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一人で文章を読める子どもを育てる物語文の指導

〜2年生「きつねのおきゃくさま」の実践から〜

渋谷 徹

1 問題提起

国語科でめざすべき子どもは「国語の指導を必要としない子ども」である。すなわち、国語科の指導がなくとも自分で読み、自分で書くことができる力を持った子どもである。
新学力観では主体性や自己教育力等を育てることが重視されている。私は国語科でいう主体性や自己教育力が育った子どもとは、上に述べたような子どものことであると考えている。こう考えたとき、従来行われてきた国語科の多くの指導法では次の点が明確にされてこなかった。
4年生で「ごんぎつね」を読んだときに培った読みの力が、5年生で「大造じいさんとがん」を読むときに具体的にどこにどのような形で生かされているのか。

なぜ、明確にならなかったのか。
宇佐美寛氏は言う。

文学作品の読みの指導とは、記号解釈の指導である。その目的は学習者内部のコードを増やしてやることである。これにより、学習者が自力で解釈できる範囲は拡大する。
教材文がある。私は授業者として次のように自問する。
「これは記号である。この文字群の解釈によって、その外側にある何を知るべきなのか。学習者は、今なぜその解釈ができていないのか。頭の中にどんなコードが欠けているのか。そのコードを獲得させるには、どんな方法をとるべきか。」
『国語科授業批判』明治図書223ページ


宇佐美氏に賛成する。「読みの力」とは「記号解釈の力」なのである。
従来の指導法は、記号を解釈するための方法を身につけさせてこなかったのではないか。これが先の点が明確にならなかった最大の理由であると考える。
記号を解釈する方法を身につけ始めた子どもは次のような読みができるようになる。
1場面の「駅長さんはさみしく思っていました。」と4場面の「むねがいっぱいでした。」は対比されている。1年の間に駅長さんの心はうごいている。
駅長さんの心がいちばん大きくうごいたのはどこか。わたしは、「人も馬も、二どとせんちへ行くことがないようにとねがって、駅のひろばにひをたてよう。」のところだと考える。なぜなら、駅長さんはここで「ひをたてよう。」とけついしたからだ。けついしなければ、ひがたって「むねがいっぱいでした。」というのは出てこなかったと考える。
駅長さんが一番しあわせなのはどこか。わたしは「いつまでも空を見上げていました。」のところだと考える。なぜなら、駅長さんが子どものときにせんちへつれていかれて帰ってこなかった馬があき晴れの空に帰ってきたからだ。だから、ここが一番幸せだと考える。

「ふるさとの空に帰った馬」(教育出版2年下)の学習で、駅長さんの心の動きについての自分の考えをまとめたA子のノートから抜粋したものである。A子は1場面の「さみしく」と4場面の「むねがいっぱい」を対比されている語だと解釈し、駅長の心情が変化したことを読み取っている。さらに、何がきっかけでその心情変化が起こったのかも読み取っている。
私が考える「一人で読む力を持った子ども」とは、A子のように記号を解釈し、登場人物の心情を読み取ることができる子どもである。
A子のような子どもはどうしたら育つのか。以下に述べる。

2 研究の内容
物語文は登場人物(主に主人公)の心情変化がテーマとなったものが多い。したがって大抵の場合、登場人物の心情変化を読み取らせることが指導の中心となる。私は子どもたちが登場人物の心情変化を読み取ることができるようにするためには、次の2つの記号解釈の方法を身につけさせることが有効であると考えている。

