読書のすすめ

お尋ねします。
今、子供がどんな本を読んでいるか知っていますか。五年生になって子供が何冊くらい図書館の本を借りているか知っていますか。家ではどのくらい本を読んでいますか。
図書館には各クラスの図書貸し出し冊数がグラフで掲示されています。残念ながら我がクラスは下から指三本で数えられるような位置にいます。まあ、図書館の本だけが本ではありませんので、自分で買った本を読んでいる子供もいるわけですが。それにしてもあまり名誉なことではありません。

次の文章があります。

子どもは自分の頭で考えることができない。できないのは、考えるための情報が不足しているからである。情報が不足しているようでは考えようにも考えられないのである。情報を得る方法はいくつかある。いくつかある内でも、読書は、情報を得るためには最適な方法である。
子どもは、ほっておくと、学年が進むにつれて読書をしなくなる。自分の頭で考えなければならない問題が多くなるにつれて読書をしなくなる。これでは、問題を解決するどころか、何が問題なのかわからなくなる。
子どもに十分な情報を保障するには、読書を多量にさせることである。
「読書はとっても大切なんだよ。みんなで読書をしましょう」などと子どもに言うだけでは、子どもは多量に読書をするようにはならない。

○○○小学校教頭、大森修先生が著書の中で述べられている文章です。考えさせられる内容です。

昨日子供たちに「情報」「知識」「知恵」について話をしました。みなさんはこの3つの違いをどのように考えられますか?そしてこの3つのうち、どれを重視されますか?
私は次のように考えています。

「情報」はあふれています。新聞、テレビ、ラジオ、雑誌、書籍・・・様々なメディアを通して情報はわたしたちに押し寄せてきます。主な情報には「文字」「音声」「静止画」「動画」等があります。つまり情報は外部に限りなくあるものです。大森先生の言われる通り、今現在、情報を得るために最適な方法は読書だと思います。(今マルチメディアが話題になっていますが、紙メディアを越えるためにはしばらく時間がかかると思います。)
「知識」は、脳の中に蓄積された情報のことです。例えば「日本で一番高い山は?」と聞かれて、即座に「富士山」と答えられるのは「知識」の力によります。
では「知恵」とは。これは「新たな情報を創り出す力」のことです。自分の持っている知識を総動員して自分の力で新たな情報を創り出すのです。
私の考えは、学級通信名「WIDSOM(知恵)」が示している通りです。
例えば最大級の問題と言ってもよい「環境問題」、これは「情報」や「知識」では解決できません 。絶対に「知恵」が必要です。

再びお尋ねします。みなさんは次の2人のうち、どちらの子供になってほしいですか?

「明治維新とは?」と聞かれて、
A 即座に正しく答える子供。
B 「すぐ調べますのでちょっと待って下さい」と資料を検索する子供

非常に難しい問題です。Aの子供は頭の中に知識が蓄積されているわけです。しかし、自分の知識にないことには対応できない危険もはらんでいます。一方Bの子供は「明治維新」に関する知識がなかったわけです。しかし、調べる方法を知っていますから自分の知識にないことへも対応できます。
どちらかを選べと言われたら、私はAの子供を選びます。学習方法を知っていれば新たな知識を獲得していけるからです。愛知教育大学の有田和正先生はこんなことを言っています。

つまり、「学ぶ力」は、「学習技能」そのものなのである。
学習技能を身につけておれば<どんどん変化していくものであるが>、時代が変化して新しい知識が必要になっても、ちゃんと自分で創り出していける。
だから、時代の変化にがっちりと対応できるのである。
「知識」を覚えていただけでは、新しい知識を創り出していく力とはならない。知識を活用して学習技能を活性化させることが大切である。
「生きていゆく知識」というのは、「学習技能」のようなはたらきをするものである。
「学習技能」というのは、「生産工場の機械」のようなものである。この生産工場に、原料としての「情報」を入手し、最新の機械で能率よく製品としての「新しい知識」を製造するのである。
(中略)
工場の機械も、時代の変化や科学の進歩に応じて、新しい能率のよいものに変えていかねばならない。学習技能も、昔のままでよいのではなく、時代の変化に対して改革していかねば時代おくれになってしまう。そして、やがて倒産ということになる。

もちろん「情報」や「知識」を軽視しているわけではありません。情報なきところに知識はなく、知識なきところに知恵は生まれ得ないからです。

今週から読書週間が始まっています。

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