所、こんな立場で出会わずに。もっと別の立場で出会いたかったと思う。

 西側に居着いたままで居れば、決して出会えなかったであろう女性。種族。そして何より、その割り切れる性格。

 自分と似ている、と初めは思った。

 それが違うと、薄々感づいていたが、対等になろうとして見失っていたのだろう。まだまだ三流の策士だと、自分を笑いたくなる心境でもある。

 だからせめて、魔族では考えない事を言ってやりたかった。

「で、私は何を奪えば良いんだい。それはまだ「誰」も盗んだ事は無いんだろう?」

「そうよ。戦争、貧困、飢餓・・・。それらをひっくるめた「不安」そのもの。報酬は・・・・」

 そして、自分に今払える代価。

 一介のハンターでも学生でもなく、自分の名前に誇れる何かを払えるとすれば、それしか無いだろう。

 紋章士として初めて名乗る事になった時、紋章士は初めの一枚のクレストを手に入れる。

 それが紋章士としての全てを決めるが故に、創り出す為に必要なのはたった一つ。自らの寿命なのだ。

 だから自分の母親は短命だった。それを知った時、そして自分が紋章士となった時。

 初めは嫌で仕方がなかった。

 自分の紋章士としての家系を恨み、自分の幾年かも分からない寿命を失う事で恐怖、いや「不安」に怯え、たった一枚だけのクレストに契まれた竜の紋章を認められなかった。

 最高位を行き成り作り出せたのだから、自分の才能は大した物だったのだろう。それだけに不安は拭えず、一度は逃げた。

 紋章士として生きるのではなく、得意だった勉強に打ち込み、学者にでもなれば戦いに、紋章を使わずに済む生き方など幾らでも出来ると思った。

 最も、首を突っ込みたがる性格も直らずに今に至るのだから、それは適わなかったと言う事だろうが。

 羨ましいと、グレースの事を思う。それは彼女が自分の全てを受け入れ、生きているからだ。

 持っていないからこそ、分かる相手の何か。ただ自分は何処までも、負けたくないと言う気持ちが強いのだろう。だからポケットの中から全て差し出す。

「私が紋章士として最初の最後に作った竜紋章の符の「三枚」。これが報酬よ」

「・・・・・それを差し出す事の意味も分かってる?」

「勿論。下級紋章は他人の物だったし、だからこれを出してるんだけど」

 命と対価の物を差し出す。そう言う意味を込めた、最後の賭け。

 重すぎる物を嫌いと言うかもしれないし、相手の正体を見抜いたとの同じで、自分がただの紋章士でない事もこれで確信を持たれただろう。捨てた過去がこんな所で拾わなくてはいけなくなった。だがそれを後悔する位なら、利用価値があるのだ。使わなければ拾った意味すらも無くなってしまう。

「一つ聞いて良い? 命を差し出してまで、あっち側の国を救う価値があると本当に思ってるの?」

「誰が国を救って欲しいって頼んだのよ」

「矛盾してないかい。私は・・・・・・???」

「何処も救って欲しいとは言ってないわよ。ただ「不安」を盗んで欲しいって言っただけ。命でないなら、幾らでもやり直しが出来るからね」

「つまり国はどうでも良いと?」

「あのね、西側でまともに機能してる国、民を守る為に動いてる場所なんてハッキリないと断言できるわ。半鎖国状態で外に出られないからこそ、苦しんでる人たちが多いの。その後の受け入れ先は、辛いかも知れないけど皇都や南方、東方諸国に任せなきゃいけないかもしれないけどね。その為に国には悪いけど一度滅んで貰うしかない」

