おそるおそる文楽レビュー

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玉男さんを悼む

関西の友人から訃報を聞き、がっくりしてしまった。
吉田玉男さんの遣う人形がなかったら、私は文楽が好きになっていなかったと思う。「出」一発で役の性根を表してしまうのは衝撃的だった。背骨に雷が落ちたようなショックだった。
もっとも、文楽を観始めたころは何がなんだかわからなかった。なぜわざわざ人形でやるのか?と思ったりした。しかし、玉男さんの遣う人形にだけはやけに惹かれる。吸い込まれる。そのうちに生身の人間がやる歌舞伎より、はるかに観る側の想像力をかき立ててくれる文楽の魅力を知った。もう逃れられない。
「菅原伝授手習鑑」の松王、「一谷嫩軍記」の熊谷といった時代物も印象に残るが、世話物の描き方が私にはより深く刻まれている。「曽根崎心中」の手代徳兵衛、「心中天網島」の紙屋治兵衛…ちょっと弱い上方の男の微妙な心情が背景とともに浮かび上がる。いい味わいだった。
私にとっての玉男さんの最後は昨年の5月、やはり近松の「冥途の飛脚」だった。 その前月の国立文楽劇場の「楠昔噺」どんぶりこの段も忘れられない。
(以下は勝手な想像あり)
ニュースによると9/24死去とのことだが、本当だろうか?「引退」という言葉を出していない玉男さんのことだ、東京公演の楽日まで伏せておくよう言っていたのだと思う。私が観た今月3日目(9/10)の第2部。考えられないようなハプニングが連続した。きっとあの時に悪い話が伝わっていたのだろうと想像する。日記には書いていないが、確かに嫌な予感が漂った。
もう玉男さんの遣う人形が観られないと思うと無性に淋しい。


2006/9/10 国立小劇場・第2部

9/10(日)、国立小劇場。3連投。残るは文楽公演第二部。「仮名手本忠臣蔵」五段目・六段目・七段目。「早野勘平腹切」から「祇園一力茶屋」への有名どころ。
七段目の構成がしっかり。長い段だが、少しも時間を感じない。嶋大夫さん休演で、メインの由良助は千歳大夫さん。酔い姿も性根をさらすところも語り切る。寺岡平右衛門には文字久大夫さんの抜擢。前半、下手での出語りに気合いを感じた。平右衛門になり切り、期待に応えている。おかるには呂勢大夫さん。女形は得意。この3人が並んでの熱演に、中堅・若手層のたくましさ、成長度を感じた。
簑助さん(由良助)は第一部の四段目に続いてここでも見事な品格。一部の隙もない。勘十郎さん(おかる)の物憂い姿での出も印象的。玉也さん(斧九太夫)の悪さはピタリ。文司さん(鷺坂伴内)も第一部に続いておもしろい。玉女さん(平右衛門)も奮闘。九太夫を差し上げての幕切れもダラダラしないでいい。
五・六段目ももちろん楽しんだのだが、たまたま起きたハプニングでやや気勢を殺がれてしまった。紋寿さん(勘平)の臓腑をつかんでの血判は人形浄瑠璃らしいリアルな状況でおもしろい。
「忠臣蔵」のテーマには血のつながりより人間同士の関係が含まれている。通して観ると未だに新しい発見があり、その深さを感じる。


2006/9/9 国立小劇場・第1部

9/9(土)、連日、国立小劇場へ。文楽公演第一部。「仮名手本忠臣蔵」大序・二段目・三段目・四段目。多少のカットはあるが、ほぼ通し。二段目があるのが貴重だ。
四段目「塩谷判官切腹の段」から「城明渡しの段」にかけての緊張感。そして幕切れの余韻。簑助さんが由良助の性根を表すラストシーンが感慨深い。渦巻く三味線、わずか一行を語る太夫。この情景は何物にも変え難い。和生さん(塩谷判官)の所作もいい。紙の音だけになる厳かな切腹。痛さが沁みる反面、不思議な清々しさも漂う。十九大夫さんの低音がしっかりと重く響く。「力弥、力弥」「由良助は」が静かで深い。
三段目で鷺坂伴内を遣う文司さんがおもしろい。これまではあまり見たことがなかったが、道化役が合っているかもしれない。チャリの混ざった段を語る呂勢大夫さん、新大夫さんの技量も上がっている。雰囲気を作る団吾さんの三味線もいい。「殿中刃傷の段」冒頭のオクリを弾く清治さんの音色が何かを予感させる。深い。
(文吾さん休演で高師直は玉也さん。が、9/10には復帰)


