そこは朔日、あの古代種の女と出会った、共同墓地。夜ともなれば誰も近づかない、薄気味悪い事この上なしな場所の筈だ。

 静けさだけは、何時もと同じと言う所が逆に微妙だったのは、彼らは顔を合わせていざこざなどしないと言うのだろうかと言う疑問があったから。

 ただ、これが種族の違いなのだと分かったのは、彼らの様子だろう。よりにもよって墓を椅子代わりにしているのは罰当たりだとも思ったが、皆が皆、酒を飲み交わしているのだ。ぞくぞくと来る者と抱き合って挨拶を交わし、ここがまるで星空の下の酒場だと思えてしまう。

「お、サリアじゃねぇか。久しぶりだな」

「あー、酒臭い親父は引っ込んで」

「んなつれなくするなよ。大事の前の小事だろ?」

「それで抱かせてやるほど私は安くないし、第一アンタが私は嫌いなの」

「はははは! ハッキリとしたその物言い。姐さんにそっくりになってきたな」

「・・・・」

 まるで、いや、その物だ。酔っぱらいな年輩な男は勿論人間ではなく魔族であり、それも賞金首の男の筈だ。

 東方を荒らしていた、名前を何と言っただろうか。それこそ、腕の立つハンターと何人もやり合って生き残っている猛者に違いはない。

 その他の連中も。男も女も関係なく、ハンターギルドの手配書で一度は見た顔ばかり。ヨリにもよって自分が取り逃した奴まで居るのだから驚くなと言う方が無理な話だ。ヤヨイがこの場に居なかった事は、やはり帰して正解だったと言える。

 皇都の中で、こんな場面に遭遇した事が無かったのは、相手が賞金首と言うのを除いたとしても、やはり皇都と言う街が人が作り上げたモノだと言うのも理由の一つだろうか。

 自分が異分子になった体験は、敵方の陣地に行った時でさえハッキリと感じる事は無かった筈だ。

 冷静で居られる一方、どうしようもなく、安心できる場所に帰りたくなる。不安に駆られる、と言うモノ。

 シグマもユーリも、似たような不安を抱いている。

 そして、思う。

 他の国よりも多いとは言え、皇都ではサリアは元より、彼ら魔族は人の街に住み、こんな感情を抱いた事は無いのだろうかと。

 わざわざ不快になりながら住む理由が、見当たらない。

 便利さ云々を求めてくるのならば、人から学んで行けば良いだけの話だ。彼らとて、集落は村、街はあるだろうに。

 サリアにそれを聞いた事はあるが、楽しいからと言う一言だけで済む様なモノだとはとても思えない。

 サリアの後に付いて歩き、円陣を組むようにして酒を飲み交わすその中心で止まる。無論、視線は四方から浴びせかけられるのだから溜ったモノではない。

「マッタク・・・。誰! 酒持ち込むとは言わないけど、浴びるように飲むなんてばか!?」

 そんな中でだ。サリアの言い放った言葉は不満を纏った視線を。まだ見ていなかった連中のそれも集めてしまう。

 何て事をするのだと抗議したいが声も出ない程、自分の身体が怯えているのが分かる。堪り兼ねたシグマとユーリが自分の武器を抜き放とうとした時、前に出てきた色男は言った。

「サリア、言い分も分かるが、小競合いせずに待ってる俺たちの身にもなってくれないか?」

「真っ赤な顔で言われてもねぇ。作戦立てたら直ぐにでも出発するの、分かってる言ってるわけ」

「それは皆も承知の筈さ。まぁ・・・調子に乗りすぎた奴は後でどうなるか位分かってる、と思う」

「説得力に欠けるのアンタの言葉は」

「ははは」

 サリアが対等に話している、と言う事か。男が対等に話している事を疑問に思うべきか。

 どちらにしろ、彼も北方で名の知れた賞金首である事に違いはない。続く言葉の主は、確か炎斬り(フレアマーダー)と言ったか。

「ま、良いじゃねぇかよ。総勢30名以上か? こんなに俺らが集まる事なんてそうそう無いぜ?」

「そんな当たり前にあって良い自体じゃないでしょうが。で、13魔剣からの連絡は全部揃ってんの?」

「あー、全部で3通しかないが、こんで良いのか?」

「死んだ人から手紙が帰ってくる訳ないでしょう? 他の人はこの際仕方無いと思って良いと思うわ」

「けど、シュリ姐さんからの手紙がないのがちょっとばかし気になる。流石にこんな状況で男の尻、追っかけ回してる訳もなかろうし」

「それはルド様に任せてるから良いの。私らが出来る事なんてたかが知れてるでしょ?」

「違いねぇ」

 何かを斬る、と言う名を持っているからこそ、ではなく。シグマの二つ名は彼とやり合った時に着いた二つ名。

 故に無視された事が苛ついたのか。今にも剣を抜き放ちそうになっている。それが分かっているのか、彼は言った。

「よう、霧の。なかなか良い面になったじゃねぇか」

「・・・・言うに、言うに事欠いてそれかよ」

「おっと、今日はやり合うのは無しだぜ。これ以上くだんねぇ傷つけられたらたまらんしな」

 ひひひと、揶揄う様にして笑いながら酒を飲む仲間の元へと帰って行く。

 相手がどういう性格なのかは知らないが、シグマに取ってはそれがよほど驚く言葉だったらしい。

 そしてそれは自分にも言えた事だ。

 視線が交わり、面倒だと思いながら、と言うのが手に取るように分かる。此方に向かってきた女は、忘れもしない。自分が一番苦労した戦術の中で、全てを台無しにしてくれた相手。

