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12月23日「クリスマスに思うこと」
  なんだかすっかり空っぽになってしまった。

 人が羨ましく思わなくなったし、自分なんて透明な状態が一番いいと思うようになった。

 いるかいないか分からない。人がぶつかっても、すーッと透り抜けてしまう。それが理想だ。

 自慢も、批判も興味がない。

 ほんとの意味で「向かうところ敵なし」だ。ま、そもそも「向かわない」から、これもまたどうでもいい。

 これが「悟り」か?

 それもどうでもいい。

 とにかく「区別」が面倒になった。「迷いと悟り」の区別なんかどうでもいい。

 寒い日にホープ軒のラーメンが食えれば、後はどうでもいいよ。



11月19日「読後感」
 この半月、田宮虎彦を読んで、村山由佳を読んだ。 中井英夫を読んで、村上春樹を読んだ。

 読んでいて去来する居心地のよくない想念。なにか違う。

 死んだ作家、生きている作家程度の違いか。どうもそんな程度の違いではなさそうだ。それを知りたくて読みすすめていたのだが、昨日あたりから違いが分かり出した。

 でもどうしてもうまく言葉にできない。

 どうにか「1945年8月15日以降」と「1987年10月19日以降」が鍵になるようなことだけは見えてきた。

 「原爆が2発落とされ太平洋戦争が終結した日」「コンピュータによる資本のコントロールが世界規模で脚光を浴びた日」

 それぞれ、その後、「死の意味」が大きく変質した日・・のような気がする。

 ふと床に寝ころび本棚を眺める。

 ああ、どうでもいいことだ。



10月22日「唐組」
  夕方ふらふらと公園を横切って家に帰ろうといつもの道を歩いていたら、雨の中、赤いテントが立っていた。

 そこだけ電灯で明るい受付があったのでそこに向かっていくと、その周囲の闇に人が沢山立って揺れていた。受付のジャージを来た女の子に「なにをやるんですか」と訊くと「唐組の芝居です」ときっぱりとこたえた。「券ありますか」と言うと「あります」「では一枚ください」と。

 テントの中は車座になった老若男女で立錐の余地もなかった。私は上手の5列目に無理やり座った。

 唐組とは唐十郎が主催する劇団だ。紅テントは状況劇場から続く象徴だけど、今は唐は一線から退いて、時折顔を出すくらいだ。しかし、こんないわば私の日常の中で観られるなんて・・・。

 テントの中が真っ暗になり、そして、舞台が明るくなると焼鳥屋の二階が現れた。

 やはり唐の芝居は面白い。言葉の洪水とハチャメチャなイメージの炸裂。唐が発声したのは最後の挨拶だけだったが、役者もそろっていたし、凝縮された内容の芝居だった。

 最後、舞台の奥の壁が倒れ、雨に煙る夜の井の頭公園の森が現れた。そこに女装の唐が通り過ぎる。私の席からは唐の姿は見えなかったが、寺山修司の「田園に死す」の最後のシーン、鈴木清順の「陽炎座」のこれも最後の崩壊のシーンを生で観た感覚は新鮮だった。
 ツルゲーネフの時代から、いやそれ以前から屋外の芝居ではよく使われる手なのかもしれないが、芝居の内容からして夜の雨の背景はシチュエーションとして最高だった。

 さて、ひとり帰りながら、脚本、演出の手直しをずっと考えていた。「十貫寺は30秒、間をおいてから出てくるべきだ」「汚濁した水のイメージを遊ぶ言葉がもっと欲しい」

 そして、気がつくと雨の井の頭公園の薄闇の中に、傘を差してふわふわと自分が浮かんでいた。



10月6日「松果体」


 青い空の青と夕焼けの朱を見つめていると、心の深部にもうひとつの眼があることを教えてくれるような気がする。

 これは沖縄の青、東京の朱、鎌倉の青。

 もうひとつの眼でなにを見ているのだろうか?