2006/9/8 国立小劇場・第3部

9/8(金)は国立小劇場へ。初日の文楽公演第三部。「仮名手本忠臣蔵」八段目・九段目・十一段目。
九段目「山科閑居の段」の住大夫さんに尽きる。冒頭の「引き立て入りにける」だけで、たっぷりの重量感。その表現の深淵・重層はふるえがくるほどだった。他の大夫とどこが違うのかは分からないが、難しい詞章がすんなりと頭に入ってくる。床本も字幕も要らない。ものすごい説得力だ。お石が戸無瀬に対し淡々と、しかしきっぱりという姿がいい。後にしっかりとつながってくる。小浪も若く可憐な中に力弥への固い思いが入っている。
後半の咲大夫さんもストレートに力演。加古川本蔵のシンの強さが活きてくる。錦糸さん、燕三さんの音色比べもおもしろい。情と模様というところか?
「雪転しの段」。地はきれいだが、咲甫大夫さんの由良助はやや小さい。「道行」は三輪大夫さんのツヤのある声が印象的。十一段目。若狭助の登場は私には目新しかったが、山科閑居の余韻で十分。
文雀さん(戸無瀬)の柔らかい動きと立ち姿がごく自然。和生さん(お石)とのやりとりでは一瞬、人形だけが動く状態になった。勘十郎さん(由良助)の目のつぶり方も印象的。


2006/7/22 国立文楽劇場・第2部

大阪遠征。夏休み特別公演は初体験。
7/22(土)、文楽劇場第2部「夏祭浪花鑑」。充実したメンバーで、時間がアッという間に過ぎる。
歌舞伎との比較がおもしろい。
一番に「内本町道具屋の段」が省略されないのがいい。磯之丞が身を隠す経緯、義平次の性悪さ、団七の苦悩…筋がはっきり浮き出ておもしろさが倍増。「長町裏の段」の凄惨な殺しが違って見える。玉女さん(団七九郎兵衛)の心情が直に伝わる。幕切れの団七が格好いい。
「釣船三婦内の段」の切場での住大夫さんの説得力 がすごい。個人的に義太夫を習い始めたことも影響しているが、詞(ことば)の語り分けのうまさには背骨に響くくらいのショック。簑助さん (お辰)が自分の顔に傷を付ける姿も印象的だったが、そこに至るまでに呼吸が段々大きくなっていくのが分かった。その表現の繊細さに感動。
玉也さん(義平次)の生々しい動き、新大夫さんの声量にも成長を感じた。東京を休演した文吾さんが元気に、赤ら顔の釣船三婦を遣っていたことにも安堵。
ピッタリの季節に充実した出し物を現地で観て、最高の贅沢。


2006/5/28 国立小劇場・第2部

5/28(日)は国立小劇場へ。文楽公演第二部はちょうど千穐楽。充実した5月の芝居の中でも最高だった。
「義経千本桜」三段目をすべて。2時間半を一気だが、全然飽きない。それどころか、今まで見落としていた所の意味が分かったりでグイグイ引き込まれていった。クライマックスでは、完全に義太夫も三味線も人形遣いも意識から消え、ただ人形だけが動いていた。幕切れのゴーンという鐘には鳥肌が立った。私の中では過去最高と言ってもいい。
十九大夫さんの語る、いがみの権太の最期がいい。改心のキッカケもよく分かる。その心の動きが悲しい。富助さんの三味線も心情をよく浮き立たせる。この2人はバランスがいい。前半の住大夫さんがきちんと地ならししていることも大きい。切場の冒頭で大和下市の情景がくっきりと浮かび上がる。玉女さん(権太)にもすっかり感情移入させられた。玉也さん(弥左衛門)の含んだ思い、紋豊さん(女房)の地味だが丁寧な表現が印象的。
「生写朝顔話」。「宿屋の段」で嶋大夫さんが女のストレートな情感を語る。簑助さん(深雪)もさまざまな技巧を披露して楽しませる。意外だったのは「大井川の段」。三味線の清志郎さんの入魂。きれいに淡々と弾くタイプだと思っていたが、強い音。気合いを感じた。応える呂勢大夫さんも成長著しい。美しい高音を生かした娘ばかりでなく老けも十分。いい余韻の幕切れとなった。強いて言えば、おもしろいチャリ場のある「嶋田宿笑ひ薬の段」がカットされたのが惜しい。この演目は再度じっくり味わいたい。


