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12月24日「龍安寺−男子の視点」

 京都の龍安寺へ行ってきた。石庭で有名な寺だが、俗っぽさを感じてこれまで清水寺とこの寺は来たことがなかった。

 その日は朝から小雨が降っていたが、騒々しい客は早朝から来ていた。彼らが去って、ひととき石庭に静けさが訪れた。私は縁に腰掛け庭を漫然と眺めていた。それは想像していたものとまったく異なっていた。見事なまで「無意味」な世界がそこにあった。どこに視点を置いてもその「風景」は視点を受けつけない。いたたまれなく眼差しを一面に横線が引かれた砂に向けると今度は視線そのものが吸い込まれて行く。それは放送終了後のブラウン管テレビのノイズ画面のようだ。石庭全体がノイズ画面となってその所々に五つの判然としない像が浮かんでいるのだ。

 しばらくその感覚に浸っているとなんとも言えない心地よさを覚えてくる。でも、ふと我に帰り、これ以上ここにいるとなにかに洗脳される恐怖心に襲われ、立ち上がった。

 すべての視点を拒否し、さらに視点を吸い込んでいく風景なんてはじめてだ。私は灰色の空を見上げて大きく深呼吸した。すると急に尿意を覚えた。かなり「たまって」いた。周りを見回すと石庭の直ぐ横に厠があった。段を降り、戸を開いた。木造の狭い古びた造りだが、清潔だった。ほっとして小用をし、目の前の木の格子を見ると思わず尿が止まるような風景が飛び込んだ。

 その格子は縦横に交差し、モンドリアンの絵のように視界が切り取られて組まれており、その中心の四角に石庭の石が嵌っていた。ことごとく視点を拒んだ石庭がこの角度から見事に切り取られた風景を提供してくれているではないか。石庭を見ていた心の緊張感が放尿の安堵感とともに解放されていった。男子だけに許された龍安寺の仕掛けだ。



11月4日「リルケの一文」

 これは詩人のライナー・マリア・リルケの日記の一文だ。今日、私は秋の夕空を見上げて、すでに詩となっているこの文を思い起こした。

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 しばしばぼくはひどくはっきりと、いちども存在したことのない事物や時間のことを思い出す。ぼくはいちども生きたことのない人びとのあらゆる身振りを見、彼らがいちども口にしたことのない言葉の音調にふくまれたゆらめきを感じる。

 そしていちども浮かべられたことのない微笑がきらめく。いちども生まれたことのない人びとが死んでゆく。そして、いちども死んだことのない人々が石に扮して、誰が建てたのでもない教会の薄明のなかで、長く平らな石棺の上に、両手をくんで横たわっている。

 いちども鳴ったことのない鐘、山々の中にある、いまだに形づくられたことも見いだされたこともない金属でできた鐘が鳴る。鳴るだろう・・・

 というのは、いちども存在したことのないものは来たるべきものであり、われわれを越えて来たるべきもの、未来のもの、あらたなものなのだから。

 またぼくはさらにあまたの未来を思い起こす、恐らくは、いちども存在したことのないものがぼくのなかで起ちあがり、そして語るときに。・・・

1900年12月19日夕 ライナー・マリア・リルケ

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 この詩文があるから、明日も生きて行ける。



9月30日「ラドリオにて」

ひさしぶりに神保町の「ラドリオ」で休んでいた。かつて三島由紀夫などが打ち合わせに使っていた店だ。そんなことに関係なく私も昔からよく使っている店だ。店内の装飾は恐らく三島の時代から変わらないはずだ。ここのどんよりした暗さがたまらなく落ち着く。

 席に座り、いつものウィンナコーヒーをたのむ。煙草に火をつけて、先ほど買った本を広げる。どうも人の声が気になる。横を見ると、少し離れた席で、するめのようなじいさんに中年男(文筆業関係風)がインタビューしている。私は本を開いたまま、そちらに聞き耳を立てた。

 どうやら、じいさんはマルキストの心情的な悩みについて語っている。と思っていたら、マックス・ウェーバに話が移り、「大塚久雄門下の○○○はね・・・」と言う。さらにモスクワ裁判のときの左翼の悩みについてぼやき、「メルローポンティも悩んでいたじゃないか」と言う。古色蒼然と言った風だ。なんとなく懐かしい左翼系学者のディスクールの世界である。

