似非読書


2007年10月26日

 『旅するニーチェ リゾートの哲学』を読む。

 ニーチェは、大学教師職を辞したあと、避寒地、避暑地を転々として過ごした。最後は、 恐らくは最も気に入ったトリノで発狂し、精神は闇の中に沈んでしまった。この書はそんなニーチェの「身体の移動」と「健康・不健康の浮沈とパースペクティブ」に視 点を置いてまとめあげている。論の視点は面白いのだが、総じて論の展開に物足りなさを感じた。

 例えば原稿の紙数に制限があったのか、あるいは著者の研究不足か分からないが、本書の中核と も言える「力への意志とパースペクティブ」そのものについての論の展開がないに等しかった 。

 たしかに「力への意志」について数頁を割いて語っているところがあるが、他の学者の論文を援用した祖述に過ぎなく、事前に知識がない者はなにを書いているか分からないはずだ。この 手のエッセイの読者に向かっての論じる文章とは言い難い。

 さらに、著者がハイデガーの「力への意志」解釈を「軽く批判」するまではいいが、ドゥルーズに言及するに至っては「論が正しすぎる」と言うなんともわけのわからない「批判」となっ ている。

 また、このテーマから考えれば、正面から取り上げねばならない思想家はミシェル・フ ーコーであるはずだ。しかし、ここでは彼の「自己への配慮」論について簡潔にまとめているにとどまっている。肝心の彼の「権力」論についてまったく触れられていないのは残念である。

 最後にこのエッセイを読んでいて気づいたことだが、ニーチェは極度の近眼だったと聞く。彼が見たシルスマリアなどの風景は、実は我々が見る風景とまったく異なっていたのではないか。上機嫌の時の彼の想像力が補った風景はとてつもないスペクタルであり、一方、不機嫌な時は自分を圧倒するガスの塊だったのではないか。

 この視点は意外に重要かもしれない。

 例えば、シルヴァプラーナ湖畔のピラミッド状の大きな岩石でのエピソードがある。ここでニーチェは霊感に襲われ「永劫回帰思想」の発想を得たと言う。ひょっとして、ぼうっと足下を見て山道を降りてきたニーチェが頭を起こしたとき、眼前に現れたその岩石は驚くほど巨大に見えたのではないか。ド近眼には倍に見えたはずだ。腰を抜かすほど驚いたはずだ。それをきっかけに「思考の転換」がもたらされたのかもしれない。

 くだらない話かもしれないが、輪郭鮮やかな形象に取り囲まれた世界に住む人間と形象が曖昧な世界に住む人間とでは思考の観点は異なるはずであるし、ましてや思想家の身体を取り囲む環境と彼の思考の相関性について語るとき、こんなどうでもいいようなことも取り上げておく必要があるのではないか。

 いずれにせよ、こんなド近眼の思想家が晩年「パースペクティブ」論にたどりつくのも逆説めいて面白い。

 こうして見ると、この著者の「明晰な目」で見たリゾート巡りは、的はずれな体のいいニーチェ研究卒業旅行のように思えてくる。


2007年6月3日
 中上健次の「現代小説の方法」を読んだ。講演集だ。話しの論理は飛躍しているけれど、面白かった。村上春樹を読んで吐き気を催した後だからなおさら面白さを感じたのもしれない。

 講演という性格上内容はあらっぽいのだが、いろいろと元気づけられた。トポスということ。そして「移動」ということ。私の言う「マテリアル」がひたすら語られている。これはデジタルに対するアンチテーゼなのかもしれない。しかし、それは対抗するのでもなく、止揚されるのでもない。

 冒頭の講演での「電話(ふつう電話だ)の存在によって小説と言う形がもはや用をなさなくなった」と言うテーマから交通の問題、天皇と被差別部落の関係と三島由紀夫の問題、そして、アジアの問題へ移っていく。

 こうした内容を読み終えてあらためて思った。今の人たちが心地よく読んで自己の現在を正当化するような表現ではなく、「不安」にする表現。この「不安」は、結局は読者を救うもので、また、作者も不安にし、作者も救うしろものでもある。そもそも「小説」とはこうした「表現」ではなかったか。

 さて、この講演集を読んでいて、小説の書き方教室のようなものに興味をもってしまった。これまでだったら絶対に手にとらなかった類の本である。「小説とは?」から「売れる作品を書く方法」まで数冊読んだが、なんの役にもたたないが、正直なところ面白かった。


