モチモチの木

『モチモチの木』という物語文を学習しています。外にある大きな木が怖くて、夜は一人で雪隠に行けない臆病な豆太が主人公です。
一読後、試しに子供たちに聞いてみました。
「豆太の家では外にトイレがある。そのトイレに行くには大きなモチモチの木のそばを通らなくてはならない。豆太は五つ、みんなは八つか九つだ。さあ、みんななら一人でトイレに行けるかい?」
「当たり前!」と意地?を張っていた子供もいましたが、かなりの子供が「ダメ・・・」との答え。豆太と同じく臆病な子供が大勢でした。そう言えば、子供たちは夕方になると一人で理科室に行けなくなります。人体模型と骨格模型があるからです。

さて、最初の3時間は専ら音読に費やしました。家でも練習している子供も多く、かなりスラスラと読めるようになりました。
4時間目は、物語文を学習するときには恒例のようになっている「設定まとめ」です。一人一人がノートにまとめた後、全体で確認していきました。下図がそのときの黒板です。

そして昨日。

豆太はどんな子ですか。一言でノートに書きなさい。

子供たちの答えは次の三つでした。
・おくびょうな子
・弱虫だけどやさしい子
・勇気のある子

「間違っている答えはありますか」と尋ねると、「みんないい」という答え。そこで尋ねます。
確かに、教科書をみるとみんないいみたいだね。でも、「おくびょう」や「弱虫」というのと「勇気のある」っていうのはまるで反対のことだ。ということは、豆太はどこかで変わったということだね。豆太が変わったのはどこか。教科書に短く線を引きなさい。

とんでもないところに線を引いた子供は一人もいませんでした。教科書を見て回ると、全員が同じページを開いています。ただ、細かにみると、線が引いてある箇所にはばらつきがありました。
線を引いた箇所を発表してもらうと、子供たちの考えは四つに分かれました。次です。

A けれども、じさまは、ころりとたたみに転げると、歯を食いしばって、ますますすごくうなるだけだ。(4名)
B 「医者様をよばなくっちゃ。」(13名)
C 豆太は、小犬みたいに体を丸めて、表戸を体でふっとばして走りだした。(5名)
D 豆太は、なきなき走った。(1名)

どの考えが妥当なのでしょうか。ここからが学習のクライマックスのはずでした。
ところがです。これが難産を極めました。子供たちはなかなか理由が言えないのです。相手への反論どころが、自分がそう考えた理由さえ曖昧なのです。
あえて指名すると、「考え中です」などという答えが返ってきます。本当は「考え中」などということはあり得ません。考えた結果、線を引いたはずだからです。
「教科書に線を引くくらいのことは幼稚園の子にだってできる。なぜそう考えるのかという理由を言えることが大事なんだ。そうすることで脳味噌のしわが1本増えるんだよ。」
これは常日頃から口が酸っぱくなるほど子供たちに言い聞かせていることです。それがこの事態です。
しかし、辛うじて数名の子供が次のような発言をしてくれました。
「ぼくはAだと思います。なぜなら、じさまがうなっているのをみて豆太は勇気が出たと思うからです。」
「ぼくはAはちがうと思います。Aにはじさまのことで、豆太のことは書いていないからです。」
「ぼくはBだと思います。ここがいちばん盛り上がっているところで、ここで豆太は勇気がわいてきたと思うからです。」
「ぼくはCです。表戸を体でふっとばして走りだすなんていうことは勇気がなければできないことだからです。」
結局、結論までは到達しませんでした。私の読みが甘すぎました。私も、そして子供たちもうーんと唸った1時間でした。さて、作戦の練り直しです・・・。