12月31日「カミュ」
今年も終わりだ。
毎年の行事のようになってしまったが、映画を観てきた。アルベール・カミュ原作の『最初の人間』だ。原作自体が未完のため映画も主題がよく見えなかった。映像作品としてはせいぜい並みかな。カミュ原作と言うだけで観に行ったので、別にそれはそれでいい。
カミュの思想は?と言えば、誰もが「不条理」と答える。そうかもしれないが、若いときに思想として彼から学んだのはこれだった。
「彼は死刑台に向かう階段上で、ふと自分の靴ひもがほどけているのに気づいて、ひもを締め直し、再び歩を進めた」
よいお年を・・・。
11月17日「ヴェーユ」
ここのところ、シモーヌ・ヴェーユを読んでいる。
この人のことは、知っているようで、よく知らなかった。
秀才のお嬢様が労働者の群れなす工場に身を投じ、キリスト教信仰を背景に、己の信仰や思想の揺るぎなさの証左として、己を敢えて窮地に追い込んだ。その程度の知識だ。あまりいい印象はもってなかった。
にもかかわらず彼女の書を手に取ったのは、「労働者に必要なのは詩と美だ」と言うフレーズが目に飛び込んだからだ。
ヴェーユにとって、「労働」はまさに「Labor」、すなわち、「苦」であり、彼女はその根底に、徹底した否定的なものを見つめている。
そして、その徹底した否定的なものの地点において、ポエムと美が開示される。それほどポエムと美は熾烈であると言うこと。また、それが「解放」への糸口となること。私はそう言った意味で、彼女の言う「詩と美」をとらえる。
だから、着目すべきは、彼女が労働者たちと共にどのような活動をしてきたかなんかではなく、彼女の苛烈な労働の只中での「抽象的な思考活動と創作活動」だ。
抽象とは身を削ぐことである。過酷な労働現場に身を置きつつ、自らの思考を削ぎ落としていく。そうした意味では「労働」を手段とした。そう、手段なのだ。
苛烈な工場労働の只中に身を置きながら、公然と、明確に「労働者に必要なのは詩と美だ」と言う、シモーヌ・ヴェーユ。
そして、「神は存在しないということを考えながら、祈ること」と呟く。
最晩年、肥料(酸化した土壌を中和させる石灰だが)販売のため東北各地を駆け巡り、体を壊して死んだ宮沢賢治の姿と重なる。
ふたりとも、すばらしい文章を残して、死んだ。
しかし、それにしても、野暮で、マゾヒスティックなふたりだなぁ。
7月21日「おきなわ」
沖縄へ、また行った。
かなり疲れていたので、しんどかった。
小さいお仕事の話、大きなお仕事の話をしてきた。
夜、ひとりで泡盛をあおった私は、国際通りをよぎって、市場通りに行った。
公設市場はすでに閉まっていて、路地裏を彷徨っていた。
路地裏は薄暗く、なにか物悲しい。
でも、たむろしている不良っぽいおにいちゃんたちに声を掛けると
人なつっこく、親切にいろいろ話してくれる。
おもての国際通りは派手な格好をした観光客で溢れているが、
この路地裏には地元の人間しかいない。
シャッターを降ろした路地には、影そのものになってしまったような男が
うなだれて腰掛けていた。写真の男の向かいには「戦利品」を積んだ自転車が
とめてある。
静寂そうなこの路地だが、実は、ロックバンドがエレキギターをかき鳴らしながら、
叫ぶ声が渦巻いている。
バンドを見てやろうと入り口を探したがどこにもなかった。立ち話しているにいちゃんたちに訊くと
「高校生たちがあの二階で練習しているようですよぉ」
叫んでいる奴らの姿を見たかったが諦めて、角を曲がると、
あの影となった男がいる路地が目の前に突き刺さった。
翌日、午前中の仕事の前に、ホテルの近くの公園を散歩した。
熱射と言うことばがふさわしい日差しに叩きつけられながら階段を登り、
空を見上げると、漆黒の闇に裏打ちされたような深い青がひろがっていた。
3月17日「吉本隆明昇天」

今年に入って最初の更新となってしまった。3月も中旬だ。
昨日、吉本隆明が死んだらしい。
高校の時、手にした彼の詩集から目に入る文字は悉く私には「違和感」を感じさせた。リルケや村野四郎に心酔していたせいだろう。その後、自ら思想関係の本を読みつつ、吉本の「思想書」を読むと、極めて雑なヘーゲルの流用、ハイデガー、バタイユの故意な誤読に嫌気が差したものだった。
政治的な面において言えば、その時代時代の彼の判断や発言は、間違ったものが多く、それでも公式に修正することなく、次の関心事に移っていった。
こうして見ると、私にとっていいところはなにもないじゃないか。
いや、そうではない。彼の詩は大きな挫折を受けた後、その言葉が伝わるものだとその後知った。そして、彼にとってヘーゲルもハイデガーもマルクスも素材にすぎない。テキストクリティークは学者がすればいい。これらは自分のただの道具に過ぎない。それが一貫していたのだ。
どの著書に書いてあったか忘れたが、彼の出発点と一貫したテーマはこれなのだなと思ったのがこれだ。
「戦争中、出征の時、鎮守様を前に万歳して、戦地に行く。鎮守様は巨大な権力の出先に成り下がってしまった。戦時ではない時は、村のお祭りで賑わい、人々の安寧を守る神様が、彼等を戦地に送る出先となってしまった。それは何故なんだ」
正確な内容かどうかは疑わしいが、この発言に触れて、『共同幻想論』も『マチウ書試論』も『言語にとって美とはなにか』も『ハイイメージ論』もその意図が分かったし、これらが戦後たったひとり残された男の「つぶやき」だと言うのも分かった気がした。
私が彼の著作で一番心に残ったのは『最後の親鸞』だった。それを書いてすべて終わりにすればよかった。誠実な考える詩人だったからこそ、最後に言う。少し長生きし過ぎたと思う。