『さよならの学校』その3

A恭は、おじいちゃんの顔が大きな美しい泰山木の花に変わるのを見ていた。
Bだから、自分もけんめいに生きよう----と、恭は、あのとき、何度も心の中でくり返していた。
Cそれから、おじいちゃんのことを話してやろうと、恭は、ちょっと兄さんぶった気持ちになりながら思っていた。
Dあの木は、生きる意味みたいなものを教えてくれたおじいちゃんの、さよならの学校のように、今の恭は考えるようになっていた----。

恭の心が一番大きく変わったのは、上の4つのうち、どこなのでしょう。

「ぼくは、Dだと思います。題は『さよならの学校』なのだから、それに関係する変化が一番大きいと思います。Dのところで、泰山木をさよならの学校だと考えるようになったのではないですか。」
「私はCだと思います。Dのところに書いてある『今の恭』というのは、Cの『ちょっと兄さんぶった気持ち』になった恭のことだと思うから、Cのところで変わったのだと思います。」
「ぼくはBだと思います。ここで『けんめいに生きよう』という決意がなければ、Cの変化もDの変化もなかったと思うからです。」
「Bには『あのとき』と書いてあります。ということは、『けんめいに生きよう』と考えたのはもっと前だと思います。」

私が尋ねました。

では、『あのとき』というのはいつのことなのですか。

「Aの『恭は、おじいちゃんの顔が大きな美しい泰山木の花に変わるのを見ていた。』ところだと思います。」
全員が賛成しました。つまり、おじいちゃんが死ぬときに、おじいちゃんの顔と泰山木の花が重なり合うのを見て『けんめいに生きよう』と決意したというのです。

Aの恭とDの恭はどちらがより成長していますか。

当然Dです。子供たちは次のような恭の変化を読み取ったことになります。

おじいちゃんの死によって、『自分もけんめいに生きよう』と決意し、その後の恭は大きく成長していった。生まれてきた弟におじいちゃんのことを話してやろうというような兄さんぶった気持ちにまでなっていった。そして今では、泰山木は『生きる意味』みたいなものを教えてくれたおじいちゃんのさよならの学校のように考えるようになった。

しかし、子供たちは『さよならの学校』という題の意味について今一つ納得ができないようです。そこで、こんなことを尋ねてみました。

この物語の中で「おじいちゃん」と「泰山木」は対比されているのですか、類比されているのですか。

ほぼ全員が「類比」だと答えます。

では、どんな類比ですか。ノートに箇条書きにしなさい。

類比を考えようと、教科書を読み返しているところでチャイム。いくつかを発表してもらってこの時間の学習を終えました。

○おじいちゃんの大きな手と泰山木の大きな葉
○おじいちゃんの優しさと泰山木の包みこむような優しい香り
○おじいちゃんの顔と美しい泰山木の花
○どちらも一緒に育った
○どちらも恭にとって大切なもの

次の時間にまだ発表されるかもしれません。ここまで学習してきた「恭の心の変化」と「おじいちゃんと泰山木の類比」を読み取ることが題『さよならの学校』の意味につながっていくはずです。さて、子供たちは題の意味を納得することができるでしょうか。

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