NO.44 [2001/2/23]

学級通信

 今のところ、本サイトのメインコンテンツは『学級通信』である。その内容や書き方について、何名かの方から掲示板やメールで質問をいただいた。そこで、学級通信について少し考えてみることにする。
 
 新採用の頃から学級通信を書き続けている。学生の頃に読んだ向山洋一氏の学級通信にあこがれてのことである。
「こんな読み応えのある学級通信があるのか・・・」
と学生の身ながら、カルチャーショックだった。
 しかし、新採用1年目、2年目共に発行号数は年間30号ほどしか発行できなかった。書く意欲を失ったのではない。書こうにも書けなかったのだ。なぜか。文章化して保護者に公開するほどの教育活動ができなかったからだ(今だって大差ない?)。私の力量はあまりにも低かった。
 3年目。号数はわずかに伸びて50号ほど(この年の途中からワープロを使い始めた)。新採用の3年間でようやく通算100号を越えるという体たらくである。
 翌年、勤務校が変わった。いきなりの6年生担任。この年に発行した学級通信は200号。なんと、過去3年間の通算号数の2倍である。なぜ、そんなにまで号数が伸びたのか。
 かつて、向山洋一氏は
「成長は努力に比例してはあらわれない。努力が100を越えたとき、加速度的に訪れるのだ。」
という意のことを述べた。もしかしたら、このときの私もそうだったのかもしれない。
 ただ、この年200号を書き続けることができたのにはもう二つ理由がある。
 一つは、刺激し合える仲間がいたということである。私と一緒に赴任した同期採用のK教諭。彼は私と違い、新採用の時代からバリバリと学級通信を発行していた。そんなK教諭に刺激を受けたからこそ、200号の通信を書き続けることができたのだ(残念ながら、この年以外に200号を越えた年はない。その後はほぼ100号ペースである)。
 もう一つは、周りの先輩方が温かく見守ってくれたということである。管理職に学級通信の発行を禁止されたり、同学年の先生に嫌みを言われたりという話は当時よく耳にした。しかし、私の周りに、そのような度量の小さい人は一人もいなかった。逆に、励ましてくださったり、適切な指導してくださったりする方ばかりであった。若い未熟な教師の足を引っ張るような人はただの一人もいなかったのである。これは、実に幸せなことであった。