「じゃ、必ず出てくる落ちこぼれ共はどうするの? 見捨てる訳?」

「子供でないのなら、殺すわ」

「ふぅん・・・。えらく言い切ってばっかりじゃないの。分かってる? 私は革命を起こしに行くんじゃなく、誰かを『殺しに』行くのよ」

 それは最後通告。命を軽んじてみているのなら、まず自分がその犠牲になれと体言している気配も感じる。

 多分、自分の口から聞きたい言葉が無ければ、自分の命は一瞬にして奪われるか。死と直面しながら恐怖と不安を抱えながら虐たらしい最後を迎える事になるのかもしれない。

 だが本音を隠して、最後まで策士になれる事など出来なかった。

 一介の紋章士が最後に出来る事として、報酬に命を差し出し頼んだのだから。

「結果がどうあれ、未来に生きてる人たちが幸せと感じるなら、私は自分の命も使わなきゃならない。例えそれが今だとしても」

 考え方によっては。否。その物が危険思想だと言われても仕方無いだろう。

 やっぱり、誰かの、たった一人の判断で命を左右する等と決めてはいけないと思うから。

 自分の力だけで、例えそれが殺戮であったとしても出来る事は、羨ましいと素直に思う。誰かを動かす為に犠牲になれる事がすばらしいと思っている訳ではなく、可能性の問題。自分は、人間は、決して魔族の様に強くはなれない。

 その為に、様々な戦う為の職業があり、制度があり、人はその上で生きるしかない。誰かの用意した箱庭の上でのうのうと生きているだけの時間が、堪らなく退屈で怠惰で、同時に無駄に思えた。ここまでしか、自分が強くなれないと感じ始めたのは、いつからだっただろうか。

 どうしても越えられない壁にぶち当たって、それをも越えて行く人間は確かに居るのだろう。

 ただ自分は、諦めてしまったのだ。

 下らない大人になったと、心底思った事もあったが、それ故に大事な一線を越えずに済んだと言えるのは、言い訳なのか、正しい事なのか。

 判断に迷っていたまま、ここまで生きていた。だから躊躇いもなく言えた言葉ではない。

 値踏みされている視線は正直、怖い。彼女は盗賊で賞金首で、自分の職業。紋章士としてではなく、二人目の次文士(ディメンジョラー)として決して勝てない相手と最初から決められているから。

「縛られてる自覚はあるのね。魔剣との契約、ずっと背負って生きて行く・・・いえ、生き抜く自信はあるかい」

「さぁ、そんなのわかんないわよ」

「じゃ―――」

「でも」

「・・・・・?」

「でも、守りたい人たちが居る限り、私は死ぬ訳にはいかない。あの街で、故郷で、見知らぬ街でまだ出会っても居ない、守りたい人が居る限り、死にたいだなんて思いたくもない」

「ふん・・・」

 視線を逸らされた理由も、ついで笑われた理由も分からない。ただ相手の言葉を聞くしかない自分が歯がゆいのは、心に嘘があるからだろうか。

 迷い始めた心。

「ま、仕事の依頼は受けてあげる。盗賊としちゃ、一度はそういうでかい仕事もやってみたいしね。けど此方からも条件を付けさせて貰うよ」

 自分の出した竜紋章の符を突き返され、彼女はそのまま窓へと脚をかける。そして殺意と共に放たれた言葉は、だからこそ酷く重かった。

「この大陸で起こる事を最後まで見届けな。それまで、戦う事を止める事は私が許さない。それが私、氷魔剣グレース・タングラムと貴方との契約よ」

「・・・・・」

「私もさ、限界なんてとっくの昔に悟ってるさ。でもそれでもやななきゃならないんだよ。大人の事情がダイキライでね」

 ふわりと舞い込んだ、南方には似合わぬ冷たい風。

 それを肌に感じた時、彼女の姿はもう窓辺には無かった。酷く曖昧な条件だったが、仕事を引き受けてくれたと言う事だろう。後この地方に残っている問題は盗賊の姿を借りた馬鹿共を始末すれば良いだけ。

 ため息と共に、えらい仕事を請け負わされた気になり気分が重くなる。

 ただそれは、気怠さとは少し違う気がする。

「オトナの事情? 私も嫌いよそんなモノ」

 良い気分で無い事も確かだが。

 忙しさとは、こう云うモノだろうと、何故か自分の顔が笑っている事は気付かなかった。

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