朝。それは自分に取って平凡な毎日の始まりであり、波乱も十二分に含む時間だ。

 何時もなら、晩に共に暴れて疲れたサリアが隣に寝ているか、まるでそう。子供のようにだ。

 遊ぶつもりのみ満々で家のドアを叩く彼女の声によって自分は目が覚める。サリアと出会ってからはそれが当たり前の朝であり、何処かに出かけていても彼女とは一緒だったのでさしたる変わりもなかった。

 だからこうして、誰も居ない。ただ静かな部屋の中で目が覚めると言うのは、妙な感じだ。

「まだ、帰ってないか・・・」

 家を追っ払われた、と言っていたのは彼女が間借りしていた家に行って確かめた。確かに、大家はご立腹だったろう。家賃を大分滞納していただけではなく、毎夜家の周りでどんちゃん騒ぎをして居ればそれは追い出されると言う物だ。まぁ、同じアパートに住んでいた連中は嫌がって居ない、むしろここ数日、彼女の姿を見かけない事を心配していた様子だったが。

 新聞を取り、流し読みして大体の記事の内容を頭に叩き込む。顔を洗って、朝食を囓りながら、目星のつけた記事だけをもう一度読み、着がえて、サリアと共に解読していた本と書き写された解読分の用紙を持って外に出る。

「あらバイアさん、おはよう」

「おはようござい・・・・いえ、こんにちわ」

「あはは、気にする事ないさ。昨日も大分遅くまで勉強してたんだろう?」

「まぁ、仕事ですから」

「ウチのひょうろくだまにも爪のあか煎じて飲ませてやりたいもんさ。で、サリアちゃんだけど」

「そちらに・・・お邪魔してる訳じゃなさそうですね」

「そうなんだよねぇ。あの娘、なんだかんだ言いながら、やっぱ一人じゃちょっと心配になるよ。もう何日帰ってきてなかったっけ」

 まだ一週間経っては居ない。ただ、隣の住人も一日と空けて彼女の姿を見ない事など一度もなかったのだ。

 数年、ずっとそうしてつき合ってきただけに、心配するのは当たり前だろう。

「帰ってきたらがんと言って挨拶させに行きますよ。こんな心配かけてばっかりなんだし」

「そうしとくれよ。あの娘の元気な顔みて、やっと朝が来たと思うようになっちまったしね」

 まぁ、陰鬱な朝よりは、騒がしいと感じる方が良いのかも知れない。自分もその内、隣の住民の様な人ではなく、どこぞの度量の狭い近隣住人一人の為の出て行かなくてはならないのかもしれないが。どちらにしても、彼女が帰ってきてからでないと始まりもしない話なのだ。

 大学への道のりをのんびりと、もうすぐ昼になろうかと言う時間歩いてゆく。

 今日こそ帰ってくるだろうと、多分、待っているのが馬鹿馬鹿しくなった辺りで彼女は姿を現すだろうと。意地が悪いのではなく、天然な彼女の事を一笑出来る日は何時来るのだろうか。

 多分、生涯来ない気がする、と、馬鹿な事をあくび半分に考えながら角を曲がり、ふと、妙な物が視界に入る。

「・・・・ヤヨイ?」

 血相を変え、それで居て表情を悟られぬ様に堪えている、そんな顔だった。この先に彼女が立ち寄りそうな場所と言えば、それこそ大学くらいしか無い筈。

「何急いでんだか・・・」

 ハンターがらみの仕事である事は間違いない。

 ただ、彼女が今関っている仕事と言えば、自分も無関係と言い切れない。

「・・・・朝っぱらから問題事持ってくるのはサリアぐらいだと思っていたいねマッタク」

 ため息を吐いてから、彼女の後を走る。正門を抜け、校内へと彼女の後を追いながらこの道は何処に続いていたかを思い出し、立ち止まる。

「・・・・魔因子研究所、しかないわよねこの先」

「ええ、そうですよ?」

「!!」

「ど、どうかされましたか?」

「い、いや、何でもないわ。教授は今居るの?」

「その筈ですよ。今日は朝からお客様を迎えるとかで、人払いなさってましたから」

「ありがとう」

 人の気配すら分からない程、自分が驚いた理由は無い筈だ。

 本音を言えば、ハンターが本来関りそうにない事柄に、嫌な予感がしただけ。思い出されたのは朔日共同墓地で出会った女の事。

 彼女のような古代種を研究する機関が、大学には一つか二つはある。自分の専門外な事故にあまり関った事はないが、正直、良い噂を聞いた事は一度もない。

「あ、教授に何かご用ですか? 今はあまり機嫌害ねない方が」

「そーゆーのは慣れてるわよ。ご忠告どうも」

 ため息を吐く、助教授か、学生だろう。やれやれと言った顔を後方にしてドアに向かい行く。

 そして気付きもしなかった筈だ。ドアの向こうを見るまで。

 すれ違ったその人物が、笑っていた等と。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:VIOLET CARD





































