『麦畑』その4

奈央子
『麦畑』は、ハリネズミが麦畑に行く途中、野うさぎや、カワネズミニに会い、穂と穂がこすれ合う音と、さやさや絶え間ない麦の穂の合唱を聞き、麦も生きているんだと知る物語である。
この物語の中で「音」「光」はそれぞれ対比されている。
これらの対比から、次のことが分かる。ハリネズミたちは、
「自然が大好きだけど、人間が作った自動車やトラックはけたたましいスピードで走ってくるのでだいきらい」
と考えているのだ。
人間は、『麦の穂の合唱』を聞くことができるか。
わたしは「聞けない」と考える。
なぜなら、今は、自然が少なくなってきているからだ。自然を少なくしたのは人間だということを麦畑(自然)は知っているからである。人間をだんだんきらいになる。
では、わたしは『麦の穂の合唱』を聞くことができるか。
「聞けるけど、聞けない」。
なぜなら、草や花をいためつけていたら聞けないと思うけど、やさしくあつかっていたら聞けると思う。
最後に、この物語の感想を書く。
この物語を読んで、自然を大切にすることが分かった。これからは自然を大切にすることを心がけたい。

雅美
『麦畑』は、ハリネズミが人間と自分たちとを対比しながら麦畑に麦を見に行くという物語である。
この物語の中で「人間」「ハリネズミ」はそれぞれ対比されている。
これらの対比から、次のことが分かる。ハリネズミたちは、
「人間は気が知れないやつたちだ。気が知れないことばっかりやって、全く何を考えているのか分からない」
と考えているのだ。
人間は、『麦の穂の合唱』を聞くことができるか。
わたしは「聞けない」と考える。
なぜなら、ハリネズミたちのようなきれいな心ではないからだ。人間は聞けないと思う。それに人間は、空にランプがあるのに、明かりをつけたりもったいないことをしているから。
では、わたしは『麦の穂の合唱』を聞くことができるか。
「できない」。
なぜなら、わたしもランプがただで世界中照らしてくれているのに、明かりをつけっぱなしにしたりしているから。それにハリネズミみたいなきれいな心をしていないから。
最後に、この物語の感想を書く。
わたしは『麦畑』を読んで、楽しい気持ちやうれしい気持ちになった。ハリネズミたちが「麦畑」に言って、麦の穂のさやさやという音楽を来たとき、わたしも聞きたくなった。そして、なんだかとってもうれしい気持ちになった。


『麦畑』は、ハリネズミたちが自然のすばらしいランプがあるのに、人間はなぜ自然をこわすんだということが書いてある物語である。
この物語の中で「音」「光」はそれぞれ対比されている。
これらの対比から、次のことが分かる。ハリネズミたちは、人間のことを「全く気が知れない」とか「人間のすることっておれにゃわけがわからん」などと考えているのだ。
人間は、『麦の穂の合唱』を聞くことができるか。
わたしは「できない」と考える。
なぜなら、人間は自動車のはいきガスとか自然をこわすようなことをいっぱいしているからだ。
では、わたしは『麦の穂の合唱』を聞くことができるか。
「できる」。
なぜなら、わたしは自然が好きで自然を自分自身ではこわすのは悪いと思うからだ。
最後に、この物語の感想を書く。
「すばらしいランプがあるのに明かりをつけっぱなしだなんて」と書いて会ったとき、「そうだな」と思った。自然を大切にして麦の音を聞いてみたい。

裕樹
『麦畑』は、ハリネズミや野うさぎ、それとカワネズミがいろいろな話をしながら月の光に照らされた麦を見に行くという物語である。
この物語の中で「音」「光」はそれぞれ対比されている。
これらの対比から、次のことが分かる。ハリネズミたちは、人間たちの出す光や音にとても迷惑していると考えているのだ。
人間は、『麦の穂の合唱』を聞くことができるか。
ぼくは「聞くことができない」と考える。
なぜなら、人間はむだな音をいっぱいだしているからだ。車やトラックの音もそのひとつだ。
では、ぼくは『麦の穂の合唱』を聞くことができるか。
「それはできない」。
なぜなら、人間が車やトラックの音を消そうとしてくる間やトラックを消してしまったら、今度は人間が困るのだ。
最後に、この物語の感想を書く。
ハリネズミたちの言っていることは正しいのだが、その音をなくそうとしたために車やトラックをなくしてしまったら、人間たちも困ってしまうということをハリネズミたちにもわかってほしいと思う。

正志
『麦畑』は、ハリネズミたちが人間の忘れかけた自然の音を聞きに言った話で、作者は自然の音は美しいと伝えたかったのではないかとぼくは考える。
この物語の中で「音」「光」はそれぞれ対比されている。
これらの対比から、次のことが分かる。ハリネズミたちは、人間たちはあんな恐ろしいものを作ったり、もったいないことをしてどこが楽しいのか?と考えているのだ。
人間は、『麦の穂の合唱』を聞くことができるか。
ぼくは「聞ける」と考える。しかし、身のまわりに畑が少ないし、きれいな音だけど、小さい大人ので身のまわりにあっても大体の大人は気にせず素通りするだろう。
では、ぼくは『麦の穂の合唱』を聞くことができるか。
「できる」。
なぜなら、ぼくは麦の穂が風でこすれ合う音が好きだからだ。素通りすることもないと思う。ぼくは小麦畑を見ることも好きだからだ。
最後に、この物語の感想を書く。
ぼくは、ハリネズミたちのように麦の穂の合唱を聞きに行きたくなった。でも身のまわりの自然の音で満足できる。

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