2006/5/13 国立小劇場・第1部

「ひらかな盛衰記」は鶴澤燕三さんの襲名披露狂言。この演目を演奏中に倒れた先代の名を継ぐだけに気合いを感じる。女房およしの悲しみは柔らかく、船頭権四郎の怒りは強いバチの連打、立廻りのリズム感と表現も細かい。咲大夫さんも長丁場を迫力で通す。世話の部分の笑いなどには難ありだが、樋口の大きさを示すのはピッタリ。人形では、簑助さん(お筆)の出の表情が素晴らしい。文字どおり生きているような姿だった。勘十郎さん(樋口)の大きさもいい。玉也さん(権四郎)はもう一回り大きな人物でもいい。
「艶姿女舞衣」上塩町酒屋の段。文雀さん(お園)が一人になった時の愁いに引き込まれる。素直に「なんていい娘なんだろう」と感じる。~\未練な私が輪廻ゆえ」と言わせる境遇が悲しい。綱大夫さんの繊細な表現もよく合っている。酒場の情景など、前段の文字久大夫とはきめ細かさに違いがある。宗助さんの三味線の巧み、玉英さん(半兵衛女房)の丁寧さにも印象。
「寿柱立万歳」は三輪大夫さんの唄うような高音が景事にフィットする。おもしろい詞章もあるが、人形だと下品にならない。
「契情倭荘子」蝶の道行は、はかない最期。♪死出の山…も歌舞伎ほどドロドロせずにいい。後半、寛治さんらの三味線の掛合が実にきれいだった。
 


2006/4/16 国立文楽劇場・第1部

国立文楽劇場・第1部へ。「菅原伝授手習鑑」の半通し。
「車曳の段」。冒頭から寛治さんの三味線で雰囲気ができる。簑助さん(桜丸)の遣い方の滑らかさは別格。立役でも玉輝さん(梅王丸)との比較がおもしろい。掛合だと津国大夫さんの時平はやや悪さが出ない。
「茶筅酒の段」。伊達大夫さん好調。料理のチャリ場も楽しい。清友さんの淡々とした音が一層の笑いを生んでいる。玉英さん(春)の地味ながら丁寧な仕事に印象。
「喧嘩の段」。文字久大夫さんの声にすっきり感が出た。
「桜丸切腹の段」。住大夫さんの力に改めて感動する。白太夫の機嫌がいい立ち上がりから幕切れの慟哭までの構成がすごい。「泣くない」「アイ」「泣くない」「アイ」…にはグッとこみ上がってくる。幕切れの鉦が無性に悲しい。
「寺入りの段」。チャリ場に呂勢大夫さんを見ることが多くなった。着実に力を付けている。
「寺子屋の段」。文司さん(武部源蔵)の出はテンポが速く、淡白。足が重大な物思いを表していない。が、千代の嘆きを聞く形はいい。玉女さん(松王丸)のスケールの大きさも活きる。号泣しすぎないところに感銘。途中、綱大夫さんから嶋大夫さんへバトンタッチ。声質が変わるが、不自然さはない。文雀さん(千代)の嘆く姿に魂を揺さぶられる感じがする。「いろは送り」での踊りがきれいであるゆえに、幕切れが余計に悲しい。
 