 生き物がひとしく常に見ているもののような気がする。


9月3日「追悼 ナムジョンパイク」

1970年代の後半にパイクを知った。ヨゼフ・ボイスはすでに知っていたが、パイクとのパフォーマンスでボイスの真の世界を知った気がした。

 映像にこだわり続けたパイクだが、映像表現にはあまり深入りしていない。「映像」そのものを表現に使っていたと言っていいかもしれない。こんなことを言いつつも私はパイクの「思想」のことはあまり知らない。

 ピアノを「無邪気に」弾くすがた。ピアノを「邪気にみちて」壊すすがた。ボイスが叫び、パイクがピアノを叩く。

 整然と並ぶブラウン管テレビから流れる映像。樹木の向こうの沢山のテレビ画面の中の人物がひたすら話しつづける。

 この世界に触れるだけでいいのだ。

 なにがいいのだろう。感覚の浪費。思考の揮発、そう、こうした「大いなる浪費と無駄」がいいのだ。

 「浪費と無駄の徹底」。ここにパイクのパフォーマンス、いや、現代美術の逆説がある。

 「役にたたない」ことの果てに、見えてくる、くだらない、しかし、不動な「生」が浮き彫りになると言う逆説だ。

 これは、熾烈なしかたで立ち現れる。

 不意なる不幸などによって人間の規範に即した日常に亀裂が走ったときにはじめて流出するような「生のなま血」を、パフォーマンスは多彩に屈折させ、我々の前に色鮮やかに炸裂させる。とろとろと、淡々と、炸裂させる。

 パイクの作品の前に、そうだ、壁一面のテレビ画面に映し出される映像の前に、3分間でいい、じっと立つがいい。あなたの内部でパチパチと音を立てて崩れていく感覚の心地よさを体験するはずだ。そして、やがて、寄る辺ない不安と狂気の痙攣に襲われる。



8月16日「偶然の賜」

うつむきながら狭い歩道を足早に歩いていた。

 ふと、視線を起こすと前方に足の悪い太ったばあさんが杖をついてびっこを引きながら歩いていた。急いでいた私はばあさんを追い越そうとした。でも、大きく左右に揺れながら歩いているばあさんをどうにも追い越せない。車道はひっきりなしにトラックが走っている。だから車道に移って、ばあさんを抜こうとしたらトラックにひかれてしまう。

 赤いトラックが猛スピードで向かってきた。その時だ。ばあさんの体が大きく車道に傾いた。追い抜くチャンスだ。私はわずかな隙をねらってダッシュした。

 大きく足を踏み込みジャンプした。と同時に気がついた。足下になんと大きなネズミの死骸がころがっているではないか。ええーい、足をさらに大きく開き、ネズミをかすめてに着地した。すんでのところで踏むところだった。

 この瞬間、車道のトラック、歩道のばあさん、ネズミの死骸、その上を飛び越す私が一直線に横並びになったのだ。

 トラックにひかれることもなく、ネズミを踏むこともなく、ばあさんも追い越したのだが、なにも同時に重なることもないものを、こんなことがずっと続いている。



7月16日「ジャコメッティ再び」

 朝早く起きて、葉山の美術館へ行ってきた。ジャコメッティ展に行ったのだ。

 ジャコメッティは三島由紀夫とならんで私の10代の終わりに激しい衝撃を与えた人物だ。この二人は良きにしろ悪しきにしろその後の私に影響を与え続けている。

 海辺の美術館は、ある意味パリの薄闇を思い起こさせるジャコメッティの作品には似つかわしくないと思った。でも、人影まばらな会場に入るとそんなことは全く関係なかった。ディエゴの彫像。ヤナイハラ、アネットの肖像画が目の前にあるだけでもはやそこが「どこか」などどうでもよくなった。それらの作品の「顔」が私に向き合い、彼らが要求する距離を選びながら、すっとそのポイントに立つと強烈な「リアリティ」をもって迫ってくる。表情さえ持ち出す。

 友人が紹介してくれた矢内原伊作の『ジャコメッティとともに』を一気に読んだのが17才くらいだった。「あと50gの勇気が欲しい」と言って悶々と作品に向かうジャコメッティの熾烈な生き様は、その読後すぐに、たまたま神戸で開催していた彼の回顧展で作品に直に触れ、さらに私の内奥に突き刺さった。