2007年6月2日
 村上春樹の「海辺のカフカ」を読んだ。
 うんざりした。「文学表現」としての文章は短く、「思想?表現」の文章は長い。そして、展開はプロットが堅固である分息苦しい。村山由佳、吉本ばななにも通じる表層性、しかもその表層は深層と2項対立にあって、その関係に無邪気に漂っている表現者の姿が見える。モダン(近代)の上に心地よく漂っているのだ。これは時代を表現していると言うのかもしれないが、時代を容認するとも言える。おのれを正当化しているだけだ。

 漫然とテレビを見るように、漫然とストーリを楽しみながら、安心して、読める作品なのかもしれない。

 売れてるものに対する、批判に模した「嫉妬」と言うのもあるが、「嫉妬」なしで、端的に「つまらなさ」を感じた。一言で言うと「世界が開かない」「不安が起きない」のだ。村上、ばななの世界レベルの評判を見ても、グローバルに精神が枯渇しているのだろうか。


2007年6月1日
三島由紀夫の「絹と明察」を読む。

 昭和29年の近江絹糸労働争議を取材した作品である。家父長的な意識に染まった「前近代的」な経営手法を通して工員に対し加重労働を強い、それによって大量の絹生産を可能にし、成功をおさめた経営者の没落を描いている。没落のきっかけは労働争議であるが、その背景には競合する「筋のいい」大企業とその労働組合の暗躍を2つの側面から三島は描いている。

 ひとつは「家父長的前近代的経営」と「アメリカ的合理的経営」、ひとつは「思想」と「行動」である。

 前者についてであるが、社長の駒沢は経営者と従業員の関係を「父と子」としてみなし、駒沢も従業員たちもその関係の正当性を信じて疑わない。駒沢は利得を自らに集中させることもなく、また、若い従業員たちも仲間が結核で倒れ、死んでいっても、そもそもが貧しい環境で生まれ、育った彼らにとって、会社付属の学校へ通学でき、かつ就職も保証されている環境を提供する駒沢は「父」に他ならなかった。
 そうしたなか、ある若い従業員に「労働者のまなざし」で職場を見るきっかけをあたえた岡野は、さまざまな仕掛けを弄して、その若者を「権利闘争」の旗手にしたて、駒沢を追いつめ、結果として、死に追いやる。

 次に後者である。裏で暗躍する岡野は、アメリカ式経営手法を身につけつつ、政財界の間を行き来する人物だ。また、彼は戦前はハイデッガー思想に心酔する哲学徒であり、有志とともに聖戦哲学研究会なる集まりの構成員でもあった。その時の有志が巨大企業や、巨大労組の中枢となっている。彼は状況を冷めて見つめ、恬淡と仕掛けをし、かつての有志も含めて、人々を「駒」として動かしていく。だが、彼の行動と彼の「思想」にはなんら交差するところはなく、時折立ち止まり、ヘルダーリンの風景と眼前の風景を重ねる。

 こうして岡野の手中でことは進み、駒沢は倒れる。

 岡野は駒沢の最後に立ち会い、「偽善」を全身からにじみだしながら、駒沢の「毒素」に逆に侵されていく。駒沢の死が、自らにも染みいる恐怖。そして、最後に岡野は駒沢の会社経営を引き受けざるを得なくなる憂き目となる。

 さて、こうした粗筋だが、三島は「アメリカ的合理的経営」についてはなにも語らない。したがって、経営手法としての「家父長的前近代的経営」の論理的困難さは浮き上がってこない。また、彼の透徹した思考の背景を思わすハイデガーの思想について触れてはいるが語らないに等しい。ただヘルダーリンの風景が語られるだけだ。

 つまり、作品としては分かりやすい題材を難しい切り口で物語をつくりあげているのだが、帰する所、岡野の存在の必然性がないのだ。

 アメリカ式経営の観点から、駒沢的世界を圧殺するとしても、アメリカ式経営が論じられれいないがゆえに、圧殺の意味が見えない。
 また、岡野の世界を相対化し、行為する姿勢とその「相対化」の必然を浮き彫りにする思考・思想が見えてこない。

 かくして、岡野の姿が見えてこない。岡野の姿形の描写が皆無であるのが三島の意図するところであると するならば、最後の駒沢の死の浸食の場面で岡野の輪郭が浮かびあがってきてもいいのではないか。

 当時注目を浴びていた労働争議と実存主義を、流行作家としてあざとく取り上げたのはいいが、作品のどこにも三島の思想も感受性も見ることができない。

 私は駄作だと思う。


2005年11月6日
 今日、テオ・アンゲロプロスの『シテール島への船出』を観てきた。

 実はこの作家にはあまり思い入れはなかった。昔、映画漬けだった頃観ているかもしれないが、作品の記憶がない。かつて岩波ホールに長蛇の列ができた『旅芸人の記録』も観ていない。今回が初めてかもしれない。

