『大造じいさんとガン』その9

前号で予告した通り、子供たちのまとめの作文をいくつか紹介します。

千紘
私はクライマックスは、ハヤブサと戦った後の残雪の態度をじいさんが見たところだと考える。
なぜなら「じいさんは、強く心をうたれて」と書いてある。なぜ心をうたれたかというと・・・、
仲間のガンを助けるためにハヤブサと残雪は戦った。じいさんが行くと、残雪はけがをしているのに首を持ち上げ、じいさんをにらみつけた。その堂々とした態度にじいさんは負けて強く心をうたれた。
クライマックスとは、主人公(登場人物)の心が一番大きく変化した場面のことを言う。私は「じいさんは残雪のことを普通の鳥じゃない」と思ったと考える。なぜなら残雪のことを英雄だと言っているからだ。その場面から前はじいさんは残雪を撃つことしか考えていなかったが、後の方はひきょうなやり方で英雄をやっつけたくないと言っている。
再び銃を下ろした場面は違うと考える。なぜなら・・・、話者の視点は大造じいさんだ。だけどその場面には「残雪をねらいました。が、なんと思ったか〜」とある。話者にはじいさんの心の中が見えるはずなのにここは見えていない。話者に見えないところがクライマックスのはずがないからだ。
私は大造じいさんが強く心をうたれたところだと考える。
大造じいさんはひきょうなやり方を使っていない。
じいさんはいろいろな方法で残雪をとろうとしているが、どれもひきょうではない。
どんな方法を使っていたとしてもガンをかって生活しているならいいと思う。
しかしハヤブサと残雪が戦っているときや、傷ついている残雪を撃つのはひきょうだと考える。大造じいさんは、このやり方で「やりたくないぞ。」と言ったのだ。

かすみ
この物語のクライマックスを検討する。
私は、「大造じいさんは強く心をうたれて、ただの鳥に対しているような気がしませんでした。」というところがクライマックスだと考える。
理由は「大造じいさんが手をのばしても残雪はじたばたさわがないし、最後の時を感じて、せめて頭領としてのいげんを傷つけまいと努力しているようでもありました。」と教科書に書いてあるからだ。そして大造じいさんは、それを見て、なんだかかわいそうに思ってきて何となくただの鳥に対しているような気がしなくなった。
なぜ、「が、なんと思ったか再び銃を下ろしてしまいました。」というところはちがうのか。
それは、銃を下ろすところはもっと前の場面にもあったからだ。
だから、私は大造じいさんは強く心をうたれてただの鳥に対しているような気がしませんでした。というところがクライマックスだと考える。

孝明
この物語のクライマックスを検討する。
ぼくは「大造じいさんは強く心をうたれてただの鳥に対しているような気がしませんでした。」のところがクライマックスだと考える。
なぜなら、強く心をうたれたと書いてあるから。元々じいさんは残雪を撃とうとしていたのに急にがくんと心が変わった。
「ただの鳥に対しているような気がしませんでした。残雪は最後の時を感じてせめて頭領としてのいげんを傷つけまいと努力しているようでもありました。」と書いてあるからここがクライマックスだと考える。
なぜ、「大造じいさんは、ぐっとじゅうをかたに当て残雪をねらいました。が、なんと思ったか、再びじゅうを下ろしてしまいました。」というところはちがうのか。
ここは大造じいさんの心の中が書いていない。逆に「大造じいさんは強く心をうたれて、ただの鳥に対しているような気がしませんでした。」のところは書いてある。こっちの方がくわしくかいてあるし、心の中のことが書いてあるから。
大造じいさんはひきょうなやり方はしていない。かりをする人にとっては当然なことだからだ。

紗可
私は、「大造じいさんは、強く心をうたれて、ただの鳥に対しているような気がしませんでした。」のところがクライマックスだと考える。
なぜなら、大造じいさんが手をのばしても残雪はさわがなかった。そして残りの力をふりしぼって、じいさんのことを正面からにらみつける。ここに強く心をうたれたからだ。それに一番きんちょうする場面がここだからだ。残雪はもう死を覚悟して出ていった。覚悟したからじいさんにもう殺されると思っていた。でもその自分の努力によってまた逃がしてもらえた。一番のきんちょうの場面である。
「が、なんと思ったか、再びじゅうを下ろしてしまいました。」がちがう理由。
これも確かにきんちょうする。でも対比をすると、「強く心をうたれた」方が強い。それにハヤブサVS残雪よりも、残雪の態度の方がこの話にとっては重要だと考える。だから、「が、なんと思ったか、再びじゅうを下ろしてしまいました。」のところはクライマックスではないと私は考える。
だから私は「大造じいさんは強く心をうたれて、ただの鳥に対している気がしませんでした。」のところがクライマックスだと考える。

高志
ぼくは『大造じいさんは、強く心をうたれて、ただの鳥に対しているような気がしませんでした。』がクライマックスだと考える。
理由は一つだけある。
それは『せめて頭領としてのいげんを傷つけまい』というところの努力とりっぱさに大造じいさんは強く心をうたれたのだ考えるからだ。
なぜ『が、なんと思ったか再びじゅうを下ろしてしまいました。』はちがうのか。
ただ大造じいさんは単にどういうふうな結果になるのか見ていただけだとぼくは考える。それに今うったらひきょうなやり方で残雪を殺したということになるから。
だからぼくは『大造じいさんは、強く心をうたれて、ただの鳥に対しているような気がしませんでした。』の方がクライマックスとして正しいと考える。

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