ジョアン・ジルベルト 来日公演レビュー

――生で聴く「ボサノバの神様」――


 2003年9月11日から16日にかけてジョアン・ジルベルトが初来日を果たしました。何しろ「ボサノバの神様」といわれる大物。見逃すわけにはまいりません。
 公演は6月に突然発表されました。喜色満面でチケットを申し込みます(内心、S席12000円はちょっと高いと思う)。
 それから2カ月あまり。期待に胸をふくらませながらも、「本当に来るのか?」「来たとしても30分で終わってしまうのでは?」との疑念が頭を離れません。同じ9月に予定されていたアルゼンチンのメルセデス・ソーサ公演が中止になってしまったことも不安をかきたてます。72歳という高齢、「奇行」というマスコミの評、初来日…と心配の種は直前になるほど大きくなっていきます。
 中止の報道はないまま当日に。ヨボヨボでもいい、声が出なくてもいい、15分でもいい、あいさつだけでもいい−−最後はすべてを投げ出すような気持ちで会場に向かいました。

2003/9/11(木) 東京国際フォーラム ホールA

 大幅な遅刻は当たり前という噂のジョアン。開演時刻に始まるはずがないブラジルの慣習。手にしたチケットには「開演が遅れる場合があります」との注意事項。これだけ条件がそろえば、19時の開演時刻きっかりに行くのは無意味です。早く見たい気持ちを精一杯抑えて19時20分に会場着。ところが、ホールの前には長蛇の列です。開演どころじゃありません(これは、定刻にすんなり入れてしまうと待ち時間が長くなるのを避ける主催者側の策だったか?)。やがて会場に入りますが、ロビーも超満員。まったく始まる雰囲気がありません。目に入ったのは、さすがと思わせる貼り紙−−「アーチストの要望により空調を切らせていただきます」。おかげで、ものすごい人いきれです。
 19時45分ころ、「本開場いたします」というアナウンスた。が、まだ始まるニオイがありません。
 20時ころ、ようやく開演のブザー。それでもまだ一波乱ありそうです。
 5分ほどして、もう一度ブザー。非常灯が消え、ようやく始まる雰囲気が漂います。待ちくたびれた人もいたようですが、私はこの瞬間が一番トキメキました。
 さらに5分ほどの暗闇。催促の拍手が疲れたころ、舞台下手からあのジョアン・ジルベルトがトコトコと登場したのです。もうそれだけで会場は大喝采。すでに立ち上がっている人も出るくらいです。
 ジョアンは 「こんばんは」と日本語であいさつ(これ以降MCは一切ありませんでした)。おもむろにギターを弾きだしました。そして、あの声があのリズムで始まったのです。1曲目は「ナン・ヴォウ・プラ・カーザ(家には行かない)」。何というやわらかさ、繊細さ、優しさ。とても72歳とは思えません。ギターの腕も衰えなし。レコードで聴いたそのものです。1本のギター、1人の肉声に会場はまったくの静寂に包まれます。そして曲が終わった時、感慨を表現した拍手が湧きあがります。
 やがてジョアンの世界に淡々と、しかし確実に吸い込まれていきます。前半で印象に残ったのは「ホーザ・モレーナ」と「オ・パト」。レコードではない生の声で、語るように歌われるとじーっと染み入りました。
 ジョアンの左足もリズムに乗って振れが大きくなってきました。15曲を超えたころにトーンが少し上がり、やがて有名曲「デザフィナード」へ。会場は一段と盛り上がる。が、ここでジョアンが席を立って引っ込んでしまいました。「15分でいい」と来る時は考えていたとはいえ、ここで終わるのは惜しい。いい雰囲気になってきたし−−と、懸命に拍手をしていると、まもなくジョアンは戻ってきました。ほっと一息。まだまだ楽しめます。
 「フェリシダージ」「コルコヴァード」「エターチ」とメジャーな曲が続き、気分が高揚してきます。それに続いた「イザウラ」が私の一押し。繊細な歌声が、呼びかけるような、訴えかけるような空気に混じって、心地よく響きました。
 「シェーガ・ジ・サウダージ」で終了。ジョアンはスタンディング・オベーションにちょっと応えただけで、まっすぐに引っ込みました。アンコールはありません。
 終わってみれば、休憩なしでたっぷり2時間超。外は22時を大幅に回っています。
 神様健在−−ジョアン・ジルベルトは気難しい奇人ではなく、こころ優しい語り部だと認識しました。帰りの地下鉄で「イザウラ」を口ずさむのは止められませんでした。