「・・・碧眼の魔獣」

「私にゃ、ファーラ・ファーラって名前があるんだアイス・フェイス」

「私にもバイア・ガーランドって名前があるんだけど」

「そりゃ悪かったね。けどこんなガキ相手に私は苦労してたって言うのか。鈍ったな私の牙も・・・」

 何が言いたいのか。ただの嫌みだったのか皮肉だったのか。投げて寄越された酒瓶の意味も分からないまま、彼女は続ける。

「ま、あんたも良かったら飲みな。精々期待してるよ」

 後ろ手を振って、後は炎斬りと同じ。

 ユーリも誰かと話していた様だが、結果は同じと言った所か。

 だから薄々、感づいていたのかもしれない。彼は、自分が口にしていると思っていなかったのだろう。

「最後の晩餐か・・・」

 何も言う事すら出来なかった自分も、同じ意見だと思う。

 彼らは、酒を飲んで笑って居ても、何処かその魔族らしさが欠けている。羽目を外す訳でもなく、ただ、昔話を肴にして酒を飲むだけ。

 彼らとて、逃げたいと思う事はある。退却ではなく、逃げたいと言う気持ち。そんな心境で酒を飲んでいるのだから、旨いと感じる訳もないだろう。そこまで達観していられる理由が、生きてきた時間の違いなのか、種族の違いなのかまでは分からない。

 ただ、むなしい。

 自分の見知らぬ誰かの命を簡単に奪い、のうのうと。思うがまま生きている彼らであれだ。

 幾多もの修羅場をくぐり抜けてきた彼らであれ、死ぬかもしれないと言う状況に遭遇するらしい。

 この場では、誰もが同じ仲間であり、同時に、独りなのだ。

「ほら! 酒飲むの止めて本題に入るよ。時間が幾らでもあるって訳じゃないことは分かってるよね」

 それぞれ不満の声はあるのだが、仕方無しと立ち上がる顔は一様に同じ。まるで自分たちを囲む様にして近づく。

 最初から申し合わせていたのか。一定の距離、多分、シグマとユーリの一手目が届かない距離。そこに立ち、多分、リーダー格。いや、この中で一番強いと言うべきか。

 それだけの高額賞金首の男は言った。

「本題と言っても、もう決まってる。奴らを殺し、それで終わりだ」

「それじゃダメなんだよ。私だって納得出来てない部分もあるけど、皇都をどうしても守らなきゃいけない」

「街なぞ幾らでも代わりはある。第一、あの街にはルドが居るのだろう? 守る必要など何処にある」

「後手に回りすぎて身動きが取れないルド様に何が出来るって言うの? それに、何時まであの世代に頼って生きてくつもり」

「頼って生きているつもりはないがな」

 ふふんと鼻で男が笑い、サリアはそれに対して苛つきをむき出しにした視線をぶつける。

 様子から察するに、この場に居る、文句を言いつけた彼だけの不満、と言う訳でもないらしい。

 魔族にもやはり内部での確執はあると言う事か。ただ、サリアの言っていた約束とやらで集まったと言う事は、あまり大切なモノであるとは思いにくい。

 罵り合いと言うか、結局サリアと男の口論になってしまって。それを傍観する結果になってしまったのなら、自分は辺りの様子を見て、探るしかない。

 サリアの説得が旨く行けば、ここの居る全ての連中を使えるのだ。

 自分の立てる策の中で、過去から現在、多分、未来に置いても。

 これ以上ない手札は無いだろう。

 炎斬り、碧眼の魔獣を初めとする賞金首の面々。これほどの人数が揃う事は無い、殆ど独りか、相棒と組む二人。多くとも五人ほどのグループで動く連中ばかりが全部で30人前後。

 その上、それぞれが独力で100人ほどの部隊なら無傷で壊滅。策を立てそれを上手く使えるのなら、もしかしたら一騎当千と言う馬鹿げた言葉すら本当に出来かねない連中ばかり。

 期待してしまうのは自分だけではなく、頭の回転の速いユーリも同じだったらしい。

「手駒として最強の布陣を敷けるのなら、貴方はどう使いますか」

「全員、二人一組くらいで動かす。グループの連中も居るから、それ差し引いて10組ほど出来るから、時間的に見れば、十分間に合うと思う」

「思う、ですか」

「自信無い理由はさ・・・・私情抜きで、動いてくれる確証が無いしね」

「それだけは同感です」

 結局の所、これだけの猛者と表現できる連中が揃っても、この状態だけでは烏合の衆。

 魔族だけでまとめる事は容易い事なのかもしれないが、その中で自分たち人間三人は人数に溢れる、ハッキリ言えば足手まとい。

 自分は策略を立てるなら誰にも負けない自信があるが、この中にはそれを上回る隠れた才能の持ち主が居るのかもしれない。ユーリの暗殺術など、まるでデタラメな方法を持っている魔族に取っては、特に彼と顔合わせに目線が合った賞金首は確か、ユーリを上回る腕を持つブラックハンドと呼ばれる魔族では指折りの暗殺士だったと記憶している。シグマに至っては炎斬りと言うその男に傷を負わせた事はあっても勝利した事など一度も無い。

