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12月30日「気がふれた草」

 12月30日(金) 晴れ 風が強く、寒い。

 グールドで、バッハ、イギリス組曲を聴いている。コーヒーを啜りながら、煙草をふかしている。

 先日、アラン・レネの『風にそよぐ草』を観てきた。帰りドゥマゴに寄って、ポメラに感想を打ったのだが、操作ミスで先ほど全部消してしまった。まぁいいや。

 原題は『Les Herbs Folles』。「気がふれた草」「気ちがい草」と言った程の意味だ。ストーリーは初老の男女の恋物語という体裁だが、レネが映像にすると男や女たちの情念や思考はただ関係性の中で成立する戯れに見えてくる。

 なぜかと言うと、俳優たちの心地いい、リズミカルな台詞の絡み合いが、男や女の捻れるような心の動きを見事に表現しているのだが、映像の色の息づかい、カメラのアングルやカットが、それらの言葉の織りなす世界を相対化してしまうような大きなうねりのような力働となって観る者を違う世界に連れていってしまうからだ。

 今回の映画は彼の初期の作品『夜と霧』とだぶってしまう。最初のシーン。フランスの片田舎の小さな城のような、倉庫のような尖った屋根の円筒の窓のない建物。その建物にたった一つ暗く穿たれた小さな入り口がある。そこに向かって遠くからカメラが静かに迫っていく。これは最後のシーンにも現れるのだが、このシーンのカメラは、アウシュビッツ収容所のあの入り口に向かうカメラの目の高さであり、動きだった。

 「ママ、猫にならないと、猫の餌を食べることはできないの?」

 最後の少女の言葉だ。どんな意味なのか分からない。「その立場になって、できることがある」? いや、それよりももっと身を引いた意味のような気がする。

 「気がしれない」と言うような。

 87歳のレネが、最晩年に、もう一度『夜と霧』を撮った。・・・いや、それは考えすぎだろうな。


 前から読みたいと思っていたデュラスの『破壊しにと、彼女は言った』を買った。その解説に彼女が「もはや、バルザックやプルーストのような作品なんか書けない」と言ったことに触れていた。
 多分、日本でも言えるのだろう。「三島や谷崎が書く作品なんか、もはや書けない」と。小説の意味がズレ、その根拠が揺らいできているのだ。好き嫌いは別として、村上春樹が読まれる現実を見つめるべきだろう。

 東浩紀の『一般意志2.0』を読んでいる。面白い。ルソーの一般意志とインターネット上の思考の蠢きを重ねてとらえているのだ。彼の時代に対する姿勢には敬服するし、よく耳を傾けるべきだ。

 ただ、ルソーの「一般意志」は、私はどちらかと言うとブランショ、バタイユの「明かしえぬ共同体」を思い浮かべる。孤独と自由の先端に立つが故に共有できる他者たち。私はそのようにとらえてしまう。

 ネット上の人々のログのDB。少なくとも、これは「明かしえぬ共同体」ではない。



10月16日「唐十郎 久々のVery Good!」

 唐組の『西陽荘』を観てきた。

 久々に言葉が生きている唐の脚本演出のような気がする。観終わってから気づいたが、これは震災・津波をテーマにした作品だった。
 失われた記憶を引き出すと言うテーマが軸となっ たいくつものストーリーが絡み合い、その果てにゴミの山(瓦礫)から壊れた船を引っ張り出し、闇の大海原に出帆すると言う内容なのだが、言葉が泡立ち、時折きわどい台詞もあり、ドキドキしながら終わってしまった。

 最後、舞台の背が倒れ、雨模様の暗い井の頭公園の原っぱに船が出帆し、遠のいていく。いつまでも夜闇にライトがあてられた船が遠のいていく。私はいい芝居だったと思う。

 今回、不思議な体験をした。

 唐十郎扮するもと文学青年だった用心棒「狼次郎」が主人公坂巻ともみ合い、そして、唐が奪い取って客席に投げつけた文庫本が私の足にあたった。舞台の上で坂巻が岩波文庫をかざしながら、鳶口を振り回す狼次郎に応戦している時からそのタイトルが気になっていたのだが、それが私に向かって飛んで来たのだ。手にとってタイトルを見ると「中原中也詩集」だった。

 ああ、どうしたことか、この半年ずっと気になり読み返していた中也が飛んできたのだ。私は手に取った詩集を思わず舞台に投げ返した。この瞬間、唐と中也と私が糸で結ばれた気がした。

 それにしても、これが生身の身体が集う紅テントの醍醐味だと思う。楽しかった。


8月12日「南三陸、女川、石巻」
 

 鳥の鳴く声がする。遠くカラスの鳴く声がする。クレーン車が瓦礫を始末する音がする。そして、なにもかももぎり取られた町の静寂にあらゆる音は吸い込まれていく。南三陸に音はない。

