そこは朔日、あの古代種の女と出会った、共同墓地。夜ともなれば誰も近づかない、薄気味悪い事この上なしな場所の筈だ。
静けさだけは、何時もと同じと言う所が逆に微妙だったのは、彼らは顔を合わせていざこざなどしないと言うのだろうかと言う疑問があったから。
ただ、これが種族の違いなのだと分かったのは、彼らの様子だろう。よりにもよって墓を椅子代わりにしているのは罰当たりだとも思ったが、皆が皆、酒を飲み交わしているのだ。ぞくぞくと来る者と抱き合って挨拶を交わし、ここがまるで星空の下の酒場だと思えてしまう。
「お、サリアじゃねぇか。久しぶりだな」
「あー、酒臭い親父は引っ込んで」
「んなつれなくするなよ。大事の前の小事だろ?」
「それで抱かせてやるほど私は安くないし、第一アンタが私は嫌いなの」
「はははは! ハッキリとしたその物言い。姐さんにそっくりになってきたな」
「・・・・」
まるで、いや、その物だ。酔っぱらいな年輩な男は勿論人間ではなく魔族であり、それも賞金首の男の筈だ。
東方を荒らしていた、名前を何と言っただろうか。それこそ、腕の立つハンターと何人もやり合って生き残っている猛者に違いはない。
その他の連中も。男も女も関係なく、ハンターギルドの手配書で一度は見た顔ばかり。ヨリにもよって自分が取り逃した奴まで居るのだから驚くなと言う方が無理な話だ。ヤヨイがこの場に居なかった事は、やはり帰して正解だったと言える。
皇都の中で、こんな場面に遭遇した事が無かったのは、相手が賞金首と言うのを除いたとしても、やはり皇都と言う街が人が作り上げたモノだと言うのも理由の一つだろうか。
自分が異分子になった体験は、敵方の陣地に行った時でさえハッキリと感じる事は無かった筈だ。
冷静で居られる一方、どうしようもなく、安心できる場所に帰りたくなる。不安に駆られる、と言うモノ。
シグマもユーリも、似たような不安を抱いている。
そして、思う。
他の国よりも多いとは言え、皇都ではサリアは元より、彼ら魔族は人の街に住み、こんな感情を抱いた事は無いのだろうかと。
わざわざ不快になりながら住む理由が、見当たらない。
便利さ云々を求めてくるのならば、人から学んで行けば良いだけの話だ。彼らとて、集落は村、街はあるだろうに。
サリアにそれを聞いた事はあるが、楽しいからと言う一言だけで済む様なモノだとはとても思えない。
サリアの後に付いて歩き、円陣を組むようにして酒を飲み交わすその中心で止まる。無論、視線は四方から浴びせかけられるのだから溜ったモノではない。
「マッタク・・・。誰! 酒持ち込むとは言わないけど、浴びるように飲むなんてばか!?」
そんな中でだ。サリアの言い放った言葉は不満を纏った視線を。まだ見ていなかった連中のそれも集めてしまう。
何て事をするのだと抗議したいが声も出ない程、自分の身体が怯えているのが分かる。堪り兼ねたシグマとユーリが自分の武器を抜き放とうとした時、前に出てきた色男は言った。
「サリア、言い分も分かるが、小競合いせずに待ってる俺たちの身にもなってくれないか?」
「真っ赤な顔で言われてもねぇ。作戦立てたら直ぐにでも出発するの、分かってる言ってるわけ」
「それは皆も承知の筈さ。まぁ・・・調子に乗りすぎた奴は後でどうなるか位分かってる、と思う」
「説得力に欠けるのアンタの言葉は」
「ははは」
サリアが対等に話している、と言う事か。男が対等に話している事を疑問に思うべきか。
どちらにしろ、彼も北方で名の知れた賞金首である事に違いはない。続く言葉の主は、確か炎斬り(フレアマーダー)と言ったか。
「ま、良いじゃねぇかよ。総勢30名以上か? こんなに俺らが集まる事なんてそうそう無いぜ?」
「そんな当たり前にあって良い自体じゃないでしょうが。で、13魔剣からの連絡は全部揃ってんの?」
「あー、全部で3通しかないが、こんで良いのか?」
「死んだ人から手紙が帰ってくる訳ないでしょう? 他の人はこの際仕方無いと思って良いと思うわ」
