いじめに負けない(その4)

よく、いじめに遭ったら、父母や先生、友人等に相談しましょうと言うけれど、他人に話せる位なら症状は軽く風邪のように一時的に過ぎていくものだと思われます。内向的な子だと、仕返しが恐かったりして、親や先生に悟られないよう、必死になっているので、結果的に気付かなかったということが多々あります。
道徳の授業参観での道子の場合(転校生で好奇の目で見られて、馬鹿にされ、無視され、孤立し、やがて死を迎える)、誰しも、馬鹿にされるところまでは(勉強が苦手、かけっこが遅い等)、“ようし、死にものぐるいで頑張ろう”“見返してやるぞー”など、前向きなエネルギーが残っているが、“無視される”=“自分自身の否定”となると、どこに身を置くべきか、ただ呆然と立ちつくすしか術はないのではないか。
腹立たしいのは、道子が給食当番をやっても誰も受け取ってくれなかったのを知っていながら、担任は何をしていたのか(やったけれども駄目だったのかもしれないが)。この場合、道子を除いてクラス全員が無視をしたのは明白な事実である。道子にもみんなにも問題提起する絶好の機会だったのである。“どうして、道子が給食当番をやっても誰も受け取らない”“君たちも同じことをされたらどう思う?”と一石を投じてくれたら、たとえ、よりよい解決策が見つからなくても、話し合いの場を設けることで、自分らのやっていたことを冷静に見つめ直すこともできて、当事者の道子の閉ざされた心にも灯りが見えたかもしれない。こんな悲しい現実があるとはショックでやり切れません。(京香さんのお母さん)

京香
私は、いじめのことについて、今まで深く考えたことはなかった。けれど、今日の授業で少し考えさせられた。
いじめはなくせないと私は思う。なぜなら、日本の中だけでも数え切れないほどのいじめがあるからだ。そのいじめをなくすことはまず不可能であると思うからだ。
道子と正人の話が例に挙がった。道子はいじめにあっても、がまんした。正人はやり返した。みなさんなら、どちらの行動をしますか。本当のことを言うと、どちらの行動もいいとは言えない。でも、私は仕返しすることを選んだ。なぜなら、がまんしてれば、どんどんいじめがエスカレートしてしまうからだ。
(中略)
いちばん良い方法は、誰かに相談して最後は自分でどうにかすることだが、がまんするのがいちばん良くない。
せめて町からだけでもいじめをなくしたい・・・。

和希
「いじめ」はこの世からなくすことができるか。今、五限の道徳で「いじめ」のことについて勉強している。自分はいじめはしたことはない(ここまでひどいことは)。みなさんは、「いじめ」をどう思うだろうか。だれでもそうだが、「いじめ」はなくなってほしい。でも、そんなことができるだろうか。ぼくはムリだと思う。火事がなくならないのと同じように、人災でもなくならないものもあるのだ。火事だって、人は火を使わなければ生きていけない時代だ。コンロやライターなどを使う限り、多分、一生火事はなくならないと思う。それと同じように、「いじめ」もなくならないのではないだろうか。
今日の授業で「いじめ」はとてもいけないと実感した。やっぱり、「いじめ」はこの世から消えてほしい。

前々号で引用した野口芳宏氏の文章をもう少し引用します。

まず、「いじめはなくならない」ということを教えるべきだ。それは「いじめ」の是認ではない。神の身ならぬ人間社会のどうにもならぬ業のようなものなのだ。であるならば、そういう世の中、そういう娑婆の中で生きていく本当の力をひとりひとりの子どもにつけてやるべきではないのか。
だから、われわれは「いじめ」に負けない教育もすべきである。悪に出合ったら戦えとも教えるべきだ。戦って悪を倒せれば何よりだが、それはなかなか難しい。そうであれば、せめてその悪をしかるべき人や期間に告げ、力を合わせて悪に立ち向かう努力をさせるべきだ。
仕返しが恐いからだれにも言わない、という姿勢を保つ者が変わらない限り、いじめはいよいよ跋扈してその跳梁を楽しむに違いない。
このような私の考え方は、たぶん多くの指弾を浴びるだろう。それを私が恐れていたら、私の論は自壊してしまう。私はやはり言わずにいられない。名づけて「硬派の教育論」と言う。

私もまた同感です。野口氏の言うように指弾されるのかもしれませんが、「硬派の教育論」を支持します。今回の授業は氏の「硬派の教育論」がバックボーンとなっているのです。
しかしながら、担任として「学級からいじめをなくすことはできない」などと言うつもりは毛頭ありません。いじめのない学級を作っていく責任は私にあります。京香さんのお母さんが「道子の担任」を批判されたのは当然です。
私も微力です。目の届かないところもあるはずです。お子様の様子をごらんになり、気になることがありましたら、いつでもご連絡いただけますようお願い致します。