 建物を出て、美術館の庭園に出た。東屋に腰掛け、波立つ海を見つめていた。ヴァレリーの「海辺の墓」のフレーズがよぎった。

「風が吹いた。さぁ、生きるんだ!」

 蝉が一匹鳴き出した。

 長いうたた寝から起こされた気がした。



6月12日「プロレス・カールゴッチ」
 私はプロレスから多くのことを学びました。

 プロレスの試合の理想的な展開は相手の技を受けて、受けて、しかもできる限り相手の技を輝かせてみせてやる。そのためにはコーナーの鉄柱に打ちつけられて額を割られてもいいのです。最後は切り返して・・・、そう、観客が待ちに待ったタイミングをみはからって切り返して、確実に決め技で仕留めるのです。

 また、格が同じあるいは上の相手との試合は気を遣います。相手を輝かすのはもちろん、相手の方が力量が上でも、こちらも輝かなくてはならないからです。
 そして、試合の最後はこちらのメンツ、あちらのメンツを保ちながら、場合によっては潔く負ける。あるいは反則の匂いをちりばめながら勝つのです。その微妙な駆け引きが難しいときは場外乱闘にもっていって、試合を流してしまうのです。

 いずれにせよ、当たり前ですが、プロレスは一にもニにも体力です。日頃のトレーニングを怠ると本当に殺されてしまいます。そして、更に体力だけではありません。試合を組み立てる知力もそうです。トレーニングを怠ると殺されてしまいます。

 こうしてプロレスは私の実生活のあらゆる局面で生かされています。

 ところで、決め技と言いましたが、私が本当に好きなプロレスの技は、あの芸術とも言える美しいカール・ゴッチのジャーマンスープレックスです。相手の後頭部をマットに叩きつけて、そして、最後につま先立ちをくいくいとする。芸術です。これで仕留められれば敵も本望でしょう。実は、私は密かにこれを使う機会をねらっています。


5月27日「芥川・歯車」
 芥川龍之介の作品で、今一番気になる作品は『歯車』だ。

 義理の兄の自殺による死の影がレインコートとなって彼の行く手に現れる。
 町をさまよい、どこに行っても、誰と会っても、苛立ち、自分の居場所がなく、あのレインコートの影におびえる。しかも、片目には半透明な歯車が見えつづけ、ますます歯車は動きを増してくる。

 そして、最後にこれだけは聞きたくなかった言葉が妻の口から聞かされる。「おとうさんが死ぬかもしれないと思った」おとうさんとは彼のことだ。

 この作品を書いた一ヶ月後に芥川は自殺した。

 彼の後期の作品をまったく評価しない人もいるが、さらりとした内容であるが、完成度の高い『蜃気楼』や、最後の最後まで文(=エクリチュール)と戦う生身の作家の姿がページの向こうに見える『闇中問答』など、晩年の世界は端的に好きだ(『河童』もそうだ)。そして『歯車』はこの時期の頂点ではないだろうか。