「失礼します」

 半ば強引にドアを空け、中に誰が居るか確認する。ヤヨイの姿は確かにあり、教授の机の前に説教されたかの様に立たされている様にも見える。

「ヤヨイ、やっぱあんただったの・・・・・」

 ただ、彼女の肩を叩き、教授の厳つい顔を見ようとして、自分の顔が凍り付いたのが分かる。

「わ、私が来た時は・・・・・私じゃ!!」

「分かってるわよ、ちょっと落ち着きなさい」

「私が・・・私が殺したんじゃない・・・・・私じゃ・・・・」

 あまり見慣れていないのか。ハンターギルドの受付という役職以外に、彼女は過去、ある事をやっていた筈だが。

 よほどショックだったのはその様子を見れば分かる。名前もうろ覚えな教授の机の上には、彼が流した物だと分かる血が飛び散り、彼はもう絶命しているだろう。

「・・・・後方から喉を掻き斬られてる。ったく、平和な皇都が聞いて呆れるわ」

「ば、バイアさん・・・・」

「少し落ち着いた? ・・・・念話機も壊れて、いや、意図的に壊されてるみたいね」

 頭を掻き、どうするかを考える。いくら大学に来ているからと言って、こう云う自体にどう対処するかまでは教えてくれないのだ。

 と言っても、このまま放って置く訳もいかないだろう。最低限の人を呼び、今は別室。

「それで、説明して頂けますかな。正直に」

「わ、私が部屋に入った時にはもう・・・・」

「ふぅむ・・・。ガーランド君、君は何故あそこに? 紋章学専門の君には用のない場所だろう」

 学生の立ち入れない部屋。教員同士の会議室なら、確かに外部に話は漏れないだろう。まぁ、あのまま死体などを兵隊や自警団などが引き受けにくればいやが応にも話題にあがるだろうが。部屋はカーテンを閉め切って、外部から隔離された一種の尋問室にも思える。疑っているのは、当たり前の事。

「ええ。けど、ヤヨイを見かけたんでね。少々聞きたい事を思い出して、追ってみればこの状況です」

「わしには判断出来かねるが、犯人は君でもヤヨイさんでも無いと?」

「大学側は、私たちのどちらかを疑っていると?」

「兵士団に引き渡すにしろ、君等の潔白を証明出来るのなら先にして置きたいからだ。聞けば、君もヤヨイさんもハンターと言うじゃないか」

「私は・・・今はただの受付です」

「そんな事は聞いていない。彼をあんな風に殺せる、と言う事が問題なのだよ」

「・・・・・」

 大学としても、汚名を被るような事は避けたい、と言う事だろう。確かに自分とヤヨイに尋問まがいの事をしている人物は副理事に当たる人物だ。責任感が強く、有り体に言えば正義感溢れる初老の男と言った印象通りの人物らしい。

「確かに、可能でしょうね。けど、動機がありませんよ。ただ嫌いなだけなら私は殺す方より追い出す方を選びます」

「うむ。君ならそう言うと思ったよ。ヤヨイさん、貴方は今日、シタラ教授に何の用件で此方にいらっしゃったのですか?」

「・・・先日、仕事である一件に私達ハンターでは解明出来ない事が幾つかあって、専門の方にただ聞きに来ただけです」

「教授とはお知り合いで?」

「今日、初めて会いました。その・・・仏姿ですけど」

 疑惑わしきは罰せよ、な人物でないだけマシだが、まだ半分放心状態の彼女にこれ以上教授の事を聞こうと帰ってくる答えは一緒だろう。

 それは自分も、副理事も同じ考えだったらしく、彼自身の中で疑いが晴れたからだろうか。質問の矛先を変えてきた。

「怪しい人物を見たか、それらしき物音を聞いた。何でも良い、彼を殺した犯人に結びつく物を知らないかね」

「多分、何時もとなんら変わりなかったと思います。来る迄にすれ違った人物と言えば確か、教授の助手か学生だけでしたし」

「助手? 彼に助手などおらんが」

「なら学生・・・もしくはそれが犯人でしょう」

「成る程な・・・・」

「付け加えさせて貰えるなら」

「なにかね?」

「私が犯人なら、もう大学構内から逃亡してます。なんの為に教授を殺したかは知りませんが、私が出会ってしまいましたから」

 特徴を自分から聞き、人を呼んで似顔絵を作成する間も難しい顔をして、取敢えず問題解決の為の案を練っているのだろう。確かにこんな人物だからこそ、副理事を務めていられるのだと、雰囲気で分かってしまうだけの威厳がある。理事長には直に会った事が何度かあったが、何故こんなボンクラが、と思えるでき損ないの様な人物だったが、不祥事や悪い噂が立たない所を考えれば、彼が人力を尽しているのだろう。

「兵士団には私が説明して置く。君等は潔白だとね」

「良いんですか? そんな事を勝手にして」

「少なくとも、君等には動機以前に、そんな事をする意味がない。ガーランド君、君は自分で言っただろう? 殺すより追い出すと。君等の立場なら、三日も必要とせずにそれが出来るんじゃないか?」

「・・・・」

「それと、ハンター、と言う職業がどんな物か私はよく知らない。だが、護衛くらいは付けて置いた方が良くないか」

 その上、フェミニストと来た。多分、奥方が居れば良い家庭を持っているのだろう。目は真剣だが、確かに心配しているとうったえているのが手に取る様に分かる。

「ご心配なく。私もヤヨイも、ハンターの中では名が知れる程ですので」

「うむ・・・。実力者ならわしが心配するだけ迷惑か。分かった。今日はもう帰りなさい」

「此方もご迷惑おかけします」

「気にする事はないさ。これがわしの仕事だ」

 カーテンをわざわざ開け、去って行った彼の言いたい事は心配するな、と言う事だろう。寡黙と言うか、表裏の無い人物だと好感が持てる。

 もっとも、そこまで冷静で居たのは自分と当の本人だけで、ヤヨイはまだ青ざめた顔のままだ。

「まぁ、事情聞いても私が関った件じゃない限り、それの内容は話せないわよね」

「・・・・・」

 医者の守秘義務ではないが、ハンターにも似たような規約はある。特にギルドで働いている物ならそれがよく分かっているだろう。

 プライバシーの保護は勿論だが、国政をも左右する様な仕事さえギルドにはあるのだ。それこそ、自分が朔日請け負った様な仕事。

「とにかく、あんた一人で帰れる?」

「・・・・・は、はい。一応は」

「・・・・・はぁ。そんな顔して頷かれてもね。分かった、送ってくわよ」

 ここまで死体に慣れていない元ハンターと言うのも珍しいと思うが、南方出身者である彼女なら頷けない事も無い。先日の様な盗賊騒動も、向こうでは希な事なのだ。血を見ると行っても、精々生きる為に殺す獣の血くらいだろう。