 出かけたついでにふらっと我がバウスシアターへ寄ってみたのだ。(「我が」とは、二度と観られない映画をかつてよくぞ上映してくれた、と感謝と親愛の意を込めてなのだ) この作品を観ての第一印象は「基本的には私の感受性とは少し違う」であった。これは批判ではない。私の感受性にすべてがフィットする必要はない。次に、感想だが、これは「まさに映画」である。台詞、カット、シーンのすべてが最後のシーンに収斂していく。この「わざ」は見事である。職人である。

 そして、「すばらしい映画だ」。私にしては珍しくストーリーを少し書きつつ、長々と語ってしまおう。 中心人物のスピロは若き日、政治活動をして、国を追われロシアに亡命し、32年ぶりに故郷へ帰る。妻カテリーナはただ待ち続けた。それに対して、スピロは異国の地で女と結ばれ、子供もできた。それでも、帰ってきた。彼は帰国し、かつて妻と住んでいた山村の家にふたりで住むつもりでいたのだ。この山村にはともに戦っていた友人も生き残っていた。だが、リゾート地化の開発に村が沸き立ち、ひとり彼は反対し、村を追われる。村での素行も糾弾され、果たして、再び国を追放される。

 追放が決まったのは日曜日だった。官憲が予め連絡しておいたロシア船に乗船させるつもりだったが、本人の意思が確認できない理由で乗船拒否となり、スピロは行き場を失う。日曜は役所が休みなため、下っ端の官憲も判断ができなく、苦肉の策で、畳二畳分くらいの浮島に老人を乗せ、国際海域まで引っ張って碇を降ろす。老人は冬の雨の中一人鞄とバイオリンケースを持って佇む。

 一方で雨の中、港の記念祭が夜始まる。ステージに立つ司会者が、海上のスピロの処遇を待つ老女カテリーナに「敬意を表して」挨拶をお願いする。カフェの椅子に座るカテリーナはふと立ち上がり、意を決したようにステージに駆け寄り、マイクに向かって、「そばに行きたい」と言う。すると夜の海からバイオリンの音が渡ってくる。

 もうこれだけで十分じゃないか。アンゲロプロスよ。
 しかし、アンゲロプロスは手加減をしない。

 官憲のはからいで、雨の中、カテリーナは小さな船で浮島まで連れていかれる。雨の中、ふたりは体を寄せ合う。

 やがて、夜が明ける。
「夜明けだ。いいかい。行くか。」
スピロが言う。カテリーナはうなずく。スピロは碇に括っていたロープをはずす。ふたりは立ち上がり、寄り添い、ほのかに明るい水平線に向かってゆっくり進んでいく。

 ゴダールが『気狂いピエロ』の最後のシーンで使ったランボーの『地獄の季節』の詩を思い出した。

 「また見つけた/なにを/永遠を/海と溶け合う太陽を」

 タルコフスキーの『ノスタルジア』も思い出した。国を追放された者が、ついには究極的な己の拠って立つべきところも喪失したあの風景である。

 さて、最後にアンゲロプロスのただ者ではないところに触れておこう。

 この作品の導入では、スピロの息子の映画監督アレクサンドロスが、自分の作品の俳優捜しに悩むところから始まる。オーディションにもうんざりし、いらだってカフェでコーヒを呑む彼の前に偶然ラベンダー売りの老人が現れる。かくして、彼を「スピロ役」に抜擢すると言うことになる。

 つまり「スピロはランベンダー売りが演じている」のだ。 この手法により、まさにアンゲロプロスは作品全体を相対化してしまっているのだ。これは何を意味するのだろうか。この作品のテーマと密接に関係しているように思える。一筋縄ではいかない作家だ。


