夏休みの自学

前号に書き、懇談会でもお知らせしたとおり、夏休みの必修課題は『自学』です。
『自学』とは「自由学習」のことではありません。「自分で学ぶ力をつけるための学習」です。
3年生の子供に「自由に学習しなさい」とだけ言って任せるのでは、それはあまりに酷というものです。
第一に、そう言われたところで子供たちは「何を」学習していいのか分からないでしょう。第二に、「どのように」学習していいのか分からないでしょう。この二つが分からなければ、学習など成り立ちようがないのです。
上記の二つが分からない子供たちのノートは、漢字練習と計算練習で埋められることになります。誤解のないように言っておきますが、漢字や計算の練習が必要ないと言っているのではありません。それはそれで習熟しなければならない大切なことです。ただ、それだけでは「自分で学ぶ力」はつかないのです。

今、『生きる力』ということが盛んに言われています。新聞等でも報じられていることですが、中央教育審議会では『生きる力』を次のように説明しています。

いかに社会が変化しようと、自分で課題をみつけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力

また、「EM(有用微生物群)」で有名な比嘉照夫氏は著書『地球を救う大変革』の中で、次のように書いています。
人間に本来的にそなわった能力で、ほんとうに実力と呼べるものはなにかというと、それは未知のものに対する問題解決能力ではないかと思います。人はあらゆる問題をかかえこみます。だがその問題はいかに困難に見えようとも、その人にふりかかってきたかぎりは、その人に解決できない問題はなにひとつない、という経験則があります。
大切なことは、問題がおこったときに、我欲を超えた高いレベルで解決する力があるか否かです。記憶や知識の量ではありません。
それともうひとつ大切なことは、自分のことをやるのは当たり前で、自分のこと以外に、他の人のことをどれだけ余計にやれるか。これも人生の実力のうちです。この二つがしっかりしていれば十分で、他のことは人間の評価にあまりかかわりがありません。
知識はあまりいらないといえば誤解されますが、大学卒業までに得る知識など、コンピュータのICの容量でいけば、たかだか1000円分のメモリーにも達しません。
コンピュータに入れられるものや大学や高校の入学試験に出されるような問題は、あらかじめ答えがわかっているものばかりです。そのようなものでいくら訓練しても、問題解決の能力には結びつきません。これはただ解答をして、その解答が合っているか間違っているかのゲームに過ぎません。
いまはゲームの上手なものばかりが大学に入るのに有利な状況があります。それは社会全体がそういう「ゲームの達人」みたいな人間がよいと錯覚してしまったからです。そのような学生は答えのあるものなら、相当高度な問題でも実に見事に解答を出しますが、答えのわからないものをぶつけると、幼稚園児にも劣るのではないかと思うほど情けない解答しか出せません。そういう人間ばかりが増えています。
記憶力のよさばかりが目立って、問題解決能力はほとんどない。せいぜいできるのは他にモデルを求めるくらいのことです。今まで見たことも聞いたこともない問題にぶち当たったらもうお手上げ。これでは変革の時代は生きてゆけません。

では「何を」「どのように」やればよいのでしょうか。本日、『夏休み自学メニュー』を子供たちに配りました。右のようなものです(略)。
次のようなルールでやります。

^ 12mmマスのノートを左開きで使う。
_ ノートに今日の日付を書く。
` 自学メニュー参考にやることを決める。
a その日の自学のタイトルを書く。
b 1日1ページを目標にがんばる。
c ページの途中で終わったら、次の日はそこから始める。(日が変わったからといって、新しいページに移らない)

もちろん、上のメニューにはない自分で考えたメニューをやってもかまいません。それこそが望むところです。