ツアー記録 

テレマークスキー館


1997323日 長野県菅平・根子岳ツアー

ゲレンデにばかり行くことになった1996−97年シーズンですが、ようやく菅平・根子岳にツアーに行きました。

ルートは、奥ダボス・スキー場のリフト終点〜根子岳山頂の往復です。各地で少雪が伝えられているうえ、東京はすでに桜が咲こうという暖かさ。泥だらけになることを覚悟で臨みましたが、意外なほどいい雪でした。21〜22日あたりに降った雪のためかと思います。

メンバーは、妙高でも一緒だったテレマーカーとの2人。関東地方は雨模様だったようですが、現地は快晴・無風のコンディションでした。

8時半に出発。リフトの終点でシールを装着。雪が少なく、ラッセルにならないので、ペースは快調です。山スキーの人が多い中で、身軽なテレマークでの登りは断然有利です。第一の目標、避難小屋までは1時間ほどで到着。山頂までは2時間ほどでした。

山頂ではすこし風がありましたが、お茶とお菓子で休憩。温かい紅茶ができるはずだったのですが、コンロにパワーが出ません。この時期でも、寒冷地用の燃料は必須です。仕方なく、ぬるいお茶での乾杯となりました。

登頂を果たして、残るは問題の下り。実は昨年、この地で深雪にはまり、靱帯を痛めてしまった苦い経験があります。慎重に下りますが、腰が引けてはかえってバランスを崩してしまいます。雪は、深くもなく、重くもないいい状態なのですが、やはりゲレンデと違い、容易にはいきません。それでも昨年よりは良くなっているようです。

このコースの欠点は、ヘリコプターがゲレンデからスキーヤーを次々に運んでくる点ですが、下から一歩一歩登るのも充実感があっていいものです。今回は天気に恵まれ、大変気持ちよくツアーを終えることができました。

 


1997年5月3〜4日 群馬県尾瀬・至仏山ツアー

シーズンの締めくくりに尾瀬を選びました。「5月の連休にスキーに行く」と言うと、大抵の人に妙な眼で見られますが、尾瀬への道は5月に入ってようやく除雪が完了します。山小屋の営業も5月からになります。今年は雪が少ないそうですが、それでもスキーには十分。「水芭蕉ハイカー」でごった返す夏場と違い、静かな自然に触れられるのも、スキーツアーの大きな魅力といえるでしょう。

早朝から電車・バスを乗り継いで、鳩待峠に到着したのは12時少し前。今回のメンバーは、テレマーカー3人に、今シーズンからアルペンスキーを始めた女性1人という構成です。残念ながら、メンバー的に全員そろってのツアーは難しい。そんな背景もあってベースはバス停そばの鳩待山荘にしました。予約を入れた時には「すいている」という返答でしたが、さすがに人気の地域だけあり、満室相部屋。(尾瀬の山小屋は予約制です。当日来て断られていた人もいたので注意しましょう。)

昼食を取って、13時半ころスタート。時間が遅いので、至仏山登頂は目標とせず、2時間くらいで戻ってくるようなプランをたてました。地面が露出しているようなら、スキーをかついで登るしかありませんが、さいわい雪は下まで残っていたので、即座にシールを貼って歩き始めます。

不思議、登り始めると曇っていた空が晴れ渡ってきました。早々にジャケットを脱いで、ラガーシャツになります。サングラスも必要なくらいの陽差しです。しばらくの間は樹林帯の中を縫うようにして進みます。傾斜はさほどきつくなく、標識も十分あるので安心です。動物の気配はあまり感じられませんでしたが、木々には新芽が出始めており、春の息吹を肌で感じ取ることができます。

下山する人とすれ違いながら、1時間半ほど歩くと、悪沢岳をかすめて小至仏山への稜線に出ました。ここからは樹木がほとんどなく、景色が一望できます。眼下に広がる尾瀬ヶ原はまだ雪化粧、向こう側の燧ヶ岳(ひうちがたけ)南面は山肌が露わになっていました。

オヤマ沢田代を越えたところで3時になったので、これ以上先には進まないことにします。適当な斜面を見つけ、思い思いにシュプールを描きます。春の陽光の下、尾瀬の湿原に飛び込むように滑っていく――こんな至福の時はそうそうありません。

