弁当派の意見

選べる方がいい!
沙紀

国語の勉強で討論会をした。その討論のお題は、『中学校の、お昼ご飯は、弁当にすべきか、給食にすべきか』である。私は、弁当に賛成である。
なぜなら、給食に、食べられないものがあると、栄養のバランスもがくっと下がるからだ。弁当だと、食べられないものを入れずに、栄養バランスを考えることができる。その方が、給食を残すより、栄養バランスはいい。
また、弁当は交換や見せ合いっこもすることができる。さらに、教室ではない所で食べることもできる。だから、弁当にすべきだ。
給食派のおうちの方々は次のように言う。「弁当だと、汁物が入れられない」
しかし、そんなことはない。最近は、『ランチジャー』というのが売られていて、それに汁物も入れられるんですよ。
また、給食派の人は、次のようにも言った。
「子供のうちしか食べれない」
確かにそうだ。しかし、私は幼稚園からずっと給食を食べ続けている。もうあきてしまった。だから、弁当がいい。
もう一つおまけに書く。おうちの方々から、
「弁当派のみなさんは、弁当を自分で作る気なんですか。それとも手伝う気なんですか。それとも手伝わない気なんですか。」
と質問があった。私は、もちろん手伝うつもりだ。自分で作るといった人は、少数だったが、手伝わないという人はいなかった。(給食派の人たちは、まったく逆だった。)
右のような理由から、私は、中学校のお昼は、弁当にすべきだと思う。弁当でオリジナルメニューを作って、友達と見せ合いっこをしたい。
実をいうと私は、給食と弁当を選べる学校がいいと思ってる。私はこの授業で、そんなことを感じた。

弁当賛成
和人

ぼくたちは、中学校の昼飯は、給食か弁当かという問題で討論してきた。
ぼくは、弁当派だ。なぜか。
第一に残り物が使える。残り物を使えば、金も安くなる。残り物をつめるだけでいいから、時間もかからない。
第二に料理の勉強になる。ぼくたちは、調理実習をやった。そのときのように、考えて入れれば勉強にもなる。
第三に交換ができる。もし、むこうの弁当に自分が食べたいものがあったとする。それで、むこうもこちらに食べたいものがあったとする。それで「交換して」という。そしてむこうがオーケーなら交換成立。こうなれば、どちらも得だ。
このような理由で、ぼくは弁当派なのだ。
給食はメニューが豊富。給食派からこんな意見がでた。しかし、弁当だって、入れるものをかえればいい。給食派の人が作ったとしても毎日おなじ物を入れはしないだろう。
「給食は栄養がいい」という意見にも反論する。たしかに栄養のバランスは負けるが、考えて作れば少しは、近づくと思う。嫌いなものも、なにかにまぜれば食べられるだろう。たとえばキャベツが嫌いだとしたら、コロッケに入れるなどの工夫をするのだ。
「弁当は作るのがめんどう」という意見にも反論する。作るのがめんどうなら、コンビニに買いに行けばいいじゃないか。それもめんどうというのは、ただ給食派のわがままだ。
「親にてまがかかる」という考えにも反論する。確かにてまはかかるだろうが、自分で手伝ったり、自分で作ったりすれば少しはてまがはぶけるだろう。
そのような理由で、ぼくは弁当がいいと思う。
この討論は、楽しかった。ぼくたちが中学生になっても、昼飯は弁当であってほしい。

給食よりも弁当!
しおり

中学校の昼食は弁当にすべきか、給食にすべきか。
私は弁当がいいと思っている。なぜか。
理由は二つある。
一つ目は、六年間ずっと給食だったからだ。私は幼稚園の時も給食だったから、九年間も給食だとあきる。
二つ目は、給食は嫌いな物が出たときに栄養のバランスがかたよってしまう。弁当だったら、嫌いな物にかわる食材を使えば栄養はかたよらなくなると思う。
これらに給食派は、一つ目について次のように反論してきた。
「六年間も給食ではあきるというけれど、これからずっと弁当だったらそれもあきると思う。」
私はそれもそうだと思った。でも、高校は給食か、弁当か、どっちになるかわからない。もし給食だったら、九年間、または十二年給食だから、給食のほうが長くなるということになる。
二つ目については、次のように反論してきた。
「それは、家に帰ってから、そのほかのものでおぎなえばいいと思う。」
これは違うと思った。こんなめんどうくさいことはしたくない。
いろいろな討論をしたり聞いたりしてきたけど、やっぱり私の意見はかわらない。
何年か先は給食になるらしいけど、できるだけ長く弁当が続いてほしい。でも給食は給食でいいところがあるから、別に給食になってもすごくいやなわけではない。だけど、できればずっと弁当になってほしいと思っている。