「ブントはさっぱりわからない。・・・私のユートピアなんだ」

「悪いのは毛沢東、労働者国家がなぜそうなったのか。毛沢東だ」

「シベリアに抑留されたトロキスト!ぼくはそんなめでたくない」

 今、ここで話しているじいさん。なんだか、いいなぁ。なにかが愚かしく、なにかが・・・

「アジア的専制主義!地理的な・・、そんなとんちんかんな!」

「△△△さんの胸にあることをファックスで送ってください」と中年男。

「僕は朝4時に起きて、机に座って、午後散歩、時間はたっぷりあります。原稿を書くのが楽しいんだ。人に話すのが好きなんだ」

「先生はこれからどこの出版社へ行くのですか?」

「**社です」

 おお懐かしい左翼系出版社。

 ふたりは互いに丁寧なお礼を言い合って店を出て行った。不条理劇のワンシーンを見たような気がした。

 どんなユートピアを描いていても、人ひとりの力ではそれを実現することはできない。そんなこと百も承知なのだろう。
 平等な社会を築こうと考えたマルクス、エンゲルス、そして彼らの思想を実行に移した人たち。理念をかかげ、ただたくさんの血を流した。皮肉にも、その血をたっぷり吸った資本主義が今や謳歌する世界となっている。差別と不平等があたりまえになっている。そんなことよく分かっている。

 「あのじいさん・・・」

 私は「会議」で埋め尽くされた手帳の予定表を見ながら、大きくため息をついた。


9月9日「2007夏 風景雑感」

その1.「乞食」

 数週間前、猛暑に風景が揺れる新宿でのことだった。

 西口のヨドバシカメラで最新のノートパソコンを見て歩いたあと、裏口から外にでた。むっとする熱気が押し寄せた。大きく深呼吸して周りを見渡すと、狭い歩道に自転車がたく さん止めてあった。よく見ると、その間に男が寝ていた。ホームレスと言うか、浮浪者だ。いつもの風景だ。地下道入り口を目指して歩き出すと、さらに別の男が2人、炎天下で寝ていた。私はなにも視界に入っていないかのように歩を進めた。すると前方で大きな声で話す男女がいた。その数人は道をふさいで自分たちの会話に夢中になっていた。どうやら中国語を話しているようだった。私は足早に地下におりた。<BR>
 西口広場方面に行くと、殺気だった人々がたくさん歩いていた。改札近くにさしかかるとダウンジャケットを小脇に抱えて正座をしている男がいた。彼の前には紙コップがおいてあった。その中を見ると、お金が入っていた。お経を唱えるわけでもなく、ただ頭を下げている。要するに「コジキ」だ。この瞬間、グーグルアースでこの一点からさーっと引いて、地球全体を見る視点になってしまった。


その2.「ヨハネ伝」

 日本聖書協会訳ではない福音書の「ヨハネ伝」を丹念に読んでいた。

 聖書の中の「霊、精霊」がギリシャ語の「プネウマ」と知って愕然とした。新約聖書の原典がギリシャ語なのだから当たり前なのだが、すると「真理」はアレテイア、「言葉」はロゴス、「神」はテオス。ギリシャ語の観点で読むと随分と聖書の風景が違ってくる。いまさらながら西洋を支配してきた思想に一貫して流れている「真っ赤な血」を見たような気がした。よく分かっていたつもりだが、「キリスト教」はアウグスチヌスやトマスたちが描いた物語なのだなぁ。


7月29日「JAZZ]

 岩手県の一関に仕事で行っていたのだが、その地に来て、ふと思い出した。

「Basieがあるじゃん」

 「Basie」とはジャズ喫茶の名だ。今ではほとんどなくなってしまった正統派ジャズ喫茶のひとつだ。ジャズ喫茶のメッカだった吉祥寺にももはや正統派は一軒もなくなった。ところが、こんな辺鄙な町に正統派の店がどういうわけか何十年も営業し続けているのだ。

 さて、その日は少し早めに仕事があがったので、ネットで調べて、夕方、宿から相当離れているその店に歩いていった。

 店内は思ったより広かった。薄闇の向こうにJBLのオーディオレンズ、ダブルウーハがどっかりと立ちはだかり、それに向かって黒い椅子が整然と並んでいる。客が2,3人座っていた。俺は後ろの方の真ん中に座った。50年代のメインストリームジャズが流れていた。マスターが水を持ってきて、「ホット」と口を動かす。「ホット」がテーブルに置かれ、手を伸ばしたその時、な、なんとコルトレーンの「SOULTRANE」がかかった。俺はを手を引っ込めて、椅子に深く座りなおした。身体中ゾクゾクした。コルトレーンのサックスのアドリブが延々と続くうちに、俺の内部でたくさんの壊れていたものがひとつひとつ丁寧に手で拾われ、直(治)されていくような気がした。