2005年1月9日

「暮れから正月にかけて」
 ここ一ヶ月で読んだ本は、木田元「ハイデガー拾い読み」、吉本ばなな「なんくるない」、森富子「森敦との対話」くらいか。
 「ハイデガー拾い読み」はハイデガーの講義録を素材にしたエッセーだ。京大を中心とするハイデガー研究者一派のエスタブリッシュメントに牙をむく「元闇屋」の筆者の明晰な論理展開は衰えることを知らない。現象学者でもある筆者のある意味での現象学的な構造抽出手法でもってハイデガーの思想の骨格を浮き上がらせる思考力には感服する。あわせて「Real」という言葉を惰性的に「実在的」と訳す専門家たちの思考の衰弱(これは私が筆者の最初の演習で教えられた)を執拗に糾弾する意気軒昂ぶりは、逆に彼の弟子筋の虚弱さを際だたす。
 さて、ハイデガーであるが、存在(ある)を、「〜である(何がある)=本質存在」と「〜がある(あること)=事実存在」に分化した思考が西洋を支配してきたとし、その未分化の思考が古代ギリシャ(ソクラテス以前)にあったと指摘する。西洋の思考の閉塞状態=ニヒリズムを批判する彼は、その未分化な思考へと眼差しを向ける。さらに木田元はこれは日本人の思考の古層(丸山真男の名論文「歴史意識の古層」−「忠誠と反逆」所収−この論文は圧倒的に面白い!)に通ずるという。
 さて、この後、どこへ行くのだろうか。人の思考は「本質存在/事実存在」に分化され、その未分化の状態を捉え直そうと言っても、その先、どこへ行くのだろうか。
 私は、その未分化と分化は「今、ここで、常に生じている」と考えている。それは人が生きているという事件そのものであり、同時にすべてのものがそこにあるという事件そのものである。そして、そこにおいて同時に「常に変わらぬもの/常に変わるもの」が発生し、我々の思考を「翻弄」する。ただし、この「常に変わらぬもの」が同時発生するのは「人が生きていくにあたっての宿命」であり、それは人が「生き続けるには必要な知恵」なのだ。なぜなら「変わらぬもの」がなければ人は己を支えきれない。真理、価値と名を変え、人は「変わらぬもの=本質」を眼の前に掲げ生きていく。しかし、悲しいことにその「知恵」が、今度は人の「生」を苦しめる。人の生を支えてきたものが、翻って人の生を支配し、圧迫してくるのだ。この無限ループの中でハイデガーはうめき続けたのかもしれない。木田元はその部分は捨象してしまうが。そんなことを思いつつ、「森敦との対話」を読んだ。
 読了後の感想は「後味が悪い」である。かつて高橋たか子の「高橋和己の思い出」を読んだ後と同じ読了感である。「原稿を書いては破棄し、時には説教が高じて怒鳴り出す、風呂に入らない作家の姿」や「仕事をなにもせず、奥さんが帰宅すると米びつから飯を手でつかんで食い散らかし、果ては一升瓶を開けて部屋に倒れている作家の姿」など興味がない。
 森敦が「内部/境界/外部/近傍」の数学的概念を「エクリチュール」へと如何にレトリック細工してきたか。その日常の発言に興味があるのだ。中間層という相対的な「階級」に注目していた高橋和己は決して著作には現れない「絶対的なるもの」について、日常ではどのように呟いていたのか(奥さんの高橋たか子はその後、敬虔なカトリック信者になったが)などが、知りたいのだ。「私の森敦」「私の高橋和己」なんか興味がないのだ。そんなことを思った。ただ、読後、ひとりの作家の日常を見て「存在の未分化と分化の相克のすさまじさ」を感じた。

 吉本ばななであるが、沖縄を題材としているというので読んだ。吐き気がした。中年の女の止めどない呟きにはうんざりした。
以上。


2004年9月20日

「闘牛鑑」
 ミッシェル・レリス「闘牛鑑」を読む。この書のキーワードは「droit/gauche」である。つまり「右/左」であるが、「まっすぐ/歪み」と言う意味でも読む。闘牛場の観衆が叫ぶ「droit!gauche!」「右!、左!」、猛進する牛を右、左とかわし(パセ)、首尾よくいけば、一刺しで牛を殺す。しかし、高い確率でマタドールが角で一刺しされることもある。マタドールが猛進する「牛=死」に向き合い「droit!gauche!」と観衆の興奮する歓声のただ中で、「droit/gauche」と身をかわし、最後の一刺しをする瞬間に「エロティシズム」「聖なるもの」が開示すると、レリスは説く。
 たしかにここには性愛がメタファーされているが、「右/左」つまり「清浄/穢れ」の2項対立に向き合う死の構図は宗教的なるものの開示の場としても見ることができる。だが私はここに「書くという行為」も重なるところがあると考える。

 真の作家はマタドールだと思う。

 「droit/gauche」と、不可能なるもの(「死」)をかわしながらある高まりへ向かっていく。観衆の歓声は無限に広がる記号のつぶやき、パセは書くことそれ自体。果たしてマタドールとしての作家は猛牛への一刺しはできるのか。・・・こんな決死の作家の「文章」に出会いたいものだ。今、世に溢れる作家なる者たちは闘牛場へさえ足を踏み入れない。パセも知らない。だから一刺しのパセの陶酔も知らない。中上健次以降、今の日本にはそんな作家はいなくなった。