「けど、シュリ姐さんからの手紙がないのがちょっとばかし気になる。流石にこんな状況で男の尻、追っかけ回してる訳もなかろうし」
「それはルド様に任せてるから良いの。私らが出来る事なんてたかが知れてるでしょ?」
「違いねぇ」
何かを斬る、と言う名を持っているからこそ、ではなく。シグマの二つ名は彼とやり合った時に着いた二つ名。
故に無視された事が苛ついたのか。今にも剣を抜き放ちそうになっている。それが分かっているのか、彼は言った。
「よう、霧の。なかなか良い面になったじゃねぇか」
「・・・・言うに、言うに事欠いてそれかよ」
「おっと、今日はやり合うのは無しだぜ。これ以上くだんねぇ傷つけられたらたまらんしな」
ひひひと、揶揄う様にして笑いながら酒を飲む仲間の元へと帰って行く。
相手がどういう性格なのかは知らないが、シグマに取ってはそれがよほど驚く言葉だったらしい。
そしてそれは自分にも言えた事だ。
視線が交わり、面倒だと思いながら、と言うのが手に取るように分かる。此方に向かってきた女は、忘れもしない。自分が一番苦労した戦術の中で、全てを台無しにしてくれた相手。
「・・・碧眼の魔獣」
「私にゃ、ファーラ・ファーラって名前があるんだアイス・フェイス」
「私にもバイア・ガーランドって名前があるんだけど」
「そりゃ悪かったね。けどこんなガキ相手に私は苦労してたって言うのか。鈍ったな私の牙も・・・」
何が言いたいのか。ただの嫌みだったのか皮肉だったのか。投げて寄越された酒瓶の意味も分からないまま、彼女は続ける。
「ま、あんたも良かったら飲みな。精々期待してるよ」
後ろ手を振って、後は炎斬りと同じ。
ユーリも誰かと話していた様だが、結果は同じと言った所か。
だから薄々、感づいていたのかもしれない。彼は、自分が口にしていると思っていなかったのだろう。
「最後の晩餐か・・・」
何も言う事すら出来なかった自分も、同じ意見だと思う。
彼らは、酒を飲んで笑って居ても、何処かその魔族らしさが欠けている。羽目を外す訳でもなく、ただ、昔話を肴にして酒を飲むだけ。
彼らとて、逃げたいと思う事はある。退却ではなく、逃げたいと言う気持ち。そんな心境で酒を飲んでいるのだから、旨いと感じる訳もないだろう。そこまで達観していられる理由が、生きてきた時間の違いなのか、種族の違いなのかまでは分からない。
ただ、むなしい。
自分の見知らぬ誰かの命を簡単に奪い、のうのうと。思うがまま生きている彼らであれだ。
幾多もの修羅場をくぐり抜けてきた彼らであれ、死ぬかもしれないと言う状況に遭遇するらしい。
この場では、誰もが同じ仲間であり、同時に、独りなのだ。
「ほら! 酒飲むの止めて本題に入るよ。時間が幾らでもあるって訳じゃないことは分かってるよね」
それぞれ不満の声はあるのだが、仕方無しと立ち上がる顔は一様に同じ。まるで自分たちを囲む様にして近づく。
最初から申し合わせていたのか。一定の距離、多分、シグマとユーリの一手目が届かない距離。そこに立ち、多分、リーダー格。いや、この中で一番強いと言うべきか。
それだけの高額賞金首の男は言った。
「本題と言っても、もう決まってる。奴らを殺し、それで終わりだ」
「それじゃダメなんだよ。私だって納得出来てない部分もあるけど、皇都をどうしても守らなきゃいけない」
「街なぞ幾らでも代わりはある。第一、あの街にはルドが居るのだろう? 守る必要など何処にある」
「後手に回りすぎて身動きが取れないルド様に何が出来るって言うの? それに、何時まであの世代に頼って生きてくつもり」
「頼って生きているつもりはないがな」
ふふんと鼻で男が笑い、サリアはそれに対して苛つきをむき出しにした視線をぶつける。
様子から察するに、この場に居る、文句を言いつけた彼だけの不満、と言う訳でもないらしい。
魔族にもやはり内部での確執はあると言う事か。ただ、サリアの言っていた約束とやらで集まったと言う事は、あまり大切なモノであるとは思いにくい。
