ブラジル日誌

――ブラジル初心者のよもやま話――

ブラジル館


はじめてのリオは小春日和

梅雨空の東京から28時間、はじめてのリオ・デ・ジャネイロは小春日和でした。もちろん季節は冬です。リオは南回帰線より北にあるので、気候としてはちょうどいい感じです。

3年ぶりの海外旅行のせいか、異様に長い飛行機生活のせいか、感覚がつかめません。噂に高い、あの物騒なブラジルに来てしまったのだぞ――気を引き締めるのですが、どうもボーっとしてしまいます。

「REAL」と書かれたバスで市内へ。左手にフラメンゴ海岸、向こうにはパォン・ジ・アスーカル(写真)、右手を見れば遠くにコルコバードのキリスト像。「おおおぉぉぉ……」となぜか理由もなく感動してしまいました。

宿はセントロ(中心街)を避けて、コパカバーナを目標にします。たどり着いたのは「グランジ・カナダ」。ちょっと疲れていたこともあって、R$40,50(40.50レアル=約4,500円)で妥協してしまいました。後から聞くとこれでもかなり安いようです。

これは余談ですが、「R$40,50」というのは決してまちがいではなく、ブラジルでは数を書くときカンマとピリオドを逆にします。南半球だから反対というわけでもないのですが、はじめは混乱します。


冷や汗もののアルゼンチン国境

リオで3日を過ごし、イグアスの滝へ移動。油断していたら、めちゃくちゃ寒いんです。滝の水ぬれ対策用に持っていたカッパをはじめから着込んで滝へ向かいます。

世界遺産になっているイグアスの滝は、テレビでもたまに紹介されますが、このド迫力は実際に見ないとわかりません。他のページで写真を収録しましたが、何しろ比較して写すものがないのですから、どうしようもありません。文章で伝えようという努力も省略させていただきます。

問題なのはアルゼンチン側へ国境を越えて行った日のことです。ここでも日がな一日のんびり過ごしていると、もはや夕暮れ。ブラジルへ帰る最終バスに間に合い、ホッと一息。が、国境で一人降ろされたのです。理由はパスポートを持っていないから――バカな、朝は通過できたじゃないか。宿の人も「大丈夫」って言ってたぞ。文句を言っているうちに、最終バスは行ってしまいました。

国境越えにパスポートが必要なのは常識です。しかし、ひったくりの多いブラジルでパスポートを正直に携帯しているのも逆に危険です。私は、宿の人に聞いたうえでコピーを持っていたのですが、役人の官僚主義の論理には勝てません。結局、30分ほどの問答で「釈放」されましたが、暗闇からはバスもタクシーも来ません。私を降ろした官僚根性野郎もいつしかいなくなりました。1時間以上たってから、パラグアイ行きのバスに乗せてもらい、窮地を脱しました。今では笑えますが、実際には、いい歳をして半分泣きべそをかいていたかもしれません。


異次元空間サンパ

暖を取りに北へ向かう――変な表現かもしれませんが、ここは南半球です。サン・パウロに行けば少しは暖かいと想像していました。しかし、サンパも寒い。ドロボーも多いそうです。

これといって観光的な見どころはないのですが、私にとってはそれでいいのです。ガイドブックの写真をそのとおりだと確認するのは、どうも嫌なのです。

ひまをつぶすとなると日本人街でしょう。鳥居が立ち並び、「○○県人会」なんていう漢字も目立ちます。

昼時のごく普通の安レストラン。水曜日だったので、臓物と豆を煮込んだ茶色のスープ、フェイジョアーダを頼みました。そこで不思議な空間に遭遇したのです。料理も、コーヒーの味も、店の内装も、情景も、確かにブラジルなのですが、隣から聞こえる会話は日本そのもの。しかも、媚びたところや恐縮したところがまったくない、堂々としたものだったのです。

「最近、藤本さん見ないじゃない。病気なのかね。」
「そういえば見ないね。仕事忙しいんじゃない。」
「さあ、ちゃんと働いてんのかね。知ったこっちゃないよ。」
「ねえちょっと、この店、はし置いてないの?」
「ケチだね。普通この辺じゃみんな置いてあるよ。今度から置いてよ。」

海外で活躍する日本人、日系の人は少なくありません。現地の国籍の人もいれば、出張で行っている人も、留学生もいます。私の今までの経験では、どの人も多かれ少なかれ「卑屈さ」を感じました。日本人だけのグループでサークルを作り、現地と交流しない例もよく聞きます。私自身も自分でコソコソしているな、と感じるときがあります。

