三年とうげ

 連休前の週末のことです。
「先生、WONDERは?」
「そうそう、出てないよ。ちゃんと書いてね。」
子供たちに催促されてしまいました。
 タイトルにある『三年とうげ』とは、夏休み前に国語で学習した物語文です。なぜ、今頃になって夏休み前の学習について書いているのかというと、これまた週末にこんなことを言われたのです。
「先生、『三年とうげ』のおじいさんの病気はどこで治ったの。私、気になって夜寝られないんだよ。」
まさか、この課題をずっと考えている子供がいるなんて思いもしていませんでした。「ごめんね。」という前に「すごい!」と言ってしまいました。
 ということで、この課題について、振り返ってみることにします。

 おじいさんの病気が治ったのはどこか。

 子供たちの意見は、5つに割れました。

A P.59 そして、ふとんからはね起きると、三年とうげに行き、わざとひっくりかえり、転びました。
B P.60 おじいさんは、すっかりうれしくなりました。
C P.61 ころりん、ころりん、すってんころり、ぺったんころりん、ひょいころ、ころりんと、転びました。
D P.61 あんまりうれしくなったので、しまいに、とうげからふもとまで、ころころころりんと、転がり落ちてしまいました。
E P.61 そして、けろけろけろっとした顔をして、「もう、わしの病気はなおった。百年も、二百年も、長生きができるわい。」

 話し合いの結果、AとEの2つが残りました。Aだと主張する子、Eだと主張する子はそれぞれ次のような文章をノートに書いています。

 おじいさんの病気がなおったのはどこか。私はAだと考える。
 なぜなら、病気だったらはねおきたりわざと転んだりできないからだ。
 Eにはんろんする。なぜなら、「もう」という言葉には「すでに」といういみがあるからだ。

 おじいさんの病気治ったのはどこか。
 私はAだと考える。なぜなら、まだ病気だったら、ふとんからはね起きることなんてできないと思うからだ。だから、病気が治ったのはAだと思う。
 Eにはんろんする。なぜなら、病気は治ったとは書いてあるけれど、病気が治ったなら、そんなにすぐに口には出さないと思うからだ。
 このような理由で私はAだと考える。

 おじいさんの病気が治ったのはどこか。
 私はEだと考える。なぜなら、おじいさんが「もうわしの病気はなおった。」といっているからだ。
 私がちがうと思うのはAだ。なぜなら、ふとんからはね起きて元気になったのなら、その後のページはいらないと思うからだ。

 おじいさんの病気がなおったのはどこか。
 ぼくはEだと考える。なぜなら、おじいさんが「病気がなおった」と言っているからである。
 Bはまちがっている。なぜなら、「すっかりうれしくなった」だけで、なぜうれしくなったかが書いていないからである。
 このような理由でぼくはEだと考える。

 おじいさんの病気が治ったのはどこか。
 私はEだと考える。なぜなら、おじいさんじしんが「もう、わしの病気は治った」といっているからだ。そこで治ったのだと思う。
 Aはまちがっている。なぜなら、トルトリがそう言ったから、じゃあやってみようと思っただけで、そこではまだ治っていないからだ。
 このような理由で、私はEだと思う。

 私の考えは、今日、子供たちに伝えました。
 この問題にこだわって考え続け、夜寝られなかったのはCさんでした。改めてCさんに感謝です。ありがとう。