自学は必要か

先日は、お忙しいところ学習参観、そして学年懇談会にご出席いただきましてありがとうございました。
懇談会では時間の制約もあり、言葉足らずの点が多々ありました。「自学」についてのご質問も出ましたので、懇談会の折に話せなかった点について補足させていただきます。

さて、子どもたちは学校で毎日勉強しています。家に帰ってまで家庭学習などする必要が本当にあるのでしょうか。
結論から述べます。わたしは家庭学習は必要であると考えています。
「わかること」と「できること」とは違うということが第一の理由です。
例えば「自転車に乗る」ということを考えてください。自転車の乗り方についてすばらしい話を聞いたとします。子どもたちは自転車の乗り方が「わかる」ようにはなるかもしれませんが、「乗れる」ようにはなりません。乗れるようになるためには、乗り方がわかっただけではだめなのです。何回も転びながら、自分で練習しなければ、けっして自転車に乗れるようにはなりません。
それと同じで、どんなにわり算の計算の仕方がよくわかっても、自分でわり算ができるということはまた別なことなのです。教師の説明を聞いても、友達が解いているのを見ていても、決してわり算ができるようにはなりません。「できる」ようになるためには、自分で練習しなければならないのです。
「漢字が書ける」「計算ができる」「文章題が解ける」「作文が書ける」「文章が読める」
これらはすべて「技能」です。およそ技能と呼ばれるものはすべて「習熟」の段階を経て身につきます。「理解」するだけではだめなのです。むろん、学校でも習熟させるための時間はとっています。しかし、すべての子どもが完全に習熟するだけの時間はとることができません。ひとりひとり個人差があるからです。
第二の理由は、机に向かう習慣をつけるということです。
先に技能を習得するためには「習熟」が必要であると書きましたが、学年が進み学習内容が高度になるにしたがって習熟に必要な時間は多くなってきます。
中学生に必要な家庭学習の時間は「学年+1時間」だと言われています。かなり長時間の家庭学習が要求されるわけです。
マラソンを例にとります。普段何も走っていない人間が、「今日から毎日10kmずつ走りなさい。」と言われて10km走れるでしょうか。まず無理です。最初は1km、そして3km、やがて5kmと少しずつ距離を伸ばしていき、やっと毎日10kmが走れるようになるのです。
小学校のときにまったく学習していなかった子どもに、中学校に入って「今日から2時間学習しなさい。」と言ってもできるわけがないのです。
習慣というものは毎日の地道な継続によってのみ身につくものなのです。
では、4年生の子どもはいったい、どのくらいの家庭学習をしたらよいのでしょうか。
小学生に望まれる家庭学習の時間は「学年×10分間」だと言われています。4年生なら40分間です。今の子どもたちにとってはかなり長い時間に感じるかもしれません。しかし、40分間まるまる漢字や計算に当てるということではありません。20分ほどを宿題や自学に当て、残りの20分を読書や日記を書く時間に使ってもいいわけです。要は決まった時間に決まった場所で机に向かうという習慣をつけることなのです。
次の文章をお読みください。

いかなる学習にとっても、大切なことは二点である。
第一は『ていねいさ』である。第二は『持続性』である。
これ以外の条件は、「例えば知能が少々良いというようなこと」は、どうでもいいことである。
強いて言えば、他人の忠告を受け入れる『素直さ』があった方がいいが、上記の二条件を満たす子は、ほとんど『素直』であるからそれを入れることもない。
これらを育てるためには、腰を据えてかかって数年は必要である。そして小学校高学年はほとんど最後のチャンスである。

「努力の持続性は過去100日間の日記を書いた日数で表される。(一日ぬいたら−1とし、手をぬいた時、病気の時は−0.5とする)努力係数が90/100をこえれば、極めて優秀であり、60/100を下れば要注意である。」(『家庭教育の指針』向山洋一著 明治図書)

上の「日記」を「自学」に置き換えれば、このクラスにも当てはめることができます。子供たちの努力係数はいかほどでしょうか。
まずは、机の前に座る習慣を身に付けることです。
次号では、「自学」の具体的な内容について述べたいと思います。