2006/4/15 国立文楽劇場・第2部

国立文楽劇場第2部へ。
燕三襲名公演で客入りもなかなか。
「ひらかな盛衰記」は、新・燕三さんの三味線が響く。自在性が魅力。咲大夫さんも長丁場を力強くこなす。簔助さん(お筆)は首筋の表現が美しい。ポイントのひとつ、権四郎の喜怒哀楽も玉也さんが奮闘。勘十郎さん(松右衛門)も品が高い。
「勧進帳」はズラリと16人そろった床が大迫力。地方巡回公演より一段上。弁慶は三人出遣い。文吾さんの繊細さが伝わる。十九大夫さんの朗々とした声がよく合う。富助さんの強いバチさばきもいい。
「寿柱立万歳」は幕開き三番叟の豪華版のよう。
 


2006/3/17 地方公演 タワーホール船堀 昼・夜

昼は「新版歌祭文(野崎村)」と「勧進帳」+解説。
地方公演だからといって本公演と変わるところはない。千歳大夫さんも団七さんもいい。ビックリするくらい説得力があったのは伊達大夫休演で代わった咲大夫さん。おみつが活き活きとしている。野崎村の名曲を富助さんで聴く。「勧進帳」は勘十郎さんの富樫の美しい形。呂勢大夫さんの高音もいい。錦糸さんのバチも響く。

夜は「冥途の飛脚」と「鷺娘」+解説。
簑助さん(忠兵衛)の出だけでドキッとしてしまう。そもそも簑助さんが地方公演に出ているのにも驚くが、立役を遣うのも珍しい。定式幕がない緞帳芝居でも雰囲気は変わらない。弱い男の本質を鋭く描いている。スッとまっすぐ立っているだけで感じるものがある。紋寿さん(梅川)と2人きりになった場面、人形に吸い込まれていく瞬間があった。しばし感激。勘十郎さん(八右衛門)の説得力がある。この近松の原作は八右衛門が人格者だ。ゆえに忠兵衛は封印を切ってしまう。その単純でない構成が悩ませる。動揺しながらも女の強さを見せる梅川、結局心中もできない忠兵衛−−分かっていたつもりがまた分からなくなってしまった。何だか意味深い公演だった。


2006/2/26 国立小劇場・第1部

千穐楽の国立小劇場へ。15分前に着いてしっかり幕開き三番叟から。
「御所桜堀川夜討」(弁慶上使)は、十九大夫さんの重厚な語り、富助さんのリズムのいい三味線が心地良い。信夫の最期が悲しく切ない。前段の新大夫さんの語りに母おわさの軽妙な感じが出たらもっと引き立っただろう。
人形では紋寿さん(おわさ)に一番情念を感じた。玉女さん(弁慶)は背中で号泣。メソメソしない。首を討ってから幕切れまでが歌舞伎よりスピーディで良い。
「関取千両幟」はやや軽めかと思いきや、燕二郎さんの見せ場がたっぷり。4月の燕三襲名を控えて技巧を見せる演出だが、個人的には浅葱幕の舞台より人形も相撲を取ってほしかった。燕二郎さんの一人で弾いているとは思えないツヤのある音はそれだけでも十分わかるから。
文雀さん(女房おとわ)の出が別格。奥の暖簾をくぐる際に、かわいらしさの中にシンの強さがわかる。振り返った首筋に色気も薫る。「♪映せば映る顔と顔」にジーンときた。


2006/2/18 国立小劇場・第3部

文楽公演第三部「天網島時雨炬燵」。
すばらしかった。腹に沁みた。治兵衛の妻おさんが出家すると聞いた時には鳥肌が立った。文楽の良さを改めて体感した。
「河庄」では住大夫さん・錦糸さんの表現が鮮やか。太兵衛・善六の軽薄な笑い、内実を知った孫右衛門の泣き笑いと比較がくっきり。意味深さが後々効いてくる。簑二郎さん(善六)の軽さがいい。
「天満屋紙屋内」にドラマ。嶋大夫さんの女形が活きる。簑助さん(おさん)の性根がくっきり。何でこんないい女房をソデにすんねん(思い切り個人の感情)。
切場の後。千歳大夫さんの声が響く。清治さんの三味線はいつもながらグサッとくる。水盃、ロウソク…阿呆の丁稚三五郎のチャリ場がおかしいほど悲しい不思議。一瞬、人形遣いの姿も大夫も三味線も消える世界に入った。残念、バタバタとした音ですぐに戻ってしまったが、幸せな瞬間だった。
道行。和生さんの小春が心も形も美しい。前段が効いてきて、もう誰が遣っていてもどうでもいい(失礼!)。それでも、勘十郎さんの治兵衛のダメ男ぶりにはムッとする(誉め言葉です)。あれで心中せんでどないすんねん、クズ男が!(関西人を悪く言っているのではありません、念のため)。