○対比されている語や文を探させる
○心情の転換点を探させる
上の2つの方法について以下に述べる。

(1) 対比されている語や文を探させる
「対比されている語や文を探させる」という記号解釈の方法は子どもたちに次のことを可能にする。
心情変化のおよその内容(どのように変わったのか)をつかめる。
「さびしかった」←→「楽しかった」のように対比されている語や文を探すことによって、心情がおよそどのように変わったのかをつかむことができるのである。
(2) 心情の転換点を探させる
「心情の転換点を探させる」という記号解釈の方法は子どもたちに次のことを可能にする。
心情の時間的変化をとらえることができる。
「どこで変わったのか」と狭く限定して問うことにより、子どもたちは場面ごとの人物の心情を比較検討することになる。その結果、心情の時間的変化がとらえやすくなるのである。
(3) 従来の方法との違い
従来の指導法でも登場人物の心情変化を読み取らせることはしてきた。では、上記2つの方法は、従来の指導法に比べどこが優れているのか。
子どもたちがどんなことばに着目すればよいのかがわかる。したがって、他の教材文を読む時にも使える。
という点である。
従来の指導法でもことばには着目させてきたが、子どもたちがどんなことばに着目すればよいのかは明確にされてこなかった。
「対比されている語や文を探す」という方法は「対比されている語や文に着目すればよい」という視点を、また「心情の転換点を探す」という方法は、「登場人物の心情が変化しているところに注意して読めばよい」という視点を子どもに与える。このような読みの視点を持つことができた子どもは自分で記号を解釈し、心情変化を読み取ることができるようになる。

3 研究の方法
(1) 研究仮説
ア 物語文において、登場人物の心情が対比されている語や文を探させ、心情の転換点を問うと、子どもたちは記号を解釈し、登場人物の心情変化を読み取ることができるようになる。
イ 心情が対比されている語や文を探し、心情の転換点を探すという記号解釈の方法を身につけた子どもは自分が物語文を読むときにもその方法を用いて読むことができるようになる。

(2) 仮説検証の方法
仮説アについては、「きつねのおきゃくさま」(教育出版2年上)の実践を以下の観点から分析することにより検証を行う。
○「きつねのおきゃくさま」できつねの心情が対比されている語や文を探させることにより、きつねの心情変化に気づかせることができたか。
○きつねの心情の転換点を探させることにより、きつねの心情変化を理解させることができたか。
新しい教科書になって初めて採用された新教材である。先行実践はない。したがって、他の実践と比較検討することはできないが、上の2つの観点から授業を分析することにより仮説検証は可能である。
仮説イについては、今後継続的に子どもの「読み」を見ていくことにより検証する。
以下に、上の2つの観点に対応した授業記録を示す。

4 実践「きつねのおきゃくさま」
(1) 指導計画(全10時間)
一次 物語の概要をつかみ、感想を持つ。(3時間)
○音読
○物語「きつねのおきゃくさま」に対して自分なりの感想を持つ。
○主人公がきつねであることを知り、きつねの行動を追っていこうという構えを持つ。
二次 場面ごとにきつねの心情変化を読み取る。(4時間)
○場面ごとに、きつねの心情の対比を探す。
○場面ごとにきつねの心情の転換点を探し、心情変化を読み取る。
三次 きつねの心情変化をまとめる。(3時間)
○最大の心情の転換点を検討し、きつねの心情変化を読み取る。
(2) 授業の実際
第1時から第3時までで子どもたちは次のことを学習している。

○物語を読むときにはまず、登場人物が誰なのかを調べる。
○登場人物のうち誰が主人公なのかを考える。
○主人公が誰かわかったら、主人公の心の動きに気をつけながら読んでいく。

上のような学習を経て、第4時から心情変化を読み取るための学習に入った。
ア 第4時(1場面のきつねの心情変化を読み取らせた場面)
全員に一度ずつ音読させた後、問うた。
1場面では、きつねの心は変わっていますか、それとも同じですか。

「変わっているという」子どもは3名、「変わっていない」という子どもが26名であった。「きつねの心情が変化している」という事実を読み取れていない子どもが多い。記号を解釈できていないのである。子どもたちの中にどんなコードが欠けているのか。心情を表している語や文に着目できていないのである。そこで、次のように指示を出した。
きつねの心の中を調べるには、いい方法があります。前に「つばめ・ひよこ」で勉強したことです。(子どもたちから「わかった。対比だ。」の声)そうです。対比です。1場面の中できつねの心の中が対比されているところを探してごらんなさい。

「対比されている語や文を探す」という方法については前単元で学習している。ここでその方法を使わせることにより、子どもたちに欠けているコードを獲得させようとしたのである。
子どもたちは、次の3つを1場面の中でのきつねの心情の対比としてあげてきた。
○にやりとわらった→ぼうっとなった。
○太らせてから食べようと→ぼうっとなった。
○「おにいちゃん?やめてくれよ。」→ぼうっとなった。
ここまでわかったところでもう一度尋ねた。
1場面できつねの心は変わっていますか。それとも同じですか。