 何より、それらにあげた賞金首がこの中で上位の者達でないと言う事が問題なのだ。

 居なくとも問題はない。

 自分とて、そう思う。

 もし自分が立てた策の中に自分自身の身を置いたとしても、所詮後方から指示を飛ばすだけで、戦闘技能だけで言えば複数の素人ならまだしも、100人もの相手を出来る訳がないのだ。前衛が居なければ逃げまどうか、追いつかれて慰み者にでもなるのがオチだろう。

 そんな事を考えていたからか。ふと気付いた時、自分の喉元に当てられた刃に気付く筈もなく、息を飲む。

「アンタさぁ・・・なんか色々考えてるみたいだけどぉ、もうちょっと落ち着いた方が良いんじゃないのぉ?」

 やたら、間延びする声の、女。

 ただし、この中に居るのだからただの女ではない。

 二つ名を確か「絡め手」と言ったか。変わった二つ名故に憶えていた、暗殺技能を持つ一人。ただし、ブラックハンドやユーリの様な暗殺専門ではなく、自分の様な策士でもあり、同時に、人口二万の街を一夜にして滅亡させた「風式(ふしき)」と呼ばれるグループの一人だ。

 壊滅ではなく、滅亡と言った理由は、彼らがやったのは何も真っ正面からやり合ったのではなく、街の至る所に毒をばらまき、その街にする命を例外なく奪ったと言う事。

「少なくともぉ、私はあんた側に着くつもりだからぁ、そんなに難しい顔しなくてもいいのよぉ」

「なら、この首元の危ないエモノ退けてくれない」

「あぁ、ごめんねぇ。癖みたいなもんでさぁ」

 ただ酒に酔って、それが抜けないだけなのか。やたらけだるい声を挙げている、二つ名しか分からない女。言いながら後方から抱きつかれ、不快にそれを思っては居るが、女独特の香いと言うか、甘ったるいそれは彼女が付けているナニカの臭いだろう。あまり、考えたくない代物だとは思う。

 前途多難だと。ただそう思った。

 当たり前の様に思った、夜。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:VIOLET CARD





































 平行線のまま、大体の派閥の様なモノは自ずと見えてくる。

 まず、炎斬りと、碧眼の魔獣、ブラックハンド、そして風式の面子は、何時の間にか自分達三人の後側に居た。

 向かって居るのはサリアと言い合っている男と、十人未満の紳士淑女のみなさん。まぁ、これは皮肉だ。

 そして自分たちの両側に居る、多分、どっちつかずな連中。半端なのではなく、どうでも良いと言う雰囲気すら見受けられる事から考えて、本当に如何でも良いのだろう。

 言葉通り、自らの命すら何時でも捨てられると思っている、この中では最も問題児的な連中ばかり。

 自分が把握仕切れていないだけか。賞金首のみだけで構成されていると思っていたが、中には見たことも聞いた事もない連中まで居る。

 目立つ事だけにかけて言えば、大業な剣を背中に背負った大男、と言いたい所だが、その実サリアよりも年下と思わせる容姿の男の子。慎重と釣り合いの取れない、まるで抱かれている様にも見えるその姿は滑稽といえば滑稽。

 まるでこの場では一人際だった服装。名は体を表す如く、ホワイト・ローブと言う二つ名の人物。頭からすっぽりローブを被っているモノだから、男だか女かも分からないが、賞金首と肩を並べている事がおかしい程の人物だった筈だ。西方と南方の境の辺りでこの人物の事を知らぬ者は居ないとまで謡われた、腕利きの医師。

 他にも、後数名だったが、明らかに場違いな人物がちらほらと見受けられる。

 おかしな話だと思う。

 人間にも、善と悪と別けられる訳ではないが、確かにこの場に揃った悪名高い連中と、種族関係なく慕われている連中が居る。

 それこそ、当たり前の話なのだが。実感として感じた事は、一度もなかったと言う事か。

「絡め手、だったわよねアンタ」

「エルって名前なんだけどぉ」

「じゃあ、そのエルに聞いてもいい?」

「なぁに」

「こんだけ揃ったって事は、それこそ魔族の威信をかけた精鋭って事なんじゃないの。別に集まって徒党を組むより、それぞれで動いた方が問題なくて良いじゃない」

 来てなんだが、そう思えるような気もする。

 予め顔合わせして置く必要があったのは、それこそ自分達だけで、サリアが居れば彼らが同じ目的の為に動いていると説明すれば、大事の前の小事と誰かが言ったように、済ませられる。