帰りは樹林帯のテクニカルなコースを滑ります。大斜面での爽快感こそありませんが、木の枝をすり抜けていくのもまた一興です。木に衝突しないよう、根元の穴に落ちないように慎重に下ります。苦労して稼いだ高度も30分ほどで終わってしまうと、もったいなく感じますが、ゲレンデでは絶対味わえない楽しさです。こんな無上の享楽を与えてくれる自然に対して、ただただ感謝せずにはいられません。


夜中の雨も通り過ぎ――と思ったのですが、朝食後はどしゃ降り。霧も深く、やる気が失せてしまいました。昨日まったく登っていないのならば少々の無理もしたのでしょうが、雨に濡れたうえに展望もないとなると危険度も増してきます。こんな時に予備日が1日あるといいのですが、今回はその余裕がありません。

検討の結果、潔く撤退。早々にバスに乗り込み、戸倉の温泉につかります。その後はお待ちかねのビール。このパターンに陥ると、行く前よりも体重が増えて帰ってしまうことになるのですが、それもまたいいでしょう。

昼過ぎ、沼田駅まで下りてきたころには、初夏を思わせる快晴。今回は脚を余らせて終わった感はありますが、登頂だけが目的ではないのです。至仏山と山ノ鼻への大滑降は来年に残しておこう――少し未練を残しながら、またもや缶ビールを手にして帰途につくのでありました。


1998年1月17日 岩手県八幡平・茶臼岳ツアー(「ノルハイム」深雪講習会)

「今年こそ」の気合いで臨んだ1997-98年シーズン。無惨に傷ついた板とビンディングを新調し、初めて東北地方に遠征しました。より実戦的な滑りをマスターしようと、澤田啓氏(日本テレマークスキー協会会長)の主催する「ノルハイム ノルディックアドベンチャー」深雪講習への参加を決めました。

講習は1月15〜18日の4日間で、後半の2日はツアー主体。八幡平の深雪にドップリつかろうというメニューです。実のところ個人的には、スキー場からちょっとだけ離れた所に出かけた2日目の講習で、技術的にも体力的にも十分打ちひしがれておりました。しかし、大人数でのツアーは楽しいもの。ましてや好天なのですから気を持ち直して臨むしかありません。

9時15分出発。八幡平スキー場の3本しかないリフトを乗り継いだ地点からスタート。しばらくしてシールを貼り付ける。前々日に新雪があり、ラッセルかなと思っていたら意外にもトレースあり。標識も完備してあり、人も多いので精神的には楽です。ところが油断大敵。小休止の後、シールがベロッとはがれたではないですか――これはピンチ。急きょ、テープで補修(同行の方にもガムテープをもらったりで感謝感謝)。接着剤を足しておいたのですが、やはり1年ぶりだとトラブルが出ます。結果として、写真のとおりスキーは何ともみすぼらしい様相になってしまいました。

幸いその後は貼り付いてくれて、頂上直下の茶臼山荘へ。行動食を取ります。ここまでは2時間あまりで来ましたが、現地の方は「これでも今年は雪が少ない」。これからドカ雪もあるそうですから舐めてはいけません。アイスバーンになった茶臼岳頂上付近をこわごわトラバースして、ようやく下り。

「案外いけるぞ」と思ったのはホンの一瞬でした。深雪にはまると無惨な転倒。これではまだまだですね。前山へは再びシールを付けてすこし上り。うっすら雲がかかってきましたが、景色は最高。風もなく、眼下に広がる白き世界。まさにツアー冥利です。

尾根沿いにアスピーテライン(冬季閉鎖中の道路)へと下りますが、このあたりは湿って重い雪。どうしてもスキーの先端が出てくれずターンになりません。地道に直滑降で進みます(それでも転ぶ)。つづら折りの道路をショートカットしながら下りていき、スキー場には14時すぎに帰還(下りでも時間がかかるのは私が悪いのです)。全身雪まみれですが、実に楽しい1日でした。


その日の夜、また宴会になったのは言うまでもありません。参加者の方々と講習最後の夜をすごしました。あまりに飲み過ぎたのがいけなかったか、翌日の屋ノ棟岳へのツアーはみぞれまじりの吹雪となってしまい、途中で引き返す羽目になりました。それもまたツアーです。