今度は28名が「変わった」と言う。「変わっていない」と答えた子どもは1名である。見事に逆転した。「対比されている語や文を探す」という記号解釈の方法を示すことで、子どもたちはきつねの心情が対比されている語や文を探し(欠けていたコードを獲得し)、1場面できつねの心情が変化していることに気づいたのである。
ここまでは「変化に気づく」レベルである。「理解した」とは言えない。「なぜ変わったのか」「どのように変わったのか」を読み取らせる必要がある。
そこで、1場面での「きつねの心情の転換点」を問うた。
ほとんどの人たちは変わったというんだね。では聞きますが、1場面できつねの心が変わったのはどこですか。

子どもたちからは2通りの意見が出てきた。
「きつねおにいちゃんってやさしいねえ。」
「やさしい?やめてくれったら、そんなせりふ。」
でも、きつねは、生まれてはじめて「やさしい」なんて言われたので、少しぼうっとなった。
きつねは、ひよこに、それはやさしくたべさせた。そして、ひよこが「やさしいおにいちゃん」と言うと、ぼうっとなった。
心情の転換点を探させたことで、子どもたちはきつねの心情変化のきっかけである「やさしい」という語に着目してきた。新たなコードの獲得である。
続いてそれぞれの考えの根拠が発表される。
「『それはやさしくたべさせた。』のところだと思います。なぜなら、最初はがぶりとやろうと思っていたのに、最後はやさしく食べさせているからです。」
反論がされる。
「でも、『生まれてはじめて「やさしい」と言われてぼうっとなったのだから、言われたときだと思います。』
それぞれが自分の根拠を主張しあいなかなかまとまらないでいたところへ、ある子どもが次のように発言した。
「どちらもまちがっていないと思います。なぜなら、どちらも『やさしい』と言われてぼうっとなったからです。どっちもいいと思います。」
これは全員の賛成を得た。しかし、ここで安定させるわけにはいかない。まだ子どもたちに解釈できていない記号があるからである。揺さぶった。
どちらがいっぱいぼうっとしているのですか。

ここで、「あっ」いう声が聞こえた。一方は「少しぼうっとなった。」と書いてあるのに対し、もう一方は、「ぼうっとなった。」と書いてあるからである。この2つを比較させることできつねの心情変化が理解できてくる。
「少し」という記号に着目させることにより、子どもたちはきつねの心はだんだんと変わってきたのだということに気づいてきた。
私はさらに揺さぶる。
みんなは、ひよこをがぶりとやろうと思っていたきつねの心が変わってきたと言いましたが、1場面の最後ではもう食べようとは思わなくなったのですね。

子どもたちは、「ちがう。まだ食べようと思っている。」と答えた。1場面でのきつねの心情は、「まだ食べようという心はあるけれど、ひよこが言った「やさしい」ということばでだんだん変わってきた。」ということになる。
心情が対比されている語や文、そして心情の転換点を探すことによって子どもたちは記号を解釈し、1場面のきつねの心情変化を読み取ることができたわけである。
この後、4時間を使い、同様な方法で3場面までのきつねの心情の読み取りを行った。記号解釈の結果、子どもたちがまとめてきたきつねの心情は次の通りである。
1場面 ひよこが言った「やさしいおにいちゃん」ということばでだんだん変わってきた。でも、まだ食べようという心はある。
2場面 ひよことあひるが言った「親切なおにいちゃん」ということばでだんだん変わってきた。でも、まだ食べようという心はある。
3場面 ひよことあひるとうさぎが言った「かみさまみたいなおにいちゃん」ということばでだんだん変わってきた。でも、まだ食べようという心はある。
ここまで学習したところで、クライマックスである4場面の学習に入った。

イ 第8時(4場面でのきつねの心情変化を読み取らせた場面)
さて、4場面である。きつねがおおかみと戦った場面、この物語のクライマックスだ。子どもたちは3場面までのきつねはまだ食べようという心があるということは読み取ってきている。4場面を読むに当たっての子どもたちの問題意識はただ1点、
4場面のきつねはまだ「食べよう」と思っているのか、もう「食べない」という心に変わったのか。

