朝。それは自分に取って平凡な毎日の始まりであり、波乱も十二分に含む時間だ。
何時もなら、晩に共に暴れて疲れたサリアが隣に寝ているか、まるでそう。子供のようにだ。
遊ぶつもりのみ満々で家のドアを叩く彼女の声によって自分は目が覚める。サリアと出会ってからはそれが当たり前の朝であり、何処かに出かけていても彼女とは一緒だったのでさしたる変わりもなかった。
だからこうして、誰も居ない。ただ静かな部屋の中で目が覚めると言うのは、妙な感じだ。
「まだ、帰ってないか・・・」
家を追っ払われた、と言っていたのは彼女が間借りしていた家に行って確かめた。確かに、大家はご立腹だったろう。家賃を大分滞納していただけではなく、毎夜家の周りでどんちゃん騒ぎをして居ればそれは追い出されると言う物だ。まぁ、同じアパートに住んでいた連中は嫌がって居ない、むしろここ数日、彼女の姿を見かけない事を心配していた様子だったが。
新聞を取り、流し読みして大体の記事の内容を頭に叩き込む。顔を洗って、朝食を囓りながら、目星のつけた記事だけをもう一度読み、着がえて、サリアと共に解読していた本と書き写された解読分の用紙を持って外に出る。
「あらバイアさん、おはよう」
「おはようござい・・・・いえ、こんにちわ」
「あはは、気にする事ないさ。昨日も大分遅くまで勉強してたんだろう?」
「まぁ、仕事ですから」
「ウチのひょうろくだまにも爪のあか煎じて飲ませてやりたいもんさ。で、サリアちゃんだけど」
「そちらに・・・お邪魔してる訳じゃなさそうですね」
「そうなんだよねぇ。あの娘、なんだかんだ言いながら、やっぱ一人じゃちょっと心配になるよ。もう何日帰ってきてなかったっけ」
まだ一週間経っては居ない。ただ、隣の住人も一日と空けて彼女の姿を見ない事など一度もなかったのだ。
数年、ずっとそうしてつき合ってきただけに、心配するのは当たり前だろう。
「帰ってきたらがんと言って挨拶させに行きますよ。こんな心配かけてばっかりなんだし」
「そうしとくれよ。あの娘の元気な顔みて、やっと朝が来たと思うようになっちまったしね」
まぁ、陰鬱な朝よりは、騒がしいと感じる方が良いのかも知れない。自分もその内、隣の住民の様な人ではなく、どこぞの度量の狭い近隣住人一人の為の出て行かなくてはならないのかもしれないが。どちらにしても、彼女が帰ってきてからでないと始まりもしない話なのだ。
大学への道のりをのんびりと、もうすぐ昼になろうかと言う時間歩いてゆく。
今日こそ帰ってくるだろうと、多分、待っているのが馬鹿馬鹿しくなった辺りで彼女は姿を現すだろうと。意地が悪いのではなく、天然な彼女の事を一笑出来る日は何時来るのだろうか。
多分、生涯来ない気がする、と、馬鹿な事をあくび半分に考えながら角を曲がり、ふと、妙な物が視界に入る。
「・・・・ヤヨイ?」
血相を変え、それで居て表情を悟られぬ様に堪えている、そんな顔だった。この先に彼女が立ち寄りそうな場所と言えば、それこそ大学くらいしか無い筈。
「何急いでんだか・・・」
ハンターがらみの仕事である事は間違いない。
ただ、彼女が今関っている仕事と言えば、自分も無関係と言い切れない。
「・・・・朝っぱらから問題事持ってくるのはサリアぐらいだと思っていたいねマッタク」
ため息を吐いてから、彼女の後を走る。正門を抜け、校内へと彼女の後を追いながらこの道は何処に続いていたかを思い出し、立ち止まる。
「・・・・魔因子研究所、しかないわよねこの先」
「ええ、そうですよ?」
「!!」
「ど、どうかされましたか?」
「い、いや、何でもないわ。教授は今居るの?」
「その筈ですよ。今日は朝からお客様を迎えるとかで、人払いなさってましたから」
「ありがとう」
人の気配すら分からない程、自分が驚いた理由は無い筈だ。
本音を言えば、ハンターが本来関りそうにない事柄に、嫌な予感がしただけ。思い出されたのは朔日共同墓地で出会った女の事。
彼女のような古代種を研究する機関が、大学には一つか二つはある。自分の専門外な事故にあまり関った事はないが、正直、良い噂を聞いた事は一度もない。
「あ、教授に何かご用ですか? 今はあまり機嫌害ねない方が」
「そーゆーのは慣れてるわよ。ご忠告どうも」
ため息を吐く、助教授か、学生だろう。やれやれと言った顔を後方にしてドアに向かい行く。
そして気付きもしなかった筈だ。ドアの向こうを見るまで。
すれ違ったその人物が、笑っていた等と。

アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:VIOLET CARD