 水たまりに映る崩れかけた建物。振り返ると横倒しになったビルの上に月が出ていた。夕暮れの女川の海は冷たく穏やかだった。

 目を穿たれたような空っぽの黒い窓の人家。屋根だけとなった人家。壁が削がれた人家。人気のない死にたえた人家が沿道に並ぶ。傾いた信号機は眠ったままだ。石巻の夕闇が被うでこぼこ道がどこまでもどこまでも続いていく。



5月7日「大駱駝艦、壺中天」

 舞踏集団「大駱駝艦」の公演に行った。

 場所は稽古場を兼ねた小さな舞台だ。「壺中天」と呼ばれている。

 稽古場を舞台にしたのだから50名で満員だ。客席と行っても7段くらいの急なひな壇だ。一番前の席は舞台の一部同然で、その高さは10センチくらいか。私は三段目の正面だった。この場所でも演者の手が届きそうだった。

 演目は、『底抜けマンダラ』で、一定のストーリーを持った舞踏ではあるが、意味はどうでもいい。

 性を越えた肉体が様々なベクトルに力を放出したかと思うと、一気に一点に向かい、そして、拡散する。奇声を張り上げ、緊張に満ちた表情が直前に迫ってくる。そして、真っ暗になり、照明が点くと静止した身体が立ちつくす。「底抜け!マンダラ!」と叫ぶと天井に穴が空き、縄ばしごがズルズルと落ちてきて、白塗りの身体が逆さになり、縄に絡みながらダラダラと「何体」も降りてくる。

 踊り、身体を叩き、白粉の粉をまき散らす。照明に浮かぶ粉。客席にも飛び、むせぶ。端的に、衝撃だった。


「縄文人は今の我々のような歩き方をしていたろうか。そうではないはずだ」

 これは、『大駱駝艦』を率いる麿赤兒が師事していた「暗黒舞踏」の土方巽がどこかで言っていた言葉だ。この言葉がなぜだか何十年も記憶に残っていて、今回の舞踏を見ていて、その言葉がずっと聞こえていた。

 原始の自然との関わりのただ中で人々は真っ直ぐ歩くなんてありえない。あの地震の揺れのただ中で真っ直ぐ歩けたろうか。

 自然の力と折り合いをつけながら人が生きるためには、身を捩らせ、恐る恐る歩を進め、ある時は大仰に泣き叫び、怒り叫び、そして、死んでいくのだ。我々の生の基底にはそうした「体験」が沈んでいる。「表現」はこの基底に根ざしている。

 舞台も客席も境のない薄暗い場で身体の乱舞のただ中に身を置き、私はむき出しの「表現」に、確かな衝撃を感じた。




3月27日「今回の事」

先週、旧友から『今回の事』と言うタイトルのメールが送られてきた。

 そのメールには、大震災と大津波のことに軽く触れ、タルコフスキーの『サクリファイス』のラストシーンの動画URLが貼ってあった。私はこの映画を日本で公開された時、劇場で観ている。

 神を信じることがなかった男が核戦争勃発とともに家族の危険を肌で感じ、「神」に跪くことになる。「神」は「魔女」と寝ること。しかも「マリア」という名の「魔女」と寝ること・・・それを条件に救うと言う。

 果たして、男は下女で魔女と噂されていた「マリア」と交わる。そして、なにごともなかったような朝を迎える。最後のシーンは男の息子で声が出なかった小さな男の子が、一本の枯れ木に水をやった後、木の根本に寝そべり、

「はじめにことばありき・・・パパ、なぜなの?」と呟く。

 「枯れた木に3年間水をやり続けることで、木が甦る」・・息子にそんな話をした男は発狂し、家に火を放ち、病院に連れ去られる。そんなシーンの後がこのラストシーンだ。

 今回の震災で沢山の人々が死に、また、沢山の人たちがなにもかも失い、そして、日本中、世界中が放射能の汚染に脅えている。

 我々は「あれ」以来、七つの封印が次々に解かれるような日々を送っている。私は混んだ列車に乗り、放射能の噂を後目に、余震の中、ただ目の前の雑事をこなすことに追われていた。

 そんな私に舞い込んだ友人からの『サクリファイス』。

 心も考えもなにも整理されないまま、この二週間向き合った、そして、これからも向き合うであろうなにごとか、あの大津波の映像の向こうにあるなにごとかが、この最後のシーンと共に身体の奥深くに染み渡って行くような気がした。