しかし、サンパの街角に、完全にとけ込んでいながら文化を失わないコミュニティを見たのです。これにははっきりと感動を覚えました。うまく伝えられないんですが、はじめて民族的な頼もしさ、誇らしさを感じました。日本人って、結構やるもんです。


涙目で聴くナナ・カイミ

リオの夜にもようやく慣れたかと思えば旅行も終盤。

生のブラジル音楽を聴きたい――普段は現地になじむんだと意地を張っていても、一転ミーハーになります。ホテルにあった新聞を見ると、あるじゃないですか、ナナ・カイミのコンサートが。早速、会場となるカネコンへ急ぎます。日本でも名の知れた大御所だけに半ばあきらめ気分でしたが、語調の荒いお姉さんがパソコン端末を叩くと席はOK。念願のチケットは2等クラスでR$25,00(約2,800円)。実際に受け取ると、なぜか席の番号は印刷済み。本当にパソコンで管理する必要があるんでしょうかね。

開演は夜9時。ブラジルのコンサートは開演時間に始まるわけがありません。それでも定刻に出掛けてしまうのは悲しい性です。観客は徐々に集まってきて、ほぼ埋まったのが10時ころ。それでも始まる気配は全くなし。社交場にグループで参加している身ならいいですが、単身では手持ちぶさたです。来る前に分厚い肉とビールを飲んでいる身には疲れも出てきます。

10時20分、ようやくナナの登場。古いレコードジャケットとは見た目からして違う。太ったおばさんじゃないですか。それでも歌い始めると、さすがの声量・声質。高音は厳しそうでしたが、演歌歌手とは一線を画す「骨太さ」を感じます。堂々と口をすすぎ、寄ってきた虫を手で追い払う――貫禄の仕草には多少不遜なところもありますが、やはり生で聴く価値があります。

コンサートは休憩を入れて約1時間半。新譜が中心だったこともあって、ほとんど知った曲はありませんでした。それでも後半は体に郷愁が滲み入ってきて、「日本に帰りたくない」思いがこみ上げます。自然と眼も涙でにじんできました。しかし、正直なところをいえば、待ちくたびれたゆえの眠気が襲ってきたのも確かです。


ブラジルの本質って何だ

リオの街では、サッカーユニフォームのファッションがやたらと目立ちます。中でも地元の人気チーム「フラメンゴ」ブランドが圧倒的です。このブランドは一種のステータスにもなっているようで、子供にユニフォームをねだられて難渋している親の姿を目にしました。そんな光景を見ると、作為的な匂いのする日本のサッカーブームとは根底からして意味が違います。

昼間の時間つぶしに行ったのは、サッカーの聖地・マラカナンスタジアム。お世辞にもきれいな所とはいえませんが、ゲームのない日の静寂にも唯ならぬ迫力を感じます。暴動対策のためなのか、自動小銃を携えた軍隊数人が訓練していたのも不気味です。

さほどのサッカーファンでない私がスタジアムに足を向けたのは、実は線路を隔てた向こうにある「マンゲイラ」に興味があったからです。マンゲイラといえば、こちらはサンバの聖地。カルトーラやネルソン・カヴァキーニョ、ネルソン・サルジェントが活躍した地です。ブラジル音楽ファンとしては触れずに帰りたくないところです。

しかし、ほとんど情報はない。近づいてみればその理由はわかります。赤茶けた丘に点在する黒穴、廃墟のようだが生活臭がある――ファベーラ(スラム)です。ファベーラにはアジア的なスラムとは異なる恐怖が漂っています。ここは、知人もいない外国観光客が潜入できる場所ではありません。知人がいたとしても止められるでしょう。事前にファベーラには近づくなと注意されていたこともあり、未練を残しながらマンゲイラの丘を遠目に見ただけで帰ることにしました。

サンバは貧しい人たちの音楽――頭では理解しているつもりでいても、現実を目の当たりにすると衝撃があります。外国人が軽々しく論ずる問題ではありませんが、文字や映像では紹介されない文化の本質は必ずしも明るい部分だけではありません。一面的な情報をもとにした、訳知り顔の「ファン」は現地の人にとって迷惑になりかねません。光の部分ばかりが強調されると誤解が生じます。私の場合も、文字の知識だけで思い描いていたブラジルとその「素顔」には非常に格差があると感じました。伝えられない影の部分を感じるためにも旅行というのはいいものです。改めて考えてみると、日本の本質についてどれだけ知っているかと問われれば自信がありません。

ぶらぶら帰る道すがら、メトロのプラサオンゼ駅そばのカーニバル会場には、季節がら人の気配もなく、客席だけが無意味にそびえ立っていました。