ざくりと、まるで簡単に刺さるモノだなと。

 そう言えば人間とはこんなあっ気なく死んでしまうモノだと言う事を改めて思い出す。

 冷静な心の反面で、残った命が僅かでもあるならば、この場に居る全員とは言わない。せめて目の前の子供の姿をした魔族だけは殺して置きたいと。二枚目の、正真正銘命を賭して新たな紋章を作る気では居た。

 心配なのは、迫り来る本当の死と言う恐怖や、大業な痛みで貫かれた痛み。それに耐えきれず、紋章作成が失敗してしまうのではないかと言う危惧だけだ。

 迷っていても、仕方がない事。覚悟を決めろと自分に言い聞かせ、死と直面した故に何時の間にか閉じていた目を見開き、全てと相対した時。

 一体、自分がどんな顔をしているのか。

 いや、この場合は、どんな表情をして良いのか、だ。

 まるで分からなかった。

「バイアの顔、こわっ」

「あー・・・・・・・・・・・・・」

 取敢えず、呆けているのは自体が上手く飲み込めないから。

 身体を縛り付けていた糸は何時の間にか解けている。ユーリとシグマの方も同じで、自分は黒の符を作ってしまった反動か、疲れていた。

 倒れそう、ではなかったが、力が抜けた、と言うのが適切な表現だろう。何故、目の前に居るのか分からないサリアにもたれ掛かり、頭の中に浮かび駆けめぐっている「?」を目で追っている様で。目が回りそうで気分も少々悪い。

「うわ、ちょ、ちょっと! 行き成り倒れ込まないでよおーもーいー!!」

「・・・・一言多い」

「痛ったー!!」

 意識せずに撲ったからか。流石に同姓だから彼女も分かっているだろうが、それを気にしていない女性など皆無に等しい。頭を抱えしゃがみ込むサリアの様子を見て、自分の手の平ではなく、拳が痛かったと言う事を認識。げんこつで撲った事くらいは理解出来た。まだ何処か心ここにあらずと言った所ではあるが。

 周りを見て、状況を認識したいのだが、首を動かすのも億劫で、そんな自分の事が分かってないのだろうか。むしろ、分かっているから取った行動だと、背中に感じる重さと肩から前に出た腕は、絡め手と言う二つ名を持つ、エルの物。

「あー、しんどぉー。よくこんなの使えるよねアンタさぁ。ホントに人間〜?」

「取敢えず、ものすごーく失礼な事を言われてるのだけは理解出来たわ。エルもさ、一発頭に欲しい?」

「いーらーなーいー」

 抑揚の無い声は、確かに疲れ切っている物だ。自分と同じ、特殊な紋章を使った為の疲労だろう。なのに、自分は一人の重さを支えて立っているだけの体力が残っているのだから、情けないと、愚痴が出てしまうのは仕方無い事だ。

「ふぅ・・・」

 ため息を吐き、エルを背負い直してやる。素直に体重全部を預けてくるのは信頼されているのか、如何でも良いのか。

 頭の中に言葉は浮かんだ。この状況がどういう物かも分かった。

 それを認めたら、自分がどうなるかも分かったから、大地にただ大業な剣を突き刺し、抜こうとしているのだろう。明らかに身長が足りない為に、子供の姿ヨロシク、ジャンプをしながら僅かにそれが届かない男の子に向かって言う。

「そこの飛び跳ねてるの。こっち向きなさい」

「何だ。わしは今忙しい・・・」

「良いから。向かなきゃひん剥いて男娼館に放り込むわよ」

「それは勘弁して欲しいな。で、・・・・・何用じゃ」

「私さ、もしかして・・・・かつがれた?」

「エルをかついで居るのはお主じゃな」

「詐かれた?」

「分かりにくい言葉など使わずとも良いぞ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・騙された?」

「正解」

 にひひと、悪戯が成功した時その物の笑みだった。

 無論、先ほどとは違う感情が爆発したのは言うまでもない。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:VIOLET CARD





































