NO.46 [2001/2/25]

学級通信(その3)

 授業の記録を学級通信に書く。これは授業を文章によって再現する営みである。
 かつて向山洋一氏は言った。

プロは再現する力量をもっている

 プロ野球の解説者は選手のプレーを細分化し、私たち素人が分かるように言葉によって再現してくれる。また、将棋のプロ棋士に至っては対局を最初から最後まで盤上に再現することができる。将棋の神様と言われた大山康晴氏は、

自分の指した将棋をすべて覚えているようでないと、プロの棋士にはなれない

と言ったという。
 将棋を授業に、棋士を教師に置き換えてみよう。

自分のした授業をすべて覚えているようでないと、プロの教師にはなれない

 私はどうか。とてもではないが、プロの教師とは言えない。しかし、この境地を目指す営みが授業記録を書くということなのだ。
 私の発問に対し、子供たちは何通りの考えを発表したか。それぞれの人数分布はどのようであったか。どの子がどのような考えを発言し、それに対して他の子の考えはどのようであったのか・・・。
 このようなことを一つ一つ思い出しながら、文章に書いていく。すると、
「あぁ、あのときはこう問い返せばよかったな」
「あの意見をもっと時間をかけて扱えばよかった・・・」
等と、授業の反省点も見えてくる。

 ところで、再現しやすい授業、再現しにくい授業というのがある。
 プロ棋士、谷川浩司氏は言う。

 将棋の平均手数は百十手前後だが、プロは知識があるし、指し手にはそれなりの必然性があるので、一局のうちのポイントを五カ所ほど覚えておけば、その前後は自然に指し手が浮かんでくる。(中略)それから、失礼ながらアマチュアの方の将棋は途中で意味のわからない手が出てくるので覚えにくい。(『集中力』 谷川浩司著 角川書店)

 授業にも同じことが言える。行き当たりばったりのデタラメな授業は再現することが難しい。骨格となる発問・指示がしっかりしている授業は比較的に容易に細部まで思い出すことができるのだ。
 
 最近はデジカメという便利な手段があるので、板書をパチリと撮ってしまえば、黒板に書かれた子供たちの意見や人数分布などがアッという間に記録できる。私も活用しているが、あくまで補助的に使うようにしている。デジカメに頼ってしまうと、授業を再現する力量が衰えていってしまうように思えるからだ。しかし、ICボイスレコーダーは導入してみようかなぁ・・・。