ウィズダム・知恵

◆始業式、校長先生の担任発表が始まります。それまで何となくざわついていた子供たちの間にも緊張感が走ります。
「5年1組、根岸恵美先生」「5年2組、稲垣知先生」「5年3組五十嵐春美先生」
1組から3組までは昨年度までの担任とは変わり、子供たちはそれぞれ様々な表情を見せています。
「5年4組、渋谷徹先生」
ちょっと言葉では表現できないような、うなり声にも似た声が子供たちから発せられました。

◆その日の朝7時30分、私はまだ子供たちがいない教室の黒板に今まで書いたこともないようなていねいな文字で次のように書きました。

おはよう。
5年4組、32名でスタートです。
はりきっていきましょう。
今日は、自由席でどうぞ。
謎の担任Xより


◆始業式後の教室で、子供たちに言われました。
「先生の字だとは思わなかったよ。女の先生かと思ってたのに・・・」
「何で4組だけ先生がかわらないの?」

◆一言一言グサッと胸に突き刺さるような子供たちの言葉ですが、とにもかくにも今年度も担任させていただくことになりました渋谷です。昨年度と変わらぬご支援、ご協力をよろしくお願いいたします。

◆ところで、昨年度1年間は「エナジー」をお読みいただいていたわけですが、本年度学級通信の名前を変えました。
私としては同じタイトルでいこうかなとも思ったのですが、子供たちが「変えてよ」というものですから、昨日1日悩んで決めました。「ウィズダム」です。「知恵」です。
昨年、11月3日文化の日、朝日新聞の天声人語に興味深い文章が掲載されました。次の文章です。

朝日新聞1993年(平成5年)11月3日水曜日
天声人語
ひとの話を聞きながら、うーむ、その話も、それからさっきの話も、新聞に出ていたなあ、などと思うことがある。その人が得々として話していることは、知った情報をいわば受け売りしているのである。▼それなりに面白い情報の羅列なのに、心の琴線に触れない。その人の心身を通って出てきた言葉がないからだ。そう感じて思わず自分の話し方をも省みる。私たちは、とかく情報を知恵と混同しがちである。▼当節、情報は山ほどある。それを取り入れて、賢くなったように錯覚する人がいる。あるいは情報の洪水におぼれ、流される人もいる。むろん、情報は持っているに越したことはない。情報は力でもある。▼だが、あくまでも情報は情報である。例えば、育児、教育、健康などに関して、情報を集める。それは結構だが、その上でどういう生活をするかを決めるのは、知恵の領域である。知恵が働かないと、情報に振り回される。▼ことの道理や筋道をわきまえ、しっかり判断する心の働きが知恵である。頭の良さ、学問的知識の有無などといったことではない。人生経験は関係があるだろう。だが体験したことを十分に自分の収穫とし、いつも考え抜く訓練がなければ知恵にはなるまい。▼英国の詩人・批評家、T・S・エリオットに、こういう言葉がある。「私たちが知識の中で失った知恵は、どこにある?私たちが情報の中で失った知識は、どこにある?」混同しがちな三つのものが詠み込まれている。▼自分の仕事に打ち込んできた、すぐれた職人。さまざまな苦労を重ねた年配の女性。時々、こういう人々から、重みのある、味のある、知恵の言葉を聞くことがある。各自の体験から引き出された、人生への深い洞察に裏打ちされた言葉である。▼先生たちは教室で知恵の言葉を語っているだろうか。親は子の情報判断を助けているだろうか。


「知恵」について、手元の辞書「大字林」には次のように書かれています。

ちえ 【知恵・智慧・智恵】[2]
 (1)〔仏〕空など仏教の真理に即して、正しく物事を認識し判断する能力。これによって執着や愛憎などの煩悩(ボンノウ)を消滅させることができる。六波羅蜜の一つ。般若(ハンニヤ)。《智慧》
(2)事の道理や筋道をわきまえ、正しく判断する心のはたらき。事に当たって適切に判断し、処置する能力。「―が付く」「よい―が浮かばない」「―をはたらかせる」「ちょっと―を貸してくれ」
(3)〔哲〕単なる学問的知識や頭の良さではなく、人生経験や人格の完成を俟(マ)って初めて得られる、人生の目的・物事の根本の相にかかわる深い知識。叡智(エイチ)。ソフィア。


キーワードは「判断力」であると考えています。
情報に流されることなく、知識におぼれることなく、自分の頭で思考する、判断する、そんな知的な学級を作っていきたいなあと思っています。

かすみさん、聖子さんという心強い2名の仲間が加わった我がクラス、1年間よろしくお願いいたします。

back