 見て見ぬ振りをしろ、と言う訳でない限り、だったが。

 わざわざ連携を取る為に顔を合わす必要など何処にも無い筈なのだ。

 取り立てて、上手い策を立てる人物は、自分に抱きついている女以外は分からない。だから聞いただけなのだが、返答は、何処か茶を渾すモノ。

「そうなんだけどねぇ。分かってると思うけど、私らだって一枚岩じゃないのよぉ」

「それくらいは分かる。けど、意味がない事をしている程時間は余ってないでしょうに」

「・・・・」

 魔族だけの問題故に話せないと、そう言う風に見受けられたが、困った風に笑うエルと名乗った女は、甘いため息を吐いてから続けた。

「私はぁ、この国じゃなくて街を守りたいからぁ。だからここに居るのぉ」

「昔話?」

「そんな所ねぇ。シュレートとタハルには少しだけど世話になったしね〜」

「シュレート・・・・・初代公皇か」

「あはは、そんな大層な肩書きなんて彼にはいらなかったわよぉ。人としては群を抜いて強かったしぃ」

「でも、それぞれ理由が違うから、なんてのは集まる理由じゃちょっと足りないんじゃない?」

「私ら魔族にはさぁ、一つだけ破っちゃいけない約束があるのよぉ。「アカの時の宿命」とか言う約束がさぁ」

「まぁ、私らで言う勅命とか、召喚状みたいなものと考えて良いのかしら」

「まぁ、意味の重さが違うんだろうけどぉ、そんなもんかなぁ」

 この場合、どちらの意味が軽いのかは問題でなかった筈だが、彼女はのらりくらりと、空恐ろしい事を言ってのけた。

「昔さぁ、13魔剣の奴ら以前の世代がねぇ、一人の手で滅んじゃった事があるのよぉ」

「な、ん・・・だって?」

「そのときさぁ、13魔剣の奴らを選出する為にぃ、同族のみで殺し合いをしたときの決め事だったかなぁ。
 13人生き残った彼らが決めた事の一つがぁ、神族と、もう一つの要因が現れた時は、他の全ての事を置いても殺しきる為に協力するって約束だったのぉ」

「・・・・・で?」

「一応ぅ、私もその後に生れた世代だけど、なんかその約束だけは破っちゃいけない気がするのよぉ。あっちに居る連中はそれが色濃いのばっかなのさぁ」

「じゃあ、動機の違いで、サリアと言い合ってるって訳?」

「ちょっとした食い違いなんだろうけどぉ、そんな感じかなぁ」

「・・・・酔ってるままなら、水の一杯でも浴びてみる?」

「なんかぁ、ガーランドって怖いよぉ?」

 えへへと、笑っている所を見ると、本当に酔っているのかと疑いたくなるが、同時にちりちりと、肌を焦す様に感じる殺気は本物。

 常に、こんな調子なのだろうと、それは分かった。だがそれが冷静にさせる反面、魔族と言う連中の真剣さと巫山戯た部分の根底がそこにあるのかもしれないと考えてしまう。普通種族存続の為に、殺し合いを選択する馬鹿が何処に居るのだろうか。

 人間で在れば、そのまったく真逆の事をやる。殺し合いなど愚の骨頂と切り捨て、考えつかない選択。

 だが、その愚の骨頂とも言える選択からいったいどれだけの時が流れたのか分からないが、彼女も、そして他の魔族も生きている。

 絶対数こそ人間には劣るとは言え、身体も技術も知識も、数と言う点を除けば魔族は人間に勝っている。

 種族としての選択を、心を持ったまま出来たと言うのなら、その覚悟は狂っているのと同様。

 そう思うのが人間で、そう思わないのが魔族。

「なるほど、ね・・・」

「少しは私らの事ぉ、理解したぁ?」

「理屈じゃないとか、そう言う事でしょ?」

「そそ。分かってくれて嬉しいよぉ」

「私から言わせりゃただのアフォだけどね」

「あはは」

 多分、自覚はしていると思う。

 考えるより動く。

 後ろを見るくらいなら前を見て進む。

 馬鹿の一つ覚えとは少し違う、研ぎ澄まされた野生の勘と言う奴だろう。

 気にくわないなら殺す。

 短絡的とも言えるが、それを耀くまで研摩出来る場所と時代、そして同じ事を考えている種族と来たもんだ。人間にそれを適用しないのは、彼らが興味がない、自分たちは良く言えば隣人、悪く取れば餌にしか成り得なかったから。

 イかれた種族と、人間が彼らを恐れるのも無理は無い。分かり合える部分を前面に押し出して、魔族が歩み寄ってくれるからこんな場所がある。昔はその逆だったのかもしれないが、今は少なくともそう。