「ほら、立って」

 何時までもこんな場所に用は無い。今日はこれからどうしようかと思ったが、研究するにも気が散って出来ない。昼食にするにしても、あんな血生臭い物を見てからでは食欲なぞ沸く訳はない。憂さ晴しにまた酒でも飲むか、と思うが、昼間から飲むほど、懐に余裕がある訳ではない。

 抜け殻のようになった彼女を横に支えながら廊下を歩き、ギルドへと続く道を行く。

「少しはしゃんとしなよ。別にあんたが犯人って訳じゃないんだろう? 私らに関って死ぬ事は・・・・まぁ、希にしかないけど、無い訳じゃないんだ。あんたが気にする事はないよ」

 話しかけ、元気づけようとするが、露骨すぎる為か。あまり効果はない。

 こんな状況で、サリアならこともなげに笑ってしまうのだろうが、自分はあんなに楽観的になれはしない。そしてギルドの前まで来たのだが、彼女の脚はそこで止まったまま。

「どうしたのさ」

「・・・・・」

 顔を覗き込み、何を考えているかは大体分かる。

 彼女は、迷っている。何をかは皆目検討も着かないが。天気の昼下がりにはまるで似合わない顔だと、それを言ってやろうとしたが、似たような蒼白な顔をした物が一人、ギルドへと駆け込んでくる。火急の用事だと言う事は表情を見れば分かるが、服に付いている血が気になる。

「服装から見て・・・あんたのお仲間?」

 きょろきょろと誰かを捜す様な表情は、中に居る誰も揶揄う事はしない。今にも噛み付きそうな顔故に、関ろうとしないと言った方が適切か。

 その駆け込んできた男が、此方を見て、まるで自分たちの様子など意に介した風もなく近づき、ヤヨイの両肩を掴み言った。

「ヤヨイさん、事情は後で説明するから来てくれ」

「・・・・え、ど、どうしたのよ」

「今は時間が無いんだよ!」

 手を掴み、そのまま走り出すにしろ、動く気の無い彼女をそこから動かせる訳もない。

 そのとき見た、手をふりほどく際のヤヨイの体捌きは少々、奇妙な動きに見えたが、ふりほどかれた男は自分自身を成るべく落ち着かせようとため息を吐き、一言一言をゆっくりとはき出す。

「バートン・ランドルフってハンターが、さっき街の外れで血まみれになっていたのが見つかったんだ。ギルド直轄の診療所に運んだが、かなり危ない状態らしい」

「え・・・」

「あんたが担当した仕事について報告したい事があるって、あー、もう! これで分かっただろうが!!」

「わ、分かりました」

 ふらふらとした足取りで、走り出すヤヨイと男。診療所の場所は分かっているし、放って置いても良いのだが、血まみれになったと言う事と、その被害者が知っている男だった為。

 自分の関った仕事の中に居た、シグマの元上司なのだ。自分に無関係な事とは思えず、後を着いて行く。

 いやな胸騒ぎがしたが、今はまだ状況を見極めるには早い。

 診療所に着き、中に居る看護婦の慌ただしい姿が患者の様態をどんな物かは読みとる事が出来る。何より、入り口からずっと続いていた血痕の量は洒落になっていない。

「こっちだ」

 酷い血臭と、薬のそれが入り交じる一室。中からは複数の、多分医者と看護婦だろう。忙しく動く音が鳴り響き、そして

「・・・・・・・・」

 まるで家族の死に目にであった様な顔のヤヨイがそこに居た。

「・・・・あんたはそこに居な。落ち着いたら入って来たら良い」

 深刻な状況だと言うのはいやでも分かる。ここまで来て、ギルドの一員として動けないヤヨイは使い物にならないだろう。同じ仕事に関っている自分が入り、最後の言葉を聞くしかない。そう判断して、部屋の中に入る。そして見たのは、血の色を身体一杯にぶちまけた男の姿だった。

「・・・・あー、なんじゃ君は。治療の邪魔になる、さっさと」

「これでも私は紋章士です。多少の手助けにはなるかと」

「分かった。こっちとこっちの出血が酷い。止血だけでも・・・・く!!」

「!!」

 ベッドの上に仰向けに寝かされ、麻酔薬が何本か床に転がっている様を見れば一刻を争う状態だと言う事は分かった。だが、これが人間の受けた傷なのか、と言うのが疑問の一つ。そして驚いた事に、まるで何かが取り付いている様に、次から次へとバートンの身体から血が噴き出す。

「と、とにかく、止血だけはします。致命傷は私にはどうしようもない」

「分かっとるわい! ご託はいいからさっさとせんか!」

 治癒の、基礎的な紋章をかざし出血を止めようとはした。傷を封ぎ、肉体を機械的に修復するのだから、血はこれで止まる筈。

 だが、瞬間、窒いだ傷からまた血が噴き出すのだ。周り中、血だらけだった理由はこの為だと分かる。

「ったく、ハンターってのは何か!? わしら医者に喧嘩を売るような傷ばっかり作ってきおってからに!!」

 もう歳であろう、老医者の愚痴も分かる。これはたんなる傷ではなく、呪いその物なのだ。治癒の紋章の手持ち全てを動脈に当たる場所全てに貼り付け、血を拭う為に用意されたのだろう。タオルで傷の部分を拭う。