素直に感情移入できたのはいい芝居だったのに間違いなし。


2006/2/12 国立小劇場・第2部

国立小劇場・文楽公演第二部へ。
今公演の眼目の「曽根崎心中」だが、人形遣いの吉田玉男さんの休演で魅力半減。休演の影響か、最後の道行のみが出遣いとなっていた。主遣いが頭巾をかぶっていると冷静に観られる利点もある。改めて気づいたのは簑助さんの姿勢が決まっていること。微動だにしない立ち方は感動すらした。お初の首(かしら)をややアップライトにした持ち方が色気を出している。玉男さんの代役は勘十郎さん。十分埋めていると思うが、「生玉社前」でも「天満屋」でも徳兵衛の出に衝撃を感じなかった。下手側の席で出がよく見えなかったこともあるが、やはりオーラの出方がちがう。玉輝さん(九平次)の酔態にチンピラ度合を感じた。
寛治さんの三味線の軽やかさ、綱大夫さんの堂に入った「天満屋」、幕切れの余韻と、終わってみれば収穫十分。
「小鍛冶」は、老翁が稲荷明神になってから3人出遣いでの激しい動きがおもしろい。


2005/12/18 国立小劇場・文楽鑑賞教室

12/18(日)は再び国立小劇場へ。鬼一法眼三略巻「五条橋」・新版歌祭文「野崎村」と義太夫・人形の解説(Bプロ)。
2時間余りの短い公演だが、毎回何かしらの発見があったりで、おもしろい。今回も、咲甫大夫さんと清志郎さんの解説に「へぇ」という所があった。
「五条橋」は掛け合い。南都大夫さんの牛若丸は軽く若い感じがしていい。清三郎さんの人形も軽やか。対する勘緑さんの弁慶はやや肩が堅い感。
「野崎村」は、勘十郎さん(おみつ)が大活躍。鑑賞教室ということで少し強めに愛嬌を振りまいていた。玉也さん(文吾さん代演)の久作も味わいがある。反面、お染・久松には心中覚悟の目線を感じなかった。燕二郎さんの三味線は常に正確。一バチ一バチに説得力がある(来年4月には燕三です)。
最後は清二郎さん・龍聿さんの三味線で名曲。一輔さんの船頭の仕種に見せ場がある。
 


2005/12/17 国立小劇場

12/17(土)は国立小劇場の文楽へ。若手主体の「一谷嫩軍記」。
後半、「熊谷桜」から様相一新。和生さん(相模)の品のある出、転ろびならも格を失わない勘十郎さん(藤の局)の出。両者の対峙は何か発するものがあり、ビリビリと感じる。新大夫さんも女の表現は難があるが、ストレートな良さが出る。
「熊谷陣屋」は千歳大夫さんの熱演。が、正直なところ期待したほどではなかった。疲れがあったか、どこかツヤがなく伸びやかさに欠ける。盆が回って引っ込む時、少しだけ未練があるように見えた。対照的に文字久大夫さんはかなり力を出している。義経の高貴さはさすがに難しいが、首実検の緊張感はなかなか。錦糸さんの助力も。玉女さん(熊谷)も最初やや小さく感じたが、制札の見得では相模を踏み付ける迫力。ここでも、藤の局の我が子への思い詰め、これまでの話が大逆転で慟哭する相模の心情が強烈に伝わる。個人的には、有髪の僧の熊谷が相模を伴って出家する文楽の幕切れも好きだ。
前半は、咲甫大夫さんの高い声、清友さんの重みある三味線、簑二郎さん(玉織姫)のしなやかさが印象的。