関東からはちょっと遠いですが、すいているスキー場で深雪を満喫できる八幡平。また行ってみようという気になります。


1998年3月22日 長野県菅平・根子岳ツアー

出足こそ気合いで臨んだ1997-98年シーズンですが、2月以降、息切れしてしまいました。せめて毎年行っている根子岳くらいはと決心し、新幹線となった「あさま」に乗ったのでした。

3月21日は曇っていたのでゲレンデで過ごし、晴れ上がった22日に友人と2人で根子岳へと向かいました。汗ばむような陽気からして想像できたとおり、雪はかなり少なく、最終リフトからしばらくは地表が見えるような状態です。頂上のほうは白く見えますが、はたしてどうでしょうか。スキーをかつぐようではしんどいぞと心配しながら9時すぎにスタート。

暖かいうえに無風という条件に恵まれ、1時間ほどで避難小屋へ。小休止をとって、さらに上へ。ここからはやや勾配がきつくなります。しかし、雪の絶対量が少ないので、もぐることはありません。八幡平ではトラブルにあったシールもしっかり貼りついてくれています。登るにつれて多少の風が出てきましたが、寒くはありません。2時間あまりでピークを拝み、3年連続の登頂を達成です。

好天とあって、ずいぶん多くの人が入っているようです。実に30人ほどを数えることができました。やはり山スキー派が多いようですが、テレマーカーも目にします。スノーボーダーの姿もありました。が、スノーシューでの登りは結構きつそうです。

さて、待望の滑りを満喫。と思ったのですが、湿雪でスキー操作が思うようにいきません。深雪でもないのに転倒連発。まったく、自分で情けなくなります。登りは楽勝だと感じていたのですが、実はかなり脚を使っていたことが判明し、最後のほうは太腿がツッた状態に陥る始末です。技術だけでなく、体力の衰えにも愕然とします。

なんとか怪我だけはせずに麓まで下り、すぐさまビールを一杯。しばらくしているうち、一転にわかにかき曇り、突然の猛吹雪。さっきまでは快晴だったのに……山を嘗めてはいけませんね。同時に幸運に感謝しなければ。

時期的にも雪の状態は致し方なかったとはいえ、この程度で疲労困憊ではいけません。新幹線のおかけでより近くなった菅平なのですから、体力増強のためにもまた来年――と、今シーズンも未練を残しつつ、すでに半袖シャツで済む都会へと戻るのでした。


2004年3月14日 長野県菅平・根子岳ツアー

この「ツアー記録」欄に書けるようなツアーをしたのはなんと6年ぶり。同時に根子岳登頂も6年ぶりとなりました。
年のせいもありますが、ツアーに行ける仲間がいなくなっていたのが、ご無沙汰の主因でした。今回は久しぶりにメンバーがそろい、ツアー決行です。
前日のスキー場での滑りには非常に不安を覚えましたが、幸い、快晴・微風の絶好のコンディションに恵まれています。行けるところまでリフトで行き、スキーにシールを貼ります。シールを使うのも6年ぶり−−はたしてくっついてくれるかどうか。おそるおそる登り始めましたが、シールのトラブルはありませんでした。それでも残る腰痛・脚痛。こちらも少ない雪を幸い、あまり負担はありません。
ほぼ中間点の非難小屋が間近に姿を現すまで1時間弱、快調です。以前は雪に埋もれていた非難小屋が丸見えとは−−ずいぶん雪は少ない状態です。
小休止を入れて再び登り。やや太ももに疲れを感じたこともあり、試しに歩き方を変えてみました。腕を振らずに後方にダラリと下げ、前方に倒れこむような姿勢で自然に足を出すようにします。「ナンバ歩き」の応用です。これが不思議。止まろうと思っても止まれないほどグングン進みます。それもすごいピッチで先行者に追いつきます。何だかとても楽なうちに山頂近くまで行けました。最後の狭い場所での急勾配には手を焼きましたが、それでも登り始めて2時間ほど。様々な好条件が重なったこととはいえ、順調な登りでした。
頂上では早めの昼食。ビール一杯が最高。寒い中でも話に花が咲きます。
いよいよ下り。少雪でかなり踏み固められているのでまったく問題なし。スキー場よりよほど簡単です。2時間の登りを思い出すと至福は一瞬ですが、それでもこの快感は堪えられません。あっという間に麓まで。
改めて思います、いやぁスキーツアーっていいものですね。