「かー!! あんたもハンターだろ。こんな傷はわしゃ見たことがない。どうすれば良いんじゃ!」

「ちょっと待ってください」

「悠長に待っていられるか! この男が流した血の量はもう致死量を越えておるんじゃ! 輸血用の血ももうすぐ底を尽く、それまでに何とかせにゃ」

「あなた、今すぐバケツに水組んで持って来なさい。今すぐよ」

「は、はい・・・」

 看護婦に水を汲ませに行かせたのは出血が酷すぎて身体の表面がどういう状態なのか分からないからだ。持って来た、本当にバケツ一杯の水をバートンにぶちまけ、横で喚く医者の声を無視し、彼の身体を凝視する。

「・・・・・・みつけた」

「な、なんじゃ」

 見えたのは胸の中腹辺りにあった僅かな入墨の様な物。元々あったかの様に思えるそれこそが、この身体中から血を吹き出す事を止めない呪いの核。

「バートン、意識があったら覚悟しといて。かなり痛いから」

 手を握り、返事を聞いたのは意識を失っているのを確認する為だ。だが、不幸にも彼は僅かにまだ意識を残していたらしく、強くに握り返してくる手は少々痛い。

 麻酔は効いているのだろうが、解呪の際の痛みは身体に伝わるのではなく、意識その物にあるのだと聞いた事はある。あとはバートン自身の精神力に期待するしかないと、手近にあったメスを片手に彼の胸を切開する。

「な、なんじゃこれは・・・・」

 血が飛び散るのも気にせずに、医者が覗き込んで診たそれは、彼が生涯見る事はなかっただろう物。当たり前だ。胸の中にあったのは無数に蠢く銀色の鎖。ある筈のない物が、彼の身体の中心を元として、身体中に巡っているのだ。放って置けば、その内皮膚のしたから全てを破り、そこで消えるだろう。

「・・・よりによって、呪殺の最高峰とはやってくれるじゃないのさ」

 独白として片づけた声は、隣に居る医者にだけ聞こえたのだろうが、今は気にしている訳にはいかない。意識が飛びかけて居るであろう、バートンの耳元に口を近づけ、彼にだけ聞こえる様に言う。

「バートン、よく聞いて。これをやったのはブラックギルドの手の物じゃないわね。そうだったら手を強く・・・・・つっ!」

 握る様に言う前に、思い切り渾身の力を入れて彼は握ってくる。

 生きている証拠であるそれも、もうすぐ力尽きるだろう。叫きながら何をするのだと、開いた胸の切開後を縫合する医者の声はもはや聞いて居ない。どうしても彼から最後まで聞き出す必要があるのだ。

「あんたに此れをやったのは・・・・」

 そして最後まで言う前に握り返して来るのは、彼の持っている答えと自分の考えが同じなのだと、彼が分かったから。

 魔王剣と言う、彼の二つ名は相手を見透かし、さらけ出す事からつけられた強さの名なのだ。自分の胸中を読んでくれるだけ、楽と言う物。

 そして強く握られたままの力が抜けた瞬間、彼は言った。

「奴・・らを・・・止め、ろ・・・・お前、なら・・・・かえせ、る」

「返せるって・・・何を?」

「俺・・・の、これ、をだ・・・・。シグマを・・・たの・・・・・」

「・・・・・・・」

「おい、何とか言わぬかこの馬鹿女!! 彼はどうなっ」

「・・・死んだわ」

「くそったれが!!!」

 老人として、医師として。その両方ともだろう。救おうとした命が事切れた瞬間は誰もが悔しく感じる筈だ。

 かんしゃくを起こす様に自分をつかみ挙げる理由は、勝手にバートンの胸を開いた事だろう。それをしなければせめて、安らかに死ねたのだと物言わぬ口ではなく目が強く言っている。

 だが言い返す言葉も必要だった。

「私は最前を尽したわ。あなたがそうした様に」

「なら何故こやつを苦しめる必要があった!! せめて安らかに・・・・」

 力無く、崩れ落ちる理由は分からないが、幾度と無く死を看取っている筈の老人がここまで泣く理由は、手近に居た看護婦が、理由を説明してくれるまでは分からなかった。ここにバートンが流れ着いた時に、身元引受人になったのがこの老人だったらしい。ずっと独身で居る老人に取っては、息子の様な存在だったらしい。