「エルもサリアも私を止めるな!!」

「そ、そんな事言ったってバイア目がマジだよマジ!!」

「もうちょっと落ち着こうよ、ね?」

「ね? じゃねぇんだって言ってるのよこんチクショウ!!」

「ちょちょちょ、ちょっと、そこのあんたら笑ってないでこの怒った人止めて!!」

「ああー、疲れてるのにまた疲れるー・・・」

「そこの糞ガキっ! こっちに来てそのスッカラカンな頭を思い切り、いや、形変わるまで撲らせろ!!!!!」

「ん、何か面白そうだなそれは。良いぜ、手伝ってやるよ」

「ちょっとそこ!! ファーラ、あんた何冗談言ってんのよ!!!」

「別に良いんでない? 私も見てみたいしさ、ホントに形変わるまで殴れるのか、とかナ」

「うわー、ファーラそのケケケとか笑ってるの久しぶりに見たよぉ〜」

「誰かこのおばさん共を止めてくれー!!!!!!!」

 瞬間、サリアの脳天に拳三つが落ちた。

 結果として、自分としてはやり足りなかったが、ファーラと、同姓の魔族の協力の下。男共数人と同じくサリアの言葉に笑ったのがいけなかった。子供を捕まえ片腕で持ち上げ顔が対等位置に来るまでまず持ち上げる。それで手を離した瞬間空いた手を思い切り握りしめて空に向かって撲り飛ばしただけで勘弁はしてやった。後はサリアの言った言葉で笑った連中の脳天を殴りつけ捲くったからだろうか。今は痛めた拳を察てくれるホワイト・ローブに治療して貰っている所だ。

 くすくすと、小さくも笑っているホワイト・ローブの声は女の物。下から覗き込み、少々恥ずかしそうにしていたが、はにかむ顔と、顔色の悪いと感じる青白さではなく、真っ白な肌は、奇しくも此処で出会った古代種と同じ物だ。

「みんな、楽しそうですね」

「あー、不本意だけど認めるわ。なんて言うかもう、どうにでもなれって感じだし」

「私も混ざって撲って置けば良かったのかも」

「次は一緒にやろう」

「私は、リグです。よろしく」

「こちらこそ」

 悪い道に誘う悪友よろしく。それは冗談だったが、彼女とも友人になりたいと、なれると思う。確かに、彼女はこの中で一番異質な存在だろう。まさか魔族以外が来るとは思わなかった故に、自分も驚かなかったと言えば嘘になる。

 たちの悪い、冗談。手荒な試験、と言うのかもしれない。自分はそう思った。

 彼女もこんな対応を受けて、その上でこの場所に居るのか。不思議でならなかったが、聞く必要もないのだと気付いた。いや、気付かされたのは、古代種故の、世界と異質な力と才能を秘めていると言う証拠だろう。彼女が治癒に使っていたのは、例外的なオリジナルの治癒の紋章なのだ。

 自分の、いや、通常の紋章士の作るクレストとは違うのは、才能と言う奴だろう。心底羨ましいと感じる反面、彼女の被ったローブの意味が何となく分かる。

 ちらりと見えた彼女の顔は、確かに美しい。ただし、命を使いすぎ、今にも消えてしまいそうな風前の灯火のそれだ。本来の治癒の紋章は、相手の体力を利用して作用しているのだが、彼女は全く対象者の体力を利用せずに、傷を療しきっている。こんな、喧嘩で他人の命を使うのは、そして理解していなかった時と、理解した時とでは思う事、出る言葉が違う。

 何より自分と同じならば。そしてこの場に居るのなら、だ。

 言葉など、問う事の意味など無い事も分かっている。

 幾ばくもない命なのかもしれないと言う現実だけが、胸を締め付け、実際の痛みにすら感じられた。

「まだ、何処か痛いのですか?」

「い、いや。違うよ。もう大丈夫」

 もしかしたらと、思ったから。何か言葉をかけるべきだったのだが、生きた時間と言うのはこれほどまでに、違いがあるのかと思う。そっと手を添え、不意を付く様にして弱く。それで居て確かに感じられる存在に抱きしめられた時、言葉を同じ物で遮られた。

「私が望んだ力ですから後悔はしてません」

「・・・・」

 口を開閉するのが一杯で、言葉が出てこない。何も言葉に感動しただの、そう言う事ではなく、彼女の続く言葉に合わせる様に見せた笑みが、思うこともばからしいのだが、当たり前の意地悪な物だったのだ。正直、そんな顔が出来るとは思っていなかった。