 何時の間にか笑っている自分の声が聞こえる。

 勿論、ユーリやシグマは怪訝な顔をするしかないのだろうが。

 理屈じゃないと言うのなら、それを見せてやればそれで納得する。

 魔族のルールは弱肉強食のみだと、サリアが言った事がある。

 あの時も無茶苦茶だと、そして在る意味あんたらしいと笑ったと、思い出せた。

「ちょっと、退いてくれない」

「がんばってねぇん」

 その対応から、これから自分が何をするのか分かっているのだと。

 つくづく、適わないのだと思い知らされるが、顔に浮かんだのはため息混じりの笑み。

 何故か、サリアと、こんな場所ではなく、自分の一室で酒盛りしたり、街で騒ぎを起こしたりと、そんな日常を思い浮かべてしまう。

 ああ、これがこの人たちの日常なのだと、羨ましくもあり、同時に嬉しくもある。

 策など要らぬ。

 ただ、自分がそこに居れば良い。

「ちょっと、そこの・・・・ボンクラ!」

「・・・・」

 サリアを排け、文句をまだ言っていた男の表情が凍り付く。いや、正確には場、だったが。

 禁句とかそう言うモノではなく、単純にこの中で一番弱い自分が口出し。剰え罵倒したとなれば、一直即発の自体が崩れかねない。

 それだけはやってはいけない事だと、口論していた男自身が一番よく分かっているのだろうが。後方、この場合は周りか。幾人かが天を仰ぎながら手で顔を覆う様が見えて取れた。

「ボ、ンクラと来たか人間・・・・。邪魔をするなら叩っ斬るぞ?」

 怒りを必死になって抑えていると、荒い鼻息がよく物語っていると思う。

 あまり、頭は良くないと言う訳ではなく、水を差され、溜ったストレスが爆発しそうなのだと、そう言う具合か。

 昨日までの自分なら、宥めようと、この場を何とか血生臭い自体からどうにかしようと摸索するが、今日の自分は酒気に当てられたかの様に、子供だったのだろう。

「やりたいんならやれば?」

「ちょ、ちょっとバイア。な、な、何言ってんのさ」

 ぷちんと、まるで音さえ聞こえてきそうな、何かが変わったのがよく分かる。

 焦燥るサリアは、本来自分の役目であろう事をやっているのだから、立場はまるで何時もとは逆。

「最後の忠・・・」

 後は相手の言う事も分かったが故に、それを途中で障りただ言った。

「ごちゃごちゃ五月蠅い」

「ちょっとぉ!!」

 泣きながら自分を引き留めようとするサリアの顔は、まさに混乱してどうしたら良いのか分からないまま、笑っても居る。

 目の前の男が完璧に切れて、何かをしようとしているのも分かるが、ただ自分は苛つきのままに睨め付けるだけ。大きな手が顔の目前まで迫り、多分死んだと思った。

「お前ら・・・・邪魔する気か」

 だからまぁ、半分驚き、苛つきのままに睨め付けた目はため息に変わった訳だが。

「なーんとなく、な」

「そそ、第一さぁ、この娘に目の前で死なれてもぉ、寝覚め悪いだけだしぃ」

「邪魔する気は無い。だがお前も熱くなり過ぎだ、たかが人間の小娘なんだろう?」

「ちょっと待て・・・よりによってアンタみたいな男のコに小娘呼ばわりされる覚えは無いんだけど」

「何を言っておる。わしは少なくともお主の千倍は生きて居るわこ・む・す・め〜」

「うわ、すんごいムカツクんだけどこの子」

 流石に助けてくれるとはでは思わなかった上、調子すら取り戻せてしまうようなやりとり。

 いや、この場合は調子が狂ってしまうと言うべきか。

 そして気が抜けたから、だろう。

「・・・・・あ」

「?」

「誰かバケツみたいなの持ってない? ちょーっと、勿体無い」

「は? 吐くんなら別にそこらにぶちまけりゃ良いじゃねぇか」

「第一勿体無いとは滑稽だな」

「私じゃねぇよ酔っぱらい二人組・・・あ、ああ〜」

 情けないサリアの声と共に、血を吐いてしまう。どちらかと言えば口から垂れ流す、と言った方が良いのかも知れないが。

 暗闇で字も読めない墓の主には悪いと思うが、墓石が血まみれになる。本来向いていた方向にはどでかい剣を背負った少年が居た為、そこに吐くわけにも行くまいと向いたのだが。次いでサリアがこんな行動を取るまで、自分の血が美味なモノとは思っていない。

「おいひぃ〜」

「あ、ああ〜・・・・」

 口で口をふさぎ、まぁ、キスされている。ディープな方である。

 ごくごくと喉を鳴らしながら飲む彼女の顔は確かに幸せそうで、横目に見えるシグマの顔はまるでこの世の終わりの様な対照的なモノ。

 そっちの趣味はないがどうもシグマの様子が面白くて、にやりと笑ってしまうが他意は無い。あくまで、面白くて取った行動だ。何せただキスをするのではなく、口の中に残った全ての血をサリアは飲み干そうとするものだから、何時もと違いただ吐くだけでなく、溢さぬように彼女に飲ませているのが正直苦しい。

 そしてたっぷり五分くらい。何時もより少々多めに吐いた為か、目眩いを起こしそうになりながら聞いたのは心配すると言うよりも怪訝な声。

「あー、一つ変な事を聞くが、主は慢性的な何か病気でも患って居るのか?」

「けほっ・・・そう言うんじゃないから別に心配しなくてもいいよ。持病、って言うか、ちょっと違うらしいし」

「ふむ」

 まだ名前も聞いていない、男の子の姿をした老人。この際、思いっきり子供扱いしてやろうと息巻き気分を立て直したが、あちらは自分には興味がない様に、視線だけで誰かと喋っている様子。

