在日東京支店

−日本でも触れられるブラジル−

ブラジル館


「ブラジル館」では1996年の旅行について書きました。ところが、なかなか再訪できる機会がありません。時間とともにWebも色あせてしまいました。しかし、考えてみれば、ブラジルに行かなくても情報は更新できます。北米や欧州についての情報量とはまったく比べものになりませんが、探せば意外にあるかもしれません。
行動力豊かとはいえない私ですが、できるかぎり「日本で触れられるブラジル」を求めていきたいと思います。


映画「オルフェウ」

2000/10/5

 リオのにおいを嗅いだのは何年ぶりでしょう。巨大なキリスト像の立つコルコヴァード、奇妙な岩パォン・ジ・アスーカル中心街セントロの雑踏−−何気ないカットがリオ・デ・ジャネイロの街を描きます。そしてカーニバル−−リオを象徴する華麗なシーンです。一体どうやって撮ったのだろうと思ってしまう、本物のカーニバルの大迫力映像には勝手に体がリズムを刻んでしまいます。実際、至近距離で安全にカーニバルを見ることなんてよほどのことがないかぎりありえません。大スクリーン・大音響で体験するだけでも価値があります。
 一方、フィルムはモーホ(丘)を映し出します。高い視点から見下ろした赤茶けた屋根の映像こそ現実です。繁華街のすぐ隣の丘は華麗なリオとは対極の光景があります。貧困、暴力、麻薬の蔓延するファヴェーラ(貧民窟)で恋物語は激しく昇華し、残虐な悲劇となります。ギリシャ神話をなぞったフィクションだとはいえ、今日のブラジルの実態であると想像できます。真下にメトロが走り、左手にはマラカナン・スタジアム浮かび上がるシーン−−まさにカメラ位置はマンゲイラではありませんか。カーニバルは美しい、カエターノ・ヴェローゾの音楽もきれいです。しかし、美と醜、夢と現実がリオの街の高い場所と低い場所で凄まじい差異があり、それが渾然一体となってうごめいている現在の姿をジエギス監督は訴えたかったのだと私は感じます。
 映画のストーリー自体は単純です。細かい描写としても気になるところがあります。しかし、エウリディセを抱いてオルフェウが坂を登っていく画は美しい。実のところカエターノの音楽は最近ちょっとナヨナヨしていて好きになれなかったのですが、まったく見直しました。認識を改めます。オルフェウの母親、ドナ・コンセイサォンのゼゼ・モタの熱演が光ります。麻薬中毒ルシーニョのムリーロ・ベニーシオも地ではないか思うほどの好演です。

上映中のタイトルは「オルフェ」です。ここではなるべく現地発音に近い表記に変えました。
(ならばリオ→ヒオ、カーニバル→カルナバウと正せ、というご指摘はごもっともです。が、あまりに忠実すぎても読みにくくなると思い、日本語として定着していると思われるものはあえて変えておりません。また、丘の上からメトロが見えるはずがないとお考えの向きには、この地帯のメトロは地上を走っている事実があると付け加えておきます)

オルフェウ(Orfeu)
監督:カルロス・ジエギス
製作:ヘナタ・ジ・アウメイダ・マガリャンエス、パウラ・ラヴィーニェ
原作:ヴィニシウス・ジ・モラエス『オルフェウ・ジ・コンセイサォン』
主なキャスト
 オルフェウ:トニ・ガヒード
 エウリディセ:パトリシア・フランサ
 ルシーニョ:ムリーロ・ベニーシオ
 コンセイサォン:ゼゼ・モタ
 イナーシオ:ミウトン・ゴンサウヴェス
 ミラ:イザベウ・フィラルディス
 カルメン:マリア・セイーサ
 パシェーコ:ステパン・ネルセシアン
音楽:カエターノ・ヴェローゾ
編集:セルジオ・メクレール
撮影監督:アフォンソ・ベアート

2000年9月、東京・渋谷シネマライズで上映(11月3日まで)