 いち音いち音がすでにブルースであるポール・チェンバースのベース。音と音が連なるようなレッド・ガーランドのピアノ。アート・テイラーの無駄のないタイコ。そして、決して器用ではないが、「うまみのある」この時期のコルトレーンのサックス。これらの音の波がJBLから打ち寄せる。

 思えば、かつて、このような音の洪水の中で本を読み、様々なことを考えていた日々があった。ジャズの音は思想にしみ込み、身体中の細胞はジャズで染まっていた。

 「Basie」の闇の中で、そんな日々のことも思い出した。

 バッド・パウエルのピアノのように文章を書きたい。コルトレーンのように燃焼し切って夭折するんだ。そんなことを友人とサントリーのホワイトを飲みながら話していた。

 世界を変えることにしか興味がなかった。その対象は自分自身にも向けられていた。

 鳥が飛ぶようにアルトサックスを吹きまくり、発狂したチャーリー・パーカーのように己れが空っぽになるまで表現し切って、ブッカー・リトルのように透明な音を手に入れた瞬間、23歳で死んでしまうんだ。

 「Basie」にひとり座り、煙草を吸い、目を閉じて、老いさらばえた己れに煙を吹きかけた。

 でも、コルトレーンの音がこのように身に染みる限り、俺は「世界を変える」ことは諦めない。ジャズは「生きること」の歩を休ませてくれない。


6月10日「ふたたび紅テント」
 雨の中、井の頭公園を歩いていたら、また、あれが立っていた。去年の10月のあの日も雨だった。あの時と同じように夕方の公園を通って家に向かっていた。そして、あの時と同じように紅いテントが立っていた。ただ違うのは原っぱ一面に咲くクローバの白い花。その白さが黄昏に映えていた。

 私は唐組のはためく旗を眼にすると、まるでスイッチが入ったかのように受け付けに向かい、当日券を手に入れ、すでに列を作っている人たちの中に並んだ。そして、どう言うわけか人に押され、入場の誘導をする係員に促 され、テントの中に早々と入ってしまった。座った場所は舞台最前列だった。

 芝居が始まった。新作「行商人ネモ」と言う芝居だ。田舎のズボン屋が大きな資本に買収され、そのズボ ン屋の行商人が手元に残ったズボンを売ろうと東京に出るのだが、その販売を大資本の手先がじゃまをする と言う筋のようだった。(実はよく分からない)

 そんな筋はどうでもいい。半裸の鳥山昌克や稲荷卓央の飛び交うツバキや汗。そして、水槽の砂に埋もれた唐十郎や、何本ものハンガーを首にくっつけた十貫寺梅軒がまき散らす砂や埃を私は全身に浴びながら、薄暗いテントの中に絡み合う言葉の乱舞にある種の陶酔を覚えた。

 最後は観客の期待通り、舞台の背がとっぱらわれ、暗い雨の井の頭公園が舞台の向こうに広がる。そこを屋台の「ノーチラス号」が担がれて遠のいていく。そこだけライトがあてられて、十貫寺や久保井が飛び跳ねていく。

 ここではもはやなにも語らない。ただ最後に一文書き添えよう。

 芝居がはねて、紅テントの何カ所から客が出て行くのを遠目で見ていて、血がたまった腫れ物が一気に血を吹き出したように思えた。



6月9日「スタバ」

 地方都市へ行っても、駅の片隅にたいがいスターバックスはある。だいたいこの店に入るときは、ほかの店を探すのも億劫なほどくたびれている時だ。先日も、京 都四条の店に行った。

 がらんとした店内に客はまばらだった。外はどんより曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。昨日の大阪での客と応酬する風景、自分が生きていることになんのたしにもならないその風景を思い起こしていた。

 でも、眼はスタバの棚をじっと見ていた。ざっくり切られたようなおおきなスコーンや、チョコレートがたっぷりかかったドーナッツ。やがてニューヨークの風景が眼に浮かんだ。行ったこともないところだが、文化の堆積のない風景と現代美術のスーパーリアリズムの世界がだぶってみえた。

