12月20日「星の王子様−misima」
星の王子様は最後に自殺をする。小さな星で花と向き合って、いくつかの星を渡って、地球に来る。そこで彼にとっては強欲で自分勝手な「大人たち」と出会って、最後は星に帰ると言って、毒ヘビに足をかませて、死んでしまう。
私はこのサン・テグジュペリの作品を最後まで通して読んだことはなかった。なぜか全部を読み通せなかった。ドストエフスキーの『悪霊』なんか一気に読んだのだが、この本は読めなかった。
そして、読んだ。
「なんと独善的で、勝手な子供なんだろう」と読みながら思った。「子供」とはそう言うものなのだろうとも呟きなが ら読んだ。そして、案の定、最後は自殺をした。純粋と言う名を借りた「偏狭さ」は最後はこう言う羽目になる。自分を相対化できずに他者に一方的に烙印を押して、最後は自殺する。
相対主義がいいわけではない。しかし、この「純粋」を掲げた傲慢さの末路は「破滅」なのだ。この作品を読んでつくづくそう思った。
そして、こう思った。「三島由紀夫って、星の王子様だったのか」と。
ちなみに、どこにも拠点を持たない相対主義の末路は?
たぶん「狂気」だろう。
11月2日「ハンマースホイ−リルケ−グールド」

デンマークの画家ハンマースホイの展覧会へ行った。
かつて、この人の『白い扉』の複製を観て、引き込まれた。今、東京で展覧会が開かれている。昨日、やっと時間ができたので、連休の町の人ごみをかき分けて展覧会へ行った。
展覧会はそれなりに賑わっていた。世界中の彼の作品がすべて来ているのではないだろうか。
さて、この画家の作品だが、ドイツロマン派のカスパール・フリードリッヒに通じる世界を持っている。なんと言うか両者には「祭の後」のような寂寞とした空気がある。
なにもしていないが、し終わった空虚感。なにかをし尽くしたが、同時にすべてを失った喪失感。虚ろな建物、虚ろな室内、虚ろな人々・・・彼が描くとすべてにこうした未達の空虚と喪失が漂っている。
リルケがこの画家の作品を観て、是非とも会いたいと思い、出向いたが、結局、会えなかったようだ。
恐らくハンマースホイは相手が誰であろうと会いたくなかったのだろう。自分の絵を気に入ってくれるのは有り難いが、自分の一切は絵画の中にあるのだから、自分のこと、絵のことを話す必要性は感じなかったはずだ。特にリルケは見事に語る。ロダンについてもそうだった。でも、画家、彫刻家にとって、鬱陶しいだけだ。
だからと言って、リルケに問題があるわけではない。彼は詩人だ。すべてが言葉なのだ。ものが産まれる場所、ものが輪郭を失う場所、音が舞い、そして、散っていく瞬間、そこに立ち会い、そこに泡立つ言葉を掬い取る。これに命を捧げているこの詩人が、ハンマースホイの作品に魅入られてしまい、直接、画家の声を聞きたくなるのは当然であろう。
詩人、画家など作家たちは、言葉と線でもって「ものと音」が産まれる場に身を置き、そうすることでのみ生きながらえることができる種族なのかもしれない。
ハンマースホイを観て、リルケの逸話を知り、フリードリッヒの絵を思うと、このことを確信してしまう。
そして、今これを書いているこの部屋に流れるバッハ「イギリス組曲」のグールドのピアノは、そうした種族ではない私をも、その「場」に連れ出してくれる。
9月28日「洞窟の比喩−百閨v
内田百閧旅先でずっと読んでいた。
短編と言うか、短文と言うか、彼の作品は短い。だから続けて何編も読んでしまう。すると、だんだん気持ちが暗くなる。
