どうしたらいいかな?

 どうしたらいいかな?

 この言葉は、1年生の子供と接していく上でのキーワードだと思っています。
 1年生は、本当に様々なことを聞いてきます(あるいは報告に来ます)。例えば、こんなことです。
「先生、消しゴムが落ちていました。」
 自分のつくえの横に落ちていた消しゴムを拾って、私のところまでどうすればいいかの指示を仰ぎに来ます。
 こんなとき、私は、
「どうしたらいいかな?」
と尋ねることにしています。自分で判断する力を育てたいからです。
 自分のつくえの横に落ちていた消しゴムをどうするかくらいは自分で判断してほしいと思うのです(中には記名してあるものまで私のところへ持ってくる子もいます)。
 子供たちは最初、戸惑います。先生がどうにかしてくれるだろうと思っているからです。そして、大抵の場合、子供たちはどうしたらいいのか答えられません。そこで初めて指示を出します。

 この消しゴムは、○○くんのつくえの横に落ちていたんでしょう。だったら、近くの人に聞いてごらんなさい。それでも持ち主がいなかったら、もう一度先生のところへもっていらっしゃい。

 ただ、これはその子だけにしか伝わりませんから、全体にも知らせます。

 いいかい。落とし物があったら、まず近くの人に聞くんです。それでもいなかったら、みんなに聞くんです。それでもまだいなかったら、先生のところへもっていらっしゃい。

 これで、子供たちは自分で動けるようになります。一つの判断基準ができたからです。

 最近、多いのが教科書やノートの忘れ物です。
「先生、教科書がありません(1年生は「教科書を忘れました」とは言いません)。」
 私はこう言います。

 なんでかな。

「???(子供は首をひねっています)」

 昨日、時間表をそろえるのを忘れちゃったかな。今度はちゃんとそろえるようにしようね。ところで、この時間はどうしようか。

「隣りの人に見せてもらいます。」
「そうだね。じゃあそうしなさい。」
 意地悪な気もしますが、何もかもていねいに指示を出していくだけでは子供は育たないと思うのです。
 私はもっと意地悪なこともします。
 子供たちがこんなふうに言ってくることがあります。
「先生、おしっこ。」
私はこう言います。

 先生は、おしっこではありません。先生は人間です。ちゃんと言ってごらんなさい。

 子供たちは言い直します。
「先生、おしっこが出たいです。」
私はさらに意地悪を続けます。

 そうか、それでどうしたいの。

「お便所に行かせてください。」
これで初めてトイレに行けることになります(もちろん、漏らす寸前の緊急事態の場合には、こんな悠長なことはしていられませんが・・・)。

 こんなこと、お家でありませんか。
「おかあさん、おやつ。」
こう言い返してやってください。
「お母さんは、おやつではありません。」

自分で判断させる
最後まできちんと言わせる

 大切なことだと思います。

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