罵り合いと言うか、結局サリアと男の口論になってしまって。それを傍観する結果になってしまったのなら、自分は辺りの様子を見て、探るしかない。
サリアの説得が旨く行けば、ここの居る全ての連中を使えるのだ。
自分の立てる策の中で、過去から現在、多分、未来に置いても。
これ以上ない手札は無いだろう。
炎斬り、碧眼の魔獣を初めとする賞金首の面々。これほどの人数が揃う事は無い、殆ど独りか、相棒と組む二人。多くとも五人ほどのグループで動く連中ばかりが全部で30人前後。
その上、それぞれが独力で100人ほどの部隊なら無傷で壊滅。策を立てそれを上手く使えるのなら、もしかしたら一騎当千と言う馬鹿げた言葉すら本当に出来かねない連中ばかり。
期待してしまうのは自分だけではなく、頭の回転の速いユーリも同じだったらしい。
「手駒として最強の布陣を敷けるのなら、貴方はどう使いますか」
「全員、二人一組くらいで動かす。グループの連中も居るから、それ差し引いて10組ほど出来るから、時間的に見れば、十分間に合うと思う」
「思う、ですか」
「自信無い理由はさ・・・・私情抜きで、動いてくれる確証が無いしね」
「それだけは同感です」
結局の所、これだけの猛者と表現できる連中が揃っても、この状態だけでは烏合の衆。
魔族だけでまとめる事は容易い事なのかもしれないが、その中で自分たち人間三人は人数に溢れる、ハッキリ言えば足手まとい。
自分は策略を立てるなら誰にも負けない自信があるが、この中にはそれを上回る隠れた才能の持ち主が居るのかもしれない。ユーリの暗殺術など、まるでデタラメな方法を持っている魔族に取っては、特に彼と顔合わせに目線が合った賞金首は確か、ユーリを上回る腕を持つブラックハンドと呼ばれる魔族では指折りの暗殺士だったと記憶している。シグマに至っては炎斬りと言うその男に傷を負わせた事はあっても勝利した事など一度も無い。
何より、それらにあげた賞金首がこの中で上位の者達でないと言う事が問題なのだ。
居なくとも問題はない。
自分とて、そう思う。
もし自分が立てた策の中に自分自身の身を置いたとしても、所詮後方から指示を飛ばすだけで、戦闘技能だけで言えば複数の素人ならまだしも、100人もの相手を出来る訳がないのだ。前衛が居なければ逃げまどうか、追いつかれて慰み者にでもなるのがオチだろう。
そんな事を考えていたからか。ふと気付いた時、自分の喉元に当てられた刃に気付く筈もなく、息を飲む。
「アンタさぁ・・・なんか色々考えてるみたいだけどぉ、もうちょっと落ち着いた方が良いんじゃないのぉ?」
やたら、間延びする声の、女。
ただし、この中に居るのだからただの女ではない。
二つ名を確か「絡め手」と言ったか。変わった二つ名故に憶えていた、暗殺技能を持つ一人。ただし、ブラックハンドやユーリの様な暗殺専門ではなく、自分の様な策士でもあり、同時に、人口二万の街を一夜にして滅亡させた「風式(ふしき)」と呼ばれるグループの一人だ。
壊滅ではなく、滅亡と言った理由は、彼らがやったのは何も真っ正面からやり合ったのではなく、街の至る所に毒をばらまき、その街にする命を例外なく奪ったと言う事。
「少なくともぉ、私はあんた側に着くつもりだからぁ、そんなに難しい顔しなくてもいいのよぉ」
「なら、この首元の危ないエモノ退けてくれない」
「あぁ、ごめんねぇ。癖みたいなもんでさぁ」
ただ酒に酔って、それが抜けないだけなのか。やたらけだるい声を挙げている、二つ名しか分からない女。言いながら後方から抱きつかれ、不快にそれを思っては居るが、女独特の香いと言うか、甘ったるいそれは彼女が付けているナニカの臭いだろう。あまり、考えたくない代物だとは思う。
前途多難だと。ただそう思った。
当たり前の様に思った、夜。

アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:VIOLET CARD