地震

 土曜日の朝、東北地方で大きな地震がありました。みなさんも揺れを感じたでしょう。その時、みなさんは何をしていましたか。揺れを感じたとき、どのように行動しましたか。

 テレビを見ていた。トイレに入っていた。サッカーをしていた・・・。子供たちはそれぞれの休日をそれぞれに楽しんでいたようです。被災者のみなさんもまたそうだったのでしょうが・・・。子供たちが、揺れを感じたときの行動も、様々でした。
「すぐに外に出た。」
「『地震だ!』と叫んで回った。」
「机の下に入った。」
「何もしなかった。」

 今日の午後1時5分。この新潟市にも地震が起こります。と言っても、訓練です。今日は、地震の避難訓練があります。週予定にも書きました。なぜ今日、地震の避難訓練をするのでしょうか。

 何名かの子供は、週予定を読んでお家で話をしたようです。私が尋ねた瞬間、ピッと手が挙がりました。
「新潟地震が起きた日だからです。」

 その通り。44年前の今日、新潟に大きな地震が起こりました。新潟地震です。先生は、ちょうどその年に生まれた学年です。

 44年前と言えば、3年生の子供たちにとっては、大昔です。しかし、4年前の中越地震、昨年の中越沖地震、そして、3日前の岩手・宮城内陸地震は子供たちにとっても身近な出来事です。起こってほしくなかった今回の地震ですが、地震の恐ろしさを知り、自分の身を守る術を考える機会にしてほしいと思います。「元過ぎれば熱さを忘れる」とならないように・・・。
 下は、15日付の朝日新聞「天声人語」の記事です。最後の一文を私たちもまた実行しなければなりません。

6月は『方丈記』を書いた鴨長明(かものちょうめい)が没した月だ。長明の生きた鎌倉前期のころは、天災や疫病が立て続けに起き、世に不安がたちこめた。無常観にとらわれていく長明が、一番恐ろしかったと書いているのが地震である▼その地震は1185年に京都を襲った。地は裂け、家は倒れ、山が崩れ落ちる。「人は羽がないので飛ぶこともできない。竜なら雲に乗って逃げるのに」と恐怖を述べている。近年の調査で、このときのマグニチュードは7.4程度だったと分かっている▼東北地方できのう起きた地震のそれは、7.2と推定される。国内内陸部の直下地震で7以上は、阪神大震災など、この半世紀で3度目という。緑の山をえぐり、道路を壊して、鋭い爪跡(つめあと)を残した。なお連絡の取れない人もいるようだ▼被災は、山深い地域に広がっている。道は寸断され、被害の状況をつかむのもままならない。規模は違うが、中国の四川大地震を思い起こさせる。4年前の新潟県中越地震もそうだった。都市型とは異なる、山間部の災害の手ごわさだろう▼日本列島はプレートがぶつかり合う位置にある。その危うさを、「国土全体が一つのつり橋にかかっているようなもの」と例えたのは寺田寅彦だ。地震はいかんともしがたい。だが被害は、減らすも増やすも人間次第だと寅彦は言っている▼鴨長明の言うように、いざ大地が揺れれば、雲に乗って逃げたりはできない。何とか自分で身を守るしかない。犠牲になった方々の冥福を祈りつつ、身近な地震への備えを、見直すことにする。

 昨日、教室で飼っていたカブトムシの幼虫が脱皮し、サナギになりました。土の中に部屋を作ることなく、土の上でサナギになってしまいました。土がやわらかすぎたのでしょうか。無事に成虫に育ってほしいですね。

朝は白かったのですが・・・
夕方にはこのように茶色くなりました。