「それに、紋章士として先輩の私から言わせて貰えば、貴方の方がよほど危ういです。なんていうか、基礎が全然なってないと言いますか。
 毎日の基礎訓練を惰っているからそうなるんです。分かってますか?」

「・・・は、はは」

 痛い所を付いてくる物言い。ぐさっと心に突き刺さる、ではなくさくっと、一部分をえぐり取られた様な感覚だ。弱いと言われたのではなく、言葉のままだ。紋章士として、例え黒の符を作れたと言う結果があったとしても、素人に毛が生えた程度な技術なのは分かり切った事。

「それに、せっかくその懐の本も持っていらっしゃるんです。ちゃんと勉強しなきゃダメじゃないですか」

「いや、解読がまだ済んでなくてさ。流石に読めない本から何か学べって言われても・・・」

「? あー、なるほど。基礎の紋章を知らないんなら、解読に使う基礎術式も知りませんよね」

「う・・・・それは」

「師匠が居ないからとか、教えて貰えなかったとかは理由になりません。紋章士の絶対数が少なくても、皇都から出向いた時に探す事くらいはできたでしょう?
 皇都なら紋章術の解体新書くらいあったでしょうに」

「そうだけど・・・」

「言い訳は聞く耳持ちません」

「すみません・・・・」

 何となく、喝られた様で。いや、現に喝られているのだが。

 理由も分からず漏れた言葉はそれだ。彼女が一体自分の何なのだろうかと、苛つき。いや、それは子供心に感じた理不尽さその物。まさかこの年になって体験する出来事だとは思わなかったが、昔の様にただ、理不尽さを感じているだけではなく、何処か笑ってしまう雰囲気すらそこにはある。

「しかしあれを作った時点で貴方は、既に紋章士じゃありません。言える事は二つ。
 もう少し、次文士としての自覚を持ちなさい。組み上げる事じゃなく、作り上げる事に迷えば間違いなく紋章に殺されます」

 ただ、そんな雰囲気のままで言われた言葉は、突き放す様な一言だ。それが間違いではないと、自分の血が告げている。

 何処か、田舎町の女教師、と言うよりかは先生と呼べるような人物だと思っていたが、少々違う。

 仮にも、古代種であるならば生やさしい道の説き方はしないだろう。ただ、一つ違った事。

 人間でも魔族でも神族でも、有らゆる種族と彼女ら古代種が違う部分は、その瞳。

 絶対に、演技など出来る程に。嘘が上手くないと言う事。むしろ子供ですらそれが嘘だと分かってしまう程、優しすぎるのだ。

「だから、もう一つは・・・。私は貴方みたいな方に命を粗末に扱って欲しくは無いんです。絶対に生きてください」

「・・・・分かった。約束する」

「ありがとうございます」

 頭を深々と下げ、ありがとう等と。感謝される様な事は何一つしていないのに、その言葉は彼女の本心から出た物だと分かりすぎる。

 立ち上がり、彼女の前を直に離れたのはこれ以上居れば、泣いてしまいそうになったから。だって、彼女の瞳はあまりに真摯だ。逃げたと言うより、その純粋さを長く見ていれば、これから血生臭い事をしでかそうとしている自分の中に躊躇いが生れそうだったから。後ろ手を振って、彼女がまだ頭を下げているのだろうと思うと、決意は固められる反面、やはり、泣いてしまいそうに、崩れ落ちそうにさえなる。

 結局、最初に言ったユーリの「最後の晩餐」と言う言葉は間違いではない。多分、これが今生の別れなのだと分かってしまった。

「んじゃ、ちゃっちゃと済ませる為の算段と行きましょうか」

 この場所でやるべき事は分かっている。

 自らを言い聞かすように述べた通り、素早く策を纏め散会する事。多少時間があるとは言え、全体的に見て余裕はあったままの方が良いに決まっているのだから。

「で、色々と聞きたい事はあるけど、無駄話はこんくらいにしとかないと思うの」

「遠回しじゃのお主は」

「しかし祖奴の言う通りだ。それに、俺たちに依存はもう無い」

 サリアと口論していた男、ギュンターと言うらしい彼は、確かに態度からも分かる様に。自分に一切敵意は向けていない。

 彼らが見たかったのは、自分の黒の符を作ると言う力だったと言う。周りの世間話と言うか、シグマとユーリが絡まれながら事情を聞いているらしいのを、小耳に挟み判断出来た事だったが。彼ら二人は最初から十二分な戦力だったと言う事。自分だけが、足りていない存在だったと、ただそれだけだ。