寝つかれない夜に、暗がりに浮かぶ妄想のような世界が延々と続く。もっと読みたいと言うわくわくさせるような気にはさせない。でも、早く悪夢を終わらせたいと言う、そんな気持ちが次の作品を読ませてしまう。もちろん、それでも終わらない。
『冥途』を最初読んだとき、思い出したのはプラトンの『国家』の中の有名なエピソード「洞窟の比喩」だ。
洞窟の中に縛られた人間は洞窟の壁に映る影をじっと見て、それが「実体」だと思っている。でも、本物は外にある。しかも、本物の本物は光の源の太陽だ、と言う話だ。プラトンは太陽がイデアそのもので、洞窟に映る影は我々が見ている世界で、それは虚の世界と言うことになる。
『冥途』の死に逝く者たちが土手の上を列をなして歩いていく姿と、この洞窟の壁の影とどうしても重なってしまうのだ。
ふと思う。百閧フ作品は、まさに洞窟の影を描いているのではないかと。しかも、彼は太陽なんて信じていない。延々と続く、目の前の影の世界だけが、唯一有るのだと。そこには解決もない。希望も、絶望もない。そんな世界が彼にとって唯一有るのだ。
実は、このいわば太陽のない世界は辛い。何かを信じ、嘘でもいいから何かを支えに生きる人間にとって、耐え難い世界だ。ショーペンハウアー風に言えば「個であることの苦しみ」のような世界だ。それが延々と続く。
そして、私は彼の作品の頁をめくり続ける。
9月24日「吉増剛造」
先週、詩人の吉増剛造展に行った。
そこにはなんら救いも解決もなかった。
でも、自分の詩を朗読する詩人の言葉と声を聴いていて、人が生きて
いく際に迫られる「諾と否」の基準がここにあるように思えた。
行け! 行け!
行け! 行け!
行け! 行け!
響く叫び、響く光景全体は
おお 球状の言葉だ!
私は人間の姿をしていない、言葉だ!
行け! 行け!
おお 壮大に腐ってゆく
純白文字が撥する虚無音を聞いた
紙幣が薄紅色だ!
ああ 大河
紙一枚
指先が濡れてきて
世界中が抜けそう
6月22日「高僧グレングールド」
グレン・グールドは不思議なピアニストだ。
彼がバッハを弾くと、まるでモーツァルトが弾いたような曲になってしまう。逆にモーツァルトを弾くとバッハが弾いたようになってしまう。
不思議だ。不思議だ。と言っている間に20年以上経ってしまった。
そもそもが、グレン・グールドとは偶然出会った。
祖母が死に瀕しているときだった。とにかくバッハのピアノ曲が聴きたいと思って当時住んでいた石神井公園の小さなレコード屋に飛び込んで選んだCDがゴールドベルグ変奏曲だった。彼が死ぬ直前の録音だ。数日間、毎日聴いていた。
やがて、祖母が危篤となり、病室に詰めることになった。ややもち直し、静かに眠る祖母を背に深夜病室の窓から外をぼんやり見ていた。前日から降って地面に積もった雪の白さが明かりに浮き上がっていた。夜闇の黒と雪の白がシンメトリーを成していた。その時、私の頭にはグールドのゴールドベルグのアリアが静かに流れていた。
これが死の風景なのかと思った。
それから20年以上経った今、新たな彼との出会いがあった。それはこのゴールドベルグの演奏をしている姿を撮影した映像をたまたまYOUTUBEで観たことから始まる。
これまでは彼の演奏を聴くと乱れた思考が整序され、まさに何もかも相対化する、安らぎとしての死の風景が目の前に広がった。
ところがあの映像を観ていると、力がみなぎってくるのだ。まるで高僧の手から発せられる気のようなものを浴びせられたような不思議な力を与えてくれるのだ。
5月18日「原爆ドームの『あれ』」
十年ぶりくらいになるか、広島の原爆ドームへ行った。
昼頃からの仕事なので、朝、ホテルを出て、ぶらぶら歩いて行った。
