守備範囲

1月31日。私は1限終了後、出張させてもらいました。その日の出来事です。

2月1日朝、子供たちの登校前です。私は暖房を入れるため、教室に入りました。教室の後ろに配膳台が置いてありました。配膳台の定位置は教室の前方のはずです。昨日の給食後、だれも片づけなかったのに違いありません。

我がクラスは一人一役の当番があります。自分で決めた当番です。配膳台を片づける当番もいます。しかし、この日たまたま配膳台を片づけることになっている当番の子供は風邪のため欠席だったのです。当番の子供が学校を休んだので、配膳台が出しっぱなしになっていたわけです。
朝、教室に入り、出しっぱなしになっている配膳台を見て、子供たちは何を考えるだろう?
私は、配膳台をそのままにして教務室へと戻りました。

職員朝会が終わり、教室へと向かいます。
「配膳台はどうなっているだろう?」

「おはようございます。」
教室に入ると配膳台は定位置に戻されていました。私はすぐに配膳台当番の子の席に視線を移しました。今日は登校しています。
「風邪、治った?」
一言声をかけました。

全員に言いました。

私は、今朝学校に来て残念だったことがありました。なんのことだかわかりますか?

どの子も黙っています。

わかりませんか。では、教えましょう。今朝、教室に入ると、給食の配膳台が後ろに出しっぱなしでした。今は、定位置にあります。戻してくれたのは誰ですか。

当番の子供が手を挙げました。

そうですか。○○くんは昨日風邪で休んでいたんだよね。ですから、昨日は給食を食べていないのです。でも、今朝、配膳台が出ているのに気付いて当番の仕事をしてくれたのですね。他の人は誰一人、片づけようとしなかったのに・・・。

しばらく沈黙・・・。

今、自分の考えていることを『作文くん』に書いてごらんなさい。

● 今、自分では、なぜやらなかったのだろうと思った。しかし、ぼくにははじめからやる気などなかった。今、言われたからやろうと思ったのだ。今日の朝まで、配膳台がこんな所にあるなんて思わなかった。しかし、学校に来て、朝、気付いたとしてもそれはできたはずだ。これからは、「助け合い」ということを思うだけではなく、やらなければならない。助け合い。これは死ぬまでずっとやらなければいけない。人としてやらなければならないことだと考える。
人のことを思う、思いやりも大切だ。
ぼくには、その助け合いの文字が欠けていたと思う。

● ○○君が休んでいるのに、どうして何もしなかったのか。誰かがやればいいということではない。自分で進んで配膳台を片づけることが当たり前だと思った。でも何もしなかった。今日、○○君は休んでいたのに自分で片づけた。○○君はえらいと思った。

● 私は配膳台が出したままになっていたことに気付いていたのに、なぜ自分から片づけられなかったのだろう。今、すごく後悔している。もしかしたら、私は、
『誰か片づけるだろう・・。』
なんて思っていたのかもしれない。
卒業まで後わずかだが、悔いの残るようなことはしたくない。これから進んでやるように努力したい。

以前、子供たちにこんな話をしたことがあります。

野球にはポジションによって守備範囲というものがあります。サードならサード、ショートならショートで、それぞれに自分が守らなければならない守備範囲があるのです。自分の守備範囲は責任をもって守るというのは当然のことです。それができなければ、とうてい勝つことなどできません。
しかし、サードとショートのちょうど中間にボールが飛んできたらどうするでしょう。お互いに譲り合うようなチームは強くなれません。自分の守備範囲から少々ずれていても、「おれが捕る!」と声を出し、ボールに飛びつく。それが一流の選手であり、そんな選手が集まったチームが勝てるのです。

残りわずかです。「今回のことで、いい勉強をさせてもらった。」そんなプラス発想をして自分を成長させていってほしいと願っています。

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