「ご老体、名は」

「セルゲイじゃ・・・・・それがどうした!!」

 気持ちは分かるが、くぐもったままの目をされて居ては。自分を息子の様に扱ってくれた老人をこのままにしていては、夢枕に文句を言われるだろうと。

 自分の目がそのとき、どんな物だったかは分からなかった。

「セルゲイさん、バートンは、少なくともやるべき事を最後までやって、逝ったんです。自分の安らぎよりもあなた達の事を考えて、最後まで苦痛の声も漏らさずに」

「じゃが・・・・じゃが!!」

「戦場で幾人も人を殺した彼なら、最後の覚悟は出来ていた筈です。貴方がそれを理解されないままじゃ、それこそ彼は悔まれないと思います」

「くっ!!」

 ぱぁんと、部屋の空気を破る様に響き渡った音はセルゲイ医師が、自分の顔を叩いた音だ。ただ、それが矛先の無かった怒りの槍所だと分かっている為に、自分は何も言わない。

「・・・どうして、お前らはそんな目をしていられるんじゃ。わしには、分からん」

「失礼します」

 老人は、しばらく立ち直れないのかもしれない。同じ事が自分にも言えるのかもしれないが、最後の言葉を聞いたのだ。やり遂げなければ自分の気分も晴れない。

 部屋を出る前に見えたバートンの顔は、苦痛に歪んでいた訳でもなく、ただ安らかだったのは自分の事を信用してくれたからだろう。最初は疑っていたこの自分をだ。

 慌ただしい足音。それが誰か分からなかったが、自分の前に立ち止まって、部屋の中に駆け込んだのはシグマだ。人づてに聞いてやってきたのだろう。

「すみませんが、着替えか何かありませんか」

「は、はい。此方に来てください」

 胸を開いた時と同じくして、血を浴びた自分はどんな風に見えるか。

 ただ、顔が凍り付いたままなのだけは分かり、看護婦の後をただ着いていった。







 それから気分を落ち着かせる為に。否、自分は何ともなかったのだが、シグマとヤヨイが落ち着くにはそれだけの時間がかかったと言う事だ。

 シグマが一番、バートンと懇意にしていたからこそ、彼も今は表情を強ばらせているだけに停まっているのだろうが、胸中は怒り狂っているだろう。強い、それこそ殺気すら纏った視線を自分にぶつけてさえ居るのだが、最後にバートンが何を言ったのか。それを聞くまで待ってやると言った表情。

 ギルドで話しても良かったのだが、診療所の一室を空けて貰い、今はこの仕事に関っていた残りの四人を待っている最中。

「すまん、遅くなった。だが、俺で最後の筈だ。トーマとヤーコフ、ディオ老はまだ戻っていない」

「そう。じゃ、適当に座って」

 来たのはユーリ・イワノフだけだが、彼の言う事通りならこれだけなのだろう。

 説明しようとしないヤヨイを見て分かったが、やはり朝の教授の死体を見た時と、バートンの死は彼女に取って大きすぎる事なのかもしれない。どうしてこう、面倒事の中心に自分が居るのか分からなかったが、説明するしかないと。ため息を漏らし、口を開こうとした所でドアが開く。

 そこに立っていたのは、久方ぶりに見るサリアだった。

「あんた・・・・今迄どこほっつき・・・」

「ごめん。ちょっと手間取ってた」

「・・・・・・・あまりそれ、聞かれたくないみたいね」

「あー、説明してもわかんないと思う。けど、後で話すよ。そっち先にまとめてくれるかな」

 ただ、天真爛漫な彼女はそこに居ない。

 何処か、そう。魔族だとハッキリ分からせる雰囲気があるのだ。その原因は、汚れきった服装と、泥で見えにくくはなっているが、かなり大量の返り血。肩からかけられた濡れたタオルは、看護婦が渡した物だろう。真剣な表情を見た事がなかったのかと、驚く反面、それだけの事があったのだとウンザリする。

「さて、どっから話そうか・・・・って、バートンの事からか」

 シグマの視線が痛くなるのが分かったが、彼が一番望んでいる事を言わなければならなかったろう。よくため息を吐く日だと、頭の何処かは冷めたままだった。

「バートンを殺したのは、神族よ。彼自身がそう言ったから間違いないわ」

「よりによってそれを信じろってか? 冗談も程々にしろや。滅亡した種族にどうやったらあの人が殺されるって言うんだよ!!」

「嘘もなにも、あんな呪殺法は、現代に伝えられて居ないわ。彼の胸にある紋章が描かれていたけど、私が知っている術式と明らかに構造が違った。古代紋章(ルーン)の方だとは何となく分かったけど」

「!!」

 よほど気に障ったのだろう。飛びかかって、思い切り撲られると思った瞬間、自分の前に誰かが割って入る。

「シグマ、落ち着け。彼女は嘘は言っていない」

「だからって・・・何となくであの人の胸を切り裂いたんだぞ!!」

「お前なら、バートンと同じ立場だったらどうする」

「・・・・・くそっ!!」

 説得された訳ではなく、ただ頭の中が無茶苦茶になって考えが纏まらないのだろう。どうしても納得出来ないのは、やはり彼がまだ何処か子供のままだからか。多分、セルゲイ医師と同じくして彼もまた、バートンの家族だったのだろうと言うのは、握った拳に血が泌んでいた事で分かる。

「さ、バイア。続きを話してくれ」

「分かったわ」

 そして自分の予想も混ざった、事全て話す。

「まず、今の状況だけど、多分まだ時間は残ってるわ。あまり無いのかも知れないけど。
 西側と手を組んだのが神族だったとしたら、西側の全体が操られていると思って間違いないわね。中心は多分、ダルト連合国。あの国なら、やりかねないわ」

