知恵を磨いて・・・

ウィズダム学級の1年間が終わろうとしています。
あっという間の1年間でした。
子供たちの底知れない可能性を感じた1年間でした。
自分自身の無力さを感じた1年間でした。
だからこそ「子供たちの可能性を伸ばしてやれる教師になりたい」と強く思った1年間でした。

WISDOM(知恵)』
この名前に私がこめた願いについては「朝日新聞 天声人語」を引用しながらNO.1で述べた通りです。これまで二度にわたって引用してきた文章ですが、1年間を終えるに当たって今一度引用させていただきます。

朝日新聞1993年(平成5年)11月3日水曜日
天声人語
ひとの話を聞きながら、うーむ、その話も、それからさっきの話も、新聞に出ていたなあ、などと思うことがある。その人が得々として話していることは、知った情報をいわば受け売りしているのである。▼それなりに面白い情報の羅列なのに、心の琴線に触れない。その人の心身を通って出てきた言葉がないからだ。そう感じて思わず自分の話し方をも省みる。私たちは、とかく情報を知恵と混同しがちである。▼当節、情報は山ほどある。それを取り入れて、賢くなったように錯覚する人がいる。あるいは情報の洪水におぼれ、流される人もいる。むろん、情報は持っているに越したことはない。情報は力でもある。▼だが、あくまでも情報は情報である。例えば、育児、教育、健康などに関して、情報を集める。それは結構だが、その上でどういう生活をするかを決めるのは、知恵の領域である。知恵が働かないと、情報に振り回される。▼ことの道理や筋道をわきまえ、しっかり判断する心の働きが知恵である。頭の良さ、学問的知識の有無などといったことではない。人生経験は関係があるだろう。だが体験したことを十分に自分の収穫とし、いつも考え抜く訓練がなければ知恵にはなるまい。▼英国の詩人・批評家、T・S・エリオットに、こういう言葉がある。「私たちが知識の中で失った知恵は、どこにある?私たちが情報の中で失った知識は、どこにある?」混同しがちな三つのものが詠み込まれている。▼自分の仕事に打ち込んできた、すぐれた職人。さまざまな苦労を重ねた年配の女性。時々、こういう人々から、重みのある、味のある、知恵の言葉を聞くことがある。各自の体験から引き出された、人生への深い洞察に裏打ちされた言葉である。▼先生たちは教室で知恵の言葉を語っているだろうか。親は子の情報判断を助けているだろうか。

私の胸に深く突き刺さったこの文章は、今も私の胸から抜けないままでいます。
更に、前号、前々号でお伝えした日嘉照夫さんの著書『地球を救う大変革』の中にも強く同感する文章がありました。次のものです。

人間に本来的にそなわった能力で、ほんとうに実力と呼べるものはなにかというと、それは未知のものに対する問題解決能力ではないかと思います。人はあらゆる問題をかかえこみます。だがその問題はいかに困難に見えようとも、その人にふりかかってきたかぎりは、その人に解決できない問題はなにひとつない、という経験則があります。
大切なことは、問題がおこったときに、我欲を超えた高いレベルで解決する力があるか否かです。記憶や知識の量ではありません。
それともうひとつ大切なことは、自分のことをやるのは当たり前で、自分のこと以外に、他の人のことをどれだけ余計にやれるか。これも人生の実力のうちです。この二つがしっかりしていれば十分で、他のことは人間の評価にあまりかかわりがありません。
知識はあまりいらないといえば誤解されますが、大学卒業までに得る知識など、コンピュータのICの容量でいけば、たかだか1000円分のメモリーにも達しません。
コンピュータに入れられるものや大学や高校の入学試験に出されるような問題は、あらかじめ答えがわかっているものばかりです。そのようなものでいくら訓練しても、問題解決の能力には結びつきません。これはただ解答をして、その解答が合っているか間違っているかのゲームに過ぎません。
いまはゲームの上手なものばかりが大学に入るのに有利な状況があります。それは社会全体がそういう「ゲームの達人」みたいな人間がよいと錯覚してしまったからです。そのような学生は答えのあるものなら、相当高度な問題でも実に見事に解答を出しますが、答えのわからないものをぶつけると、幼稚園児にも劣るのではないかと思うほど情けない解答しか出せません。そういう人間ばかりが増えています。
記憶力のよさばかりが目立って、問題解決能力はほとんどない。せいぜいできるのは他にモデルを求めるくらいのことです。今まで見たことも聞いたこともない問題にぶち当たったらもうお手上げ。これでは変革の時代は生きてゆけません。

その通りだと思います。
『自分の頭で考え、自分の頭で判断し、自分の頭で行動する』
そんな子供にしたい。私もそう願って1年間が過ぎました。私の無力さにもかかわらず、子供たちはたくましく成長してくれました。毎日一緒にいるとなかなか変化が見えにくいものですが、1年前の子供たちと比べればその違いははっきりしています。これは32名が一人残らずそうです。本当にすごいものです。
卒業まであと1年。この子供たちはどのくらい大きくなっていくのでしょうか。可能性を信じ、精一杯自分を磨いていってほしいと願っています。1年間ありがとうございました。

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