「第一、疑問にこそ思うにすれ、貴様とエルが立てる策に文句など無い」

「疑問?」

「貴様らがハンターだと? 冗談じゃない。貴様らこそ騎士の名が相応しい」

「・・・・・賞め言葉だと思っとくわ」

 確かに賞められているのだろうが、素直に喜べないのは自分が西側の出身者だから。あちら側の騎士と言う職業は、お世辞にも賞められる様な連中など見知っただけでは居なかった故。

「じゃあ、グループ分けなんだけど、迷うような事ないと思うけどね」

「んー、3人のグループ作ってぇ、バイアら人間三人とサリアと、後は炎斬りとファーラ・ファーラで良いんでない〜?」

「6人居る意味ってのが無いと思うけど。それに何かやたらやばい場所ばっか担当してない私ら」

「相性の問題だと思うのよぉ。それにぃ、やっぱアンタは戦力外通告出さなきゃいけないだろうしぃ。他の五人で十二分だとは思うよ戦力だけは」

「・・・・それは認める。分かった。じゃあ、後の残りはあいつらの好き勝手に組ませて、担当の地区決めね」

 そこからの話は驚く程早い。エルは、この連中から信頼されているに足る、自分と同じくらいの策士だ。

 間延びしたしゃべり方など、次々と担当配置を決めてゆく彼女に口出しなど出来る筈もない。そうしようと思っていた通りの意見を、彼女は口にするだけなのだ。

「こんなもんじゃないのぉ?」

「そうね。異論はないわ。でも一つだけ聞いて良い? と言うか聞かせなさい」

「なぁにぃ?」

「人族だけしか使えない筈の紋章術を、アンタはどうして使えたのさ」

「オリジナルの紋章、それも次文士の作った物は例外なく誰でも操れるのよぉ。心配ないって〜。あれ、あんたにあげるし〜」

「物騒な物は貰わない主義なの」

「バイアの作った物の方が危険物なんだけどなぁ。あの白亜の符は封じる為だけにある物だよ〜」

「・・・・・そ、それくらい分かってるわよ」

「そう言う事にしておきましょぉ」

 どんな環境で育てば、こんな頭の何処かが暖かいままの策士が出来上るのか。腕も、悔しいが一流だから尚の事思ってしまう。無論、彼女の生きてきた環境を考えれば、そんな経緯など安易に想像出来てしまう様な物なのだろうが。若さ故か。

 小娘と思われるのは当たり前に癪。かと言って、おばさんなどと言われるようになった覚えは何処にも無い。あってはならないと思いたい。

 自分の中で、学生部分が抜けていない心が何処かにあったのだろう。悔しいと、そして嬉しいと感じられるのは、久しぶりの事。昔の亡命したての頃に出会った、様々な自分の人生を変え、狂わせ、そして安定させるに至った人々と居た頃を思い出す。

「んじゃ、今からグループ分けと担当地区説明するから、ちゃんと聞いててよね」

 野次が多少飛んでくる物の、気になる程度ではない。まぁ、自分の事を再度「おばさん」などと呼んでいた奴らは行く前に撲って置けば良いだろう。ユーリがその中に居たのには、少々目眩いがしたが。

 説明は簡潔に済ませる。と、言うか、エルに任せて置くと長くなりそうなので簡潔にしたが、それで十分理解出来ただろう。何せやる事は至極簡単。

 自分の行く場所を記憶し、そこにある街や集落、村、森や川を覚え、極力その場所から敵を引き離して殺す事なのだ。

 メモを取っていた数人はグループの中で既に役割が決まっている者。こうして見ていると、流石賞金首だと言える連中ばかり。一言一句間違えずに自分のやるべき事を確認しに来た者も居るくらい。

