再録 学級懇談会(その3)

Aくんは答えました。
「神奈川県にあります。」
Bくんは答えました。
「今、地図帳で調べますから、少し待ってください。」

Aくんは鎌倉の位置を「知識」としてもっています。一方、Bくんは「知識」はもっていませんが、地図帳の使い方を知っています。「巻末の索引で鎌倉を調べ、それに対応するページを見れば鎌倉の位置が分かる」ということを知っているわけです。このような力を「学習技能」といいます。
知識をもつことは、それはそれで大切なことです。しかし、私たち大人はそこにばかり目がいき、知識の量だけで「学力」を判断してしまいがちです。
Aくんは、鎌倉の位置は知っていましたが、もしかしたら横浜の位置は知らないかもしれません。しかし、Bくんのような「学習技能」をもっていれば、どのような地名にでも対応できます。「知識を得る術」を知っているからです。
私は、このような力を子供たちに身に付けさせたいと思っています。例えば、国語であれば、学習した物語が分かっただけでは不十分。他の物語を読むときにも使えるような「読む力」を身に付けさせたいと考えているのです。

b 「分かる」と「できる」の違いって?
例えば「自転車に乗る」ということを考えてみましょう。自転車の乗り方についてすばらしい話を聞いたとします。子どもたちは自転車の乗り方が「わかる」ようにはなるかもしれませんが、「乗れる」ようにはなりません。乗れるようになるためには、乗り方がわかっただけではだめなのです。何回も転びながら、自分で練習しなければ、決して自転車に乗れるようにはなりません。
それと同じで、どんなにわり算の計算の仕方がよくわかっても、自分でわり算ができるということはまた別なことなのです。教師の説明を聞いても、友達が解いているのを見ていても、決してわり算ができるようにはなりません。「できる」ようになるためには、自分で練習しなければならないのです。
「漢字が書ける」「計算ができる」「文章題が解ける」「作文が書ける」「文章が読める」
これらはすべて「技能」です。およそ技能と呼ばれるものはすべて「習熟」の段階を経て身につきます。「分かった」だけでは「できる」ようにはならないのです。