「気味悪いわよアンタ。言いたい事があるんだったらハッキリ言いなさい」

 何というか、我ながら状況を分かっていない発言だと。要するに立場を弁えない下っ端らしい言動だとも思えるが。

 ぎろりと、サリアと口論していた男の睨みは冷静になってみれば少々怖い。

「お前、名前は」

 いや、かなり。

 それこそ襲ってきそうな位、血に飢えた獣に見える。

 実際に自分は血を吐き、サリアがそれを飲んでいたと言う光景を見られていた。の、だから、自分は美味しそうに映っているのかもしれない。むしろ、陵辱されるだの、強姦されるだの言うよりかは、よほど現実的な結果にさえ思える。

「バイアよ・・・なんか文句ある」

「訪ね方が悪かった。姓は何だ」

「ガーランドよ」

「何処の生まれだ」

「西の、ダルトよ」

 途端、口をつぐみ難しい顔をする様子は、見ていて気分の良い物ではない。

 その表情に、何処か見覚えがあったからだが、それが何処で見た表情かが思い出せないのだ。

 状況とは裏腹に、本気で心配しているユーリと、恨めしそうな顔をして自分とサリアの顔を見ているシグマとの対応は正直面倒なモノ。今は、頭の中に引っかかった目の前の名前も知らない男の表情が気になる。

 気付かなかった。周りの、ユーリとシグマの表情の違いは決定的なモノだったろう。だから思い出せたのだ。

 子供の頃に感じた、疎外感。

 友人は。数少なかった、同時に今となって憶えているのは魔環師になったリーゼだけ。彼女の表情は何時もと変わらず、彼女の親や、大人達が自分に見せた表情は、怪訝と言うよりも、何か違うモノを見る表情だった。そのとき憶えた疎外感は、今となっては嫌な思い出の一部として少しだけしか憶えていないが、この状況下故に思い出してしまう。

「ガーランドって名字じゃ、何か不都合があるような顔ばかりね」

「気分を害したなら謝ろう。だが、主がわしらの異名を知っているのと同じように、わしらにも知られている有名な人族と言う奴らが居ると言う事だ」

 子供オトナが、まるで自分が代表者と言わぬばかりの顔でもの申してくるが、本当にそうだったらしい。

 耳元でサリアが説明したのを掻い摘んで要約すれば、彼こそがこの中で最年長かつ、一番の実力者。

「高みの見物決めてる方にヤバイ奴が揃ってると踏んでたけど、アンタが一番のお偉いさんだったとはね」

「勘ぐるような厭味は止せ。お主がわしと同じ立場だったとき、同じ事をするのではないか?」

「・・・・」

「それと、その頭の回転の速さは、妙な所で敵を作るよりも大敵を倒す為に取って置け」

「はいはい、ご年輩のご忠告承わりました」

 不機嫌になっている。それだけで昔は済まず、周りの大人に叫き散らしもしたが。成長していない自分の部分を久しぶりに感じ取れた事が尚、腹立たしい。

 最も、相手はやはり自分以上に大人と言う事を見せつける様に、諭すように口を開いた。無論、見せつける気など相手には無く、自分がそう、勝手に思いこんでいるだけ。

「お主は、紋章士の家系だな」

「そうですが何か」

「最初にクレストを作った時、上位系紋章を何枚作った?」

「三枚よ」

「ではこれで最後だ。そのクレストに描かれたのは龍じゃな?」

「だから、・・・それが何だって言うのよ」

 自分の声が徐々に小さくなるのが、何故か分からない。

 目の前の男の子は殺気や覇気、怒気などを纏っている訳ではなく、至って冷静。

 認めたくはないが、子供をあやす年輩者その物だ。半端な年寄り口調は無理に若作りにしようとして失敗しているのだと。何の気無しに気付いたモノの、確信が持てなかった故に口には出さない。そしてやっぱり年寄りだと言う確信と共に聞こえた声は、内容まで頭が回っていなかったらしい。

「結論から言ってやろう。お主の吐いておるのは血ではなく命じゃ」

「姿見は子供で中身は大人なんて、まるで三闘士の一人みたいな男の・・・・・・・今なんて言った?」

 頭の中で反芻し、聞き間違えかと思い聞き返したが、相手の顔は真剣その物。

 大人か子供か等、顔の造形など関係なく、表情は間違いなく真面目。

「お主が吐きだしてしまうモノが命だと言った。主の姓名がガーランドではなく、他のモノであったとしても、紋章士と言う時点で間違いは無い」

「ちょっと待って。落ち着くから時間を頂戴」

 返答を待たず、頭ではなく心を落ち着ける為に目を閉じる。

 辺りが真っ暗なモノだから、目を閉じればそれこそ闇その物に撒かれ没んでゆく様にすら錯覚する。無論、そんなモノは単に不安から来る想像に過ぎないのだが、今は何時もと大分事情が違う。

 目を開き、男の子の顔を良く見るが、やはり洒落を言っている様には見えない。

 周りを見て、怪訝な顔をしているのは、一緒に来た三人と、他にも数名居る。何となくそれがこの中で年齢が低いのだなと思ったのは、今は明らかにそれぞれの出している雰囲気が違うから。