2004年8月31日

「精霊の王」
 中沢新一「精霊の王」を読み終える。もう一度目を通すつもりだ。室町中期、能楽の金春禅竹による「明宿集」なるお話をもとに「後戸」というキーワードをもって自然の内奥の力と、それを整序する権力の関係がこの書のテーマと言ってよいだろう。
 その本筋の傍らに一貫して並行して、自然の内奥の力を縄文の「野生の思考」に見いだしたいという強い著者の欲求が流れている。が、しかしそれを直球で求めるのは困難なことである。ただ地道な神話の構造の比較検討のなかからなにかが浮かびあがらそうとする。かくして、縄文の「カミ」とでも言える「宿神=シャクジ」(「シャグジ」を正面から扱った柳田国男の「石神問答」は彼の民俗学形成の端緒となった)という存在が芸能・技能を媒介にしつつ、生き残っている姿を突き止める。そして、さらにそれが国家のシステムとの関係において日本の東と西(長野の諏訪においてはミシャグチ信仰が公然と存続しているように、東方面では鎮守様の片隅にひっそりと佇んでいる。一方で、国家システムの管理が周到になされた西の方面では「シャグジ」は表面ではことごとく消滅しているが、実は被差別部落の地域の鎮守様として存続している)において扱いがことなっていることを証左に、自然の内奥の力=宿神=シャクジの姿をあぶり出しているのだ。では、はたして縄文の野生の思考が浮かび上がったか・・?さてさて。

 私にとって、この書物はおもしろかった。沖縄の斎場御嶽(セーファ・ウタキ)へ行ってあらためて、山、風、水、樹木に宿っている力を全身で感じ、受け止め、そして、身もうろたえるほどの圧倒する「カミ」の力のシャワーを浴びた、そんな私にとって、この書物はどれもこれもビンビン伝わるものだった。が、もちろん世俗権力からの逃避的な結論には「やはり中沢くん」とも思った。

2004年7月1日

「本がない」
 ここのコーナはぜんぜん更新されていないが、本を読んでないわけではない。ここにどうあれ書き記す本に出会えていないのだ。

2003年12月31日

「今年の本と映画」
 今年はあまり本が読めなかった。電車の中で読む短編小説などは別として、今年読んで印象に残った本は渡辺哲夫「知覚の呪縛」、山本義隆「磁力と重力の発見」、梅原賢一郎「カミの現象学」くらいか。「知覚の呪縛」は分裂病(今は総合失調症という)の患者の治療記録である。人が経験する「世界」は、その都度の「ひとつの世界」にすぎなく、「世界」は多様で、多義に満ちていることをあらためて感じた。「磁力と重力の発見」は私自身が魔術と正統思想史の関係について興味を持っていたのに一部答えてくれた。しかし我々が知っている「歴史」とは巨大で豊かな出来事の大海のほんの波頭に過ぎないのだなぁ。次に「カミの現象学」は、特に祭祀における異空間の裂開(ここでは穴と表現している)について実際に著者自身が宮崎や沖縄の祭祀に出向き経験したことを報告している。荒っぽい論展開の部分もあったが、これもまた「知覚の呪縛」で扱っている「世界」についての経験を別の角度で、自らの体験から語っていて面白かった。

ついでに映画

 映画はまるで観ていない。どうにか上映館で「六月の蛇」を観て、家で「ウィトゲンシュタイン」を観たくらいだ。どうしても観たいという映画が今年はなかった。「タケシ」が羞恥千万の映画を公開し、とってはっつけたような「小津の露出」があったり、暮れには不幸な「サムライハリウッド映画」が喧伝されたり、相も変わらず日の当たる場所では映画は衰弱し切っているように思えた。


2003年7月27日

「エクリチュールの零度」
ロラン・バルト「エクリチュールの零度」は、アルベール・カミュの「異邦人」にバルトが「白色のエクリチュール」を見て、それを機縁にまとめあげたエッセーである。ひらたく言えば文学における「書く行為」の意味を、実存主義、マルクス主義が席巻する時代の最中に、それらに染められつつ、ある意味でそれらの状況を相対化した秀作である。さてさて、私にとっての「白色のエクリチュール」とは、それは深沢七郎の「楢山節考」である。ここには相対化しえない「零」があり、その地点から「白色のエクリチュール」が綴られている。


2003年7月13日

「偶然と必然」
木田さんの「偶然と必然」読みました。ハイデガーの時間論の応用編というところですね。面白いと言えば、面白かったけど、なんかイヤミっぽい文だなぁ・・。 