「どうしてそう言える。他の、フィガルやダーフルスもダルトと同じくらいの国だぞ」

「そっか。あんた、フィガル出身だったわね。なら、知らない訳か」

「何をだ?」

「ダルト連合国の一部の地域。王族発祥の地には、妙な宗教があるのよ」

「それが神族信仰でもしてると?」

「似たようなもんかな。ただ、いかれ具合が度を過ぎててね、王族がそれを認めてるってのもおかしな話さ」

「ダルトは王政ではなかったと思うが」

「それはあくまで表面上の事。政治の殆どの決定権を、王族が未だに握っているわ」

「なるほど・・・。それで、幾等要人を暗殺しても次から次へと出てくる訳か」

 物騒な発言だったが、彼の出身であるフィガルはダルトと肩を並べる程の暗殺者を抱えている国でもある。彼の七色の牙と言う二つ名の技術の一つに暗殺術があるのがその現れ。

「後、私の記憶が間違ってなきゃ、神族信仰ってのは、絶対的な悪を何かに見立てて初めて成り立つ物だったと思うわ。なんか、それらしき奴の話って無かったかしら」

「それでか・・・。一応、それらしき話は聞いた。南方の対魔(ツヴァイ・ファルベ)が、西側に着いたらしい」

「それね。まぁ、裏でどうせ組んでるんでしょうけど」

「ただ、本物じゃあない」

「?」

「本人に出会った。相棒はあまり認めてなかったが、彼は国に加担して私腹を肥やす様な人物じゃあない」

「擬い物で何とかしようって事ねぇ・・・。あの馬鹿大臣の考えそうなことだわ」

「それと、ヤヨイに渡したが・・・・」

 ちらりとヤヨイを見るユーリだったが、今まともに話せるのがこの場で自らを含む三人しか居ない事は漸く理解出来た様子だ。

「西側で、やばい薬を使って兵士を作る計画があるらしい。俺と相棒がやり合ったのは、まだ10代の女の子だった」

「・・・・成る程。それで魔因子か」

「どういう事だ」

「人の中にも魔因子がある事くらいは知ってるわよね。それを増大化しようとした研究が、何処かの国であったのを憶えてるわ」

「人体実験か? まさか。流石にそこまでやるような国は・・・・その、ダルト以外は」

「気にしなくて良いわよ。別にあんな国どう呼ばれてもおかしくないと思うから。それで、その国の研究機関を、潰した事があるのよ。ザーネルス要塞だったかしら」

「・・・・・お前があれを指揮していたのか。道理で」

「で、さっきから相棒相棒って言ってるけど、誰? 信用出来るんでしょうね」

「ああ、あいつは信用出来る。フェイク・ガジェットだ、今日の夜辺りに紹介する」

 名を聞いて、やっぱりこの男はフィガル出身者の軍上層部の人間だったと再認識する。その二つ名は西側の影殺士と言う、ワイズマン家の中で最も優れた暗殺者と同等の力を持っているとされた男なのだ。あの国から逃げ切れている理由、と言うのは彼自身一人の力ではないと言う事。

「じゃあ、ヤヨイが今持っているのは魔因子に関する報告書って所か。内容は大体想像出来たわ。私が研究を潰した時には5割方開発は終わっていたもの。残り五割を今丁度調整中って所でしょうね」

「狂人状態にして、一般人を兵士に仕立てるまで切羽詰まっているようになったと言う事か」

「少々、違うわね。それもブラフ、見せかけよ。神族が関った時点で、兵力は簡単に確保出来るから」

「なら何故、国の存亡自体を危うくしてまでそんな薬を作ろうとする」

「簡単よ。神族にでも騙されたんじゃない? 栄光だの永劫だのなんてうたい文句に引っかかりそうな連中だし」

 人間でも魔族でもない物を見た時、西側の人間はそれを「神」と呼んでしまう。一時期は田舎の方だけだったが、竜族を神とあがめた連中すら居たと言うのだ。国だけではなく、西側と言う世界がそれだけ何かにすがっていたと言う現れだろう。

「まぁ、これで大体の事はハッキリしたわ。神族が西側諸国を乗っ取って、皇都に喧嘩をふっかけて来たと。けど」

「・・・・・目的が分からんな。まるでこれじゃあ殲滅戦だ。つぶし合いをして両方とも共倒れになるのが落ちだぞ」

「この国にある何かが欲しいのか。それとも別の・・・・・」

 結局分からないだけで終わってしまうのなら、死んだバートンも浮かばれない。

 プレッシャーを自分で作って、それに飲まれている様な状況が気にくわなかったが、決定的な何かが欠けているのだ。その何かが相手の目的と分かっても、神が望む物など分からない。

 過去、神族と言うのは独りを残さず滅んだと言うのはそう、珍しくない事実だ。まだ人間が国を持っていなかった太古、魔族との争いで神族の血は幕を閉じていると記されているが、ただ、それだけしか記されていないのだ。見てきた訳でもなく、魔族連中に酒の肴に聞いた事もあるが、誰も知らないと言うのがその答え。

 この場に居る唯一の魔族であるサリアに聞いたとしても、それは変わらないだろう。

 また自分がため息を吐いていると、鬱陶しくなるのが分かっていても止められない行為だったが、同じくして聞こえた嘆息はサリアと重なる。

「一応、そこまで分かっているのなら何でワカンナイかな。ホント、人間って肝心な所で手詰まりになんだね」

 笑っていた表情、いや、彼女のそれは何処か虚しさを感じている物だ。懐から大事そうに取り出した大きな紙切れを床に広げる、言った。

「神族が欲しいのは、この皇都って場所。至宝二つに守られたこの都市その物が邪魔であり、同時にこの場所が欲しいのよ」

『???』

「それを説明する為の地図だっての。古巣に戻って必死に探してきたわよ。皇都が出来る以前、ここが何て呼ばれてたか知ってる?」

 彼女が床に広げたそれをのぞき込み、首を傾げているのはユーリだけだ。

 自分は、それが何なのか理解出来たのは、奇しくも紋章士であったからと言っても良いだろう。大陸全土を克明に記した地図の中心にある一文を口で擬える。

「聖域・・・・? けど、この図形みたいなのは」

「紋章よ。大地に描かれた、とてつもなくでっかい、ね。皇都はこの上に立っているの。至宝二つでこの紋章の力を掻き消しながら」

「・・・・・・・・」

 少々、スケールが大きすぎて理解に苦しむ。そもそも、大地に紋章を刻むと言うのならば、そんな事を人や魔族、神族を含め、誰が出来ると言うのだろうか。

 紋章は、一人でしか作れないと言う大前提があって、初めて紋章なのだ。複数の人物によって作られたそれは、紋章ではなく単なる落書きになってしまう。これはどうやっても曲げられない事実。