終演後、麹町方面へ流れて韓国料理をしばし楽しむ。
酔いが早い。
わずかに欠けた満月と冬空のオリオン座が美しい夜。
 


2005/11/6 国立文楽劇場・第1部

11/6(日)は前日に引き続いて国立文楽劇場へ。
第一部は「本朝廿四孝」大序・二段目の前半・三段目。
二段目まで人形遣い全員が頭巾をかぶって黒衣になっているのがおもしろい。誰が誰かを当てるのも楽しいし、出遣いでは見逃しがちなクセを見つけるのも新鮮だ。その中でも、文雀さん(腰元八つ橋)には一段ちがった匂いが漂う。勘十郎さん(直江山城之助)にも品を感じた。清五郎さん(北条氏時)も大きく立派。
三段目の切「勘助住家」は住大夫さん。絶好調。声が休みなくビンビンと伝わってくる。ものすごい説得力。語り分け、心情も明確。改めて、住大夫さんの語りは日本の宝だと感じ入る。
後半の十九大夫さんも勢いを引き継ぐ。富助さんの三味線にドラマチックな音が混じって印象的。
人形では、ここでも文雀さん(お種実は八つ橋)。雪の中に置かれる我が子を思う心情、耐え切れず髪を乱して戸を破る様、感涙する。勘助の母は紋寿さんの代演。玉男さんだったらどう遣っただろうとの一点が心残り。

2日前に京都御所を見た影響か、大序「足利舘大広間」の雰囲気がより実感できた。何事も経験は積むものだ。
また、終演後、展示室でボランティアの方に懇切丁寧な解説を受けた。一人遣いのつめ人形も触らせてもらって、感激。ずいぶん重い。高齢の玉男さんが三人遣い用の人形を高く差し上げるご苦労を想像すると、若干あった心残りもすっかり解消した。


2005/11/5 国立文楽劇場・第2部

大阪文楽遠征。
「本朝廿四孝」の通し狂言。11/5(土)初日は第二部の二段目・四段目を観る。歌舞伎では、もっぱら四段目の切に当たる「十種香」と「奥庭」が上演される。全体がどうつながるかが今回の眼目だ。その狙いどおり、通しで観ると複雑な人間関係が解きほぐされ、新たな発見がある。
「十種香」−−簑作(実は武田勝頼)・濡衣(実は斎藤道三の娘)・長尾謙信(武田との確執は計略)とそれぞれ入り組んだ裏側があるのに、八重垣姫だけは純粋無垢。一途な恋心で勝頼の正体を見破るところが爽やかだ。一度も見たことのない許婚にすがりついたり、一転自害しようとしたりするのも、見取り狂言で観る不自然さがない。ストレートだから救われる。ヲクリの部分で清介さんの三味線が繊細な音を奏でる。
「狐火」になると寛治さんの三味線が実に自然。歌うような呼吸になって気持ちが良くなってくる。最後は、簑助さん・簑二郎さん・簑紫郎さんと出遣いになって豪華。大きく跳ねたり、身を反ったりは人形ならではのファンタジー。狐4匹も出遣い。
呂勢大夫さん健闘のチャリ場「和田別所化性屋敷」の白狐が最後の「狐火」に利いてくる。
やや軽い場だった「謙信館」でも千歳大夫さん・清治さんは丁寧に気を遣っていた。
二段目の「勝頼切腹」はやや重いが、子の取り替えの事情が明確になる。やはり文楽は全体が理詰めだ。すっきりした。

本題とは関係ないが、「花作り箕作」の「花」は菊を指すのだと気づいた。日本人にとって、作る「花」は菊だな、と旅行の各地で鮮やかだった菊を思い出して、爽やかな季節感にひたった。
 


