『意見文』で論理を鍛える(その3)

お久しぶりです。6月1日以来、ほぼ2週間ぶりのWISDOMです。別にサボっていたわけではないのですが、にわかに忙しさが増してきて、ついつい・・・。お許し下さい。
1日発行のWISDOMでは、子供たちの意見文を紹介いたしました。第2弾をお伝えするつもりでいながらの2週間休刊でしたので、続編をお伝えします。(もう、とうに終えた学習ではあるのですが・・・)

子供にこづかいはいらない?

わたしは、子供にだって小遣いはいると考える。
まず、お母さんはこんなことを考えるだろう。
(1)そんなにお金つかわないでしょう。
(2)「おこづかいほしいな」と言うと「なにが買いたいの?」と言うだろう。
理由(1)をつぶす。
(1)そんなにお金つかわないでしょう。
私たちにも付き合いがあります。
お父さんがお酒を飲んできて一万円をつかってきました。そしたらたぶんお父さんは、
「付き合いってもんがあるんだよ。」
と言うだろう。
私たちもおかしを買って公園にでも行きたいですよ。
理由(2)をつぶす。
(2)「おこづかいほしいな」と言うと「なにが買いたいの?」と言うだろう。
もし、ほしいものがあるとする。それはおこづかいを五百円もらったとすると三ヶ月ほしいものが買えない。でもおこづかいをもらってないと買えない。それで買ってくれるというならおこづかいをもらいません。ただし、ほしいと言ったら土日に買ってくれますか。
子供にも、付き合いやほしいものがあるので、わたしはおこづかいはいると考える。

※注 この意見はフィクションであり、登場する人物は本当の人物とは全く関係はございません。

子供にこづかいはいらないか

雅美

わたしは、子供にだってこづかいはいると考える。
なぜなら、子供だって大人と同じでほしいものぐらいあるからだ。
大人は自分のほしいものがあれば自分のお金で買える。でも子供だって自分のほしいものを自分のお金で買いたいのだ。大人は働けばお給料がもらえる。でも子供は働けないからお金がもらえない。
だから、お金をためようとしても、お金がないので、ためられない。
自分のほしいものや好きなものもお金がないので買えないのだ。
だから、わたしは子供にこづかいはいるべきだと考える。
子供にこづかいはいらないと言う人は、おそらく次のように言うだろう。
「子供におこづかいをあげたら、すぐに使っちゃうし、むだづかいばっかりしててすぐにお金がなくなるし、まったく子供は自分勝手だわ。」
右の考えはまちがえている。
なぜなら、お金を子供が使いすぎだったら、きまりを作ったりすればいいじゃないか。それにみんながみんなお金をむだづかいするというわけではない。
だから、子供にこづかいはいると考える。

子供にこづかいはいらない

裕加

わたしは子供にこづかいはいらないと考える。
なぜなら、子供にこづかいをやるとむだづかいをしたりするからだ。
お父さんやお母さんが一生懸命働いてお金をもらっているのに、私たちは何もしないからこづかいはいらないと思う。
子供にこづかいがいるという人はおそらく次のように言うだろう。
「おこづかいをもらわなきゃ、自分でものが買えないからおこづかいはいる。」
右の考えはまちがえている。
なぜなら、自分でものを買うということは、必要ないものを買ったりするからである。必要があるものだったら、お父さんかお母さんに買ってもらえばいい。
だから、わたしはおこづかいはいらない。

渋谷の反論
雅美さんは言う。
「大人は自分のほしいものがあれば自分のお金で買える。」
とんでもない誤解である。少なくとも渋谷家では。
日夜汗水たらして働き、必死に稼いで、なおかつほしいものなど買えないのである。なんと哀れなことか。
給料日直前に、飲み会などあれば最低である。平身低頭、手をすりあわせてその日の酒代を頂戴するのである。
いいか、こんな大人だっているんだぞ!

何の反論にもなっていませんね。こんな文章、絶対に家人には見せられない。内緒にして下さいね。みなさん・・・。

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