「なんかさ、あんたらが賞金首だってのが勿体無いわね。国でも作れば今よりずっと良い生活出来るのに」

 素直な感想。以前から不思議に思っていた事だ。

 最も、彼らの生き方や生き様を見ていれば、帰ってくる答えも想像は出来ていたが。

「国なぁ、お前どうおもう?」

「めんどくさー」

「あはは、違いないわ。気ままに暮らしていた方が楽だしな。それが嫌なら里から出なきゃ良いだけだしよ」

「違いない」

 考えた事は無い。のではなく、考え抜いた先の結論。

 種族全体が、その意見を持って一致していると言うのは正直、凄いのだと思う。

 だからこそ、忘れていたこの場所の意味。

 この中の誰かは必ず死ぬのだと言う危険性を思い出した時に、自分の表情が曇るのが分かる。

 凍顔の知将などと呼ばれた自分が、初めてでなかった事なのかもしれない。

「どしたのぉ?」

「作戦立案した限り、言わなきゃならないのよね、私も」

「言うのバイアだけだよ〜」

「・・・・良い根性してる」

 笑って、済ませられる程、軽い事ではない。

 知将などと呼ばれていたが、過去にやったのは机上でのみ、こうすれば良いと思い口にしていただけだ。目の前に、実際に動かすべき部下、この場合は戦友とでも言うべきなのだろうが。その彼らが目の前に、触れれば届く距離に居るのだから、尚の事言える訳は無い。

 誰が彼らに「死ね」と言えるのだろうかと。

「あー、なんか暗い顔してるぅ。また妙な事考えてんでしょ?」

「分かって聞いてんのなら、肯定しとく」

「そんな深く考える事ないのにぃ」

「そうも言ってられないでしょ。私は、あんたらと出会って間もな・・・」

「時間なんて関係ないよ」

 最も、彼らとの見解の相違は、拭えないと思う。理解出来ないのではなく、共感しかねるのだ。

 彼女の言い放った言葉は、人間には、と思いたくはない。が、自分には多分一生出来ない事だったろうから。

「出会ったばっかりとか言うなら、私らの中にも居るよぉ。でもさ、たったそれだけでしょぉ?」

「それだけって・・・」

「長く生きてるから、付き合いの長いのも居るけどさぁ。やっぱ一目見たら、分かるもんだよぉ。信用出来るとかそういうんじゃなくて、好きだからぁ」

 長い時間を生きた者の言葉だと、少なくとも自分はそう思う。

 たかだか30数年生きただけの自分には言えない言葉だ。それだけに世界は広く、自分の想像出来ない者達が居るのだから。

 漠然と、そう言えて、やはり、信用してくれると言った彼女の言葉。同時に、彼女の意見に同意していると、周りの者達の表情からハッキリと感じられる意思。

 やっぱり、自分にはどうかしていると。それでも、嫌いになれない奴らなのだと、改めて分かった。

「じゃ、命令・・・・じゃないな」

「?」

 期待通りの言葉をかけてやるつもりはない。ささやかな、自己主張と言った所だろうか。

「私から「お願い」するよ。みんなで生きて帰って、どっか飲みに行こう!」

 これだけの人数に酒を振る舞って、しばらくの間じり貧生活になるのではないかと。見当違いな思いを描いたのは自分らしいと思う。聞こえてきた小さな笑い声や、馬鹿笑いする連中の顔は、多分、期待以上の言葉を言えたのだと思いたい。