十年前、アウシュビッツと原爆と世界戦争のことで頭がいっぱいの時があった。そんな時、広島へ行く用があったので、仕事を終え夕方(冬だから暗くなっていた)にドームへ行った。そして、そこにはじめて「あれ」を見た。
ドームを見つめていると、いろいろなことを「あれ」が語ってくれる。
あの時、私は「あれ」のつぶやきを聞きながら、こんなことを考えていた。
一瞬にして数万人を殺傷し、果たして数十万人が殺されるはめとなったアメリカによる大量殺人は、その根底に資本の自己運動を背景とする「近代」社会システムが華やかに表舞台に登場したイベントではないかと。そこに私もすでに与していると。
このことを親しくしている大学教授に話すと彼は私の「気がおかしくなっている」と、真面目に心配してくれたものだ。
今回、原爆ドームに行って、あらためてそこに「あれ」を見た。
「あれ」?・・それは「巨大な真っ黒な穴」。
私はドームを貫く幾重にも続く吹き飛ばされた戸口の向こうに「あれ」を今回も見た。
5月5日「西行との語らい」
西行の山家集を読んでいると、恋と我が身を憂う歌ばかりだ。なんで出家したのかと思ってしまう。出家しなくてはどうにもならない欲望を抱えた身だったのかもしれない。
彼の歌の常套句に「さらぬだに」というのがある。「そうでなくても」といった意味だ。そうでなくても辛いこの身に、秋の夜はこたえるとか、そんな使い方をする。
西行は好きだったのだが、この常套句が気になりだしてから、好きではなくなった。
なぜなんだろう。
悶々とする彼の姿が恐らくは「悟り」の状態なのではないか。彼の歌を詠むとその全体が悟りの「姿」に思えてくる。全部詠んでそう思えてくる。ニーチェのアフォリズムと一緒で、すべて読み、全ての像が見えて、その主旨が浮かびあがってくる。かくして西行は好きだった。
そうなんだが、どうも「さらぬだに」は嫌いだ。
「そうじゃなくてもさぁ」
この表現にはレトリックはない。言葉が屈してしまっている。なにに?
「月のない鵺(ぬえ)が鳴く闇」に。(これもまた彼がよく使う単語だ)
つまり、言葉を拒絶する闇に流されてしまっているのだ。分節不能な物象の塊に屈してしまっているのだ。
で、ふたたび山家集を開く。
さらぬだに 世のはかなさを 思う身に
鵺なきわたるあけぼのの空
おお、あけぼのの空と来た!
うーん、読み直そう。
(ちなみに彼が使う鵺は空偏に鳥です)
4月13日「緑内障−さくら」
ここ数ヶ月、体調の異常が連続した。その都度、胃や腸の内視鏡検査を含めて、医者の厄介になった。そして、今回は眼だ。視野が狭くなり、挙げ句には失明する緑内障だ。それで、眼医者の厄介になった。さしあたっては緊急性の問題はないが、結局、よくわからないままだ。
ところで、眼底検査と言うのがある。薬で患者の瞳孔を開いて眼底を医者が直接観察するのだ。丁度、桜の季節のときにこの検査をした。
検査をした日、嫌疑晴れぬまま昼過ぎに病院を出た。外は快晴だ。瞳孔がフルオープンのため、まぶしくて眼を開けていられない。でも、明日から天気が荒れるとの予報もあり、私は公園に行った。宴会の酔い客が公園中に溢れていた。
桜は満開のようだった。と言うのも、日差しに輝く花のかたまり、いや、光のかたまりが私の目に押し寄せ、私の目は光の洪水になってしまいよくわからない。もはや物象に輪郭もない。でも、眼を閉じたら、人にぶつかる。人を踏みつける。それで、眼を細めて、しずしずと歩く。
人をかき分け、池の欄干に手を置き、毎年見るその場所で、桜の花が咲き乱れているであろうその方向に体を向け、そして、思い切り眼を開いた。
