『意見文』で論理を鍛える

日本人は議論が下手だと言われます。以心伝心とか腹芸とか、そういった曖昧なところで話をするというところがあります。
それはそれでいいところもあるのでしょうが、しかし議論する力というのはつけたいものです。
議論とはいわば「考え」と「考え」のけんかです。(「人」と「人」とのけんかではありません。そこらへんの区別ができないことが多いのです。)論理が明晰な方が勝つのです。感情では勝てません。思考力が鍛えられます。

今、国語で「意見文」を書く学習をしています。4年生までは「生活作文」が中心でしたが、5年生では『自分の考えを主張する』という「意見文」を書く学習をするのです。
「意見文」とは論理の文章です。感情の文章ではありません。思ったこと、感じたことを書くのではダメなのです。逆に感情は排除し、考えを書かねばなりません。子供たちにとっては未知の世界です。とは言っても、授業後に頻繁にノートに書かせる『自分の考え』(学習作文)などは立派な意見文なのですが。
学習作文を書くときには次のようにせよと子供たちには言ってきました。

(1)  まず、何について書くのかを書け。
(2) 結論を短くズバリと書け。
(3) 次にその理由をできるだけ長く書け。
(4) 最後にもう一度結論を繰り返せ。

この書き方に子供たちは慣れてきており、かなり書けるようにはなっています。

昨日、こんな学習をしました。
次の文章を印刷して配ります。

トランプはいけないの?
この前、わたしたちの学級では「雨の日の遊び方」について話し合いました。その中でトランプを持ってきて遊んでもよいかどうかが問題になりました。A君の意見はこうです。「しょうぎはいいけどトランプはいけないと思うな。だってしょうぎはクラブ活動にもあるし、プロのきしもいる。でもトランプはただの遊びだし、学校に必要ないものだから。」しかし、わたしはトランプを持ってきてもいいと思うのですが・・・。

そして尋ねます。

この作文の出来映えは「いい」でしょうか、「ふつう」でしょうか、「わるい」でしょうか。

「いい」と答えた子供たちが半数でした。ただその子供たちは、私の問いの意味を正しく受け取っていませんでした。『わたし』の考えの善し悪しを考えていたのです。聞かれているのは「作文の出来映え」です。もう一度尋ねると、ほとんどの子供たちが「わるい」と言います。自分の考えがはっきりと書かれていないからです。
そこで尋ねます。

あなたはA君の考えに賛成ですか、反対ですか。

全員が「反対」だと言います。

では、A君に反対の理由を言いなさい。

子供たちから出てきた答えは次のようなものです。

(1)将棋がわからない人もいるから。
(2)将棋もトランプも同じだから。
(3)プロがいたっていなくたっていいと思うから。
(4)「遊び」について話し合っているのだから、ただの遊びでもいいと思うから。
(5)トランプの方が遊びの種類が豊富だから。
(6)将棋よりトランプの方がやりたい人もいるから。

子供たちは「議論」というものを知りません。感情に走っています。「Aの野郎、何をまじめくさったことを言ってやがるんだ!」と。これでは議論に勝てません。

(1)から(6)の中で一番いい理由はどれだと思いますか。

みなさんなら、どれを選びますか。
圧倒的に多くの子供が選んだのはBです。まだだめです。これではA君の考えをつぶすことはできません。子供たちに話しました。

A君の考えを木にたとえます。この木を倒すには根本からぶった切る必要があります。枝を2、3本折ったくらいではダメなのです。残念ながら(1)〜(6)のほとんどは枝を2、3本折る程度の力しかありません。葉っぱを落とす程度でしかないものもあります。
A君の考えは「将棋はいいけどトランプはいけない」ということです。では、その考えの根っこは何でしょうか。2つあります。
○将棋はクラブ活動にもあるし、プロの棋士もいる。
○トランプはただの遊びで、学校には必要ない。
この根っこをつぶしてしまえばA君の考えは倒れるのです。
もう一度、聞きます。(1)〜(6)の中で根っこをつぶせるのは何番ですか。

今度はほとんどの子供が(4)を選びました。正しい選択です。作文によれば、今は「雨の日の遊び方」について話し合っているのです。「トランプはただの遊びである」というのは何の理由にもなりません。また「遊び」について考えているのですから、「クラブ活動」とか「プロの棋士」というのも問題ではありません。
そこをたたけば、A君の論拠は根底から崩れるのです。
この後、A君に対する反論を短い作文に書いてもらって学習を終えました。今度は、もう少し本格的に「意見文」を書いてもらうつもりでいます。

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