基礎・基本

「分数のできない大学生」
ちょっと前に騒がれた本であり、また学力低下論の象徴ともなった話題であります。
異分母分数のたし算・ひき算。これは実は5年生の学習内容です。ここが分からなくなってしまう子供たちがかなりの数に上るということでしょう。私も中学校の数学教師から何度も言われました。
「小学校では、せめて分数計算くらいできるようにしてください」

今、算数では「整数の性質」という学習をしています。この学習でキーワードとなるのは、例えば次のような言葉です。

偶数、奇数、倍数、公倍数、最小公倍数、約数、公約数、最大公約数・・・

先に書いた異分母分数の計算をする上で、基本となる概念を学習しているわけです。これは重要です。

ところで、夏休み中に、ある算数の研究会に参加してきました。この研究会のテーマに次のような言葉がありました。

「基礎・基本を育成する」「基礎・基本を伸ばす」

私はパネルディスカッションのパネラーとして参加したのですが、上の言葉に違和感を覚えました。そして、次のような発言をしました。

みなさんが研究テーマに「基礎・基本」を掲げていらっしゃることに強く賛同いたします。
しかしです。私はこの研究テーマに違和感を覚えるのです。どこに違和感を覚えるのかと申しますと「育成」という言葉にです。果たして「基礎・基本」は「育成」するものなのでしょうか。「伸ばす」ものなのでしょうか。
ここら辺に違和感を覚えまして、「教育課程審議会答申」「学習指導要領」「学習指導要領解説」の三つを読み直してみました。この三つの中で「基礎・基本」の後に続く言葉として使われておりますのは「育成」や「伸ばす」という語ではありません。「身に付ける」「習得」「徹底」という語であります。

「育成する」「伸ばす」という語には「子供たちが本来もっている力を引き出し、より高める」というニュアンスがあります。
一方、「身に付けさせる」「習得させる」「徹底する」という語からは「上からの教え込み」という悪しきイメージが連想されます。
しかしです。教育には両面があるのであり、どちらか一方が否定されるべきものではありません。バランスの問題なのです。
思考力・判断力・表現力といった力は「育成」し、「伸ば」していくものだと思います。しかし、基礎・基本はやはり「身に付けさせ」「習得させ」「徹底する」ものだと思うのです。
例えば、「かけ算九九」は算数の基礎・基本です。「かけ算九九」は育成するものでもなければ伸ばすものでもありません。身に付けさせ、習得させ、徹底するものなのです。

偶数、奇数、倍数、公倍数、最小公倍数、約数、公約数、最大公約数・・・

身に付けさせたいと思っています。習得させたいと思っています。そして、徹底したいと思っています。
そのために大切なことは何か。それは、

間違えた問題・分からなかった問題をやり直す

ということです。
子供たちは、教科書・計算スキル等で問題を解きます。その後、子供たちはどうするか。多くの子供たちはやった問題に○×をつけます。そして、そこで終わってしまうのです。
しかし、これは勉強したことにはなりません。これだけでは「出きる問題とできない問題がはっきりした」だけだからです。大切なのはここからなのです。再度書きます。

間違えた問題・分からなかった問題をやり直す

これが決定的に重要なのです。我がクラスでは、次のようなルールになっています。

・できなかった問題にチェックマークを入れる
・再度やり直し、できたらチェックマークを○で囲み、またできなかったらもう一つチェックマークを入れる。
・チェックマークが全て○で囲まれるまでやり直す

時々で結構です。お子さんの教科書に記されたチェックマークを覗いてみてください。