わたしと小鳥とすずと

わたしと小鳥とすずと
金子みすゞ

わたしが両手をひろげても、
お空はちっともとべないが、
とべる小鳥はわたしのように、
地面をはやくは走れない。

わたしがからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴るすずはわたしのように
たくさんなうたは知らないよ。

すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい。

先日の国語で、上の詩の学習を行いました。教科書にある詩なのですが、教科書を開かせず、私が一連ずつ黒板に詩を書き、それを視写させながら授業を行いました(有名な詩ですので、既に知っている子供も多かったのですが)。
一連を書き終えたところで、問います。

何と何を比べているのですか。

A とぶことと走ること
B わたしと小鳥

AとB、二つの意見が出たのですが、これはBだということで一致します。

どちらがいいと言っているのですか。

「わたしの方がいい」「小鳥の方がいい」と答える子供もわずかにいましたが、ほとんどの子供は「どちらもいい」という答えでした。意見が大きく割れることはありません。
二連を写させた後も、一連と同様に尋ねました。

何と何を比べているのですか。

今度は、全員が「わたしとすず」と答えました。

どちらがいいと言っているのですか。

この問いに対しても、全員が「どちらもいい」と答えます。

一連と二連で、いくつのものが出てきましたか。

「わたし」「小鳥」「すず」の三つです。

どれがいちばんいいのですか。

全員が「どれもいい」と答えましたので、理由を問います。Hくんが答えてくれました。
「わたしは、空をとべないけれど、地面を走れます。小鳥は、とべるけれど、地面をはやく走れません。わたしは、きれいな音は出せないけれど、たくさんのうたを知っています。すずは、たくさんの歌は知らないけれど、きれいな音が出せます。どれも、できないこともあるけれど、できることもあるからです。」
Hくんの答えに、みんな納得し賛成の意を表していました。三連を黒板に書くと、「やっぱりだ」という顔をしています。詩の全容が分かったところで、全員で音読しました。
さて、実はここからがこの学習の本番です。次のように尋ねたのです。

「みんな」とは、何のことですか。ノートに書きなさい。

これは意見が割れました。次のようにです。
A 「わたし」「小鳥」「すず」・・・大多数
B 友達・・・2名
C 「わたし」「小鳥」「すず」「その他のものすべて」・・・2名

話し合いに入ったのですが、特にAとCの間で熱い討論になりました。
「『みんな』と言っているのだから、『わたしと小鳥とすず』の他のものも入ると思います。」
「でも、この詩の中には三つのものしか出てきていないから、他のものは入らないと思います。」
「三つだけでは『みんな』とは言わないと思います。」
「三つでも『みんな』と言っていいと思います。」
「国語辞典で調べてみたら、『みんな』は『すべてのもの』と書いてありました。」
「でも、この詩に出てくるすべてのものだから、三つだと思います。」
どちらも譲りません。そこで、次のように言いました。

答えは詩の中に書いてあります。全員立ってごらんなさい。黒板の詩を3回読んだら座りなさい。

すると、「あっ、書いてあった!」「見つけた!」という子供たちの声。
「題に『わたしと小鳥とすずと』と書いてあって、最後に『と』がついているから、わたしと小鳥とすずだけではなくて、すべてのものが入ると思います。」
これで納得です。Cを主張していた子供は、AくんとHくんの2名だったのですが、逆転の大勝利。だから、学習はおもしろいのですね。