木田さんの、時間性が他者との共同的な生成を演じるという考えの背景には、なんか他者を自己へと回収する強烈な衝動がある。強固な自己の君臨があるからこそ、他の意味系列に邂逅することの衝撃もあって、しかし、時間という意識の意味化作用が、その人にとってはエピソード的に悲しい結末になるかもしれないけれど、それはそれで結局は安定した意識の構造化をもたらす。

 マトリョーシャの幻影に出会っても、マトリョーシャはすでにこの世にいない。だから、未来へと投げかける契機を喪失してしまっているがゆえに、修正しえない過去を負いつつ、そして自殺していまうスタヴローギンなんて解釈を彼はするわけだけれども、スタヴローギンの意識は自己統治の究極、自殺へと安定した意識の構造が成立しているんだ。 

俺はこうした構造化の安定は決してありえないと思ってる。時間化があるんだったら、それはつねに偶然に脅かされており、他者の意識や、その存在も、決して自己へ回収できない。刻一刻、自己は解体の危機に瀕しており、どこにも安定した意識構造なんて約束されていない。 

どうだろう。

2002年12月15日

「エキセントリックな中庸」
アルベルト・カミュは不思議な作家だ。文体は明晰で、韜晦な表現はない。小説、エッセイどれをとってもそうだ。思想のコアの部分は「中庸」である。地中海的な透明さと中庸が彼の「文学」の特徴だと言われている。たしかに彼の文章は明晰だ。また、行為において「中庸」でもあった。「左翼」サルトルと違って、カッコつけずにノーベル文学賞をあっさり受け取ってしまう。マルキストが支配していた当時のインテリ界においてアナキストあらんとしており、アルジェへの侵攻に反対し、孤立もした。つねに「大勢」から身を引いていた。明晰かつ中庸、かもしれない。しかし、彼の作品をよく読めばこれほど難解で、生の淀みに深くこだわった作家もいないことに気づくはずだ。たとえば、有名な「太陽が眩しかったから」アラブ人を殺害したと言う「異邦人」だが、「眩しさ」と言う無意味さがゆえに、衝動性を表現したかのように受け取られているが、それは衝動でもなんでもなく、世界のひずみに差し込まれた人間の論理的な帰結であって、衝動よりももっと恐ろしい「必然的な行動」なのだ。条件が揃えば「人は必ずそうする」のだ。表現のひとつひとつは明晰だが、読めば読むほど一筋縄ではいかない。さて、カミュの作品で私が好きなのは、「背教者」と「生えいずる石」である。前者はバタイユの世界そのものであり、後者はまったくもって分からない作品なのだ。成長する石を最後にかついで歩く話である。とにかくつきあえばつきあうほど不可思議さが滲みでてくる作家である。難解、韜晦のモーリス・ブランショ、苦悩の闇に徘徊するバタイユ、この両名が「明晰で、地中海の日差しに溢れた」カミュの作品を高く評価しているのも分かるような気がする。


2002年9月2日

「料理の本」
読書とは関係がないが、おみくじを引いたら「凶」が出た。妙に納得した。ベルグソン、ポンティ、バタイユ、谷崎、太宰、ハイデッガー、カント、ウェーバー、ニーチェ、ゲーデル・・・こんな奴らが脳を占有して、意識が朦朧としている。その上、吉本、セリーヌまでやってきやがった。脳のおかげて生命がクリアな状態でないのだ。運勢が困惑しているのだ。こういう時は料理の本を読むに限る。今度なにをつくるか、つくるためにどこで食材を買うか。なんて、実際作らなくても考えるのだ。いつの間に、運勢が好転する。Let it be.だ。

2002年8月25日

「粘菌」
「日本変形菌類図鑑」を図書館で借りて読んでいる。絶版になって本屋で売ってないのだ。かつての南方熊楠のブームのときは手に入ったかもしれないが(熊楠のブームなんてありえない。出版社の仕掛けだ)、いまでは手に入らない。変形菌類とはなにかというと「粘菌」のことだ。菌類であり、移動するアメーバであり、実に興味深い生物だ。同時にメルローポンティについての論文を読んでいて、そのテーマがユクスキュル、ローレンツの動物行動学と現代分子生物学の関係をめぐってだった。なんかそれを絡めて「粘菌」について語りたくなった。