 なぜ、今、晩年の芥川なんだろう。多分、ひと月前から見えだした「歯車」のせいだろう。



5月3日「ぷるるん金魚」
風邪なのか、ひどい花粉症なのか、喘息なのか。
医者はこれらに対応するすべての薬を処方してくれた。

要するにひどい風邪なのだ。
全身にアレルギー反応が起き、気管支は激しく炎症している。

でも、私は、個別個別に症状を医者に説明したため、既往症が際だって発症したことになってしまった。

風邪にはいわゆるK3と抗生剤、花粉症にはクラリチン(薬価が高い)、点眼薬、点鼻薬、そして、喘息にはメプチンである。かなりの重装備だ。

これで敵を殲滅できるのか。

さて、今日は快晴だ。五月晴れだ。意識にうっすら皮膜ができた眼差しで空を見上げる。すると咳き込む。

ぷるるんとした自分の血痰を見て「金魚みたいだ」と言った梶井基次郎の作品「蒼穹」はこんな感覚であの風景を見ていたんだなぁ。




4月8日「春爛漫−春霞」
風邪をひいて喉が痛くて歌えない。

風邪をひいて熱のせいで体がだるくて踊れない。

風邪で喉が痛くて、熱があって、胃腸があれて全身が衰弱して、遠くの友達たちがよく見えない。

おーい、と言う声がするけど、桜吹雪でよく見えない。

かすかに見える後ろ姿はどれも背を丸くしてなんだか少しおかしな足取りだ。

風邪をひいて目が霞む。みんなの姿が見えなくなる



4月3日「脱臼」
 久しぶりに若い部下達と少し酒を飲んだ。大勢と飲むことも、若い奴らと飲むことにもうんざりして、外で飲まなくなって何年も経つ。でも、どうしても私と飲みたいと言う何人かがいて、つい「いいよ」と言ってしまった。

 場所は新宿だ。トイレは男女共用の汚い店だ。場がしらけても一人心地よければと思い、数十年来の行きつけの店に行った。

 さて、ひとりが私の過去を聞き出そうと、意味もなく

 「哲学と心理学はどう違うんですか?」

 突然、こう訊いた。

 ふいを突かれた私はライムハイをぐっと飲み干した。そして、スイッチが入ったかのように、ゆっくりと実証主義に裏打ちされた心理学と、意識をめぐる現象を記述する現象学としての哲学の違いを、メルロ・ポンティを援用して説明しだした。どうせ「難しいなぁ」で話は打ち切りになると思った。
 しかし、気がつくと彼らの目はじっと私を見つめ、次の言葉を待っていた。私もそれにこたえるように、幻影肢の説明から、さらにユクスキュルの環境世界論まで延々と話をし続けた。もちろん彼らは知識に素地はない。これら「現象学の常識」ではあるが、ここまで私に語らせた若い奴はいなかった。

 ビール、黒生ビール、冷酒、ライムハイ、酎ハイ・・・。

 まるで大学のゼミを終えて、酒場で引き続き、学生が教師に質問を浴びせる宴の場のようだった。

 私は話を転回した。私の伝えたいポイントを別の角度から話し出した。

「ハムレットは狂気を装った。世界と自分の間に1cmばかり厚みをもった皮膜を作ったんだ」
「なぜ、そんなことをしたのですか」
「すべてを留保したかったからだ。ハムレットは世界の関節がはずれたと言っているが、世界を脱臼させないと、殺されるか、自分が保てなくなるかになったんだ」
「殺されるか、自殺をするかの選択を避けたわけですね。」
「そう、実は、to be or not to be 生きるべきか、死すべきか ではないんだ」

分からないだろう。君らには・・と思ったとき

「今日の○○さんの会議の発言そう言うことなんですね」
煙草の灰を灰皿に落とし、黙って聞いていた。
「そう言うことって?」
彼も酔っていた。しかし、快活にこう言った。
「はい、脱臼させる」
一呼吸して私が言った。
「あそこはすでに関節がバラバラさ。私は自分を脱臼させたんだ」
「イリュージョンマジックの脱出技ですね。関節をはずして脱出する」


 いつの間にか、世界でなく、自分の関節をはずすはめになっていた。

 帰り桜満開の町に人が溢れていた。

 若い奴らも捨てたもんじゃないなぁ。と思いつつ、
「でも、どうでもいいや」と言って桜の花を一輪もぎりとった。



3月19日「嫉妬」
先週の夜、いとこから電話があった。

「例のリサイタルやるんですが、これますか?」
「行けるよ」
「ゆっくり話したいことがたくさんあるんですよ」
「僕もあるんだ」

 そして、数日後、彼のリサイタルに行った。
 彼は現代音楽を主戦場としている男だが、なんとなく関わったCMの作曲で人気が出てしまいそちらの方で多忙のようだ。シリーズ化した内輪向けリサイタルは彼が息をつける場のひとつとなっている。

 リサイタルは彼の友人とのセッションが必ずある。友人は作曲家や、バイオリニスト、笙篳篥奏者、マリンバ奏者、コントラバス奏者、サキソホン奏者と多彩た。そして、すべて、世界的に活躍している錚々たる人達だ。

