われは草なり

われは草なり

高見順

われは草なり
伸びんとす
伸びられるとき
伸びんとす
伸びられぬ日は
伸びぬなり
伸びられる日は
伸びるなり

われは草なり
緑なり
全身すべて
緑なり
毎年かはらず
緑なり
緑のおのれに
あきぬなり

われは草なり
緑なり
緑の深きを
願ふなり

ああ 生きる日の
美しき
ああ 生きる日の
楽しさよ
われは草なり
生きんとす
草のいのちを
生きんとす

初めて出てくる文語調の詩です。まずは文語の感じ、そして五・七調の言葉のリズムに慣れさせるため、徹底的に音読させ、暗唱させました。子供たちはこのくらいの詩はあっという間に暗唱してしまいます。
暗唱させた後で、問いました。

この詩は何連までありますか。

これはすでに学習してあることの復習です。当然答えは四連ということになります。
続いて問います。

では、この詩の主題は何連にありますか。

これは意見が割れました。しかし半数くらいの子供が最後の四連を選んでいました。どれが望ましい解なのかを話し合っているときに、松井君がこんな発言をしました。
「一連を一言でまとめると、『伸びる』ということが書いてあります。二連と三連は『緑』ということが書いてあります。四連は『生きる』ということが書いてあります。ぼくは、この中で考えると『生きる』ということが一番大切だと考えるので四連に主題があると思います。」
この松井君の意見によって、他の子供たちも四連に主題があるという考えに変わりました。

さらに絞り込みます。

では、第四連を二行ずつA,B,C,Dの四つに分けるとします。主題はこの中のどこにありますか。

これも大きく割れました。かなり難しい問いです。子供たちの話し合いも行き詰まってきました。詩の主題です。考えを一つに絞り込む必要はないでしょう。子供たちが自分なりに根拠を持った考え方ができればよいのです。詩の読み方が分かればよいのです。ノートに自分の考えを書かせて学習を終えました。
子供たちのノートをお読み下さい。

舞子
私はDだと考える。
なぜなら、「作者は草の命を生きるんだ。そして自分も生きるんだ。」のような感じがしたし、本当に草の命を大切にしようみたいな感じだったからだ。
だから私はDだと考える。

奈央子
私は四連のDだと考える。
なぜなら、AとBは大体同じことを言っているみたいだから、ちがうと思う。Cの「われは草なり 生きんとす」とDの「草のいのちを 生きんとす」を普通の文章に直すと、Dの方が大事だと思う。
だから私は四連のDだと考える。

紗可
私の考えは「われは草なり 生きんとす」のところだ。
なぜなら、題名が「われは草なり」だからだ。この詩の主題は四連で、中心は、題名と同じ言葉が入っている「われは草なり 生きんとす」のところではないかと考えたからだ。
それに「ああ生きる日の 美しき」や「ああ生きる日の 楽しさよ」をまとめてあるのが、「われは草なり 生きんとす」ではないかと考える。
だから、私は「われは草なり 生きんとす」のところだと考える。


「われは草なり」の主題は四連の「草のいのちを 生きんとす」にある。
ぼくは、そこだと思います。なぜなら、作者は「草にもいのちというものがあるんだ」ということが言いたいのだと思います。
ぼくは「草のいのちを 生きんとす」だと思います。

正志
ぼくはCだと思う。
『われは草なり 生きんとす』というのは、口語に直すと、『私は草です 生きようとしています』ということになる。
つまり、作者の高見順さんは草になった気持ちでこの詩を書いたと思う。
だから作者の高見順さんは『われは草なり 生きんとす』ということを書きたかったのではないかと思う。
このような理由でぼくはCが主題、つまり作者の書きたかったのはCの一文だと考える。

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