『わらぐつの中の神様』(その5)

これまでお伝えしてきた「わらぐつの中の神様」の学習ですが、最後に次のような問いを出し、子供たちに自分の考えを書いてもらいました。

この物語の題『わらぐつの中の神様』の神様とは何を象徴しているのでしょうか。

「象徴」という言葉は子供たちにとっては難しい言葉です。「鳩は平和の象徴」「青い鳥は幸せの象徴」などを例にとり、これまでは「隠された裏の意味」というように子供たちに説明してきました。しかし、5年生も終わりに近づいた今、あえて「象徴」という難しい言葉も教え、使わせてみることにしました。いつまでも簡単な言葉に置き換えていたのでは子供たちの語彙は増えていかないからです。
さて、「神様」が象徴しているものとしてほとんどの子供たちが「心」とか「気持ち」という解を書いていました。ノートに書かれた文章をお読み下さい。

恭平
「わらぐつの中の神様」は何かを象徴している題である。
何を象徴しているのだろうか。
ぼくは、心だと思う。なぜなら「使う人の身になって心をこめて作ったものには」と書いてあるからぼくは心だと思う。

威宏
「わらぐつの中の神様」は何かを象徴している題である。
何を象徴しているのか。
ぼくは「そのものを作った人の気持ち」を象徴していると考える。
なぜなら、おじいちゃんが言った言葉に「使う人の身になって心をこめて作ったものには、神様が入っている」というところがあったからだ。
このおじいちゃんの言った「使う人の身になって〜」というのは気持ちをこめて作ったものはということだとぼくは思ったからだ。
だから、そのものを作った人の気持ちが象徴されていると考える。



「わらぐつの中の神様」の学習を終え、先日「慣用句」の学習をしました。
教科書に次の文章があります。

このように、二つ以上の言葉が結び付いて、決まった意味をもつものを、慣用句という。慣用句には、目・口・舌・鼻・耳・手・足など、体に関係のある言葉を使ったものが多い。
この作品の中から、慣用句をさがし出してみよう。そして、それを使って文を作ってみよう。

辞書で目・口・舌〜等を引くと、それらを使った慣用句が解説されていることを知らせ、こんな宿題を出しました。

目・口・舌・鼻・耳・手・足を使った慣用句を辞書で調べ、慣用句をできるだけたくさん使った作文を書いてきなさい。慣用句を使った短文を一つずつ書いてくるのではありません。ストーリーを持った一つの文章を書いてくるのです。

次に紹介するのが翌日子供たちが書いてきた文章です。使い方が多少おかしい部分もありますが、子供たちに知恵を働かせて綴ってきた文章です。お読み下さい。結構笑えます。


こんにちは。私が舌が回ることでおなじみの伊藤です。
「うるさい。静かに。」
と言われると耳が痛いです。
このあいだ、目と鼻の先にある手作りケーキを食べたんです。そうしたら、おいしくなくて、足うらをかきたくなりました。そして、お口直しにチョコレートを手に入れました。とっっってもおいしかった。

明美
今日一年生の「ミックスジュース」という音楽発表会があった。いろいろなくだもののにおいがしてきそうで鼻がむずむずし、つい舌なめずりしてしまった。
これが一年生の合唱なの?と目を丸くし、耳を疑った。つい、私もつられて歌を口ずさんでしまうほど、手も足も出ないようなすてきな合唱だった。

愛子
今日私はAさんから、あることを教えてもらった。Aさんが私に言った。
「このことは、ひ・み・つ」
私は
「うん」
と言った。
だが、私はBさんと話しているとき、つい口がすべってしまった。私は手に汗をにぎってAさんの方を見た。Aさんは目をすえてこっちを見ている。
私はAさんの方へいき、あやまった。そしたらAさんは
「いいよ。」
と言った。
私はAさんの心に舌を巻いた。やっぱりAさんてえらいんだなあと思ったら、Aさんは鼻が高そうにしていた。私はやっぱりAさんていやな人と思った。
でも、Aさんは頭も性格もいいなどとうわさを耳にする。だから私はもう一度Aさんの方へ足を運んであやまった。


ぼくは金に目のないやつだ。帰り道、A君と一緒に帰っていた。そこに百円玉が落ちていた。A君は取ろうとした。ぼくは「おれの目の黒いうちはとらせん」と思ったら手を出すひまがなかった。しかし、A君はその百円玉を投げてしまった。ああ、残念。
そのA君はぼくのことを二枚舌と言う。自分でもそう思っている。でも、実はぼくはA君のことをじごく耳だと思う。なぜなら耳打ちしていることが聞こえるというのだ。ぼくは口がすべってその事を言ったことがある。
この話も鼻についたのでさようなら。

高志
ぼくたちの先生は授業中でもしっかりみんなに目を配っている。落書きするにも一苦労だ。
先生は口がすっぱ〜くすっぱ〜くなるなるほど何回も言う。
ぼくの友達によく舌が回る人がいる。その人は前、あまりにうるさすぎて鼻であしらわれたことがある。それにぼくの近くの席の人は耳が痛いことばかり言う。
ぼくたちのクラスは、手がかかる人がいるけれど、学年行事ではみんなで力を合わせて見事綱引きで一位をとった。ぼくはすごくうれしかった。

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