敬語(その2)

NO.169で「敬語」の学習について書きました。
作家の村上龍氏は著書『eメールの達人になる(集英社新書)』の中で、敬語について次のように述べています。

日本語の特徴とは何だろうか。
明らかな特徴のひとつは、相手との関係で、使う言葉が恐ろしく多様に変化するところにある。

確かにそうですね。一人称の言い方ひとつとっても「ぼく」「わたし」「わたくし」「おれ」「おいら」「わし」と多様に変化します。そして、相手によってこれらの一人称を使い分けるわけです。英語だったら「I(アイ)」だけですよね。日本語は、なぜこれほど複雑なのでしょうか。村上氏は続けます。

同質の人だけで、つまり閉鎖的な共同体の中だけで使われていくと、必ず言語は洗練されていく。異なる民族、異なる文化とのコミュニケーションでは、言語が洗練する時間的余裕がない。
日本語の洗練の象徴が敬語だ。これだけ複雑な敬語がある国は他にはないのではないか。

なるほど、(氏によれば)敬語は「日本語の洗練の象徴」だったのです。ただ、やはりその使い方を身につけるのは一朝一夕にはいきません。

だが、例えば最近定着した言葉で、「○○させていただきます」という言い方がある。「○○させていただきます」が、これだけひんぱんに使われ出し、ほとんど主流になったのはたぶんここ20年のことだろう。パーティや授賞式などの司会者は、高度成長の終わりごろまでは、「司会を担当します村上です」と言っていた。ところがいまは必ず「司会を担当させていただきます村上です」と言う。

実は、「させていただきます」という言い方は、単純に相手に敬意を払い、へりくだっているわけではない。「わたしはこの仕事を自分から望んでやるわけではありません。誰かの命令を受けて、あるいは許可をもらってやらせていただくのです。だから自分には責任はありません」というニュアンスの方が強い。
なぜそのような表現が定着してしまったのか。
それは、いまだに日本社会では、責任の所在がはっきりしないコミュニケーションの方が好まれるからだ。

ということは、
「5年生を担任させていただいております渋谷と申します。」
などという自己紹介は、このクラスを担任している責任を回避していることになってしまいます。う〜ん、気を付けなければ。
「5年生を担任しております渋谷です。」
これで十分ということですね。

とここまで書いて、昔読んだ板坂元氏の本に書かれていたことをふと思い出しました。「とんでもない」という言い方についてです。この言い方を敬語にするとどうなるのかということです。

A とんでもございません
B とんでもないです
C とんでもないことでございます

みなさんは、どれが正解だと思いますか。
答えはCなのです。
「とんでもない」で一つの成句ですから、「ない」だけを勝手に「ございません」としているAは誤り。
「です」の常体は「だ」です。するとBを常体に直すと「とんでもないだ」というおかしな日本語になってしまいます。したがってBも誤り。
一見「ちょっと、丁寧すぎるんじゃない?」と思われるCが正解ということになります。
う〜ん、やっぱり敬語は難しい・・・。

ところで、NO.169の学習の後、子供たちに次の宿題を出しました。「下表の空欄を埋めよ。」

普通語 丁寧語 尊敬語 謙譲語
する
言う
行く
食べる
聞く
見る
着る
知る
会う
いる
買う

簡単そうですが、すっと出てきませんよね。
中にはインターネットを使って調べてきた子供もいました。正解は子供たちのノートをご覧ください。