映画「セントラル・ステーション」の中のブラジル

1999/2

 久方ぶりに生のブラジルに触れることができました。−−公開中の映画「セントラル・ステーション」です。大都会リオの実像、ノルデステ(北東部)の田舎の光景、世情・人情・宗教など、ブラジルの匂いが詰まっています。映画としても文句なく感動できます。
 専門的なことは他に譲ることにして、「ブラジル」に関するところを拾ってみましょう。
 前半の舞台は、タイトルどおりリオ・デ・ジャネイロの中央駅です。駅をめぐる都会の日常がよく表れています。通勤電車の到着とともに一斉に降りてくる群衆、逆に窓からドアからとサーカスばりに乗り込む様子、CBTMのオンボロ電車、混沌とした構内−−いかにもリオです。この中央駅は「ドン・ペドロ2世駅」というはずで、地下鉄の「セントラル」のそばにあります。ただし、観光客としては市内の移動に地下鉄を使うことはあっても、不便な中・遠距離鉄道を使う機会はほとんどないため、あまりなじみのない場所です。それだけにありのままのブラジルという情景です。万引をした者を線路端まで追いかけ、捕まえたらいきなりピストルで射殺してしまうシーンがあります。少年・少女の臓器売買の話も出てきます。どこまで本当かはわかりませんが、現実のブラジルと照らし合わせると、いかにもありそうに思えてしまいます。
 田舎へ向かう旅路もブラジルそのものです。日本の基準からすれば、本当に汚いバスが信じられない距離の悪路を突っ走る。寂莫とした荒野、素っ気いない休憩所、親切なトラック運転手、幻想的でかつ得体の知れない迫力の宗教的な村祭り−−これらの映像も実感が湧きます。
 主人公ドーラの営む代書屋も実際に重宝がられているようです。何よりフラッシュバックされる代筆依頼の客は現実の映像だそうですから。識字率の問題も現実でしょうが、印象的なのは代書屋ドーラに訴える人々の多様なこと、切実な内容、活き活きとした表情です。こればかりはちょっとした旅行ではわからないブラジル人の姿です。映画の原題が「Central do Brasil」(ブラジルの真中/内実)なのもわかります。
 あまりストーリーを述べるべきではありませんが、最後にドーラの読む手紙には涙します。少年ジョズエが天使のようにかわいい笑顔、耳に残るピアノとチェロ−−見どころも多く、満足できると思います。上映館が広がり、多くの方が生のブラジルに触れられればと思います。

セントラル・ステーション(Central do Brasil)
監督:ヴァルテル・サレス
製作:アルテュール・コーン
主なキャスト
 代書屋ドーラ:フェルナンダ・モンテネグロ
 少年ジョズエ:ヴィニシウス・デ・オリヴェイラ
音楽:ジャキス・モレレンバウム(チェロ)、アントニオ・ピント(ピアノ)
1999年2月、東京・恵比寿ガーデンシネマで上映


ガル・コスタ 来日コンサート

1998/7/9(木) ラフォーレミュージアム六本木

 いつしか「女王」と呼ばれるようになったガル・コスタ−−甘えたような、男心をくすぐる、伸びやかな高音を聞きたくて、そそくさと会場へ。
 「女王」したり、年月とともに歌姫にはそれにふさわしい貫禄がついておりました。妖艶さ漂う黒のドレスに身をまとい歌うその声はブラジルの至宝、やはり格別です。
 オープニングの「アクアレーラ・ド・ブラジル(ブラジルの水彩画)」で既に引き込まれてしまっています。2曲目、やや軽めの「ファウザ・バイアーナ」で早くも感激、「テコ−テコ」と続き、うっとり。8曲の前半はすぐに終わってしまいます。
 休憩後は「ベイビー」から−−この曲もずいぶんウェットな感じになりました。独特の低音も響き始め、進むにつれて本領発揮。途中から入った渡辺貞夫のアルトサックスもいつになくよく鳴っていたように思えます。「フェリシダーヂ」あたりの有名曲になると会場も盛り上がります。もちろんブラジルのようなわけにはいかないけれど、客層のわりには熱かったと思います。アンコールは「ウ・バランセ」。これも誰にも真似はできない歌でしょうね。名残惜しいけれど終わりです。急に降り出した雨の中を口ずさんで帰ります。
 会場の音響がいまひとつだということは毎回感じるところですが、有名芸能人の顔もちらほら見え、ゴージャスなコンサートでありました。

ヴォーカル:ガル・コスタ
ピアノ:ジョアン・ヘボウサス
ギター:モウ・ブラジル
パーカッション:シジーニョ・モレイラ
ドラムス:ジュリム・モレイラ
ベース:ジョルジ・オスカル
サックス:ゼ・カヌート
アルトサックス:渡辺貞夫