2003/9/16(火) 東京国際フォーラム ホールA

 性懲りもなく最終日にも来てしまいました。
 一度の経験は大きなもの。開演時間に余計な気を遣うこともなく、余裕で臨めます。19時30分に会場到着。「只今、演奏者が到着いたしました」のアナウンス−−なんだ、同時だ!20時、開演ブザー。初日と同様5分ほどして2回目のブザーが鳴り、さらにしばらく待ってジョアンの登場です。
 1曲目は柔らかい声で、「イソ・アキ・ウ・キ・エ」。今日は、ジョアン・ジルベルトの貴重な動きを見逃すまいとする気負いがないせいか、すーっと曲に入っていけた気がします。いきなり足でリズムを取ったりしています。ジョアンをクラシック音楽の延長として聞きに来ている人の中では異様だったかもしれません。
 4曲終わったところで異変が起こります。MCはほとんどないはずのところに「Excuse me...」とジョアンが話し始めます。よく聞き取れませんでしたが、「エアコン」と言っています。今日も空調は切ってあるという貼り紙がありましたが、どうもノドを気にしているようです。
 しばらく歌って、また「エアコン」。右手をしゃぶるようなポーズのままでつぶやきます。当人は本調子でないと感じているのでしょうか。やや不穏な空気が漂います。初日が終始行儀良くいったので、ちょっと拍子抜けした私としては多少の混乱を期待していました。が、このまま終わってはさすがに困ります。聴いているほうはまったく気にならないのですから。直後の「サンバ・ド・アビアン」にはリオデジャネイロの雰囲気が凝縮されているのが伝わり、ほっと一安心。
 曲間の寝込むような姿勢が少し気になりましたが、 「サウダージズ・ダ・バイーア」のスキャット、初日とは違って聞こえる「ナン・ヴォウ・プラ・カーザ」、アップテンポの「アデウス・アメリカ」には引き込まれます。調子は戻ってきたのか?「エターチ」「デザフィナード」と有名曲につながり、盛り上がりのうちに前半終了。
 事件が起こったのはこの時です。再開の「フェリシダージ」を歌い終えた後、ジョアンは右手をしゃぶるポーズのまま動かなくなってしまったのです。励ましの掛け声、後押しの拍手が湧き起こってもジョアンは動きません。ピンスポットライトが真っ暗な会場のただ一人だけに当たっていても、孤高のギタリストは凍りついてしまいました。20分ほど経過したでしょうか、止まない拍手の中「大丈夫なの?」「誰か行かなくちゃ」「救急車は…」という心配の声も聞こえたころ、付き人さんに抱き起こされると、ジョアンは目覚めます。その後の「コルコヴァード」「ホーザ・モレーナ」は心配一掃。見事“復活”したのです。
 「セイン・ヴォセ」「シェーガ・ジ・サウダージ」「ヴォウ・チ・コンタール(ウェーブ)」と盛り上がっていき、私は歌わないと思っていた「ガロータ・ジ・イパネマ(イパネマの娘)」でコンサートは最高潮に達しました。アンコールなし。良い余韻を残して、幕となりました。22時46分、もうずいぶんな夜更けです。
 それにしても、あの20分の「間」は何だったのでしょうか−−本当に眠っていたのか?直前の「フェリシダージ」の出来が良くなかったのか?エアコンのせいか?演出か?−−もちろん私には本当のところなど知る由もないのですが、結果として完璧主義者のジョアン・ジルベルトの意図することは伝わったように思います。待ち望んだ“復活”の「コルコヴァード」が深く私の心に刻まれた事実があるのですから。

 


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