 世界はレゴでできていて、意味の多層性を求めない風景。人の知覚構造が恒常仮説で仕上がっているとしたら、すべての風景はこのように見えるのだろう。多分、資本主義の「生」が生きるために求めた真理なのだろう。多様を拒絶する知恵と計算しつくされた(はずの)生はひたすら退屈で、息苦しい。

 気がつくと紙のカップは倒れて、カフェラテがテーブルからポタポタとたれていた。



5月20日「長靴いっぱいの脳」
 
 かなり遠くへきた。背後に山鳴りがする。いくつの山を越え、いくつの森に迷い込んだか。今も迷ったままだ。ただ遠くへきたことは確かだ。

 壁に刺さった釘にぶら下がる「薔薇十字」の紋章が、足下の水たまりに映る私の姿を睨んでいる。錬金術のための「辰砂」を右手に握りしめたまま私はそこに立ち続けた。果たしてひたすら手は紅く染まり、身は蝕まれていった。私は工房を去った。あそこからかなり遠くへきた。

 新緑の山の頂にひとり立ち、彷徨った森を振り返って見る。

「長靴いっぱいの脳/雨の中に立たされ・・」
 
昨晩読んだ詩を思い出す。

 真っ赤な右手をここで切り捨てて、森に身を沈めようか。


4月8日「桜正宗おおばん振る舞い」

 
桜の花舞う井の頭公園を友人とほろ酔い機嫌で彷徨った。風が吹き抜けると花吹雪が舞い 池面にはらはらと降りていく。友人は橋の欄干にもたれて、つぶやいた。

「桜の花の下でみんな酔いしれている」

 俺は片手にもったカップ酒を高くかざし、カップ酒の中のゆがんだ桜を見つめていた。そして、大きく深呼吸して残った酒を飲み干した。空になったカップはそっと橋の欄干に置いた。友人は続けた。

「桜の木の下には死体が埋まっているとか、散っていく桜の花と死んでいく特攻隊・・・、一気に咲く花のかたまりと、一気に散る花吹雪、これが日本人の死生観の奥底に焼き付いているんだろうな」

 俺は薄曇りの空を見上げながら、ポケットから細いひもを取り出した。欄干に置いてある空カップをつかんで、そのひもでくくった。

「散華ということばがあるけれど、やはり、桜と死のイメージそして舞い散る花びらの狂乱のイメージ・・・これらがこの木の下で酒を飲まずにいられなくするのだろう」

 友人は遠く満開の桜を見つめていた。俺はひもはつかんだまま、するするとた空カップを池に落とした。透明なガラスが池の奥底に沈んでいった。はっと手応えを感じ、ひもを引き、カップを引き上げた。カップには池の水がたっぷり入っており、表面に桜の花びらが 一面浮かんでいた。

「お前、なにやってんだ」

 俺は花びらごとぐいと飲んだ。

「きたねー。よせ」

「何で桜の下でみんな酔うかって言うとよ。ほれ、これみんな酒なんだよ。年一回のおおばん振る舞い」

 友人の鼻先にカップに入った池の水を突きつけた。

「飲んでみな」

 恐る恐る臭いをかぐと

「お、酒だ!」

 今年も桜の花びら舞う池辺で大人も子供も年寄りも、男も女もどちらでもない人も、犬も 猫も、なにもかも酔いしれています。お酒がたっぷり入った大きな大きな杯に皆浮かびながらなにもかもが酔いしれています。




3月4日「2.8日記より」

2月8日(水)
8:12 武蔵境 スタバ 晴

 腰が異常に痛い。疲れと寒さが腰に畳みかけてくる。

 ここのところとみに思うのは、魂の表層についてだ。深層があっての表層ではなく、ただ 単に表層しかなく、その表層についてなのだ。

 まず、なぜ表層ができるかというと魂が自分を守るためである。自己の生を守るために、表層ができる。あたかも外部の刺激から守る表皮のように表層ができるのだ。

 皮膚と異なるのは、魂の場合は、外部から守るだけでなく、内部からも守るために形成される。ただ、この表層は、極めて強度の高い環境が続くと、守るあまり、硬化し、魂が梗塞してしまうことにもなる。外部に対して強硬に抵抗し、内部からの力を抑圧するあまり、結果として、ひたすら守るだけの要塞が堅固に構築されるのだ。

 もはやどこにも敵がいないにも拘わらず、堅牢な要塞だけが残るのだ。ここには生きた魂はなく、ただの廃屋があるだけなのだ。精神疾患はこれでほとんど説明できるだろう。程度の差はあれ「他者不在」が私の言う精神疾患だ。
 
