ごんぎつね 3

NO.84,85で子供たちの感想をお伝えした『ごんぎつね』。その学習もいよいよ最終段階に入っています。
この物語の学習、実におもしろいものになりました。いくつもの討論を重ねることができたからです。子供たちがお互いの意見を真剣に戦わせ合っていました。子供たちの意見交換を聞きながら、この1年間の大きな成長を感じ取ることができました。

はじめに子供たちに問うた課題は次でした。

1場面のごんは、どんなきつねですか。ズバリとノートに書いてごらんなさい。

子供たちの意見は、二種類に分かれました。次のようにです。

A いたずらばかりしている悪いきつね
B いたずらずきの小ぎつね

Aは悪役のイメージですし、Bはかわいらしさすら感じるにくめないキャラクターのイメージです。
Aを選んだ子が23名、Bを選んだ子が10名でした。私はBと考えている子供の方が多いと予想してましたので、少々意外でした。

1場面で、ごんはいくつのいたずらをしていますか。数えてノートに書いてごらんなさい。

最初の問いには、読んだ後の自分のイメージで答えることができますが、二つ目の問いには、再度物語を読み返さないと答えられません。子供たちは、物語を読み返しながら、次のいたずらを挙げてきます。

  • 畑へ入っていもをほり散らしたり
  • 菜種がらのほしてあるのへ火をつけたり
  • 百姓家のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取ったり
  • いろんなことをしました。
  • ごんは、びくの中の魚をつかみ出しては、はりきりあみのかかっている所より下手の川の中を目がけて、ぽんぽん投げ込みました。
  • ごんは、じれったくなって、頭をびくの中につっこんで、うなぎの頭を口にくわえました。

このように、具体的ないたずらがあがってくると、ごんのいたずらはかなり悪質であることが分かります。Bを選んだ10名の子供たちも揺らぎ始めます。
そこで、さらに問いました。

ごんは、人間で言うと何歳なのですか。

小学生程度の子供だと考えている子が30名、大人だと考えている子供はわずかに2名でした。それぞれが理由を述べます。

「私は子供だと思います。『いたずらばかり』と書いてあります。大人は、いたずらばかりはしないと思うからです。」
「ぼくも子供だと思います。『ひとりぼっちの小ぎつね』と書いてあるからです。」
「ぼくは大人だと思います。ごんが兵十の家にいわしを投げ込む場面で、『かごの中から五、六ぴきのいわしをつかみ出して』と書いてあります。子供は、そんなにたくさんのいわしをつかみ出すことはできないと思います。」
「ぼくもそう思います。ごんは、兵十の取った魚を『下手の川の中を目がけて、ぽんぽん投げこみました』と書いてあります。下手に投げたのは、投げた魚がまたあみにかからないようにするためです。子供には、そんな知恵はないと思います。」
「それに、菜種がらのほしてあるのへ火をつけるなんて、子供のするいたずらではないと思います。」

大人だと主張する子はわずかに2名でしたが、がんばっています。さらに悠太くんがこんな意見を述べ始めました。
「『小ぎつね』と書いてあるから子供だって言っているけれど、子供だったら『子ぎつね』と書くんじゃないですか。『小ぎつね』というのは、小さいきつねのことで、子供のきつねのことではありません。」
この悠太くんの意見で、子供派も揺れ始めました。

図書室に『ごんぎつねと手ぶくろ』という本があります。『ごんぎつね』と『手ぶくろを買いに』という新美南吉の作品二編が収められている本です。この本を子供たちと一緒に確認すると、次のことが分かりました。

『手ぶくろを買いに』では「子ぎつね」という表記がされており、『ごんぎつね』では「小ぎつね」という表記がされている。

『手ぶくろを買いに』に出てくるきつねは明らかに子供のきつねです。もし、ごんが子供のきつねだったら同様に「子ぎつね」と表記されているはずです。それをあえて「小ぎつね」と表記していると言うことは、ごんは大人のきつねである可能性が高そうです。もちろん、断言することはできません。しかし、少なくとも、ごんを「いたずら好きのかわいい子供のきつね」として読むことは誤りであるということは言えそうです。