「これを、この紋章を一人で作った化け物が居るっての?」

「正確に言うと紋章(クレスト)じゃなく古代紋章(ルーン)。神族の中で一番ど偉くてイヤーな奴がある事の為に作った、魔導炉みたいな物なのよ」

「・・・・は、はは。夢物語だわねそりゃ。こんなどでかい魔導炉なんて、貯蓄するエネルギーその物で大地がどうにかなっちゃうわよ」

「制御は出来ていたらしいわ。そしてそれを止めたのが、この国の三闘士。元々は四人で、四魔王(レザシール)って呼ばれてた頃の話よ」

「それは、どのくらい昔な訳」

「さぁ。ただ皇歴よりずっと昔、少なくとも七千年くらい前だろね」

 正直、自分もユーリも開いた口が塞がらない状態だ。

 話の感想は双方違うだろうが、自分はこう思う。

 よくそんな昔の事を執着して今も尚、やり遂げようとするな、と。

 年寄り連中で嫌いな奴は西側で腐るほど、皇都に来てからも数百人と見てきたが、そこまで怨念めいた物で動いている奴は少なかったはずだ。

「一つ質問」

「なぁに」

「神族ってさ、名ばかりの馬鹿じゃないの?」

「神族ってのは、あいつらが勝手にそう名乗ってるだけ。神様なんて都合の良い物、居る訳ないじゃない」

「御尤も。で、目的が分かったのは良いんだけど・・・・これさ、私らだけでどうにかなる話なの?」

「無理だな。スケールが・・・ははは、でかすぎる。東方と北方にでも協力要請をお願いしたい所だ」

「あはは、前代未聞ね。西側相手に他の三方の国々が手を取って相手にするのは神様? 冗談じゃないわよ・・・」

「だが、良い案ではあるな」

「ちょっと、本気にしてるのそんな話。理解してるの私だけじゃないと思ってたけど、ユーリ、あんた分かってないわ」

「どういう・・・」

「良い? 良く聞きなさいよ? この地図通りの魔導炉が「再建」されてたらどうするの?」

「な、に?」

「取り返したいって言うんなら、確かに同じものは無いでしょうよ。けど、西側の大地全部使えば、これと似た物は作れるわ。
 魔因子を活性化させる薬品の使い道、たんなる囮だと思ったけど、違うわね。私なら、その魔因子をおかしくした人で、大地に文字を描く」

「・・・・・・・バイア。私、アンタの事見くびってた。いや、紋章士って奴を軽んじてたのかもしんない」

 その後の沈黙こそ、答えだ。全貌が見えたのなら、やる事は分かっている。

 分かっては居るのだ。

「時間がまだある、ね。居ない三人合わせて七人? 城に居る三闘士様に手伝ってでも貰わなきゃ、間に合う訳ないじゃないのさ!!!」

 怒鳴り散らした所で、何にもならない事など、分かっている。

 何もかも、分かっているからこそ、悔しいのだ。

 こんな事ならダルトを自分一人で壊滅させてやるのだったとまで思う自分は、何様のつもりなのだろう。

 ただ、窓の外から来る夜風が冷たく、落ち着けと言っている様でさらに苛つく。

「バイア。グレースさんに何を依頼したの」

「西の国を救ってって。国それぞれの下に眠る水脈を全部解放するようにしてって言ったわ。
 それで大地その物に紋章を描けなくはなるけど、起こそうとしている戦争が漸くなんの為か分かった今じゃどうしようもないでしょ」

「戦場で紋章を描くか。確かに戦場なら、死体は山ほど出来る・・・」

「知らせて止まらないのが戦場よ。人の手で人が殺されて、幸せを願って破滅を呼ぶのよ。はん、お笑いぐさだわね」

 無力さをこれほど噛みしめた事は無い。

 怒りが全てを支配していたとしても、目の前にあるのはそれに勝る絶望だ。

 西側の、魔族を畏怖する心の根底にあるのは、そう言った理由なのかもしれないと、こんな場所で分かる。

 歴史、人間のそれに記されて居ないほど過去に、彼らは人には決して出来ない事をやって退けて来たのだ。何と脆弱で愚かなのだろうと、笑いすらこみ上げて来る。

 ただ、この部屋の中で一人立つ者が居た。

「シグマ・・・何処行く気」

 今日何度目のため息だろうか。もう数えるのも嫌になる。

 顔を見る気もなく、止める気はなかったが、バートンの遺言だけは。彼を頼むと言う事だけは守ってやりたい。

「決まってるだろ。戦場を潰しに行く。少なくとも、それくらいなら出来るだろうが」

「どのくらいの規模か分かって言ってるの?」

「知るかよんな事。あんたみたいに頭良かないからなオレは」

「あのね。三日四日で出来る話じゃないの。念話よりも早く直に動いて行かなきゃいけないのよ?
 転移系の術は一日に精々二回しか身体が保たないって、あんたも分かってるでしょうが」

「だから言ってんだろうが・・・知るか」

「ちょ、ちょっと」

 シグマが何を言っているか、理解出来ない。ただ、バートンの死によって勇み足になっているだけだろう。

 無駄死にさせる訳には行かないと肩を掴み止め、逆にその手を掴み返される。

 そして見た彼の目は、死ぬ前に見せたバートンのそれと同じだった。

「言ったろうが。やるしか無いなら、今すぐにでもやるんだよ。座って何か変わるのか? あんた見たいに上で命令してる奴らが何考えてたのかは知らない。
 けど俺らはずっと一つの事だけを願って戦場で戦って死んで行ったんだよ。それが何か分かるか?」

