『石うすの歌』

国語で『石うすの歌』という物語文の学習をしています。作者は『母のない子と子のない母と』『二十四の瞳』などで有名な壷井栄。4年生の時に『一つの花』という戦争をテーマとした物語を学習しましたが、この物語も「戦争」がテーマとなっています。
さて、この物語を子供たちはどう読むのでしょうか。
1回黙読させた後、私が範読をし、百字程度で感想を書かせました。いくつかを紹介します。

奈央子
この物語で、一番印象に残ったのは、瑞枝のお母さん、お父さんが行方不明になったことでした。それをなぐさめた千枝子もとても末っ子とは思えませんでした。
石うすは、ひいたことがないので、私もひきたくなりました。


私はこの物語の中でいくつもわからないこと、不思議に思ったことがある。
1.なぜ瑞枝ちゃんだけ、千枝子のところに来たのか。
2.お母さんが広島へ帰ってからのところは、なぜ敬語なのか。
この2つをこの勉強が終わるまでに解決したい。

薫子
おばあさんが、石うすは、そのときの人の気持ちを歌い出すと言ったのに、おばあさんが最後うすを回せなかったのにとても感動した。この話は石うすを使っていたころの話を通して戦争の悲しさを教えてくれた。

裕樹
おぼんの月に団子を作ったり、米や麦を粉にしたりするのはなぜなのか?そして石うすはなぜかロータリー-カーンに似ている。
自分の気持ちに合わせて石うすの歌を歌っているところが何とも言えない。

妙子
私はこの「石うすの歌」の作者が言いたかったことは、次の二つだと思った。一つ目はつらいことがあっても乗りこえていかなければならないこと。もう一つは戦争がうばったもののこと。
私はこれから勉強して、「思う」から「考える」に変えたいと思う。

勇生
ぼくは石うすがしゃべっているのがおもしろかった。八月にいろいろな家でゴロゴロ聞こえるなんておもしろかった。千枝子はねむたいけどずっとやっていて、おばあちゃんが石うすが歌っているよと教えて、千枝子がねむくならないでずっと回せてよかったと思う。

孝明
おばあさんが、石うすを回す気をなくしてしまったから、千枝子たちが代わりにやるなんて美しい姉妹愛だ。協力してやるとはいいことだ。

中には「意味が分からなかった」「つまらなかった」という感想を持った子供も2名ほどいました。それはそれでよいのです。「感想」ですから、正直に自分の思ったところを書けばよいわけです。「これはすばらしい物語なんだぞ」と押しつけるつもりもありません。「感想」は押しつけられるものではないからです。しかし、学習を通して、今とはちがった「読み方」ができるようにはしたいと考えています。

実は、この『石うすの歌』、私にはちょっとした思い出があります。人生で初めて『授業』というものをしたのがこの『石うすの歌』だったのです。大学2年生、附属小学校へ教育実習に行ったときのことです。紅顔可憐?な19歳、もう十年以上も前のことです。
授業前日、私が配属となったクラスの担任の先生から指導を受けました。
「渋谷さん、明日は初めての授業だね。どうせうまくできっこないんだから、こうしなさい。今晩、あなたの精一杯の力でこの教材を解釈してきなさい。明日の授業の最初の20分はその解釈を子供に話してごらん。そして子供にあなたの解釈について意見を聞いてごらん。多分いっぱい反論してくるだろうから・・・。それで45分、終わりだよ。」
そして翌日、初めての授業。なんと言われた通りの結果・・・。子供たちは次から次へと私に質問・反論を浴びせてきました。答えられないもの、反論できないものもあり、私は立ち往生。授業後の先生の言葉。
「な、言った通りだったでしょう。教材の研究が全然足りない。今日は授業の難しさがわかればそれでいいんだ。」

あれから10年余。私にとって2回目の『石うすの歌』です。

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