ということである。読みの視点を「心情の転換点」においてきたことによって生まれた問題意識である。
「もう食べようとは思っていない」と言う子どもが28名、「まだ食べようと思っている」と言う子どもが1名であった。理由はそれぞれ次の通りである。
〈もう食べようとは思っていない〉
○「〜も太ってきたぜ」ともう書いていないから。
○食べようと思っているなら、おおかみと一緒に食べちゃうだろう。
○「じつに、じつに、いさましかったぜ。」というのは、「まもろう」と思ったからだろう。
○「きつねはとび出した。」のは、「まもろう」と思ったからだろう。
○「はずかしそうにわらってしんだ。」は、「まもろう」と思っていたからだろう。
〈まだ食べようと思っている〉
○せっかく太らせたひよこたちをおおかみにとられたくなかったから、戦ったのだろう。
○「ゆうきがりんりんとわいた。」のは、おおかみに勝てると思ったからだろう。
読みの対立点がだんだんはっきりしてきた。そこで、「心情の転換点を」問うた。
「食べようという心はもうない」と言った人たちに聞きますが、3場面までは「食べよう」と思っていたんですよね。では、食べようという心がなくなったのはどこなのですか。
「食べようという心はもうない」と言った子どもたちは次の3箇所をあげてきた。
○「いや、まだいるぞ。きつねがいるぞ。」
○きつねはとび出した。
○ある日、くろくも山のおおかみが下りてきたとさ。
いずれも4場面の中の文である。4場面のおおかみの登場によって変わったのだという読みだ。
N男は「いや、まだいるぞ。きつねがいるぞ。」で変わったのだろうという意見を出し、それに賛成してK男が、「きつねは、ひよこたちを守ろうと思ったからそう言ったのだろう。」と発言した。
ここで子どもたちは次のことを問題としてきた。
「いや、まだいるぞ。きつねがいるぞ。」と言ったのはおおかみなのか、きつねなのか。

先のN 男の意見に対し、ほとんど子どもは「これはおおかみの言葉だ」と言う。「きつねが自分のことをきつねと言うはずがない。」「きつねはひよこを守ろうとしたのではなく、おおかみにとられたくなかったのだ。」というのである。
この記号の解釈が異なっているために、4場面のきつねが「まだ食べようと思っている」という考えと、「もう食べようとは思っていない」という考えが対立しているのだ。しかし、これは子どもたちの話し合いで解決することが難しかった。そこで、別の記号を解釈させることによって解決を図ることにした。先の子どもの意見を受けて次のように尋ねたのである。
4場面できつねがおおかみと戦ったのは、「ひよこたちを守ろうとした」からなのか、それとも「ひよこたちをおおかみにとられたくなかった」からなのか。

4場面できつねがおおかみと戦ったのは、「ひよこたちを守ろうとした」からなのか、それとも「ひよこたちをおおかみにとられたくなかった」からなのか。
混沌としてきた子どもたちの思考も、この問題に絞って考えさせれば、論点がはっきりし、きつねの心情についてもわかってくるだろう。そして、「いや、まだいるぞ。きつねがいるぞ。」は誰が言ったのかについての考えも収束してくるだろう。
子どもたちの話し合いの様子を書く。まずは、「守るため」派の考えである。
「58ページの最後に『じつに、じつにいさましかったぜ。』と書いてあります。これは、きつねがひよこたちを守ろうとしたからだと思います。」
「3場面までは、『〜もまるまる太ってきたぜ。』と書いてあるけれど、4場面にはもう書いていない。だから、もうひよこたちを食べようとは思っていないと思います。」
「6場面に『きつねは、はずかしそうにわらってしんだ。』と書いてあります。死んでしまったら、ひよこたちを食べられないから、4場面ではもう『食べよう』という心はなくなっていると思います。」
続いて「おおかみにとられたくない」派が主張する。
「『じつに、じつに、いさましかったぜ。』を『守ろう』と思ったからだと言うけど、これは、『おおかみをやっつけてひよこたちを食べよう』と思ったからだと思います。」
「『はずかしそうにわらってしんだ。』のは、ひよこたちを食べたくても食べられなかったからだと思います。」
「とられたくない」側でがんばっていたK美が考えを変えた。
「7場面で、『せかい一やさしい、親切な、かみさまみたいな、そのうえゆうかんなきつねのためになみだをながしたとさ。』と書いてあるから、やっぱり『守ろう』としたんだと思う。」
A子も続く。
「3場面までで、ひよこやあひるやうさぎが言った『やさしいおにいちゃん』『親切なおにいちゃん』『かみさまみたいなおにいちゃん』ということばできつねの心が変わってきたから、自分の心を変えてくれたひよこたちを守ろうとしたんだと思います。」

