『説明書を作ろう』

「先生、最近『チャンス』出てないよ。ちゃんと書きな。」
昨日、子供たちに言われてしまいました。だからというわけでもないのですが、約10日ぶりの『チャンス』です。

先週は、お忙しい中、個人懇談においでいただきましてありがとうございました。短時間であった上、十分なお話もできずに申し訳なく思っております。今後とも、お話が必要な場合にはできるだけご都合に合わせまして懇談に応じますので、ご遠慮なくお申し出ください。

さて、今国語で『説明書を作ろう』という学習をしています。「説明書」、いわゆる「マニュアル」を書くための学習です。
ちょっと前までは、こんな学習ありませんでした。時代の要請といってもいいでしょう。
当然のように国語の教科書は縦書きなのですが、実はこの単元だけが横書きになっています。
お尋ねします。

みなさんは縦書きの文章と横書きの文章、どちらをよりたくさん書きますか。

もちろん、「縦書きだよ」という方もいらっしゃるでしょうが、多くの方が「横書き」と答えるのではないでしょうか。
例えば、この『チャンス』をはじめ、学校から出される文書はそのほとんどが横書きです。これは学校が例外なのではなく、民間企業でも事情は同じと思われます。私たちの周りには、それだけ「横書き」の文書があふれているのです。
このような社会の中にこれから巣立っていく子供たちにとって、横書きの文章を書けることは必須事項となるでしょう。
これは単に「縦書き」「横書き」という形式だけの問題ではありません。誤解を恐れずに言えば、「縦書き」は文学的な文章、叙情的な文章であり、「横書き」は論理的な、仕事の文章なのです。(もちろん、「縦書き」でも論理的な文章は書けますし、「横書き」でも文学的な文章は書けることを承知の上で言っているのですが・・・。)

「達意の文」という言葉があります。「達意」とは広辞苑(第五版)によれば、次のように説明されています。

『考えを十分に述べ表すこと。意図を十分に行き届かせること。「―の文」』

一方で「美文」という言葉があります。同じく広辞苑では次のように説明されています。

『美しい語句を用い、修飾をつくした文。特に明治中期、文壇に流行した擬古文。「―調」』

子供たちに身に付けさせたいのは「達意の文」を書くということです。読み手に意味が確実に伝わるということがポイントです。
例えば、薬の説明書が意味不明であったり、いかようにでも解釈できるようでは命にかかわるでしょう。薬の説明書は美文である必要はないのです。書き手が伝えようとすることが読み手に正確に伝わればそれでよいのです。そして今、そういった文章を書く能力が必要とされているのです。
ワープロやパソコンのマニュアルは読みにくいことで有名です。(最近は、ずいぶんよくなっているようですが・・・)マニュアルが読みにくいがために、「自分には使いこなせない」という人々を数多く生んできたほどです。
分かりやすい文章、意味が確実に伝わる文章。このような文章を書けることが情報化社会に生きていこうとする子供たちには必須の技能なのです。

私が高学年を担任すると、必ず教材にする一文があります。次です。

黒い目のきれいな女の子が遊んでいる。

この文は、何通りにも解釈することができます。
まず、この文からでは、きれいなのは目なのか顔なのかが分かりません。黒いのは目なのか、肌の色なのかも分かりません。さらに「黒い目のきれいな女の、子が遊んでいる」と読めば、遊んでいるのは男の子かもしれません。このような文は「達意の文」ということはできないのです。

3年生の子供たちです。ここまで高度なことは要求しません。しかし、3年生なりに「達意の文」を書いてほしいとは考えています。
どのような学習をしていくのか。詳しくは次号でお伝えします。