ぼくは何を

さて、学習参観では「詩」を使って道徳の学習を行いました。みなさんが想像される道徳の学習とはだいぶ違っていたかもしれませんが、わたしはあれも大切な道徳の学習だと思っています。
ノートを開かせ、わたしが黒板に書くとおりに1行ずつ視写させます。子供たちに考えさせたい部分は穴埋め方式にして予想させていきます。

ぼくは何を
   まどみちお

ぼくは 何をもっているのだ
やさしさなら    がもっている
勇気なら      が
すなおさなら    が
賢さなら      がもっている
がまん強さなら   が
そして美しさなら
道ばたの一本の   がもっている
で ぼくは何をもっているのだ

「ぼくは何を」これは詩の題です。後にどんな言葉が続くのでしょう。予想してノートに書きなさい。

ほとんどの子供が「しているのだろう」とか「すればいいのだろう」などと書いていました。中には「食べたいのだろう」と書いている子供もいました。3時間目ということで、お腹がすいていたのでしょう。
私は黒板に一行目を書きます。
『ぼくは何をもっているのだ』
そして、尋ねます。

君たちは何を持っていますか。ノートに書きなさい。

一つの列を全員立たせ、一人ずつ発表させます。この列は「鉛筆」「消しゴム」「手さげ」というような答えでした。その他にも数名を指名して言わせます。「札束」「お金」などといううらやましい答えの子供もいましたし、「心」など時の聞いたことを書いている子供もいました。
ここはあっさりと切り上げ、二行目に移ります。
『やさしさなら    がもっている』

やさしさなら、誰がもっているのでしょう。

ノートを見てまわると「みんな」「だれも」「親」などと書かれています。たった一人、明美さんだけが「先生」と書いてくれていたのですが、彼女が発表すると、なぜか(当然?)子供たちからブーイングが起こってしまいました。(私はこんなに優しいのに・・・)
正解を書きます。
『やさしさなら お母さんがもっている』
「うちは違う!」などと言っている子供もいましたが・・・。

続けます。
『勇気なら    が』
「ぼく」と書いている自信満々の子供がいます。しかし、かなりの子供が「お父さん」と書いています。一行目と対応させれば、まあ当然の答えでしょう。正解です。

『すなおさなら   が』
「私」「子供」「みんな」「赤ちゃん」「妹」「動物」などいろいろな考えが出されます。
私が黒板に『ポチ』と書くと、「そんなのわかるわけないよ!」と子供たち。まあ、当然でしょう。しかし、正解を出すのが目的ではありません。やさしさ・勇気・すなおさといったことについて考えてもらうことが目的なのです。

『賢さなら   がもっている』

これはとっても簡単です。きっと当たるでしょう。さあ、書いてごらん。

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