「・・・・・」

「何時か絶対、幸せに暮らせる場所があるからって。それ以外で徴兵された奴も居るだろうよ。戦争が仕事で、生き甲斐の奴らだって居ただろうさ。
 そんなもん知ったこっちゃねぇんだよ。
 俺らが住んでる場所を自分勝手に使われて、邪魔だから退けって殺されて。それで我慢出来るのか? オレは出来ないね。
 昔は分からなかったけど、今なら分かる。バートンさんが言ってたよ。俺たちは残された者の為に戦うんだってな」

 子供のような言い分だろうが、彼を説得出来る者はこの場に居る筈もない。

 落ち着いて考えている暇など無い事は分かっているが、同時に彼の突き動かす原動力も分かっている。

「ユーリさん、あんた言ったよな。バートンさんが生きてたらって」

「ああ」

「その問い、そのままそっくり返してやるよ。相手が神族? 結構な事じゃねぇかよ。相手が人だろうが魔族だろうが神族だろうが。
 ただ殺す事に代わりはねぇんだよ。俺の仕事は俺の住んでる町の奴らを守る事だ。絶対諦める事なんかじゃねぇ」

「だったら・・・・、君一人じゃ無駄死にするくらいの事は分かっている筈だ。残念だけど、君を行かせる訳にはいかない」

「やるってのか? はっ、暗殺だけが仕事だったアンタと俺の差を教えてやろうか」

 ただ、どうすれば良いのかだけが分からない。

 自分の中にも確かに、突き動かすものはあった。

 昔の事ではなく、今、確かに感じているものだ。間違う筈も、それを否定する気もない。

 だからこそ、分からなくなる。

 シグマの言った通り、自分は所詮上で命令していただけの存在だったからだろう。基盤の上で動かしていただけの兵士達の意思など、知った事ではなかったからだ。

 言葉で言うに容易いそれが、自分の中に迷いを生み、シグマの中では迷いをも断ち切れるだけのものになっている理由。それが戦場に長く居るか、未だ知らないかの違いであり、強さと言う名の過去に裏付けられたモノだから。

 扱いきれない、勇気だから。

「あんたが殺して来た状況なんざ、すり減るだけの擬い物じゃねぇか。統率された軍隊? 俺が居た場所はな、一人でも多くを殺す為の場所なんだ」

「差別する君の意見も最もだろうが、相手を留める事は僕の最も得意とする所だ。残念だけど君は僕を越えて行けない」

「言ってろ。殺しきるだけの技なら俺は誰にも負けねぇ」

「そう言う所、僕はあまり嫌いじゃなかったんだがな」

「そうかい。俺はあんたが嫌いだ」

 一触即発の自体だと分かるが、割って入れる程、自分は強くは無い。

 結局、迷う事しか出来ない自分が、悔しくて堪らない。

 時間が無いと言う切羽詰まった状況が、自分に取って一番の敵だから。

 だから彼女のため息は良く聞こえた。

「マッタク。どうしようもないわねあんたら。人の話は最後まで聞くもんだって習わなかったの?」

 腹ヘッタなどと宣いそうな、サリアの物言いは、無論男二人に届いている様には思えない。そして彼女が怒っている姿など、初めて見た気がした。

「そこの馬鹿二人。私の話を聞くの? それとも晩飯にでもなってみる?」

 無造作に二人の脚を払い転かし、多分、思い切りだ。みしみしと骨の輾む音さえ聞こえてくる様な握力で二人の首を鷲掴みにして両腕を挙げる。

 無論、不意にそんな事をされて呼吸がまともに出来る筈もなく、軽い酸欠になったのだろう。殺気を込めたままの目でサリアを見下ろしている二人。

 だったが、睨め付け返した彼女の目のまた、殺気が篭っていた。

「良い? あんたら勘違いしてる見たいだから言って置くけど、この街に住んでんのは何もあんたら人間だけじゃないんだ。
 魔族だって居るって事を忘れてもらっちゃ困るんだよ。それにこの皇都が落ちたら人間だけじゃない、私らだって今みたいに気ままに暮らしてなんかいけない」

「それで、戦力になってくれる魔族がどれだけ居ると言うんですか」

 彼女が入った事で三すくみ状態になった事は分かる。

 二人を下ろし、結局危なげな状態が変わっていないのも同じだったが、少なくとも彼女の声は届いては居る。

 好転したと思えない状況故に、自分も何も言えないで居たが、よりにもよって、と言う意見を彼女は出してきた。

「こう云う時の暗黙の了解でね。魔族にゃ、絶対にやらなきゃならない時、立場も出身も関係なく、この皇都に集まる事になってんだ」

「僕が聞いているのはそんな事じゃありません・・・。それに、魔族の軍隊があるなんて聞いた事なんか」

「誰が軍隊だって言ったの? 私らって言ったわよね。それに立場も関係なくって言ったわよ」

「・・・・・」

 嫌な予感、と言う奴はユーリも自分も、分かっている筈だ。サリアと自分の話の中に出てきたグレースと言う名前を、ユーリは理解していたのだろう。

 それが誰なのか、と言う事になれば、彼女の言いたい事もすんなりと分かってしまう。

 ただ、あまりに突拍子も無い事と、そんな事が出来る筈のないと常識と言う奴に囚れて言葉にまで出来ないで居るのだ。

 そして唯一飲み込めていないであろうシグマは、小ざかしいと笑いながら言ったつもりなのだろう。冗談を。

「賞金首でも集めたって言うのか?」

 分かり易い物言いだと思ったが、サリアの続く言葉も分かっていた。

 だからこそ、口元を引きつらせながら笑うしかなかったのは、自分だけではなかった事だけが幸いに思えた。

「そうよ。流石に賞金首全員じゃあないけどね」

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