 そして「意識」とは精神疾患の賜だ。
  
 それとここのところ思うもうひとつは、知識の限界だ。と同時に、論理と行為の一体についてだ。

 知識は最終判断には決定的な要素とはならない。どんなによく知っていても最終的な局面ではそれは役に立たないのだ。
 一方、一貫した論理は行為に繋がる。つまり、「のるか、そるか」は論理であり、その論理の一貫性を維持するのは意志なのだ。

 そして、意志は「生きること」に裏打ちされている。



1月20日「釧路−フリードリッヒ」

 真冬の釧路湿原へ行った。−15℃だった。
湿原を縦横に走る小川は白濁して氷結し、のたつようにうねっていた。

 どこまでいっても不在感が支配した風景だった。

「この風景はどこかで見たことあるぞ」
「そうだカスパール・ダビッド・フリードリッヒのあの絵だ」


 ロマン派絵画と言われた彼の一連の作品は風景画なのに、風景画ではなく、また、内面を表現した心象画かと言うとそうでもない。

 一言で言えば「宗教画」なのだ。でもその絵には「神」はいない。「人」もいない。なにもない。

 厳冬の雪原に立って、「不在」を体感した気がした。

 骨の髄からぶるぶるとした。

 しびれるように痛くなった頭を叩いたら、顔を洗って、少し濡れたままだった髪の毛が針金のように凍っていた。

(右がフリードリッヒ「ドリスデンの大猟場」)



1月3日「Web2.0」

 今や、デジタル化された観念の雲が地球を覆っている。

 たぶん「インテリジェンス」を構成している要素の大部分がこの雲に散在している。この雲に手を突っ込み、素材を引き出すのは、なんと言っても人間なのだ、と言うのも、もはや愚かしい。適切な素材を抽出するのもデジタル上のオペレーションでことが済む。

 つまり、基本タームをしかるべき検索システムに打ち込めば『カントの図式機能と弁証法的総合』等というタイトルの論文は、目次立てさえしっかりしていれば、一週間で書けるのだ。

 またこの論文内容について、Web上で「論理的」に討議もできる。しかも、基本的にこれらはタダで実現できる。

 膨大な知識データベースを自分の頭脳に長年蓄積し、それを駆使して論文を書いていた学者たちは新たな己れの存在意義を見いださなくてはならなくなる。

 さて、デジタル化された観念の雲とは、様々な人達が自分の欲求に応じて関わりを持つ。また、その関わりは、関わる人々相互の関係も生み出していき、これを更にデジタルの雲は吸い上げていく。デジタル化された観念は単独に雲を形造っているのではなく、相互の関係性までも組み込んでいっているのだ。

 これは「表現者」と称する者ならば、否も応もなく向き合わざるを得ない世界だ。

 一部の人達は、このデジタル化された観念の雲の動きについて「全体と個」などと言う用語をある意味カルカチュア化して、安易に説明している。でも、どうもそんな「近代的ターム」では括れない事態となっているような気がする。

 例えば、Google Scholarで『dialektik hegel』を検索すると無数の論文が抽出される。左には重要な著者のリスト一覧も出る。ここでまとめた論点をSNSのコミュニティで論じる。すると、メンバーが注釈を入れる。それから更に外部からのメンバーが嗅ぎつけて参加する。彼らはBlogだけでなく、自分のサイトも運営している。実は彼らの関心事はこの一点に尽きるのではなく、複数の表現世界、欲望世界を持っており、これらが縦横に絡み合って世界中に増殖している。

 無数の人々が無数の関心事、欲望にそって、こんなデジタル化された観念の雲を無尽蔵に造りあげているのだ。

 これを思うと、一部の評論家が語る以上の激しい動きが今人々の内部で起きており、人々が意識化していない、無意識がゆえの怖ろしい動きがこの不気味な雲の蠢きに投影されているとさえ感じてしまう。

 いずれにせよ、歴然と多数の他者と向き合う「商いをする者」「表現をする者」たちは生産至上主義が支配していた近代的思考の枠組みをはずして、全く新たな「儲け方」「表現手法」へと切り替えないと、なんと言うかこれから先「つまらないよ。」

 なんて、うたた寝をして見た初夢に出てきた「はっつぁん」がひとりぼやいていた。目が覚めたらぶるっときて、風邪をひいたみたいだ。