2002年8月4日

「乱れ読み」
谷崎潤一郎とか、吉本隆明とか、太宰治とかなんの脈略もなく読んでいる隙間に、メルロー・ポンティの現象学についての論文も読んでいた。すると、夢にかつての指導教授が出てきて、「ポンティについて書けよ」と言った。「彼は専門じゃないから書けませんよ。」「なにを言ってるんだ。書けるよ。書くんだよ。」と迫ってきた。夢から覚めた。やっぱり書けないし、書きたくないや。−で、谷崎の「魔術師」は面白かったが、美文と称される彼の文体の技巧性に少しばかりうんざりしてしまった。吉本は老いてますます盛んだ。吉本と言えば思い出すのは、詩人の石原吉郎と彼が「無限アカデミー」で講演している時のことだ。60年代後半で吉本が講演すると言うこともあってメットをかぶった学生が乱入する噂が流れていた。石原吉郎はおどおどし、吉本は平然としていた。両名年齢差はある。戦争体験にも差がある。スパイ容疑でシベリア抑留され、終戦後もしばらく極北の地で極限の生活を強いられた石原と、東京で軍国少年を通した吉本・・・おっと、詩人吉本と石原についてはこの次ぎにしよう。で、太宰だが、やっぱり文章は「うまい」。戦中を描いた短編ばかり読んだのだが、シニカルで、嫌ったらしく、それはそれで「技巧的」だ。でも、日常に対する嫌悪には辟易する。欺瞞に満ち溢れた善意や、小市民的な安らぎに対する嫌悪は、単に「嫌悪」に終わってしまっている。いや、気をつけよう。「彼はこの嫌悪にとどまってしまっており、思想性が欠如しており・・」などと思ってしまったら、太宰の術中にはまってしまう。彼の場合は、「文章がうまい!」これでいいのだ。


2002年6月30日

「草枕」
非人情をテーマにした作品であると言われている。でも、一見、この作品は「非人情」の風情からかけ離れている。逆説なのだろう。それは「死」がもたらす逆説でもある。「死」が人情へと引きずり出す端緒でありつつ、「死」は非人情を瞬間において成就させもする。ここでは漱石は自分と「死」の間によじれた関係をおいているのだ。で、「非人情」とはなんのだろう。カントの美的判断力で語られる「無関心ohne interesse」に通じるのかもしれない。つまり、ある対象を「快」(美しい)と感じるとき、理性(自我)はその対象の内にいないのである。噴火する山を見て美しいと感じるとき、少なくともその人の足を溶岩が溶かしている状態ではないだろう。遠くから見て美しいと感じるのだ。こんな意味である。

2002年6月12日

「ヘルダーリン」
ヘルダーリンの詩を読んでいる。どれを読んでも神々と自然を歌ったものばかりだ。こう言ってしまえば、「自然謳歌の詩」で、牧歌的な世界を歌っていると言える。しかし、いくつもいくつも詩編を読み進めると、あまりにも「人間」の姿がなく、寂寥感に襲われる。ふと、こう思った。「ヘルダーリンはあの世を歌い続けているのだ」と。だから、人影があるわけない。そうだとすると、かのドイツ観念論の頂点の時期にヘルダーリンは人間的自我の「向こうへ」行ってしまっていたのだ。自我がどのように変容しようが、それが精神の全体運動の一表現であろうが、ドイツ観念論にとって自我は揺るぎない大前提である。そのドイツ観念論、あの輝かしいドイツ哲学の黄金期を築いたドイツ観念論の時代のただ中で創作したヘルダーリンの詩には「自我」がいないのだ。・・・

2002年6月9日

「戦後」
太宰治の桜桃忌が近くなった。三島由紀夫が嫌っていた作家、太宰は、確かに三島の構築的世界の対局にあるのかもしれない。私小説なんぞクソ食らえ!三島は常にそのように口にしていた。でも、実際のところ太宰に嫉妬していたのだろう。体躯に関してだけでなく、「文才」に関しても。「グッド・バイ」を何十年ぶりかで読んだのだが、つくずくそう思った。これは絶筆の作品で未完である。女と別れるために女を使う話であるが、最後は見事に途切れている。女と入水自殺して、女と別れる話の完成を放棄したわけだ。実に無責任に「グッド・バイ」と。ああ、こんなこと三島ができっこない。でも、多分したかったろうな。まぁ、三島も好きな男と最後に心中したわけだし、あの絶筆「天人五衰」の最終頁に「昭和45年11月25日完」なんてわざわざ書いてあるけど、作品としては構成が崩壊し、凡庸な結末になっている。あんなの「完」じゃない。完の前に「未」を書き忘れたんじゃないのか、とさえ思える。結局、同じなんだよ。彼らの別名は「戦後」。