 このシーンに流れるバッハのマタイ受難曲『憐れみたまえ、わが神よ』は余りにも悲しい。

2月26日「祝芥川賞」

 先日、文藝春秋を夜買って帰り、芥川賞作品が掲載されているページだけもぎり取り、仕事鞄に投げ入れた。通勤電車で読むためだ。後のページは読む気がしない。

 私が受賞作品をすぐ手にとって読むことはまずない。いろいろ縁があって奥泉の『石の来歴』を受賞直後に読んだ覚えがあるが、まずない。今回、なぜ手に取ったかと言うと「文藝春秋社」にまんまとしてやられたと言うことだろう。

 さて、芥川賞受賞の『きことわ』『苦役列車』を読んだ。

 『きことわ』は時間が錯綜し、意識が閾(しきい)を失ったような表現世界だ。ある意味、文章は「上手」なのだろう。『苦役列車』は底辺の生活をして、そこから抜け出せない男を描いた作品で、作家自身は「私小説」と言っている。テンションを維持した文章はそれはそれで「筆力」はあるのだろう。

 二作品共通して言えるのは、物語の喪失だ。二つ読み終わって頭に過(よ)ぎったのはコジェーブの「歴史の終焉」だ。弁証法的な精神の物語=ヒストリーが完結した後の世界だ。コジェーブが言う「日本的スノッブ」のフェーズ。これを思い出した。どう言うことかと言うと、「すべてが停止し、閉じられた楽園」がそこにあったと言うことだ。

 『きことわ』に登場する人物たちには主体がない。彼等の意識は溶解し、流れることもなく、入り口も出口もない密閉した世界が完結している。
 『苦役列車』は小汚い生活描写を止めどなく書き散らしつつ、表現する視点には、批判も肯定もない。それ以前の自己愛にまみれている。

 両者ともぬるいナルティシズムに心地よく身を浸し、言葉を消費している。

 多分、これは現代の人々の心性を表現していると言えるかもしれない。経験以前に情報が先回りして、経験した時は既視体験(deja-vu)のような錯覚となっている世界。情報メディアが周到に生活に染み渡り、誰もが出来合いの蘊蓄の応酬と言うコミュニケーションに明け暮れている。どこにも主体がなく、愛するものはひたすら自分だけの世界。そんな今の人たちの心性だ。

 この二人はこのまま上手な文章を書き、淡々と「私と言う観覧車」に乗って、くるくる回転して行くのだろう。

 本当のことを言うと、今回、早々と作品に目を通したいと思ったのは、「日本の文学への期待」だった。
 よく売れている村上春樹にしても、展開がアドベンチャーであっても「物語」が不在だ。かつての中上健次のような「物語の語り」とその相対化と言う、「物語の外部」とひりひりと擦れ合いながらその「外部」を予感させる表現を期待していたのだ。なぜか期待していたのだ。


2月11日「いま、神は何処にいるのか」

 今日は朝から雪が降っている。

 朝、机に座って開いた本は現代思想と言う雑誌で、「いま神は何処にいるのか」と言う特集だ。1987年に発行され、当時買って読んだ。この8年後、1995年にオウム真理教のサリン事件が起きた。1995年は、Windows95がリリースされ、阪神淡路大震災があった年だ。

 この特集では「共同体」について触れているのが目立つが、これに関係ない企画、大森荘蔵、野家啓一、渡辺哲夫の鼎談が面白い。精神科医である渡辺の近著『知覚の呪縛』について語り合っている。

 『知覚の呪縛』だが、かつて読んで面白かった。治癒の可能性がない進行性の分裂病(最近は統合失調症と言うのか)患者との対話を通して患者の世界構成の有り様を扱っている。これを読んでわかるのはこの患者は極限的な「操作」をしているだけで世界との向き合い方は我々と同じだと言うことだ。

 実は、これは「神の問題」と深く関わっている。

 ここのところ、岩田慶治『カミの人類学』と言う本を読んでいた。タイ、カンボジアなどでプリミティブな人々との生活の報告が書かれている。彼等の他界意識や、呪術的な行為などは、妄想でなく、「自然」との関わりの中で生まれてきた現実であり、事実であって、またこれらが共同体や彼等の生を支えている。岩田は、原始から自然との闘いと共生の中で人間の内奥に根付き、形成されたむき出しの心性の姿が、ここにあると言う。彼等の生活には「カミ」が普通に存在する。他界も、死んだ人々の霊も存在する。

 彼等はそれらと交流し、日々過ごしている。現代日本で社会生活をしている我々からすれば世界の極限的な構成の仕方をここに見てしまう。
 分裂病患者とプリミティブな人々とは単純に重ねられないが、人の全身を貫く「自然」との関係がピュアな形で現れた姿がそこに共通してあるのかもしれない。
 ただ前者は自分の生を支えられなくなっている。他者が不在となってしまっている。後者は家族、部族とともに豊かな己の生を全うしている。

 私は朝からこんなことを考えている。雪は止まない