2005/9/23 国立小劇場

9/23(祝)は国立劇場の文楽へ。
「女殺油地獄」の通し上演に大いに感銘。クライマックスの殺し場は太夫も三味線も人形遣いも消え、人形だけが浮き上がる時間帯に遭遇した。完全に気持ちが移入している状態。いい気分だった。与兵衛の殺人にはブルッと震え、思わず目をつぶってしまった。足遣いが実にうまい。
咲大夫さんが語る「豊島屋油店の段」が重厚でいい。親子の情愛が身にこたえる。燕二郎さんの三味線には蚊の音まで聞こえるように思えた。ここまで盛り上がるのも、野崎参りの有様を描く寛治さんの三味線、講中の雰囲気を伝える咲甫大夫さん、河内屋家族の関係・性格を浮き彫りにする千歳大夫さんと清治さんが積み重ねだろう。きちんと結びがつくのもいい。アクロバティックな面が強調されがちな歌舞伎の「女殺油地獄」より考えさせられる芝居だった。
単なる推論だが、強盗殺人犯・与兵衛はどうしようもない悪者ではない気がする。セリフのとおり、その時は真人間になるつもりだったのではないか?人間は意外に振れやすいものだ。心が真っ白になった次の瞬間につまずく。そこで一転、真っ黒な闇に引き込まれていった。これは特殊なことではなく、誰にでもあることのように思う。
「菅原伝授手習鑑」の寺入り・寺子屋の段は期待どおり。
住大夫さんの描く大きな松王、十九大夫さんの表す千代、戸浪の細かな心情。文吾さんの遣う松王丸は咳き込むところがリアル、仮病ではないようだ。寺子の詮議での目線が鋭い。再登場も松の枝など投げ入れないところが自然。泣く場面は、我が子のために流す涙と桜丸のものと2つを明確に分けている。わざわざ「源蔵殿、ご免」などと言わず、長く号泣しないところも気障でなくていい。偽首がバレずに済む場面の源蔵夫婦も辺りきょろきょろくらいで済ましている点も好み。

珍しく長くなってしまったのも濃密な時間をすごした表れだろう。
なお、当初休演と発表された文吾さんは13日ころから復帰されたそうです。

 


2005/9/11 国立小劇場

9/11(日)は国立小劇場の文楽第一部へ。
「芦屋道満大内鑑」。純粋な通しではないが、かなりの部分が上演された。直前に目玉だった吉田玉男さんの休演が発表され、テンションが非常に下がったが終わってみればいい印象が残った。
「保名物狂の段」は、前段「加茂館」があるため非常に意味がよくわかった。実のところ、これまで歌舞伎舞踊の「保名」も安倍保名がなぜはじめから狂っているのかよくつかめなかった。謀略によって恋人が眼前で自害してしまっては、あのようになるのも当然だ。そっくりの妹を見て正気に戻るのもわかる。玉女さん(保名)は非常に丁寧に扱っていたが、変わり方ははっきりしたほうがおもしろかった。嶋大夫さん・清介さんにそれぞれツレがついて厚み。
「葛の葉子別れの段」は、文雀さんの女房葛の葉が狐に戻っていく過程で引き込まれた。首の動きが実に色っぽい。ゾクッとするほど。早替わりもダイナミック。派手な足遣いもある。ジーンときたのは、完全に狐になった後は単純な一人遣いになるのに振り返る姿。妙に悲しかった。綱大夫さんの語りとも合う。前半の文字久大夫さんの声に見ちがえるほどのツヤ。
チャリ場がないと思ったら「信田森二人奴の段」で玉輝さんらがおもしろく見せる。明るい幕切れ。


2005/5/22 国立小劇場

5/22(日)は国立劇場・千秋楽の文楽へ。
大変充実した内容。
「桂川連理柵」は帯屋の段のチャリ場に大笑いする。嶋大夫さんは渋いイメージが強かったが、笑わせる場面もいい。勘十郎さん(儀兵衛)の動きも巧み。文司さん(長吉)との掛け合いもおかしい。奥は千歳大夫さんがしっとりと。清治さんの自然な音もいい。
「伽羅千代萩」は先月の文楽劇場の時とは違い「床下」が付いた。歌舞伎の残像とカブるが、初めてで新鮮だった。「御殿」は住大夫さんの重厚さと簑助さん(政岡)の飯炊きの仕種に思わず引き込まれる。重厚な場面の後、咲大夫さんの語りも気持ちがよかった。