真っ白な光が眼を覆った。私はさらに眼を見開いた。眼の前に見えたのは私の視界を覆う桜の花。あの花びらが五枚の中心が濃いピンクのあの桜の花一輪が溢れる光を背景に飛び込んだのだ。光のかたまりの中に浮かびじっと私を見つめる花一輪。
「お前は桜か?」
「いえ、私は桜です」
「だから桜だな」
「いえ、桜です」
延々と対話が続いた。
今年の桜は見事だった。
3月17日「生きている−ニーチェ/ツェラン」
YOUTUBEで、晩年のニーチェの映像を見た。パウル・ツエランの朗読を聞いた。
晩年のニーチェの映像は美しかった。これが偽であろうとなかろうとどうでもいい。私を思考の迷路に誘った詩人の晩年の姿は美しかった。
「古代ギリシャの彫像の目はくり抜かれている。顔に黒い穴が二つ空いているのだ。これは虚無を見つめている眼差しなのだ」とどこかで読んだ記憶がある。
ニーチェの晩年の映像を見て、それを思い出した。落ちくぼんだ眼窩の奥に仄かに眼差しが蠢き、それが孕む暗い眼光は明らかに「虚無」を見据えている。そして、私に、その眼差しは呟く。
「私は生きている」
永劫回帰のパラドックスの大海に自ら身を投じた詩人は「私は生きている!」と呟く。
そして、もう一つ。パウル・ツェラン自身による「Todes Fuge」の朗読。少し高めで、うわずったような声から流れるドイツ語のリズムと発音は、この詩のテーマと言われている「アウシュビッツ」の向こうに私を連れていく。私を連れて行く場所?まさに「Nowhere」。そして、ツェランも、また、吐息の内に私に呟く。
「私は生きている」
狂気の淵に落ちたと言われるふたりだが、ふたりとも私に「生きることの意味 」を教えてくれた。
「それは無意味だ!」。 だから、「生きる!」と・・・。
2月29日「大腸内視鏡検査−内部は外部」
テーブルの上に2リットルの透明な液体がある。だらしないポリエチレンの入れ物に入っている。これを呑めと言うのだ。呑んで排泄しろと言うのだ。僕は言われるがままに紙コップにその液体を注ぎ、呑み干した。嫌なことは早く済まそうと一気に1リットル呑んだ。
すると僕の内部が暴れ出した。今や外部に吹きださんと暴れ出した。僕は個室に駆け込み、内部を放出した。すでに外部となった内部は、まだ澱みがある。監察官は「これは外部化されていない」と言う。出直しだ。僕はテーブルに戻り、500ミリリットル呑んだ。立ち上がって、「伸び」をした。するとまた暴れ出した。僕は個室に走り込み、内部を放出した。透明に近い色だった。監察官は「外部化確認!」と言うと、僕を別室に連れていった。
「覚悟はできているか?」
「急にそう言われても・・・」
「いいから腕を出せ!」
腕を出すと強引に針を刺され、テープでぐるぐる巻きにされた。
「では。別室だ」
今度は別の屈強な男が僕の腕をつかみ、奥の部屋に引っ張っていった。
そこには階段のついた金属のベットがあった。「横になれ!」と言われるや否や、先ほどの針の先についたチューブに薬を注入し出した。「ああ、あ、」堅牢な僕の意識が溶解していく。自分とものの境界が崩れていく。
「では、あなたの内部を暴露します」
「ななぜ・・」
「あなたの内部は腐っているかもしれません。腐っている所を見つけ出して、外部化します」
「なに言ってか分からないよ。内部は内部のままなの?」
「腐っていない内部は内部のままです。・・・でも、私の考えでは「内部」はすべて腐っているものです。すべて外部化して、露出すべきです」
「どうでもいいよ。早くしてくれ」
目をうっすらあけると目の前にテレビ画面があった。ピンクや薄茶色の肉がうごめいていた。
