●第4時(視点を検討する)

前の時間は『題』の検討をしました。この時間は物語の『視点』について学習します。非常に高度な、そしておもしろい話し合いとなりました。次がその時の様子です。
子供たちに問います。

この物語の視点は何ですか。

子供たちはすでに物語の視点には次の4つがあることを知っています。

@一人称視点
自分自身の視点で書かれた文章。『わたしは〜』『ぼくは〜』のような日記のような文章はこれです。
A三人称全知視点
三人称の視点で書かれた文章だが、登場人物の心の中がすべて見えている場合。『彼はうれしかった。彼女もうれしかった。』というような文章。
B三人称限定視点
三人称の視点で書かれたおり、ある限定された登場人物の心の中だけが見えているような文章。『彼はうれしかった。彼女もうれしそうだった。』というような文章。
B三人称客観視点
三人称の視点で書かれており、どの登場人物の心の中も見えていない文章。『彼はうれしそうだった。彼女もうれしそうだった。』

『やまなし』の視点について、子供たちの意見は3つに分かれました。
A 一人称視点(3名)
B 三人称限定視点(5名)
C 三人称客観視点(25名)

君たちの考えは3つに分かれていますが、まず一人称視点なのか、三人称視点なのかを明らかにします。どちらなのですか。

松井君が発言します。
「ぼくは一人称視点だと思います。この物語の最後に『私の幻灯は、これでおしまいであります。』と書かれています。『私は〜』というのは一人称視点です。」

すぐに翔君が反論します。
「松井君が言ったところは『後書き』です。物語の視点は違うと思います。金曜ロードショーを例にします。最初と最後に解説する人が出てきますよね。物語のはじめの『小さな谷川の底を写した、二枚の青い幻灯です。』と物語の最後の『私の幻灯は、これでおしまいであります。』というのは金曜ロードショーの解説と同じことなんじゃないですか。」

この翔君の意見は大勢の賛同を得ました。松井君も粘ったものの、「三人称視点である」ことを認めました。

では、『三人称限定視点』『三人称客観視点』のどちらなのでしょう。

先ほどの人数とは変わり、『限定視点である』と考えているのは千紘さん一人だけで、残り全員は『客観視点である』と言います。
千紘さんが発言します。
「13ページの1行目に『かにの子供らは、あんまり月が明るく水がきれいなので、ねむらないで外に出て、しばらくだまってあわをはいて天井の方を見ていました。』と書いてあります。これは話者にかにの子供らの心の中が見えているからだと思います。」
これが理解できない子供も少々いましたので、私が解説を加えました。

かにの子供らは→主語
あんまり月が明るく水がきれいなので→行動の理由
しばらくだまってあわをはいて天井の方を見ていました。→行動

行動自体は心の中が見えていなくてもわかりますよね。でも、なぜそうしたのかという行動の理由は、心の中が見えていなくては分からないはずだというのが千紘さんの考えなのです。

この考えは理解はされましたが、賛同はされません。反論が出されます。
「『月が明るく水がきれい』というのは、かにの心の中が分からなくても話者自身にも分かっていることです。これは、かにの心の中を話者が想像して書いただけなんじゃないですか。」
雅美さんが続きます。
「もし『限定視点』なら、『月が明るく水がきれいだったから』と書かれているんじゃないですか。」
千紘さんに賛同した妙子さんがこれに反論します。
「『〜から』と書かれていても『〜ので』と書かれていても同じことなんじゃないですか。」
「ちょっと考えてみます。」
雅美さんはこう言って、辞書を調べ始めました。
しばらく沈黙が続きます。私も黙っていました。
雅美さんが手を挙げ、もう一度発言しました。
「『ので』を辞書で引いてみたら、『から』に比べて、客観的な場合に使われると書いてありました。『ので』と『から』というのは違うと思います。やっぱり『客観視点』だと思います。」
これは非常に説得力があります。辞書が根拠になっているのですから。教室に備えてある、『言泉』を引き始める子供もいました。
ちなみに三省堂の『大辞林』には次のように書かれています。

因果関係で結ばれる二つの事柄が、一般的に言って明らかな事実であるような場合に、その原因・理由・根拠などを表すのに用いる。
〔理由・原因を表す接続助詞「から」との相違について。「ので」は因果関係が客観的事実に基づいているような場合に用いられるのに対し、「から」は、推量・禁止・命令・質問など、話し手の主観に基づくような場合に用いられる。一般に、「ので」は、「から」に比べて、条件としての独立性が弱い場合に用いられる〕

『限定視点』を支持する3名の子供たちも考え込んでしまいました。私も考え込んでしまいました。
ただ、子供たちはもう一つ大切な一文を読み落としています。次の時間はそこを問題にするつもりです。さて、その一文、見つけられるかな。

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