「モチ、奢りだかんな。憶えといてくれよ!」

「今から楽しみにしている。ではな」

「やっぱ辛気くさいのよりそーゆーの良いネ。んじゃ、行ってくるよー」

「もう一度出会う日を心待ちにしています」

 どの顔も、笑顔だった。

 兵士を送り出すのとは違う、再会を約束した、一時の別れ。

 進む道が違うのではなく、歩む道が違うだけ。行き着く先が同じなのだから、この戦争に似た出来事を止められたらまた会える。

 やりきれない心は確かにあった。彼らの心に覚悟と言う言葉がある限り、やはり、死にたくないと思うのは当たり前なのだから。

 それでも、約束してくれたのなら、自分は自分のやるべき事をやるのだと。

「では、お主らも気を付けて行けよ。しくじりはせぬと思うが、どうもな」

「うわ・・・すごい私の事見て言ってるんだけど。それさ、ルーフィス。当てつけ?」

「わしはお主の事を子供の頃から見知っているルーフィス・ランドルじゃぞ? 心配にもなるわタワケが」

「子供姿で言われてももう説得力感じないもんねー」

「・・・・・ランドル?」

「む・・・。失言だったか」

 子供の姿をした、魔族。疑問の声をあげたのはシグマ。それも当たり前だろう、今日の夕刻死んだ彼に取っての兄であり父であり上司であったバートンの姓はランドルと言うのだ。少年の顔は何処か恥ずかしげで、面倒だとは思っているのだろう。それでも、言って置かなければならないのだと、何処か悟った表情は言い訳をする子供のそれに見えた。

「馬鹿弟子が世話になったな。魔王剣の二つ名を勝手に名乗ってた奴じゃったが、惜しい事をした」

「・・・・・・」

 思い当たる節でもあるのか、シグマは黙り、続きの言葉を欲している。多分それは自分もユーリも同じだったに違いない。シグマは自分の尊敬するべき男の師匠として言葉を欲し、自分とユーリは魔王剣の二つ名が形はどうあれ、継がれた物だと分かった故の感情。

「ルーフィスさんさぁ。復讐とか言って死ぬんじゃないわよ」

「この期に及んでさん付けか? わしには似合わぬよ。それに、故郷を捨てたまでの奴が守りたかった街じゃ。
 一度くらいは死ぬ前に噪いで見たい場所。生きてもう一度来るさ」

 少年としての表情とは裏腹に、やはり魔族。瞳の深さが人間のそれとは別物だ。

 年寄り、と言う物ではなく、時を重ねあげた者だけが出来る、澄んだ瞳なのだろう。初めて、年齢が生きた時間よりも長い者に尊敬を感じた自分がそこに居た。

「まぁ、旦那もこう言ってるしね〜。じゃ、行って来るよぉ」

「旦那ぁ!?」

「じゃあねぇん」

「うそぉ・・・・ルーフィス、結局折れたんだ・・・・」

 凸凹コンビか、歳の離れた姉弟にも見える。そんな二人が駆けて行くのを見ながら、サリアの漏らした言葉でその関係が何となくだが分かった。

「ルーフィス、ってさ。幼女愛好者とかそんなの?」

「あー、その可能性は否定出来ないね。年齢とか好み凄い微妙だけど」

「そそ、なんか見た目若い女に騙されやすい性格してるしな。姿見10代前後半とか、特に」

「エレってさぁ、外見はそう言うんでもないけど性格がああだからなぁ。にしてもファーラ、あんたそゆ事鈍い方かと思ったけどそうでもないのね」

「あー、確かに色恋にゃ疎い方だけどな。酒の肴になるなら詳しくもなるさ」

「動機不純なオトナにはなりたくないなぁ」

「・・・・・・取敢えず、まぁ、コイツは道中いぢめる事にしときませんか?」

「そうだな。そろそろ大人の良さってのを教えてやらんと、気がすまんな」

「あー、お姉さま方? そーゆーのワタクシちょっと遠慮したいんですけどー」

「仕事終わったら覚悟しとけよサリア?」

「ついでだ。そん時の酒代、あんた半分持ちなさい」

「えー!! 横暴だ暴力だ理不尽だー!!!」

 ここが墓場だったと、今さらながらに思い出して見るが、もしかしたらこの冷たい石の仲間入りするかもしれないと言う感覚は、何故か無かった。

 紋章士から次文士となった事もあまり実感は無く、ただ、漠然とややこしい仕事を請け負っただけと。しっかり、その内容を理解して、尚且つそんな事を考える余裕がある。

 自分の努力次第で、それが手に入る未来だからこそ、そう思えたのかもしれない。あの場所に居た全員が、互いに信頼し会えたからこそ、さしたる不安も抱くことはなかったのだ。

 酒の残り香のある風。

 この場所を離れ街が見えなくなるまで、僅かな時を過ごした戦友を忘れまいと。

 微笑のみを浮かべた自分がそこに居た。

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