2005/5/7 国立小劇場

5/7(土)は国立劇場の文楽へ。
「近江源氏先陣館」は奥深い物語だ。歌舞伎の「盛綱陣屋」で初めて見た時にはさっぱりわからなかったが、数を重ねるうちに少しずつつかめてきた。これは、登場しない真田幸村が主人公で、幸村の心情を家族や周辺から描いている話。先月、大阪城で歴史の展示物を見学して背景がわかった。上方は家康(北条時政)・信幸(盛綱)より幸村(高綱)びいきなのだ。文楽だとよくわかる。
それにしても、小四郎の切腹は哀しい。扱う一輔さんのきれいな立ち方が印象的。十九大夫さんの語りに感情移入させられる。富助さんの要所を押さえた三味線もいい。
「冥途の飛脚」は玉男さん(忠兵衛)・簑助さん(梅川)のコンビで充実。忠兵衛の上品で弱い性格が悲劇を招くのだが、その実直さがいい。梅川にはそれに疑いなくついていく芯の太さがある。こんな女なら…と思わせる。 簑助さんの扱う女は歩き方が実の人間以上に自然だ。また、文楽では八右衛門が悪役でないところがいい。皆、情に厚いのにすれ違いが起きてしまう哀しさだ。道行最後の三味線の余韻がいつまでも残る。


2005/4/10-11 国立文楽劇場

大阪遠征。
「楠昔噺」は題名のとおり勇ましい楠正成の物語。それが「桃太郎」の話も挿入され、おじいさん・おばあさんの情の深さが入り混じっているところがおもしろい。玉男さん(徳太夫)の心情が浮かび上がるようでいい。清治さん、富助さんの三味線の音色が印象的。
「艶容女舞衣」は文雀さん(お園)の物憂げな出が絶品。文吾さんの遣う宗岸の頭が非常にリアルに見えた。

「伽羅先代萩」は歌舞伎との対比で見るといろいろ発見がある。悪役の八汐が歌舞伎では立役が務めるが、文楽は悪役でも女は女。嫌らしさに重みがある。人形の良さだ。鶴喜代・千松にも品がある。
「傾城反魂香」も歌舞伎との違いがおもしろい。土佐将監は最初は冷たいが、最後に奇跡を起こす展開にびっくり。又平の吃音、おとくの能弁もくどくないところがいい。
「道成寺入相花王」は短いながらもダイナミック。清姫の怨念が伝わってきた。


2005/2/20 国立小劇場

2/20(日)は国立劇場へ。文楽公演の第三部を観る。
「壇浦兜軍記」の「阿古屋琴責の段」。琴・三味線・胡弓の三曲を聴く一幕だと改めて認識する。詮議されながら美しく弾く阿古屋に聞き入ってしまう。歌舞伎では女形が上手に弾き分ける技量に注目してしまうが、文楽ではまず曲がすばらしい。個人的には文楽のほうが好きだ。勘十郎さん(左遣いだが頭巾はかぶらず)の細かい指さばきはとても人形とは思えず、ウットリしてしまう。岩永左衛門(玉輝さん)の無粋で滑稽な動作と秩父庄司重忠(玉女さん)の対比もおもしろい。
「卅三間堂棟由来」は文楽らしい一幕。柳の精が出てきても、不自然どころかおもしろい。柳の大木が切られることになって独り嘆くところは本当に悲しい。また、寛治さんの三味線が軽く、柔らかいところがいい。千歳大夫さんと清治さんでの余韻もいい。文字久大夫さんの声も伸びやかだった。
 


2005/2/12 国立小劇場

2/12(土)は国立劇場の文楽へ。今月は3部構成で、今日は第一部の「源平布引滝」「団子売」。
「九郎助内の段」(歌舞伎の「実盛物語」の部分)の切で、一瞬、人形に引き込まれるような感覚が出る。十九大夫さん・富助さんのバランスがいいためか。自然に物語に入り込める。奥で咲大夫さんをじっくり聞く。迫力の中にも伸ばす音が歌うように響くのが印象的。勘十郎さんの瀬尾とよく合っている。燕二郎さんの三味線も負けない重さがある。
歌舞伎では斎藤実盛だけが格好よく見えるが、文楽だとそうでもない。むしろ、一見悪そうな瀬尾のほうが立派に思えたりする。太郎吉も確かに子供なのだが、子役が演じるより物語性がはっきりしていい。九郎助も、女房も、葵御前もそれぞれいいと思ってしまう。不思議なところだ。
「団子売」は短い一幕だが、曲がきれい。和夫さんが遣う妻・お臼の丸みのある動きが自然でいい。