子どもたちは、最終的に次のような結論を出した。
「この物語の話者はきつねの心がぜんぶわかっている。その話者が『せかい一やさしい、親切な、かみさまみたいな、そのうえゆうかんなきつね』と言っているのだから、きつねはひよこたちを守ろうとして戦ったのだろう。」
『せかい一やさしい、親切な、かみさまみたいな、そのうえゆうかんなきつね』という記号をすでに学習している「話者の視点」というコードを用いて解釈したのである。その結果、この時間の最後には、「守ろうとしたから」という子供が27名、「とられたくないから」という子が2名になった。より望ましい読み取りができるようになったと言える。
この場面は3場面までのように対比されている語や文が見あたらない。このことが子どもたちが迷った一番の原因であろう。しかし、だからこそ「心情の転換点」に対する子どもたちの読みに対立が生まれ、きつねの心情変化を読み取ることができたのだと考える。

(3) その後の子どもたちの読み
「問題提起」の項に「ふるさとの空に帰った馬」の学習でA子が書いた文を示した。あの文はここまで述べてきた「きつねのおきゃくさま」の学習で記号解釈の方法を学んだ子どもが他の物語を読むとき、どうなってきたかを示すものである。
1場面と4場面から駅長さんの心情が対比されている語や文を探し、さらに駅長さんの心情の転換点を探している。「きつねのおきゃくさま」で学んだ方法を使って記号を解釈しているのである。その結果、駅長さんの心情を読み取ることができている。

5 結論
(1) 研究の成果
これまで述べてきた指導の結果、A子は記号解釈の方法を使って読めるようになってきた。「対比されている語や文を探す」「心情の転換点を探す」という2つの方法が有効に働いたからである。次の3点においてである。
ア 「対比されている語や文を探させた」ことにより、子どもたちに欠けていたコードを獲得させることができ、その結果子どもたちはきつねの心情が変化していることに気づくことができた。(第4時1場面の学習)
イ 「心情の転換点を探させた」ことにより、子どもたちの読みの対立点が明確になった。1つの記号に対し異なった解釈が生まれたということである。(第8時4場面の学習)
ウ イで生まれた記号解釈の対立点から話し合い活動が始まり、この話し合い活動によって新しい記号解釈をさせることができた。その結果、子どもたちのきつねの心情変化に対する読み取りを望ましい方向に変えることができた。(第8時4場面の学習)
上記3点から仮説アは大筋で支持されたと判断する。「対比されている語や文を探させる」「心情の転換点を探させる」という2つの方法は記号解釈を通して、登場人物の心情変化を理解させるために有効に機能したのである。
(2) 今後の課題
仮説イに対応して、次の課題が残されている。
○子どもたちが他の物語文を読むときにもこの方法を使うことができるか。
○使うことができたなら、この方法が他の物語でも有効か。
先に示した「ふるさとの空に帰った馬」の学習でのA子のノートを読むと、少しずつ記号解釈の方法が身につき始めているようである。しかし、1単元や2単元で方法は完全に身につくものではない。仮説イについては今後の子どもたちの読みを継続的に見ていかなければならない。
また、次の課題もある。
○本稿で提案した2つの方法だけでは読み取ることができない物語文はどうするのか。
そのような物語もある。現在の私は「対比されている語や文を探させる」「心情の転換点を探させる」という2つの方法に「ことばが象徴するものを考えさせる」方法を加えることで解決できるのではないかと考えている。「ことばが象徴するもの」については高学年の子どもたちに実践したことはあるが、低学年の子どもを対象に実践したことはまだない。低学年には無理な方法であるかもしれない。「一人で読む力を持った子ども」を育てることをめざし、今後の実践を通して検証していきたい課題である。