 今回のリサイタルはサキソホン奏者との絡みが後半あった。前半部はバッハの「フランス組曲」を随所仕掛けて演奏する。(私はピアニストとして彼を最高位クラスに見ている)音のバランスはさすがだが、今日の彼は異常にナーバスになっていた。

 バッハの次はモーツァルトとの戦いだった。トルコ行進曲を、これまで聴いたことがない者が初めてピアノソナタ11番を弾くことを想定した演奏なのだが、シューベルト、ラヴェル、メンデルスゾーンなどが顔を出す音色を織り交ぜながら、真剣勝負を始めたのだ。ややジョークが加味された音の「脱構築」を演ずるはずが、この日ばかりは鞘からきらりと光るものを何度も見た、いや、聴いた思いがした。

 後半のサキソホン奏者(こいつも大した力量だ)との絡みも、遊びのじゃれ合いのようで、手抜きのない緊迫したセッションだった。

 では、今回の「リサイタル」のデキは?

 実は、彼がこの日最初に発した「バッハの音」が私に触れたとき、目が熱くなってしまった。あの聞き慣れたフランス組曲の体をした、やや揺れながらきしみながら流れる音が体中に浸ったとき、涙があふれていた。もうこれ以上語る必要はないだろう。

 終了後、いつものように楽屋へ行って、声をかけた。私の前にたくさんのファンが列をつくっていた。
「よかったです」
と、皆、言って
「どうもありがとう」
と、ニコニコしながら彼は応対している。

 ところが、私が前に立つと、表情が硬くなり、
「来てくれてありがとう」
明らかに他の人達と表情が違う。
そして、私が言う。
「楽しかったよ。でも、いつもよりナーバスだった」
と淡々と言う。彼はやや目が泳ぎ、
「どの辺ですか」
私はしばし黙する。
「全体的にかなぁ」
彼はつぶやく。
「いえ、前半」
と、そっけなく私。
「そそ、そうかぁ。ナーバスなりによく演奏できたと思っているんだ」
「ええ、よかったよ」

 そして、楽屋を後にした。

 私の冷めた態度と言葉は、明らかに彼に「嫉妬」していたからだ。

 確かに彼は悩んでいる。何かに悩んでいる。近日中に会うことになるだろう。会って何を話すのだろうか。一晩中話すことになるかもしれない。

 でも、私には、彼の音楽に、真っ向から向き合う力はもっていない。

 もっているのは「1000の言葉をもつがゆえに、『ひとつの言葉』を失う口」だけだ。

 私は『ひとつの言葉』のためのなにももっていない。彼にはあった。



1月25日「なにが欲しいの?」
商品は「使用価値と交換価値」から成っている。

こんなことはアリストテレスがすでにギリシャ古代に言っている。

マルクスはここで「商品−金−貨幣」のトリックを分析し、価値生成のメタフィジカルなメカニズムを析出する。

そして、更に「労働力」という、価値を増殖させる魔法の力を明るみに出す。

「資本」・・・キャピタル

「生産を軸とした経済」から「消費を軸とした市場経済」

キャピタリズムでは、人に、そして人と人の関係に
キャピタルが降臨する。そして、すべて相対化される。

皮肉にも価値がフラットになる。

区別、差別、差異による価値生成をメディアが機能する。


しかして、あえて、商品は「使用価値と交換価値」から成っている。


金で手に入れられないもの?

集中治療室での「ジョーク」



1月1日「こんなもんか」
@大晦日の吉田VS小川の試合はよかった。はずみでなく、手応えを感じながら相手の足を折るくらいの試合は久しく見ていない。

A暮れから読み始めているのは中井英夫の『虚無への供物』だ。戦後の代表的な推理小説で、タイトルは私好みなのだが、読むのは初めてだ。昔から数行読んでは閉じてそのままの作家だ。理由は分からない。また、なぜ今読み出したかも分からない。

Bどうも鼻がアレルギー気味だ。ちょっとした刺激にも反応する。

C明けましておめでとうございます。

Dさてと、風呂入って、酒でも呑むか。