「これが内部です。ほらここの穴、ここに飛び込みましょう。外部が広がります。では、ダイブ!」
ピンクの肉の向こうにその屈強な男の顔がぼやけて浮かんで見えてきた。僕は君、君は僕・・・内は外、外は内、鬼は外・・・
2月9日「プロと言うものは・・・」
旅先で短編を二編読んだ。まず、福永武彦の『夜の寂しい顔』
この作品の冒頭、少年が海辺を彷徨うところから始まる。冬の海辺の寒々しい風景と少年の心情を重ねた見事な描写が数頁続く。この数頁ですべてが語られている。
話の展開だが、父と姉の死後、母親が再婚し、少年は母との隔たりを感じるようになる。母もまたある種の疎ましさを彼に感じている。それもあってか、冬休みになって、高校受験を控えているので勉強に集中できるようにと、母は少年を親戚の叔母さんの家に預けてしまう。そこは寂しい漁村で、従兄弟たちは漁師だ。彼らは勉強はまるでできない。でも、幼くても漁師としては大人たちも認める腕を持っている。彼らののびのびした姿を見て、少年は彼らに”存在”を感じる。
それに対して少年は叔母さんの家の二階に寝泊まりするように なってから、ますます自分の”存在”の希薄さを感じ、そして、毎晩寂しい女の人が出る夢を見るようになる。それが死んだ姉なのか、母なのか、思いあぐね、最後にその寂しい女の顔が自分の顔であることを知る。そこで話が終わる。
これだけの話であるが、少年が冬の寂しい漁村の浜を歩く姿が漁師たちのくったくのなさと対比されてひたすら寂しい作品になっており、見事に完成されている。
私はここでの福永の表現も内容も好きだ。そして、なによりも過不足がない品のある文章がいい。
ところで、この作品の最初の一文を読んで、ぐっと来たものがあった。「お前に欠けているのは存在の感情なのだ」と言う文だ。生きている確かさのようなものを「存在の感情」と言っているのだ。なぜ、 ぐっと来たかと言うと、かつて少年期に感じていたピュアな不在感のようなものが、ここで描かれる冬の浜の風景とともに、一気に蘇ったからだ。
この後、よせばいいのに、バルザック『恐怖時代の一挿話』を読んだ。短い作品のなかにロベスピエール支配下のカソリックの僧侶の秘教めいた世界を描き、最後にその落ちに、作家の濃厚な「思想」を一瞬煌めかせる。その手際よさに敬服してしまう。
もし、小説家を目指す人がいたら、この二編を読むことをお薦めする。たぶん、なにも書けなくなるはずだ。
1月5日「謹賀新年 黙示録」
年が明けました。おめでとうございます。
今年はいろいろやりたいことがあります。
そんな気持ちもあって、今年最初に読んだのが『ヨハネの黙示録』です。
しかし、『ヨハネの黙示録』は難解です。何度読んでも難解です。
だからと言って、その辺の教会の神父や牧師に解釈を求めても、「まずはその前に読むものがある」とか言って「黙示録」は口にしたくないと言う態度をとるでしょう。
この書の面白さと言うか、なかなかいいなと思うのは、皆がびびっている中を、のこのこと出てきた小羊が七つの封印を次々と解く。すると世界が揺らいでくる、と言う展開です。
で、もうひとついいのは、「著者」ヨハネです。
実は、どうしても、私は、封印が解かれた後にハルゲマドンと言うリングでサタンと繰り広げられる闘いの様を、ヨハネは桟敷で寝っ転がって記録しているとしか思えなく、昔からその姿が頭に焼き付いています。
しかも、封印を解くこの「小羊」はヨハネご本人なのです。
で、今年の私はこんなヨハネに徹したいと思っています。
ちなみに、この「小羊」は角が七本、目が七つと言う不思議な奴です。