 勘違いしていた事は、彼らが自分の事を貶みの目で見ていたのだと。子供の頃は確かにそうだったのと同じだと感じていたのは間違いで、彼ら年輩のモノの自分を見る目は同情その物を含んでいる。

 哀れみだ。

 もし、もう少し若ければ取り乱し喚いていたかもしれないが、自分が色々な事を諦められる様になったのは大人になった証拠だと、心の中では思いたいのと思いたくは無いのとが複雑に絡み合っていた。

「そ、れが・・・今回の仕事で不具合になるってんなら克服して見せるわよ。そんな大事な事言う位だから治す方法とか知ってるんでしょ」

 声の節々が震えなかっただけでも大した物だと賞めてやりたくなる。

 言葉の内容は身勝手だとは思うが、そうとでも思わない限りやっていられない証だ。もしそれが無くても、所詮、何時かは死ぬと決まっているのだからと、納得しようと思えば出来る。悔いは勿論、残るのだろうが。

「わしはお主の様な紋章術は使えぬ。ましてガーランドの血筋となれば絶対不可能じゃ」

「それが魔族に有名な人族って言うのの内容?」

「一つの血筋から次文士が二人も出るなど異例中の異例だ。特にお主の力量は未知数名モノが多い。だから、わしらはお主らにつくか、此奴らの策に乗るかを迷っておる」

「まるで私の身体の事なんて如何でも良いなんて口振りね」

「・・・・ふぅ。お主の性格じゃ。本音を言わねば問いつめられそうなんで正直に言うが、紋章術は人間だけの特権だ。魔族には絶対に使えないんじゃ。
 故に隙をつけ容れられて、命惜しさに裏切られるような可能性のある奴を、仲間にして置く事は出来ぬと言っておる」

「!!」

「こう云う風にな」

 言葉に激昂を表したのは、自分も同じだったが、手を出したのはシグマが先。ただ、揺らめく切っ先が特徴の彼には珍しく、感情のみに流された一刀。

 理由など、あの場所に居合わせた自分も、後から来たとは言え事情を知っているユーリもサリアもだ。この場にいる他の者達が知らずとも自分たちは知っている。

 自分の父親の様な、兄のような、戦場ではただの上官と言う感想しか抱いていなければ彼はここまで怒りに我を忘れなかったろう。

 目の前にやり遂げたい事があり、それが出来る場所がある。喉から手が出るほど欲しい条件が揃って、それを裏切りと言う一言で斬って捨てられそうになっている。

 もし他の言葉ならば、多少殺気立つだけで終わったのかもしれないが、亡命者と言う、まさに裏切り者の立場。自分たちがよく分かっていて、あえてそうせざるを得なかった自分たちからしてみれば、その言葉は何よりも怒りを誘う。それこそシグマの様に我を忘れてしまいたい程の愚弄。

 祖国をも捨ててこの国に来て、少なくとも自分はこの街と国ではなく、住んでいる見知った人々を守りたいと心から願って居るのだ。その心が嘘だと言われて、少なくとも自分も黙っては居られない。

 最も、何事も無かったかの様に背中に背負った大業なモノではなく、ヨリにもよって素手でつかみ取られた。本来ならそこで歯止めが効くはずの理性。

 だが、今日この時だけは。

 自分もユーリも押さえが効かなかった。

「黙れよガキが。ごちゃごちゃウルセェな」

「貴様の一刀を止められて尚、刃向かうか? それは勇気とは言わぬ、単なる・・・」

「蛮勇? はっ、言ってくれるじゃないのさ。愚かで結構」

「元より我らは裏切り血塗られた道すら逃げた身だが、それが本意と思われても困る。もう一度戦える場所を探してここまで来ただけの話だ」

「逃げ落ちただけの逃亡者が偉そうに言えた義理か? 第一、この場に居る全員を敵に回して勝てるとでも思っておるのか馬鹿者め」

 事実、ここで止まれば多分、許してくれるだろう。それこそ、東方の土下座と言う屈辱に塗れながら地に額を付けて懇願でもすればの。そんな状況だ。

 ただ、ここまで来れば、引けはしないと。

 そんな言葉が頭によぎる事は一度もなかった。

 この場に居て、三人が三人とも同じ事を考えていたのだから、似たもの同士だったのだろう。思い浮かべた顔や、守りたいと思う人々。それがたった一人なのかもしれない。一人ですらなく、場所と言う難儀なモノなのかも知れない。

 周り全てを相手にして、生き残れるかどうかなど結果は分かっている。たった一人の殺気にさえ、気圧されているのが事実。何より、自分がかつて周りに居る「誰か」と争った時など、一度として勝てた事は無かったのだ。現実を見て、冷静になれと名も分からぬ子供はただ、冷たい視線を自分たちにぶつける。