2002年5月11日

「グールド」
しばらくここに書き込まなかったのは、読書をしていなかったからではない。ベルグソンと格闘していたからなのだ。で、その闘いは終わったのかというとそうでもない。今はここでこれまでの闘いの成果を語らないが、少なくともこの闘いはこれからの私の人生を楽しいものにしてくれそうだ。ま、いずれまとめて書きましょう。その間、慰めのように読んでいた漱石の「草枕」についてお話をしよう。有名な話だが、この作品ピアニストのグレン・グールドの愛読書でもあった。(ああ、そうだグレン・グールドも異常なほど私が好きなピアニストなのだ。)「草枕」のテーマをひとことで言うと「死」である。以下、次回。

2002年4月20日

「宮沢賢治」
「宮沢賢治東北砕石工場技師論」と言う本を読む。ここでは、彼の死期をはやめたと言われる東北砕石工場技師時代の賢治の姿を、孔雀印手帳と王冠印手帳のメモをもとに浮き上がらせており、また、晩年に構想していた、あの評判のよくない文語詩の再評価も行っている。さて、東北砕石工場技師と言うことだが、実は、肥料としての石灰の訪問販売員なのだ。彼のこれまでの経験、知識はほとんど意味なく、ただ、売り込み、見積もりを書き、そして、同業他社と競い合う日々であり、そこには詩人の姿はない。高熱の身をおして長距離電車に乗って移動する。そうして体はますます病いにおかされ、37才で死んでしまう。著者はこんな賢治の最晩年も詩才が枯渇することなく、文語詩に取り組んだのも、表現形式の「普遍性」に向かおうとしたからだ、と主張する。それは良いのだが、この普遍性への衝動は、己の生が、豊かな内面の詩的世界と訪販の無機的かつ疲弊的な世界とに分裂し、そこでのもがきの中から「普遍への衝動」が生じたと結論づける。なんと凡庸陳腐な発想なのだろうか。分裂した生から越え出んと「超越」を目指すなんて!視点を変えれば、たとえば「商業活動という『経済』と詩文の『経済』」「文語詩と言う定型の美学」など違った切り口はあるはずだ。また、訪販活動はいわば「自殺」であり、より良く生きるための即身成仏だったのではないか。いずれ私が書くのかな?


2002年3月30日

「ベルグソン3」
なるほどベルグソンは面白い。知覚、ないしは直観の純粋な場において、意味作用はその力を喪失しているらしい。一方、つねに過去からの記憶の規定、今における「世界」の分節、区別、つまり日常的な知覚作用であるが、いわば意味作用とでもいうのか、これをベルグソンは「生きること」と言明している。それならば、これら「世界」の分節、区別から自由な無意味な地平が開ける場である、純粋な知覚、直観の場とは、とりもなおさず「死」の地平なのだろうか。

2002年3月21日

「春の雪」
やはり三島の「春の雪」は完成度が高い。豊饒の海の4部作の1巻「春の雪」と4巻「天人五衰」の両方を並行して読んでみると面白い。清顕=「見る者」と透=「見えない者」という対称性を描きながら、第3者的な本多が地盤沈下していく。それは三島自身の地盤沈下でもある。ことごとく「知性=見る」でもって状況を捉え、事態を予測しうると信じていた三島ではあるが、同時に己れの内に反合理的反知性的な衝動(=見えない)が宿っており、(また、この内なる衝動の蠢動が「知性」への意志へと向かわせしめたのだが、)結局は「知性」が崩壊する。第1巻の「春の雪」はそういう意味では、「知性」が登場人物を絶妙にオペレーションし、衝動的なものは見事に「表現」において完結している。だが第4巻では登場人物が一人歩きし、壮大な体系が崩壊していく。ところで、豊饒の海を読んでいると、なんというか、ヘーゲルの精神現象学のパロディーに思えてくる。この点に関しての詳細は後日。

2002年3月17日

「天人五衰」
三島の「天人五衰」はいつ読んでも、できそこないの良さを感じる。構成が崩壊しているのだ。最後のいわゆるどんでん返しも単なるバランスの崩壊の頂点での実に品のいいカタストロフィなのではないか。極めて凡庸な展開、「すべて幻」。こうしなけりゃ、収拾がつかなくなっちまったのだ。このできそこないの作品、だから好きだ。

2002年3月15日

「ベルグソン2」
すべての物質をイマージュとする、ベルグソンの野暮なレトリック手法にうんざりしてきた。彼については素人で、初心者なのだから偉そうなことは言えないが、飽きてきた。小説でも読もう。

2002年3月12日

「ベルグソン1」
ベルグソンは主観と客観の関係をスタティッシュに捉えない。その両者の間に身体を位置づける。しかも身体は運動する第3項であり、この第3項をもうけることで、主観と客観の2項対立を無意味化するのだ。