 だが、でも、そうであっても、だ。

 殺したいと言う気持ちではなく、謝罪させたいと言う気持ちが強かった。

 何を傷つけられたのかすら分からないが、それだけは絶対に違うと否定し、それを認めさせる為なら、例え自分の持っている物が何であろうと使い切る覚悟はある。

 だからそれぞれが、それぞれの言葉で言い放つだけ。

「アンタが何者だろうと関係ねぇよ。ただ、言っちゃいけない言葉を言っちまっただけだ」

「他者の気持ちが分かる様な素振りはまるで神気取りだな。私は・・・俺は貴様らみたいなのが一番ダイキライなんだよ」

 彼ら二人の言葉は、そのまま受け取れば良いだけ。纏まって等居ない、感情剥き出しの感情その物だ。

 そんな時でさえ、自分の策を練ろうとする頭は嫌いになってしまいそうだ。

 だがそれすらも受け入れられた時。漸く見えなかった自分の一部が分かった気がする。

 だから、笑っていたのだろう。この場で自分だけは。

「ちびっ子。あんた言ったわよねぇ、紋章術は魔族には絶対に使えないって。裏を返せば危険視してるって事よね」

「・・・・」

 気付かれたくなかったのなら、最初から言わなければ良かったのだと、鼻で笑ってやる。

 子供オトナだけでなく、周りの何人かがそれに反応して自分の武器を携える気配も、術構成を組み上げる声も、命のやりとりが始るのだと分かったから。だから当たり前の様に言ってやった。

「なら、私だけしか作れない紋章を作ってやるわよ。絶対にあんたらに負けない、例えそれが誰であろうと破れない盾を作ってやるわよ。
 私は前に出て戦うなんて出来ないし、出来る訳ないじゃない。なら無駄にした分の命すら霞むような、反則作ってやるわよ!!」

 自分の言葉の意味など、言っている事が無茶苦茶な事などよく理解している。

 ただ、心の中と頭の中とでは違い、所詮考える事は思い願う事には絶対に勝らない。

 吐血していた事が命の無駄遣いと言うのならば、そうでなかった場は少なくとも、自分が無意識の内に使っていたと言う証。意識的に出来なければ意味のない事など頭の昔から分かっていた事なのに、それが出来なくて自分は弱い部分をただ、垂れ流していたのだと後悔する。

 最も、後悔すら無駄にしないと。

 オリジナルの、術式を無視した紋章を作る時に必要なのは命だ。

 ここで出会った名前も聞かなかった吟遊詩人の女の時とは違い、理性と言う歯止めが無いのだから全て使い切ってしまうのかもしれない。

 面白い事に、あの時は感じた死に対する様々な感覚は沸かない。たとえば、皇都の外周をひたすら全力疾走しまくったらこんな疲労感を感じるのかもしれないと、そんな馬鹿げた事をやり遂げた時の満足感と、こんな所で昏倒でもすればそれこそ笑いモノだと。それに対する意地で立っているだけ。

 満身創痍も良い所。我ながら本当に馬鹿だと、笑えた。

 余裕のあった相手の表情に陰りが見えたのは当たり前。自分でも、何の紋章を作っているかなど意識していない。感情のままに暴走させ、それを一つの形に纏めるなど、術式を無視する所か、紋章の作り方自体を無視した、あり得ない代物だ。

 手の中にハッキリと生れる感覚と、それを目の前に翳した時に漸く分かった、光ではなく闇を放つ真っ黒いそれは、漆黒の符としか呼べない紙切れにすら見える。

 ただし、それが周りの闇すら風を巻き起こし取り込み、喰らっている様な光景。

 自分でやって置いて何だが、驚いた。

 だから相手にそれを「封じる」手段があると言う罪を取り締まる、まるで法律の様な技と、それを携える事の出来る人物が居た事が、信じられなかった。

「ふぅ。危ない危ないっとぉ」

「冷や冷やさせおってからに。エル、お主のその性格は寿命が縮むぞ」

「あはっ、別に良いんじゃないのぉ? 十分生きたじゃん」

「笑い事ではないわタワケめ」

 絡め手と言う二つ名がどんな事柄から付いた名かは知らなかったが、例外をも押さえ込む策ではなく、中空に漂っているそれは白い糸。

 自分の創り出した漆黒の符とは対照的で、光り輝くそれは今の自分には厭味にしか見えない。

 命を使い果たして創り出された黒の符は、自分の感情を真逆に拘え絶望や怨念めいたモノすら感じさせる、醜さの固まりに見えてくる。相対して光を放つそれは、闇を切り裂く光その物。力強く自分と、シグマとユーリを、二つ名通りに絡め取り動けなくしている。同時に、黒の符は完璧に沈黙を守り、その効力自体を無効化されているのが嫌でも分かる。

「さてと・・・・ガーランド。こうして、結局無意味に終わってしまったが、言う事はあるか?」

 これでもかと、まるで嬲るように笑う男の子の顔には憎しみ以外ぶつけられない。

 これほどまでに、愚弄されて、同時にこれほどまでに相手を憎いと思った事は無い。

 何も見えず、周りからの声も聞こえず、ただ、言葉も吐けない程に自分以外の二人が消沈している事が分かった。

 だから、せめて自分がと、怨念めいた言葉を吐き捨てる。

「例え殺されたって、私がハンターである限り・・・・絶対あんたらを狩ってやる」

「よかろう。ならば」

 背負った剣を初めて外し、風を切った音で相手の言葉は聞こえない。

 ただ僅かに見えた口元が、死ねと言っている事だけが、分かった。

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